2013-10

続 ニュースでは報道されなかった悲しい事実

男性に承諾をもらい、私は愛犬ちゃんを撫でさせてもらいました。

愛犬ちゃんを撫でた私の手からは、過去に私がセレモニーの席で撫でてきた、どの犬ちゃんとも違う感触が伝わってきました・・・

その感触はとても悲しく、切ないものでありました・・・

 

そして、私に続き支配人が「私にも撫でさせてください」と男性に承諾をもらった後、同じように撫でていました。

男性は頭を下げた状態で膝に置いた手を握りしめながら涙を流していたのですが、そんな男性に見せないようにして、支配人も涙を流しながら愛犬ちゃんを撫でていました。

 

私は、その時間に焼香とろうそくに火を灯し、セレモニーの準備を整えたのです。

 

男性に悟られぬよう涙を拭った支配人は、立ち上がって男性を振り返り「もしよろしければ私にお経を唱えさせてください」と頭を下げてお願いをし、男性は涙声で「お願いします」とお返事をされました。

 

そして、支配人による読経を合図に、男性の愛犬ちゃんのセレモニーはしめやかに執り行われたのです・・・

 

男性、私、支配人の順でお焼香をあげた後、愛犬ちゃんは出棺し、火葬炉に納められました。

そして男性が合掌で見送る中、火葬の点火スイッチは入れられたのです。

 

火葬が始まってすぐ、支配人が「僕が火葬を担当しますんで、野村さんは(男性に)付いていてあげてくだい」と言ってくれたのですが「焼失の度合いがわからないから、今回は少し繊細にやらんとあかんし、僕がやるわ。支配人が付いていてあげて」と私は自分が火葬を担当すると告げました。

支配人は「でも、このようなときは野村さんが飼い主さんをケアされたほうが良いと思うんですけど・・・」と顔を曇らせ意見を述べたのですが「うん。かもしれんけど、どうしても今回は僕が火葬したいねん。上手く言われへんけど、今回は僕に火葬させて」と私は断固として、自分が火葬を担当すると言い張ったのです。

支配人はうなずきながら「そうですか・・・わかりました。じゃあお願いしますね。僕は○○さんと待合室の方に居ますね」と言って待合室に入っていきました。

 

過去に事故等で原型を留めていないペットの火葬は何度も経験してきた私ではありましたが、火事で焼死したペットの火葬は初めてのことでありました。

愛犬ちゃんの体には消防隊員がかけたと思われる大量の消火剤も付着しており、どちらが頭なのかもわからないほどの状態であったので、私は火葬炉の小窓から見ながら慎重に火力の調節をしました。

 

火葬を開始して20分ほどしたとき、付着物は焼けて無くなり、ようやく愛犬ちゃんの体勢がわかるくらいになってきました。

 

私は、ほぼ付きっきりで火葬をしたのですが、火葬炉の中の愛犬ちゃんを見つめながら、男性が火葬してあげようと思った気持ちを考えていました。

 

男性はおそらく、変わり果てた愛犬の姿を見たとき、せめて、骨だけでも綺麗な姿に戻してあげたいと思ったに違いありません。

どんなに身体が焼けていても、骨には影響がないとはずだと信じ、せめてお骨だけでも自らの手で拾ってあげたいと思い、火葬の依頼をしたんだと私は受け取ったのです。

 

その気持ちが痛いほど伝わったからこそ、私は男性の心のケアをすることより、少しでも多く、愛犬ちゃんの骨を残して返すことのが、男性の気持ちに報いることであると思い、火葬を担当することを決めたのです。

 

火葬炉の小窓から、徐々にお骨に返っていく様子を確認しながら、私は愛犬ちゃんの喉元を見ていました。

喉仏の骨を探していたのです。

喉仏の骨。それは人間の拾骨のときに最後に骨壺に納めるお骨でもあります。

その形状が座禅をする仏様の姿に見えることから高貴な骨と位置づけられているのですが、犬も、ちゃんとそのお骨はあり、ペットの拾骨のときも、人間に習い最後に納めることが定着しつつあります。

 

火葬が終盤に近づいたとき、喉仏の骨が、綺麗な状態で残ってることを確認した私は、一人、火葬炉の前で「よし!」と叫びました。

 

火葬が無事に終わり、火葬炉からお骨を出したとき、もう一度、喉仏の骨が崩れていないことを確認した私は男性と支配人が待つ骨上げ場に向かったのです。

 

愛犬ちゃんのお骨は全体的に見ても、一部は焼失していたものの、ほぼ、全てのお骨が残っていました。

 

それを見た男性は涙を目に貯めながらも、安堵の表情を浮かべられたのです。

私は男性に「一部、崩れてしまいましたが、喉仏の骨は綺麗に残りましたよ」と喉仏を指さし言いました。

目を細めてその場所を見られた男性は「ありがとうございます」と少しだけ笑みを浮かべて言ってくださいました。

 

その後、支配人のお骨の説明を、しっかりと聞きながら、男性は大切そうに愛犬ちゃんのお骨を骨壺に納めておられました。

 

お骨上げが終わったときは、雨も止み、男性は、会館の出口で振り返り「本当に。本当にありがとうございました」と私と支配人に深く頭を下げて帰っていかれたのです。

 

男性の後ろ姿を見送りながら、私は自分の目から涙が出てくるのを感じていました。

 

私は、支配人ほど涙もろくないので、仕事中に涙を流すことはほとんどありません。

しかしこの時は、男性の愛犬ちゃんに対する想いが深く伝わってきたせいなのか、自然と涙が出てきたのです。

 

もちろん、私の隣で男性を見送っていた支配人も泣いていました。

 

男性の姿が見えなくなったとき、私と支配人は互いに顔を見合わせました。

いつもなら、このようなとき、泣いていることを茶化し合うのですが、このときは、ただ静かに余韻に浸るようにして私と支配人は会館に戻ったのです。

 

愛犬ちゃんは火事により、その命を落としました。

男性は、そのことを一生忘れることはないでしょう。

喉仏の骨が綺麗に残ったくらいで、男性の気持ちが晴れることはないかもしれません。

しかし、男性がこの悲しい出来事を振り返ったとき、火葬をして拾骨してあげれたことが微すかではありますが、心の救いになるような日が来るように私には思えるのです。

 

 

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野村圭一



 

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ニュースでは報道されなかった悲しい事実

今回のブログは私の判断で飼い主様とペットちゃんの名前及びイニシャルは全て伏せさせていただきます。

 

その日、その男性は、会館の前で横殴りの雨に打たれなら、大切そうに何かを抱えたまま、立っておられました・・・

 

その日より二日前~

本社からそれほど遠くない町の一角に建つマンションで火事がありました。

マンションの最上階に位置する一室でから出火したこの火事は、マンションが大きな国道に面して建っていたこと、また、火事があった一室はが最上階であったことから、近くを通る電車からも、よく見えたため、実に多くの人に目撃されることになりました。

 

事実、私の身近な人達もこの火事を偶然目撃した人が多く、一部の人は火事の様子を動画や写真におさめ、自身のフェイスブックやTwitterであげていたほどでした。

 

私自身がその火事の詳細を知ったのは翌朝のニュース番組でありました。

ニュースでは火事の様子が映像で流れた後、アナウンサーが「なお、この火事による死傷者は出ていない模様です。」と締めくくっていました。

 

しかし、ニュースでは報道されませんでしたが、この火事で一匹の犬が逃げ遅れ、命を落とした事実はあまり知られていません・・・

私自身も、その事実を知ったのは、火事より二日後のことであります。

 

 

火事より二日後~

 

若い男性から「犬の火葬だけお願いしたいのですが・・・」とご依頼の電話がありました。

私は「はい。ご火葬の前にお焼香をあげて簡単なセレモニーをされても費用は変わりませんが、どうされますか?」と確認をするように訊ねたところ「いえ・・・火葬だけお願いします」と男性は拒絶するように言われたのです。

「そうですか・・・」と私が声色を落として返事したところ、その男性は「すいません・・・してあげたい気持ちはあるんですが、理由(わけ)あって原型を留めていないんで・・・」と私を気遣うようにして言われたのです。

「あの・・・事故か何かで?」と聞いた私に男性は「いえ。事故というか・・・火事で焼けてしまったんです・・・」と声を詰まらせて仰ったのでした・・・

 

電話でこれ以上、訊ねるのは酷だと判断した私は「わかりました。では、希望の日時はお決まりですか?」と聞きました。

男性は「急で申し訳ないんですけど、今からすぐは無理ですか?」と訊ねられ「夕方以降は予約が詰まっておりますので、2時までに来ていただけるなら、可能です」と私は返事をし、男性は「では、すぐ出ます」と言って電話を切られたのです。

 

私は支配人に、急な依頼が入ったことを告げた後、外に出て会館前から空を見上げました。

この日、大阪はほぼ同時に発生した二つの大型台風の影響で強い雨が降っており、大荒れの天気であったのです。

 

電話から一時間後~

会館前に雨合羽姿の若い男性がタオルで包んだ枕くらいの大きさの何かを大切そうに抱きしめて立ち竦んでいるのが見えました。

 

男性はその抱いた何かが雨に濡れるのを避けるためにビニール製の袋に包んでおられたのですが、私はその男性が電話でご依頼された人で、抱いているのが男性の愛犬だということがすぐにわかりました。

 

しかし、その男性からは言葉では言い表せないくらいの喪失感が漂っており、思わず息を飲んでしまった私は、すぐに歩み寄って挨拶をすることが出来なかったのです・・・

 

一呼吸置いて、私はゆっくりとした足取りで男性に近づき「○○さん(男性の名前)ですか?」と訊ねました。

「はい・・・」と返事された雨合羽の男性の顔は水で濡れていたのですが、それは雨なのか、涙なのか、それとも、その両方なのかは定かではなかったものの、男性は拭うこともなく、ただ両手で愛犬を大切そうに抱いておられたのです。

 

「どうぞ中にお入りください」と促した私に男性は「すいません・・・先に合羽を脱ぎたいんですが・・・」と申し訳なそうに言われたので、私は「わかりました。では愛犬ちゃんをお預かりしてもいいですか?」と両手を差し出しました。

男性は「すいません」と頭を下げられた後、両手に抱いた愛犬ちゃんを私に手渡してくださったのです。

 

男性は会館の玄関先が水滴で濡らすのを避けるように外に出て雨合羽を脱がれました。

若いのに、このような気遣いの出来る男性は多くはありません。

私はそんな男性を見て、胸が詰まりそうになり、同時に男性から手渡された愛犬ちゃんから伝わる、冷たく固い感触にやりきれない気持ちが込み上げてきたのです。

 

雨合羽を脱がれた後、会館に入られた男性に、私は「あの、もしよろしければ、火葬の前に御焼香をあげてあげませんか?」と進言するように言いました。

「電話でも言ったんですけど・・・原型が・・・」と男性がそこまで言われたとき「もし○○さんがつらくなるなら無理にとは言いませんが、私は犬ちゃんがどんな状態であっても平気です」と私は語尾を強めて言いました。

男性は少しだけ考えた後、私の目を見ながら涙を噛みしめるようにして「・・・なら・・・してあげたいです・・・お願いします・・・」と絞り出すような声で言われたのです。

 

私は男性を誘導するようにして、セレモニーホールまで案内し、愛犬ちゃんを包んでいたビニールをとり、祭壇に寝かせてあげました。

そして男性に「撫でてもいいですか?」と訊ねたのです。

 

男性は一瞬、驚いた表情をした後、私の気持ちを理解し、そして受け取ってくださり「はい・・・ありがとうございます」と頭を下げられ、すすり泣くようにして大粒の涙を流されたのでした・・・

 

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。

 

 

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最終章 守ってあげられなくてごめんね・・・

警察に電話したTさんは、警官の「すぐにそちらへ行きます」との応答を受け、電話を切りました。

そのとき、初めて、親切にしてくださった、通りがかりの男性にお礼と挨拶の言葉を交わしたそうです。

 

近くに交番もあるし、すぐに警官は来てくれるだろう。そう思いながら、Tさん夫婦は警官の到着を待ちました。

その間も通りがかりの男性は一緒に待ってくれたそうです。

 

待つこと一時間。

警官はいっこうに現れませんでした。

しびれを切らしたTさんが、もう一度、電話をしようとしたときにようやく、二名の警官が小型バイクに乗って現場に到着したのです。

 

現場に着いた警官に「すいません」と挨拶をしようとしたその前に、警官がTさんに向かって発したの第一声「犬轢いたのはおたく?」だったそうです。

一時間も待ったうえに、この対応・・・Tさんは警察に怒りを覚えたのですが、自分を抑えるようにして「いえ・・・轢いたのは黄色のタクシーです。僕は飼い主です」と返事したそうです。

「あっそう」と言いながら警官はTさんに事故の状況の説明を求め、Tさんはなるべく事細かく事故の経緯を説明しました。

 

警官は調書を取るような感じで、それらを書類に記入し「わかりました。ではこれで」と帰っていこうとしたのです。

Tさんは警官を呼び止め「あの・・・もう終わりですか?もっとタイヤの跡とか撮ったりしないんですか?」と詰め寄りました。

「そこまではね」と警官は薄ら笑いを浮かべ、Tさんはさらに「轢逃げなんですよ!」と声を荒げて言ったそうです。

しかし、警官が言ったのは「轢逃げって言われても犬ですからね」という心ない言葉だったのです。

 

何度もブログで書いたように法律上、ペットは物として扱われるものであり、警察は法に従った対応しかしてくれません。

Tさんも愛犬が被害にあって、初めてその事実を知ることになったのです。

 

警官の発した「犬ですからね」の言葉にライムちゃんがゴミのような扱われ方をしたと感じたTさんの怒りは限界に達し「死んだんやぞ!」と警官に食ってかかりました。

男性と奥さんは必死で、Tさんを押え、警官は「何かあれば報せます」とだけ言い残し、そのまま帰っていったのです。

 

怒りと悲しみ。そしてやりきれない思いだけが残り、Tさんは変わり果てたライムちゃんを見て涙を流したそうです・・・

 

男性がライムちゃんにかけてくれた青色の毛布には、すでに血痕が深く染み込んでおりました。

その毛布を見ながらTさんは「必ず洗濯してお返しします」からと男性に連絡先を聞いた後、奥さんに「このままやったらライム可哀想や・・・なるべく早くに火葬してあげよう」とプレシャスコーポレーションに連絡をしてくださったのです。

 

Tさんから、そこまでの経緯を聞き終えたとき、我々はすでに会館に到着していました。

私は青い毛布に包れたライムちゃんを祭壇に寝かし、お焼香の用意をしたのです。

 

事故でライムちゃんの顔は原型を留めていなかったので、私は妊娠している奥さんのことを考えたうえで、Tさんとも相談をし、毛布に包んだままの状態でセレモニーを執り行うことに決めました。

奥さんは妊娠してることも影響してか、かなり気持ちが不安定な様子であることが覗えました。

それとは逆に、Tさんは、こんな悲惨なことがあったにも関わらず、電話でご依頼をされたときから会館に向かう車中も、いたって冷静な態度でおられました。

(若いのに随分しっかりとされた人だな)と私は感心をしながらセレモニーを始めたのです。

 

ご夫婦の焼香が終わり、出棺してライムちゃんを火葬炉の中に納めたときでありました。

奥さんの呼吸は大きく乱れ、意識を失いそうになられたのです。

私は奥さんの体を支えながら、火葬炉の前でライムちゃんを見つめていたTさんに「Tさん!奥さんが」と声をかけ、そのまま奥さんを待合室のソファーまでお連れしました。

 

そして私はTさんに「奥さんは限界です。一緒に居てあげてください」と進言し、その後、Tさんは火葬炉の点火を自らの手で入れられた後、待合室に戻り、奥さんに付き添っておられました。

一人、斎場に残った私は(目の前で愛犬の事故を見たのだからショックは大きいはずだ・・・ましてや二週間後に出産を控えておられる身体なんだから、なおさらだ・・・)と透明のカーテン越しにご夫婦の様子を見ていました。

 

ご火葬が無事終わり、それを告げに待合室に行った私は、奥さんが幾分、落ち着かれているのを見てホッと胸を撫で下ろし、奥さんの身体の事を考慮して、お骨上げは、立ったまま行う骨上場ではなく、そのまま待合室で執り行うことに決めました。

 

全てのセレモニーが終わり、ご夫婦を自宅マンションまで送ることになった私は、その車中で「Tさんはお若いのに、しっかりされてますね」と声をかけました。

「そうですか?」と謙遜して答えたTさんに「お電話の対応もそうですが、終始、冷静な印象を受けたもので」と私が言ったとき、Tさんは笑いながら「こういうことは初めてじゃないんで」とお答えになったのです。

「過去にもペットを亡くされたことがあるのですが?」と訊ねた私にTさんは少し間を置いた後「いえ。ペットを亡くしたのはこれが初めてです。実は僕、子供の頃に両親を亡くしてるんですよ・・・」と予想もしていない事実をお話してくださったのです。

 

Tさんのお話によるとTさんは幼いときに両親を亡くされ、孤児院で育ったそうです。

そのような環境の中でTさんは大切な存在との死別と向き合い、それでも強く生きていかなければならないということを自然と学びながら大人になられたようでありました。

Tさんの年齢に似つかわしくない落ち着きは、そのような生い立ちから成せるものであったのです。

 

しかし、Tさんは、まだ二十歳であり、もうすぐ子供も生まれ、家族を守っていく立場にあられます。

それを考えると私はTさん夫婦のことが少し気がかりでありました。

 

自宅マンションに到着し、別れ際、私はTさんに「Tさん。ライムちゃんを喪ったことは悲しいことですが、もうすぐTさんは赤ちゃんが生まれ、父親にもなられます。いろいろ大変だと思いますが、頑張ってください。そして、もし、私に出来ることがあれば言ってください」と右手を差し出しました。

「ありがとうございます」と力強く私の手を握り返したTさんはライムちゃんのお骨壺を手に奥さんに寄り添いながら帰っていかれたのでした。

 

そんな若いTさん夫婦に追い打ちをかえるような試練があることを私はこのときは知る由もありませんでした。

 

ライムちゃんのセレモニーから数日後、Tさんから電話があり「ライムの遺骨をしばらくの間、野村さんのところで預かってもらえませんか?」と電話があったのです。

理由は訊ねたところ、奥さんは自宅で倒れ、破水してしまい、救急車で運ばれたということでありました。

母子共危険な状態であったため、急遽、帝王切開による緊急治療が施されることになり、その時に「もしかしたら当分、家を不在にするかもしれないんで」とTさんはお電話くださったのです。

 

翌日、Tさんの職場前で待ち合わせすることになった私は開口一番「あの奥さんと赤ちゃんは?」と聞きました。

Tさんは安堵の表情で「なんとか無事に生まれました。嫁さんも大丈夫です」と言われ「良かった・・・」と私も胸を撫で下ろしたのです。

 

 

「誰もいない家にライムの遺骨を置いておくのは可哀想だから、野村さん10日ほどお願いします。また嫁さんが退院したら取りに伺いますので」とTさんは頭を下げて職場に戻っていかれました。

 

 

数日後、Tさんは再び会館を訪られ、奥さんとお子さんの退院を報告してくださいました。

預かっていたライムちゃんのお骨壺を返した私にTさんは「出来たら今日、遺骨のメモリアルグッズを作って帰りたいんですけど」と申し出られ、そのままアトリエでTさんは、奥さんにピンクの遺骨ネックレス、ご自身はクリアカラーの遺骨のブレスレットを作成されることになったのです。

 

一時間後、職人さんの手によってメモリアルグッズが完成し、Tさんが帰られる頃、外は季節外れの豪雨が降っていたので、私は車でTさんを送ることにしました。

 

Tさん宅に到着したとき「野村さん赤ちゃん見て行ってください」とTさんが言ってくださり、私はTさん宅にお邪魔させてもらうことになり、奥さんは玄関で笑顔で私を迎えてくださったのです。

 

そして、私はお言葉にあまえて赤ちゃんを抱かせてもらいました。

 

Tさん夫婦と赤ちゃんを囲みながらライムちゃんの事故のことを振り返るようにいろいろなお話をしました。

事故からまだ日が浅いこともあり、悲しみと後悔はたくさん残っていましたが、若い二人は前向きに頑張っておられるようでありました。

Tさんが作成されたメモリアルネックレスをケースから取り出し、奥さんの首にかけてあげ、そのネックレスを見ながら奥さんは「守ってあげれなくてごめんね・・・」とライムちゃんに話しかけられたのです。

 

つらい事故が若い夫婦を苦しめたのは間違いありませんが、そのつらさもTさん夫婦なら乗り越えていけるはずです。

そして、新たな命を授かった二人はさらに強い絆を持って歩いていかれるに違いありません。

そう願い私はTさん宅を後にしました。

 

なお、下の写真は実際に私がお邪魔したときに撮らせてもらった写真であります。

Tさんの手にはライムちゃんの遺骨が。奥さんの手には赤ちゃんが。そして奥さんの胸とTさんの手首には、それぞれライムちゃんの遺骨メモリアルが写っています。

 

 

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野村圭一



 

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続 守ってあげられなくてごめんね・・・

Tさんご夫婦と一緒に会館に向かう車中、ルームミラーでお二人の様子を見た私は(とてもじゃないけど、どのような事があったのか聞ける雰囲気ではない)と感じていました。

二人とも、黙ったまま、Tさんの腕に抱かれたライムちゃんが包まれた毛布を見つめておられ、奥さんは目に涙を浮かべておられました。

 

信号待ちのとき、私は運転席から振り返り「奥さんは妊娠されていらっしゃるので、少しゆっくりと走らせますが、朝で道が空いてるので、10分ほどで到着しますので」と静かな声で言いました。

「すいません」とTさんは言われ奥さんも口元を押えながら小さく頭を下げました。

その時、私の視線は無意識にライムちゃんの方に向きました。

Tさんはそんな私に気付き「一瞬でした・・・」と溜め息交じりに言われたのです。

 

私が「事故・・・のことですか?」と気遣いながら聞いたところ、Tさんはうなずき「はい・・・すごいスピードで飛ばしてたタクシーに・・・」とだけポツリと言われたのです。

その後、Tさんはライムちゃんが事故に遭った経緯を丁寧に話してくださいました。

 

Tさんと奥さんは共に二十歳の新婚さんでありました。

Tさんは大手外食会社で調理師として毎日、夜遅くまで働いて生計を立てておられました。

自宅に戻るのはいつも深夜近くになることが多く、その日もいつもように深夜の道を仕事場から自宅に向かって自転車を走らせていたTさんは奥さんに帰るコールを入れました。

奥さんは臨月の体でありましたが、この日は体調も良く、Tさんが帰ってこられる頃合いに愛犬のライムちゃんを連れてマンションの玄関まで降り、Tさんを待つことにしたそうです。

 

Tさんがマンションの玄関先に着いたときライムちゃんを連れた奥さんが「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれました。

「ただいま」と言いながらTさんは奥さんからリードを受け取り、奥さんと一緒に、その足でライムちゃんを近くの公園まで散歩に向かったそうです。

 

Tさんの仕事柄、ライムちゃんの深夜の散歩は、Tさん夫婦にとって日課でもありました。

 

いつもの公園に着いたTさんは、そこでライムちゃんのリードをとってあげ、ライムちゃんは元気よく公園の中を走り回っていたそうです。

この日の夜、心地よい風が吹いており、大阪もようやく残暑から解放されたと感じた夜でありました。

 

そんな気持ちの良い夜だったせいか、Tさんは仕事で疲れていた体だったのにも関わらず、ライムちゃんの後を追うようにして、一緒に公園を走ったそうです。

 

ライムちゃんも、いつもより楽しそうにハシャギながらTさんと公園の中を走り周り、そんなTさんとライムちゃんの姿を奥さんは公園のベンチで目を細め眺めていました。

 

10分程してTさんがベンチの奥さんのところに「疲れた」と息を切らしながら、笑顔で戻ってきました。

そしてTさんはベンチからライムちゃんの名前を呼んだのです。

 

いつもならライムちゃんは呼ばれたらすぐに戻ってくるのですが、その日は公園の奥の茂みの方に消えたまま戻ってきませんでした。

気になったTさんは奥さんと一緒にライムちゃんが消えた場所まで歩いていったそうです。

 

Tさん達が茂みまで行くとライムちゃんは少し離れた場所に居たのですが、二人の姿を見て、まだ遊び足りないと言わんばかりに二人から離れるように走りだしてしまったのです。

ライムちゃんが向かったのは公園の出口の方向であり、その出口を出れば大きな道路がありました。

ライムちゃんがそのような行動をとったのはこのときが初めてだったのですが、危険だと感じたTさんは大きな声でライムちゃんを呼んだそうです。

 

しかし、ライムちゃんは公園の出口を駆け抜け道路に向かって走っていってしまったのです。

「ライム!ストップ!危ない!ストップ!」とTさんは声を荒らげて静止しました。

ただならぬTさんの声にライムちゃんは走るのを止め、お行儀よく、その場でお座りの姿勢をとったそうです。

 

そんなライムちゃんの姿を確認して、Tさんは一瞬、胸を撫で下ろしたのですが、ライムちゃんが待っている場所は道路の真ん中だったのです。

危険だと感じたTさんがライムちゃんの待つ場所まで駆け足で向かったその時でした。

 

ライムちゃんの後方から車のヘッドライトが近づいてくるのが見えたのです。

 

「ライム離れろ!」と叫ぶTさんの顔を、そのときライムちゃんは不思議そうな表情で見つめていたそうです。

 

そして、猛スピードでやってきたタクシーはTさん夫婦の目の前でライムちゃんの上を走り抜けていったのです・・・

 

道路の先でタクシーはいったん、スピードを落としたものの、止まることなくそのまま走り去っていきました。

 

悲鳴をあげて立ち竦む奥さんをその場に残し、Tさんはライムちゃんに駆け寄りました。

 

ライムちゃん顔からは眼球が飛び出しており、完全に意識はなく、見る見るうちにおびただしい出血が道路に広がっていったのです。

Tさんは血に染まったライムちゃんの首筋に手をあて、祈るような気持ちで脈を探しました。

 

そのとき、別の車が止まり、運転席の見知らぬ男性が「どうされたんですか?」と声をかけてくれたのです。

Tさんは「犬が・・・」とだけ返すのが精一杯だったのですが、男性は車を路肩に停め、青いひざ掛け毛布を手に「大丈夫ですか」と車から降りてTさんのもとに駆け付けました。

 

そして、男性は毛布をTさんに渡した後「病院に」と言いながらスマートフォンを取り出し深夜でもやっている病院を検索してくれたそうです。

 

奥さんが震えながらゆっくりと事故現場に着いたのはそのときでした。

奥さんは変わり果てたライムちゃんの姿に声を発することも出来ないくらいショックをうけ、過呼吸になってしまい、意識が遠のくを感じました。

Tさんは立ち上がり、ふらつく奥さんの体を支えるように道路の脇に移動させ、その場に座らせながら背中を擦り「しっかりしろ」と声をかけました。

 

奥さんは何とか呼吸を整えたのですが、今度は涙が溢れてきたのです・・・

 

見知らぬ男性は「病院ありました」とスマートホンを手に声をかけてくれたのですが、Tさんは首を横に振りながら「脈がありません。たぶん、もう・・・」とそこまで言った後、言葉を失ったのです。

 

Tさんにそう言われた男性は、振り返るように道路に横たわるライムちゃんを見つめました。

そして諦めたようにスマートホンを差し出した手をゆっくり降ろしたそうです・・・

 

闇夜の静けさだけがTさん夫婦と男性を包んでいたのですが、Tさんは悲しみと同時に轢逃げしたタクシーに怒りが沸いてくるのを感じていました。

 

そして、自分の携帯で警察に電話をかけたのです。

 

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。

 

 

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守ってあげられなくてごめんね・・・

ペットが交通事故の被害に遭ったとき。

 

被害の状況が悲惨なものであるほど、ペットが受けたダメージが大きければ大きいほど飼い主さんは早めの葬儀と火葬を希望されることがあります。

 

それには大きく分けて二つの理由があります。

 

一つは事故で変わり果てたペットの姿にを直視するのもつらくなり、出来るだけ早く火葬をしてあげたいと思う気持ち。

 

そして、もう一つはペットすでにペットは痛みを感じない状態であるとわかっていても、事故で負った傷口を見て、飼い主さんはペットが苦しんでいるように感じてしまい、火葬してあげることで早く楽になれると思えることがあり、そう願う親心のような気持ちからであります。

 

散歩の最中、事故に巻き込まれ命を落としたチワワのライムちゃんの飼い主さんであるTさんも、そんなご依頼者のお一人でありました・・・

 

 

 

Tさんから会社のフルーダイヤルに電話があったのは深夜から早朝に差し掛かる時間でありました。

「もしもし・・・あの、そちらペットの葬式屋さんですよね?」と若い男性からお問い合せがあったのです。

電話の出た私は「はい。そうです。」と短く返事をしました。

「すいません遅くに。あのそちらって24時間やっておられるとホームページに書いてあるんですけど、間違いないですか?」と男性が訊ねられたので「はい。そのような体制で承っております」と私は答えました。

「わかりました・・・とりあえず、その確認をしたかったので電話しました・・・あの、また、落ち着いたら、もう一度電話します」と男性は言われ、電話を切ろうとされたので「あの・・・」と、私は、もう少し詳細をうかがいたく「どうされました?」と訊ねたのです。

 

男性は「ああ・・・すいません。ちゃんと説明しなくって・・・」と男性は詫びるように言った後「ついさっき、飼ってるペットが車にひかれて・・・」と男性はそこまで言われて言葉に詰まった後「すいません・・・何て言うのか・・・ちゃんとしてあげなあかん思って電話したんです」とつらい状況の中、気丈にお答えになってくださったのです。

私は「そうだったんですか・・・(お気持ちは)大丈夫ですか?」と確認するようにして聞いたのですが、男性はそのような状況であるのにも関わらず「はい。ありがとうございます。大丈夫です。」と逆に私を気遣うようにして言われたのです。

 

「今、少し嫁さんが取り乱してるんで、もう少し落ち着いてから、また電話します」と男性はしっかりとした口調で言って電話を切られました。

 

実はこのとき、私が電話を受けたのは布団の中でありました。

自分の携帯電話に転送でかかってきた男性の電話を切った後、私は布団の上で座った姿勢をとって頭を整理しながら時計を見ました。

午前3時過ぎ。

深夜に愛犬を散歩してるときに交通事故に遭われたのだろうか・・・

 

 

男性からの二度目の電話はまだ、かかってきていないにも関わらず、私は布団から出てスーツに着替えて会社に向かいました。

 

状況的になるべく早く火葬を希望される可能性が高いと思ったからです。

会社に向かう車中で私は(何があったんだろう)ではなく(どんな人なんだろう・・・)とTさんのことを考えていました。

 

電話でTさんは「嫁さん」と言っておられたことから、ご結婚されていることはわかったのですが、Tさんの声は、おそらく20代前半。もしかすれば10代の若者のような印象を私は受けたのです。

 

しかし、ペットが事故で命を落とす。そんな悲惨な状況下の最中。Tさんは電話でしっかりとした言葉使いで冷静な対応をされてたので、想像する年齢と対応のギャップから私はそのようなことを考えていたのです。

 

会社に到着してすぐ、Tさんから電話がありました。

やはりTさんは「出来るだけ早く火葬してあげたいんですが、何時なら可能ですか?」と早めのセレモニーを希望されたのです。

 

私はスケジュールを確認しながらTさんとセレモニーの時間を決めました。

Tさん宅は自宅でのセレモニーを希望されたのですが、Tさん宅はマンションであったので、早朝という時間帯も考慮し、私は会館でセレモニーをおすすめしました。

Tさんは承諾してくださり、私はTさん宅が会館から車で10分くらいの場所であったので、お迎えにいくことにしたのです。

 

マンション下に到着した私はTさんの携帯に電話をかけました。

Tさんは最初、一人で降りてこられ、私に頭を下げながら「どうもすいません」と挨拶をされたのです。

Tさんは電話で受けた印象通り、20歳になられたばかりの青年でありました。

 

「すぐ嫁とペットを連れてきます」

そう言いながら頭を下げたTさんは足早にマンションに戻っていかれたのですが、私はTさんの疲れきった表情から(おそらく一睡もしてないんだろう・・・)と察し「どのような事故だったんだろうか・・・Tさんは事故を目撃したのだろうか・・・それとも奥さんが散歩をされているときに事故に巻き込まれたのだろうか」数時間前におこったであろう悲劇のことを頭にめぐらせていました。

5分後、蒼白な顔をうつむかせながら、弱弱しい足取りの奥さんに寄り添うようにして、青い毛布に包まれたライムちゃんを抱いたTさんがマンションから出てこられました。

 

奥さんのお腹は大きく膨らんでおられ、妊娠されていることがわかりました。

そして、ライムちゃんを包んだ毛布には黒に近い色の血痕が確認できたのです。

 

私はTさん夫婦に歩み寄り「棺を持ってきてますので、ライムちゃんはそちらに移しましょうか?」と提言したところ、Tさんは首を横に振り「もし迷惑じゃないなら抱いたまま行きたいんですけど。ダメですか?」と言われたのです。

「わかりました。では参りましょう」と私はご夫婦を案内するように車の後部座敷のドアを開けたのです。

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。

 

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一



 

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「許せない許せない・・・許せない」の後日談義

先日、{「許せない許せない・・・許せない」}{続 「許せない許せない・・・許せない」}で書かせていただいたMさんの奥さんからお電話をいただきました。

 

奥さんは「あの・・・○○(ペットちゃんの名前)の葬儀のときに担当してくださった方ですか?と」確認をされた後「葬儀のとき、ちゃんとお礼を言えなかったので電話しました」と丁寧な口調で言ってくださったのです。

「とんでもございません。わざわざお電話ありがとうございます」と私は受話器越しに頭を下げた私は、その後の言葉を口にするかどうかを迷いました。

 

私が口にしようとした言葉は(あれから警察の方に行かれたのですか?)ということだったのですが、奥さんのセレモニーの当日の様子を知っていただけに、思い出したくも無い過去の話に触れることへの躊躇いがあったのです。

 

しかし、その話を切り出したのは奥さんでありました。

 

奥さんは「葬儀のとき、野村さんが旦那に警察の対応の説明をしてくれただけなのに、私は、あのとき、冷静になれなくて、てっきり野村さんは私達の味方じゃないんだって思い込んでしまって、挨拶もせずに帰ってしまって・・・本当にすいませんでした」と涙交じりの声でお謝りになられたのです。

 

「いえいえ。あのようなことがあった直後ですもの仕方ありませんよ。それなのに、状況も考えずに冷淡な意見ばかり言って、こちらこそ申し訳ありませんでした」と私も謝罪をしました。

 

そこまで会話し、初めて私は「それで、あの後、警察には?」と訊ねたのです。

 

「はい。葬儀が終わって、一度、家に帰って、少しして、旦那が会社の上司とかに電話で相談してくれたんですけど、やっぱり野村さんが言ってたような感じのこと言ってて、それで、どうしようか旦那とも話合ったんですが、証拠はないし、行くだけ無駄なんかなって思えてきて、そのまま、ずるずる過ごしてたんですね・・・でも許せない気持ちは日に日に増してくるし、その人(住民さん)見るたびに怒りが増してくるし・・・でね、野村さんが書いてくれはったブログ読んで、すごく、野村さんが言った意味もわかったし、相手しれなくても警察に言うのは意味があるって思って、ブログ読んですぐ、警察に電話したんです」と奥さんは言われました。

「はい。それで?」と私は聞き、奥さんは続けるように「でね、電話に出たおまわりさん、とても親切な人で、電話で説明した後、わざわざ、家まで来てくれはって、それで詳しい話を聞いてくれたんです。もちろん、証拠がないから、どうのこうのは出来ないけど、ちゃんと上にも報告して、今後、何か進展があるようなら連絡しますって言ってくれはりました」と落ち着いた声で説明してくださったのです。

 

「そうですか・・・でも、そのような事実があったと警察に記録が残っただけでも、今後、もし、同じようなことがあったときは状況が変わってくるかもしれないんで、すごく意味のあることだと思います」と私は答えました。

 

「はい。本音を言えば、すぐに逮捕して白状させてもらって、せめて土下座くらいしてもらいたって思うこともあるんですけど、謝ってもらったからといって、絶対許せないですし、○○が生き返るわけでもないですしね・・・。それに証拠もないですしね・・・」と奥さんは少しだけトーンダウンしながら言いました。

 

私は、少しだけ話を変えるように「旦那さんはお元気ですか?」と質問し、奥さんは「はい。私の前で元気にしてるだけかもしれませんが、仕事終わったらすぐ帰ってきてくれるようになりました。まあ、いつまで続くかわかりませんが」と最後は少し茶目っ気っぽく笑って言われたので「そうですか」と私も笑いながら返事しました。

 

その後、20分ほど、私は奥さんとお話をし、電話を切りました。

Mさん夫婦は、今月末にも今の団地から奥さんの実家の近くのマンションに引っ越す予定らしいのですが、そのほうが良いと私は思いました。

 

引越しをしたことで、愛犬を襲った悪夢のような記憶が消えるわけではありませんが、若い二人にとって愛犬が命を落としたその場所で生活を続けることよりも、新たな環境で生活を始めることのほうが、きっとプラスになるはずであると私は思ったのです。

 

引越しが落ちついた頃にメモリアルグッズを作成しに、会館に来られると奥さんは言っておられたのですが、その時に、もう一度、いろいろなお話が出来ればと私は思っています。

 

 

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最終章 急死した父の気持ちを教えてくれた犬

本格的な引越しはお父さんの初七日がすんでから業者に依頼して済ませたのですが、Nさんはマンションから最低必要な物だけを実家に持ち帰り、その日から実家でタロくんと生活するようにしたのです。

生まれ育った実家の生活に不便は無かったものの、Nさんにとって犬と生活することは初めてのことだったので、最初は戸惑いの連続だったそうです。

 

タロくんは大型犬であったため、食事の量も含め、Nさんにとってはわからないことだらけではありましたが、犬に詳しい友人達からいろんなを知識を学び、飼い主としての役割と自覚に目覚めていったのです。

 

タロくんの朝夕の散歩もNさんの日課になり、生まれてから一番、規則正しい生活を送るようになったと言っておられました。

とくに夕方の思い出の池までの散歩は、Nさんにとっても楽しみになり、毎日のように池の畔まで行き、そこで休憩する時間はお父さんの思い出と浸る時間にもなったのです。

 

Nさんは池の畔に来るたびに、お父さんのことを考えるようになっていました。

 

思い出すと、お父さんからは、実に多くの大切なことを教えてもらっていたのに、今まで深く考えたことはほとんどなかったように感じたNさんは、池の畔でタロくんと腰を並べて座りながら、記憶の糸を紐解くようにして時間を過ごすようになったのです。

 

お父さんからの教えは、「思いやり」や「人を傷つけない」といった人としての基本的なことがほとんどだったのですが、大人になった今、とても大切なことであると思えるものばかりでありました。

 

そういう意味でも夕方のタロくんの散歩はNさんにとっても有意義な時間になったのです。

 

こんな毎日も悪くない。

そう感じていた矢先、その日は突然やってきたのです・・・

 

その日、いつものように朝、散歩に行こうとNさんがタロくんところにいくと、タロくんはいつもと違う姿勢で薄っすらと目を開いたまま眠っていたのです。

異変を感じたNさんは「タロ・・・タロ・・・」と恐る恐る、数回、タロくんの腹部を優しく揺らしました。

しかし、指先から伝わってきたのはいつもの温かな弾力感ではなく、固く冷たい感触だったのです・・・

 

「なんで・・・」とNさんはその場に座り込んでしまい、涙を流したそうです。

 

推定年齢13歳。

大型犬では高齢であり、大往生と言える年齢ではありましたが、何の前触れもなく、タロくんはお父さんの四十九日の翌日にひっそりと息を引きとったのです・・・

 

Nさんは、この現実をどう受け止めていいのか判断できず、犬に詳しい友人に電話でタロくんの急死を伝えました。

そして、その友人さんのご紹介で、翌日、タロくんの葬儀と火葬を弊社プレシャスコーポレーションが担当させてもらうことになり、私はNさんが希望された時間にNさん宅に火葬車で向かったのです。

 

自宅でお葬儀を執り行った後、火葬はNさんの希望で思い出の池が見える通りで執り行われ、私は火葬の間、Nさんからお父さんが亡くなってから今日に至るまでのお話を聞かせてもらったのです。

 

「今考えれば、タロは私にお父さんの教えを、思い出させるために、私と過ごしていたように思えるんです・・・」

Nさんは火葬が終わったとき、そのように言っておられました。

 

私もNさんの話を聞いていて、同じようなことを考えていました。

 

お骨上げが済んだとき、Nさんはその場でセレモニー費用を清算された後、私に「ここで結構です。私、少し池の方にお参りしてから歩いて帰りますんで」と仰られたのです。

Nさんは最初、タロくんの火葬の場所を池の畔で執り行われることを希望されたのですが、そこは公園の敷地内であったため、火葬車を乗り入れることは出来ませんでした。

思案した結果、最終的に池の畔の見える通りで火葬は執り行うことになったのですが、Nさんは、一人で池にお参りをしてから帰ると仰ったのです。

 

そう私に告げ、Nさんはタロくんの遺骨の納められたお骨壺とお花を持って、池の畔の方に歩いていかれました。

 

Nさんが歩いていく後ろ姿を見つめながら、私は、この場から立ち去ることに少し躊躇いを感じました。

時間は夕刻。周りが暗くなる時間でもあり、いくら思い出の場所であっても女性のNさんが一人で居るには物騒な場所だと思ったからです。

しかし、私が躊躇ったのはそのこと以外に、今、Nさんをあの場で一人で居させることへの抵抗感のようなものを感じたのです。

 

私の場所からは池の水面が光って見え、その光で池の畔で佇むNさんの姿が浮かび上がって見えていました。

 

立ち去ることに気が引けた私はその場から暫しの間、Nさんを見守ることにしたのです。

 

時間にして10分程、Nさんは池の畔にしゃがみこみ、合掌をしたままの姿勢でおられました。

 

そのとき、不意に携帯電話が鳴りました。

 

電話に出てみると、Nさんからでありました。

Nさんは「どうされたんですか?まだ帰られないんですか?」と池の畔から携帯電話をかけてこられたのです。

 

私はNさんの自宅に訪問する際、少し道に迷い、連絡先であったNさんの携帯に自分の携帯から電話をかけて、道を訪ねたのですが、そのときの履歴が残っていたようで、Nさんは帰る気配のない火葬車を見て、不思議に思い電話をかけられたようでした。

 

「いや、あのもう暗くなってきましたし、Nさんのお参りが終わるまで待っておこうと思いまして」と私は返答しました。

「そうなんですか・・・」と元気のない声でNさんが言われたので「余計なことをしてすいませんでした・・・気が散りますか?」と私は訊ねたのです。

 

「いえいえ・・・ありがとうございます。でも、いつも来てたたんで大丈夫ですよ」とNさんが仰られたので「確かに・・・でも、いつもならタロくんが居たから」と私はそこまで言って(しまった・・・)と心で舌打ちをしました。

思わず、一番言ってはいけないことを口走ってしまい、私は携帯を耳から離し、池の畔に目をやりました。

池の畔ではNさんは肩を落とし、しゃがんだまま携帯を耳にあて、池を眺めているようでした。

 

私は電話を切り、池の畔に向かいました。

私の足音に振り向いたNさんに「余計なことしてすいませんでした。お邪魔なようでしたら帰りますが、やはりこの時間に一人でここにいらっしゃるのは、少し物騒だと思いましたんで」と私は弁解するように言いました。

 

Nさんは少しだけ笑みを浮かべながら「別に邪魔とかではないんです・・・待ってもらうのが悪いなって感じたんで・・・」と仰いました。

Nさんの笑顔を見て、少しだけホっとした私はNさんから少し距離を開けて同じように池の畔にしゃがみこみました。

 

Nさんは池を見ながら「な~んか、お父さんが亡くなった日より、今日のほうがお父さんがいなくなった寂しさが身に沁みるんです・・・」としみじみ言われました。

私も池を見ながら「わかるような気がします」とだけ答えました。

 

「私が言うのも何なんですが、父は本当に良い人でした・・・真面目で物静かで理想の親でした。今思えばあんな良い人はいなかった。なのに私はそのことが当たり前に感じて何の感謝もせず、大きくなって・・・何のお礼もできないまま父は逝ってしまった・・・今の私には後悔しか残ってないんです」と涙を流されました。

そんなNさんに私は「仰りたいことわかります。でも、人間って皆そうですよ。いなくなって初めてその人の大切さが身に沁みるものなんです。言い方を変えれば傍にいるときは近すぎて見えないものですよ」と言いました。

「でもねNさん」と私は続けるようにNさんに話しかけました。

Nさんも私を向き「はい」と返事をされたので「僕はね、思うんですよ。お父さんと過ごした日々を思い出しながら、Nさんはいろんなことを再認識されてたじゃないですか。記憶の中のお父さんの些細な言葉や行動から、お父さんの愛情を感じることが出来たでしょ?」と私は語りかけるように言い、Nさんは黙ってうなずかれました。

「僕はNさんがそれを感じれる人間に成長できたことが何よりの親孝行だと思うんですよ。だからお父さんは今、天国で『自分の教育は間違ってなかった。娘はとてもいい人間に成長した』ってすごく喜んでると思うんです」と私は伝えたのです。

「それが親孝行と言えるのかな・・・」とNさんは声を詰まらせ言われたので「温泉旅行に連れていってあげたりするのが親孝行だと思われがちですが、そうじゃないんです。もちろん、そういうのも親孝行ではありますが、本当の親孝行というのは、子供が親の教えを理解し、立派な人間に成長することだと僕は思っています」と私は言いました。

「私は父の教えを理解したと言えるのかな?」とNさんが聞かれたので「理解をされていると思います。理解しているからこそ、今、悲しいんですよ。でもね、理解するのは、以外と簡単なんです。大切なのは、理解しながら行動に移すことです。Nさん。人生、まだまだ、先は長いんですよ。だから、これからの人生の中でNさんがお父さんの教えを念頭に置きながら生きていって、自分の幸せを見つけることが本当の親孝行にもなると僕は思います」と私は答えました。

 

暫しの沈黙があり、Nさんは「ありがとうございます・・・頑張ってお父さんのような人間になります」と深く頭を下げて言われました。

 

その後、私とNさんは池の畔から通りに戻り、私は火葬車でNさんを自宅までお送りしました。

 

別れ際、Nさんは「本当にありがとうございました」ともう一度、頭を下げられたので「いえいえ。偉そうなこと言ってすいません。でもね、Nさん。Nさんが言われた『お父さんのような人間になる』って言った言葉。きっとお父さんにとっては、これ以上のない嬉しい言葉だと思います。もし、本当にNさんがそのようになれたのなら、きっとタロくんも喜ぶし、お母さんも喜ばれると思いますよ」と私もそれを伝えた後、Nさんに見送られるようにしながらNさん宅を後にしました。

 

お父さんとタロくん。続けさまに大切な家族を亡くしたNさんにとって、当分の間、寂しい日々が続くでありましょう・・・

しかし、お父さんとタロくんが残した愛情は、きっとその寂しさからNさんを包み、いつの日か、Nさんなら自分の力で乗り越えて行けると私は思っています。

 

 

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野村圭一



 

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続 急死した父の気持ちを教えてくれた犬

8年ぶ振りのタロくんとの散歩は、ゆったりとした時間をNさんにもたらしてくれました。

お父さんの葬儀で慌ただしかった時間を振り返りながらタロくんに誘導されるようにNさんは歩いたそうです。

 

タロくんは時々、マーキングをしながらも、Nさんの歩調に合わせるようにして、通いなれたコースを進み散歩を楽しんでいるようでした。

そんなタロくんの後ろを歩くようにしながらNさんは(どこに行くつもりなのかな・・・そう言えば、父がいつもどこに散歩に行ってるのかさえ聞いたことがなかった・・・)という思いにふけていたそうです。

 

タロくんが三度、角を曲がったときでした。

Nさんはタロくんが何処に向かっているのか、というより父がタロくんを連れていつもどこまで散歩に行っていたのか察しがついたのです。

 

それは、Nさんの実家から徒歩で20分ほど行ったところに夕陽が綺麗に見える大きな池のある公園があり、タロくんは、どうやらそこを目指して歩いているようだったのです。

 

10数分後、Nさんとタロくんは公園に着きました。

Nさんがこの公園を訪れたのは小学生以来のことだったそうです。

 

この公園はNさんが幼い頃、いつもお父さんに連れてきてもらっていた思い出のある公園でもありました。

公園の池にはアヒルが居て、そこで父と一緒にアヒルにパンをあげるが当時のNさんは大好きだったそうです。

父と最後にこの公園を訪れたのはいつ以来だろ・・・幼稚園か小学生の二年生くらいだったろうか・・・記憶を遡りながらNさんは(まだアヒルいるのかな・・・)とタロくんと一緒に池の方向に向かい歩きました。

 

夕暮れの林道を少し抜けると池が見えてきて、そこには綺麗な夕陽に照らされた池に数羽のアヒルが浮かんでいたのです。

その光景に思わず「うわ・・・懐かし・・・」と声を漏らしたNさんは、吸い寄せられるようにして池の畔まで歩いたそうです。

 

池の畔についたとき、タロくんは、いつもそうしてたかのようにお座りをしました。

父とタロはいつも、ここに来てたんだ・・・

そう思ったNさんは胸が締め付けられるような感覚になったそうです。

 

夕陽に照らされた池を見ながらNさんは幼い日の記憶を呼び起こすようにお父さんのことを考えていました。

そして、タロくんの隣にしゃがみこむようにして父との思い出に浸ったのです・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幼いとき、毎日のようにここへ連れてきてもらっていたのに、いつのまにか、まったく来なくなっていた・・・

というより、ある年齢を境に父と二人で行動すること自体が極端に減ったように思える・・・

 

父のことはけして嫌いではなかった。むしろ子供の頃は大好きだった。

今思うと、母がいない自分に父は必要以上に優しく接してくれた。

どんなときも私を中心に考えてくれた。

 

だからお母さんがいる友達を羨ましく思ったこともあったが、父と二人で寂しいと感じたことは一度もなかった。

運動会や遠足のときも友達のお母さんに負けないくらいに。毎回、豪華な弁当を作ってくれた父。

 

でも、父と池に来なくなった頃から友達と遊ぶことが楽しくて、いつも友達を優先するようになっていたのだ。

 

父は温和な人だった。

怒ったのを見たことがない。

 

中学生になり、思春期に差し掛かった頃、父との会話は極端に減っていた・・・

理由はなかった・・・

ただ共通の話題が減っただけだと思っていた。

 

でも父はどんなときでも優しかった。

そんな人だった。

 

そういえば私は父を自分の父としてしか見ていなかった。

父も私の父である前に一人の人間だ。

 

心から愛していた母に先立たれ、悲しみに暮れる暇もなく私を男手一つで育ててくれた父。

 

きっと母が死んだとき、父は相当につらく悲しかったに違いない・・・

でも、父はそんなそぶりも私に何一つ見せることなく全身全霊の愛で私を育て、何一つ不自由を感じないまま自分は大人になった・・・

 

そして、短大を出てすぐ家を出で一人暮らしをすると言ったときも父は優しい顔で「それもいいかも知れんな。まあ、でも、さみしなったらいつでも帰ってきなさい」とだけ言い、何も咎めることもなく、快く承諾してくれたのだ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

そんなことを思いだしながらNさんは隣で座っている夕陽に照らされたタロくんの横顔を見つめました。

そして、そのとき、幼い日、父とこの池に来たときに父が自分に何気に言った言葉を思い出したのです。

それは「もしお前が男の子だったら『太郎』って名前を付けるつもりやったんやで」という言葉でした。

 

「そうか・・・タロのタロという名前は太郎のタロだったんだ・・・」と気付いたのです。

 

父は何も言わなかったが、本当は私が一人暮らしを始めると言い出したとき、寂しかったのかも知れない・・・

タロを向かい入れたのかもその寂しさを埋めるためだったのかも知れない・・・

 

そんなことも知らずに自分は好きなように生き、一人暮らしを始めてからは、ほとんど実家に帰ることもなく、父のことを考えることもなかった。

 

(なんて自分は薄情な娘なんだ・・・浅はかだった・・・)

そう痛感したNさんはむしょうにお父さんの優しさが伝わってきて、葬儀のときはまったく出なかった涙が溢れてきたそうです。

 

池の畔で膝に顔を埋めたまま、Nさんは30分近く泣いたそうです。

 

そのとき「ク~ン」と耳の傍でタロくんがNさんを慰めるように顔を寄せてくれたのです。

Nさんは左手でタロくんの顔を抱き寄せるようにして嗚咽をあげて泣きました・・・

 

泣き止んだときには、夕陽は落ち、すっかり公園は闇に包まれていました。

そして、タロくんはNさんが泣いている間、静かに傍で見守ってくれたのです。

 

真っ暗な池の畔でもタロくんが一緒だったから全然怖くありませんでした。

 

「よし」と掛け声をあげて立ち上がったNさんはタロくんの顔を見て「お前は私の弟だったんだね。心配しなくても今度は私がパパの変わりにお前の面倒みるからね」と笑顔で話しかけました。

父が亡くなって以来、ずっと下がっていたタロくんの目じりは、Nさんのその言葉を聞いて、いつものように凛々しく上がったそうです。

 

池の畔を離れたとき、Nさんはマンションを引き上げ、実家に戻りタロくんと一緒に生活する決意が固まっていました。

 

そして、先立った母の分まで自分を大切に育ててくれた父のように、今度は自分が父の分までタロくんに愛情を持って接しよう

そう心に決めたのです。

 

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。

 

 

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急死した父の気持ちを教えてくれた犬

幼い頃のお母さんを亡くされたNさんはお父さんの手一つで育ちました。

お母さんを亡くされて以来、ずっとお父さんと二人暮らしだったのですが、社会人になったのを機にNさんは実家から二駅ほど離れたマンションで一人暮らしをされることになったそうです。

 

一人暮らしをした理由は「一人暮らしをしてみたかっただけ」らしいのですが、お父さんはNさんが家を出てすぐ、犬を飼うことに決め、大型犬のタロくんを保護施設から向かい入れたのです。

 

Nさんが初めてタロ君を見たときNさんは「オオカミ!」と見間違ったそうなのですが、タロくんはハスキー犬とシェパードを足して2で割ったような、とても風格のある、力が強い犬でありました。

そして、Nさんが初めてタロくんを散歩に行ったとき、外に出た途端、いきな駆けだしたタロくんに引きずられてしまい、携帯電話でお父さんを呼び、助けてもらったことがあったそうです。

 

そのことがあってからNさんは実家に帰ったときもタロくんを散歩に行くことはなく、遊ぶことはおろか、撫でることもほとんどなかったと言っておられました。

 

実家とNさんのマンションは自転車でも行ける距離だったのですが、Nさんが実家に帰るのは年に三度くらいのペースだったそうで、Nさんは念願の一人暮らしを満喫し、お父さんも新たな家族のタロくんとの生活を楽しんでいたそうです。

 

そして、家を出て8年。一人暮らしもすっかり板についてきた今年の7月、お父さんが仕事場で倒れ、そのまま運ばれた病院で息を引きとったのです。

 

くも膜下出血による急死であったそうです・・・

 

実感もないままお父さんの葬儀を執り行ったNさんは、後日、御通夜と葬儀の日のことをほとんど覚えていないほど、慌ただしく喪主を務められました。

 

葬儀を無事に終えた後、ごく親しい親族の人と実家に戻ったNさんは、今後についての相談をしました。

家のことをはじめ、だいたいの事が大筋で決まり、そろそろ親戚達が帰り支度を始めた頃でした。

 

親戚の叔父さんが「あの犬はどうするねん?」と庭からこちらの様子を伺っていたタロくんを見て、不意にNさんに訊ねたのです。

Nさんは実家を売却し、今住んでいるマンションでの生活を続けるつもりでした。

「ペット禁止だし、マンションで飼うのは無理だから、誰か引き取ってもらえませんか?」と親戚一同の顔を見渡したのですが、その場で大型犬のタロくんを引き取ってくれると申し出てくれる人はいませんでした。

 

叔父さんは「お前が(Nさん)こっち(実家)帰って生活するのが一番やけど、最悪、無理やったら役所に連れて行かなあかんで」と言ったのです。

 

役所・・・

 

それはタロくんの殺処分を意味することでした・・・

 

けしてタロくんを可愛がっていたわけではなかったNさんでありましたが「さすがにそれは・・・」と叔父さんに言葉を返したそうです。

ふと庭の方に目をやると、タロくんが、まるで話の内容を理解しているかのように悲しそうな表情でNさんと親戚を見ていたそうです。

 

「なら、お前がここで面倒みてやらんとあかんで」と叔父さんは言い、他の親戚も無言でうなずくだけでありました・・・・

 

親戚が皆帰った後、実家に一人残されたNさんは玄関から庭に出ました。

 

いつも自信ありげにNさんを睨んでいたタロくんではありましたが、このときは肩を落としたように元気がなかったそうです。

そんなタロくんにNさんは(お前もパパが死んで寂しいんだね・・・)と心で話しかけました。

 

するとタロくんは頭を下げながら静かに体を沈め、伏せの姿勢をとったそうです。

 

その姿を見てNさんは胸が痛むと同時に(本当にタロのことどうしようか・・・)と悩みました。

 

そして、お父さんが倒れてからの四日間、タロくんを一度も散歩に連れていってあげていないことに気付いたのです。

 

散歩に連れていってあげようと思ったものの、Nさんは初めて散歩に行った日の苦い記憶を思い出していました。

 

「また引きずられたらどうしよう・・・もうお父さんもいないから誰も助けてくれない・・・」そんな不安が過ったNさんの目にある物が飛び込んできたのです。

それは、タロくんのお散歩のときにお父さんが愛用していたスコップ等のお散歩セットが入ったカバンで、元々そのカバンはNさんが小学生のときにソロバン教室に通っていたときに使っていた物でありました。

 

そのカバンから何かを感じたNさんは、タロくんにリードを付け散歩に連れていくことに決めたのです。

 

裏門から散歩に出たNさんはタロくんが以前のような勢いがないことに気付きました。

よく考えたらお父さんが引き取ったときには確か5歳くらいだったから、タロくんはもう13歳の老犬になっていたのです。

(これならいける)そう感じたNさんはリラックスしてタロくんと並んで歩きました。

 

散歩に出てすぐNさんはタロくんが自分を気遣って歩調を合わしてくれていることに気付いたのです。

 

タロくんはNさんの少し前を歩きつつ、時折、Nさんのことを伺うようにしながら、Nさんのペースに合わせるように歩いてくれたそうです。

 

(もしかしてタロは「お利口さんにしないと捨てられる」と思って私に合わしてくれてるんかな・・・)そんなことを考えながらNさんは8年振りにタロくんと歩いたそうです。

 

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。

 

 

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これまで経験したことがない脅威

最近よくニュースで「これまで経験っしたことがない」という表現をよく耳にします。

経験したことがない大雨

経験したことがない猛暑

しかし、未経験なのにも関わらず、それほど頻繁に訪れるのであれば、もはや、それは珍しいものではなく、今後、それが当たり前のようになっていくのかもしれません。

 

私達ペット葬儀屋にも、ここ最近、経験したことがないような出来事が起こっています。

 

それは10月に熱中症で亡くなってしまったペットが後を絶たなかったことです。

 

今年の10月初旬、気温は連日の夏日が続き新潟では35度を記録しました。

もちろん、観測史上最高気温であり、7月の平均気温に匹敵する暑さです。

 

我々人間以上に気温の変化に敏感なペット達、とくに暑さに弱い大型犬はこの経験のしたことがない猛暑に体調を崩してしまい、高齢、または持病がある子はそのまま命を落としてしまうこともあるのです。

 

その暑さからようやく解放された10月中旬、今度は、一気に気温が下がりました。

気温も徐々に下がるのであれば、体に与える影響は少なくてすみますが、急激な変化には体がついていけないもので、やはり、ペット達に与える影響は計り知れません。

 

ましてや前日の気温差だけではなく、日中と夜間や早朝の気温差も激しいので、特に寒さに弱い猫や小型犬はその影響をモロに受けるのです。

 

それ物語るをように10月の中頃から大型犬の訃報が減り、今度は猫と小型犬の訃報が相次いでいます。

 

 

ここ最近の瞬間雨量は、亜熱帯地方を彷彿させるものであり、もはや日本は四季が豊かな温帯な国ではないのかも知れません。

異常気象も三年続けばそれが平均になります。

 

経験したことのない脅威に、過去の常識は通用せず、ペットを守る立場でもある我々人間は、対策を一から練り直す岐路に立たされているのかも知れませんね。

 

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野村圭一

 



 

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