2013-05

脳腫瘍と闘ったジェーンちゃんが守り抜いたもの

大阪市のKさんから愛猫ちゃんの訪問火葬のご依頼があり、私はご火葬の指定の場所である川沿いの公園に到着しました。

この公園は桜の並木通りがあり、桜の季節には大勢の花見客で賑わいます。

また都心の散歩コースとしても理想的な場所であり、私は過去に3度、火葬場所にこの公園を利用させてもらったことがあるのですが、偶然にもそのとき、Kさんは飼い主さん立ち合いのもと、火葬を執り行っている私の姿と火葬車を見かけたそうでした。

Kさんは、そのとき初めて移動火葬車を見たらしいのですが「今はこういうのがあるんだ。ペットに、万一のことがあったときはここにお願いしよう」と私の会社名を覚えていてくださったのです。

 

約束の時間に公園に着いた私は火葬車から降りてKさんを待っていました。

お待ちすること数分。腕に箱を抱いたKさんとKさんの奥さんがこちらに向かってゆっくりとした足取りで歩いてこられるのが見えました。

 

私は無言で頭を下げ、Kさんは「Kです。この度は・・・」と短く自己紹介をされてからご挨拶をしてくださいました。

比較的、気丈な面持ちのKさんに比べ、奥さんは若干ではありますが、沈んだ表情をされていました。

最愛のペットを喪ったのだから当然といえば当然なのですが、私は長年の経験から奥さんには何らかの後悔の念があるのではないかと感じたのです。

 

初めてジェーンちゃんを見た私は息をのみました。

強靭な骨格に山猫のような柄。そして、長く太い牙(犬歯)は野生動物を彷彿させるような風格があったからです。

同時に立派な骨格とは不釣合いな痩せた体から、ジェーンちゃんが亡くなったのは、おそらく癌であることが想像できました。

私は失礼を承知で「この子(ジェーンちゃんのこと)は純粋な家猫なんですか?」とKさんに訊ねました。

Kさんは少し笑みを浮かべながら「珍しい毛並でしょ。どういう血統かはわからないですけど、まあ何か外国産の猫の血は入ってると思います」と静かにお答えくださいました。

 

その後、お葬儀は、前日にご夫婦だけで執り行ったということだったので、すぐにご火葬をさせてもらうことになりました。

 

ご火葬の席で、私は「あの・・・ジェーンちゃんは生前、どんな子だったのですか?もし、よければお聞かせくださいませんか・・・」と私の隣で火葬車の煙突からあがる靄を見上げていたKさんに訊ねてみたのです。

実は、私がブログで自分がセレモニーを担当したペットちゃんのことを書かせてもらう話のほとんどが、ご火葬のとき、またはお葬儀のときに飼い主さんから直接聞かせてもらった話であり、最愛のペットを亡くされた直後の辛い時期なのは理解しつつも、私は飼い主さんの心の状態を見て、このような質問をさせてもらうことがあるのです。

 

Kさんは靄を見上げたまま「こういう時って皆さんは、やっぱりペット自慢をされるもんなんですか?」と逆に私に質問をされました。

私は少しだけ考えながら「半々ですかね・・・」と答えました。

「半々とは?」とKさんが不思議そうに聞かれたので「ショックが大きすぎて何も話せないというか、言葉を発することもできないような飼い主さんが半数で、残りの半数の飼い主さんはペットとの出会いから生前のエピソードを交えてお話くださいますかね」と私は説明しました。

 

「そうですか・・・」とKさんは溜息交じりに言った後「少しだけ、ペット自慢に聞こえるかもしれませんが構いませんか?」と仰ったので「はい。聞かせてください」と私は返事しました。

 

「一言で言って『賢い子』でした・・・本当に困らせられたことが無いというか手が掛からない子でしたね・・・」とKさんは遠くを見るような目をして話し始めてくださったのです。

Kさんは続けるように「何て言えばいいのか、ちゃんと何をしたら僕らに迷惑がかかるのかを理解している子でしたね・・・弾みで物を壊すようなこともなかったですし、トイレも一度で覚えましたしね・・・それは病気になってからも同じで最後まで手を借りずに一人でトイレに行ってました・・・」と目を潤ませました。

「あの・・・ジェーンちゃんの病気は?なんだったんですか?」と私は聞きづらいことではあったのですが、Kさんに訊ねてみたのです。

Kさんは少し間を置いて「脳腫瘍でした・・・」と短く答えてくださいました。

 

脳腫瘍と聞いて、私は少し驚きました。

なぜならば、脳腫瘍を患った猫は、歩行困難になるもので、真っ直ぐ歩くことも出来なくなるからであり、それが末期になると寝たきりを余儀なくされ、トイレはおろか、食事も人間の介護が必要になるからです。

私は「脳腫瘍?ですか?なのに最後まで自分でトイレに行ってたんですか?」と聞き返しました。

「はい。ふらつきながらも一人でトイレまで歩いていってしてましたね・・・本当に最後まで立派な子でした」と言った後、ギュっと口を真一文字に閉ざして悲しみを押し殺すような仕草をしてされました。

私は感心するような口調で「脳腫瘍を患いながら最後まで誰の力も借りずに・・・立派ですね・・・」と同調した後「あの・・・最後は看取れたんですか?」と訊ねました。

その質問をしたときKさんの表情が一瞬、曇ったので私は内心(いけない質問をしてしまった)と思いました。

Kさんは「・・・それが・・・」と言いながら奥さんの方に目をやりました。

そして、Kさんに変わって奥さんが「最後の最後だけ、看取ることが出来なかったんです・・・」と肩を落とされたのです・・・

 

奥さんは無念な表情を浮かべながら「いよいよ(死期)近いかなって感じてたんで、ずっと付きっ切りで看病してたんですね・・・その日(亡くなった日)はいつもより安定してて、気持ち良さそうにしていやったんで『今なら大丈夫かな』と思って、少しだけ買物に行ったんです・・・そのほんの僅かな時間に逝ってしまって・・・」と涙を流されました・・・

最初にKさんご夫婦と対面したときに奥さんから感じた後悔の念はこれが原因だったのかと私は思うと同時に(ジェーンちゃんはその時を選んで逝ったんではないか)と感じたのであります。

私は肩を落されるKさん夫婦に「昔から猫は死期が近づくと家から居なくなるって言うじゃないですか?あれは本当のことなんですよ」と語りかけました。

Kさんは、何の話かと言いたげに不思議そうな顔をされて「まあ確かにそういう話は聞きますね・・・」と言いました。

私は続けるように「猫科の動物は基本、単独生活なんですけど、唯一猫科で群れを作るのはライオンだけなんですよ。でも、そのライオンですら死期を悟ったら群れから離れ単独で死期を迎えるんですよ。理由は「安全を確保するために外敵がいない場所に身を隠すため」だとか色々と憶測されているんですが、それなら群れの中のほうが仲間が居るので安全ですよね?だから僕は猫が単独で死期を迎えることを望むのには他の理由があると思うんです」と持論を話しました。

「どんな理由ですか?」とKさんが訊ねられたので「プライドだと思います。ただ単純に弱い姿を見られたくないだけなんだと思うんです」と私は答えました。

「最後までトイレに自力で行っていたこともそうですが、ジェーンちゃんはお二人に迷惑をかけたくないという気持ちもあったと思うんですが、それよりも醜態をさらすのが嫌だったんではないですかね。そういう意味でプライドが高い猫だったような気がするんです。それと、同じ理由でその時(臨終)を見られたくなかったから、あえて、奥さんが買物に行ったときを選んで逝ったような気が私にはするんです」と言いました。

Kさん夫婦は二人して考え込まれるような表情を浮かべておられたので「何も知らないのにわかったようなこと言ってすいません」と自分の出過ぎた発言を謝罪しました。

 

「いえ・・・」とKさんは笑顔で言われた後「確かに言われて見ると、そうかもしれません」と独り言のように仰り、隣の奥さんも無言で数回、頷いておられました。

 

そして奥さんは顔を上げ「すごく心残りだったので、救われたような気持ちです・・・ありがとうございます」と涙目のままお礼の言葉をかけてくださったのです。

それを聞いたKさんは「本当にそうかも知れんな・・・そういう姿を見られるの嫌いな子やったもんな」と優しく奥さんに語り掛けていました。

 

ご火葬が無事に終わり、お骨あげのとき、あらためてジェーンちゃんの立派な骨格と犬歯を目にしたKさんご夫婦は「すごい太い・・・立派な骨やったんやな」とお骨をひとつずつ大切そうにお骨壷に収めておられました。

別れ際、Kさんが「野村さん。最後にもうひとつジェーンの自慢していいですか?」と笑顔で聞かれたので「是非、聞かせてください」とこたえました。

Kさんは「うちは他にも数匹、猫が居るんですけど、ジェーンはすごく女の子(猫)にモテる猫でした。家に居る女の子は全員ジェーンに惚れてたんですよ。なあ?」と奥さんに促すように言いました。

奥さんは「猫だけじゃないです。私もメロメロでした」と本音とも冗談ともとれるような言い回しで言ったので、私は思わず笑ってしまいました。

つられるように笑顔になられたKさんご夫婦は「こんなに気持ちよく最後のお見送りができると思ってませんでした。本当にありがとうございました」と頭を下げてくださいました。

「とんでもございません。私こそ素晴らしい話を聞かせてもらい感謝しております」と私も深く頭を下げました。

 

誇り高き猫ジェーンちゃんは最後の最後まで醜態をさらすことなく、プライドを守って天に召されました。

言い方を変えればカッコイイまま天国に旅立ったのです。

 

それはジェーンちゃんが望む理想の旅立ちの形だったように私には思えました。

 

敬意すら覚える立派な引き際であり、同じ男として憧れのようなものを感じながら私は公園を後にしました。



 

大阪・京都のペット葬儀・火葬のプレシャスコーポレーション

嫌なジンクス

昨日、近畿地方でも梅雨入りをしました。

 

梅雨入りの日・・・

弊社プレシャスコーポレーションでは嫌なジンクスがあります・・・

 

皆さんは超大型犬のグレートピレニーズをご存知ですか?

 

真っ白な被毛に覆われたガッシリとした体系の犬なんですが、優雅さや気品もあり、かなり目立つので、見かけたら、思わず目を奪われるほどの存在感があります。

 

その大きさから、とくに大阪のような都会では、飼われている方はそれほど多くないと思うのですが、当社でも年に数件グレートピレニーズのセレモニーのご依頼があります。

 

そのジンクスを最初に口にしたのは支配人でありました。

 

昨年、梅雨入りした日、支配人が「昨年も梅雨入りの日にグレートピレニーズの依頼がありましたよね」と手帳を見ながら私に言ったのです。

たしか前年の同時期にグレートピレニーズちゃんのご依頼があったこのは私も覚えていたのですが、一年前のその日が梅雨入りの日だったことまでは覚えていなかったので「そうなん?」とだけ返事したことを記憶しています。

 

そして、昨日の夕刻のことです。

昨日は、珍しく夕方以降は仕事が入っていなかったので私は支配人とメモリアルグッズの仕事を終えた職人さんと一緒に食事に出かけることにしたのですが、食事に向かう途中、スマホのニュースヘッドラインで近畿地方が梅雨入りしたことを知りました。

 

そして、食事を終え、レジで会計を済まそうと財布を出したときに私の携帯が鳴ったのです。

 

セレモニーの依頼の電話だったのですが、私はご依頼者さんの住所をメモし、電話を切りました。

支配人が「依頼ですか?」と訊ねたので「うん。急で申し訳ないんやけど、今から来てほしいって・・・」とそこまで言って私は黙り込みました。

黙った私を変に思ったのか、支配人が「種類はなんですか?」と心配そうに聞いたので私は一呼吸置いてから「グレートピレニーズ」と短く答えたのです。

 

支配人はすぐに察し「マジっすか?これで3年連続梅雨入りの日ですやん・・・」と驚きを隠さず言いました。

 

私はすぐに会館に戻り、セレモニーの準備を整え、ご依頼先を訪問することにしたのです。

 

グレートピレニーズのような大型犬の場合、当社では2名ないし3名体制でセレモニーを執り行うのですが、その日、早番だった支配人が「自分が行きます」と言ってくれたので私は支配人と二人でごセレモニーを担当することになったのですが、支配人の表情は曇ったままでありました。

 

「嫌なジンクスですね・・・」支配人が独り言のように言ったその言葉を私はあえて口にはしたくなかったので、ご依頼の電話があったとき黙り込んだのかも知れません。

 

このジンクスが単なる偶然であり、今年が最後であってほしい。

 

そのことを切に願っております。



 

 

綺麗な姿で見送ってあげるために

これからの季節、ペットを亡くされた飼い主さんから、お葬儀の予約を承ったとき「どれくらい家に置いとける(安置できる)ものなんですか?」とよく質問をお受けします。

冬期なら、気温も低いので、自宅であっても暖房を切った部屋であれば2日間は綺麗な状態を保てるのですが、気温の高い、特に梅雨時期は状態の進行が早いので、それなりの対処が必要となってきます。

 

大抵の飼い主さんは、ペットが息を引き取ってから我々のようなペット葬儀会社に依頼されるまで、最低でも一昼夜は自宅で安置を希望されるものなのですが、安置される時間は平均して一番多いのが1日。次いで2日間であります。

 

どうしても、葬儀会社に出向くにしても、訪問してもらうにしても、その数時間にはペットちゃんの火葬が執り行われることになり、それは、言葉を変えればペットちゃんがお骨の状態になってしまうことを意味します。

つまり、自宅での安置のお時間は、ある意味、ペットちゃんの姿の見納めのお時間でもあるのです。

 

これからの季節、ペットちゃんが息を引き取ってしまったとき、大切なのは温度を低く保つことなので、安置してあげる部屋はエアコンで室温を下げることと、影響を受けやすいペットちゃんの腹部等を保冷財や氷で冷やすことが綺麗な状態を保つ方法として有効です。

これは余談ではありますが、私が飼い主さんから電話でそのような質問を受けた際、もっと簡単で見た目にもペットちゃん達が可愛く見える方法をおすすめするようにしています。

 

それは、猫ちゃんや小型犬クラスで500ml。中型犬クラスならリッターサイズのペットボトルに水を入れて凍らせた後、タオルを巻いてそのままペット達が抱き枕しているように、両前足の間に挟んであげることであります。

タオルの変わりにペットちゃんが生前にお気に入りだった服なんかでもいいかもしれません。

 

 

ペットボトルは保冷の耐続時間も長く、どこの家にも必ずありますし、見た目にも、本当に抱き枕しながら眠っているように見えるので、生前の可愛い姿を損ねることもありません。

 

また、安置するお時間を長めにとられる場合は予備のペットボトルを凍らしておいて、交換すれば済みます。

そのような理由から、私はこの時期、飼い主さんからの質問があったときは、その方法をおすすめするようにしています。

 

 

ペットが呼吸をやめたとき・・・

 

それは飼い主としてペット過ごす最後の時間であり特別な時間でもあります。

 

ペットを綺麗な姿で見送ってあげるのも大切なことなのかも知れません。

 

でも、それ以上に大切なのは、安置の時、いつもと同じように優しく話しかけてあげて、触れてあげることだと私は思っています。

 

それは飼い主さんにしか出来ないことであり、ペットが一番望んでいることなのかも知れませんね。



 

 

豆柴カイ君の遺言

13歳で永眠した大阪市の豆柴のカイ君のセレモニーの席で飼い主さんのWさんの娘さんからこんな質問を受けました。

それは「犬の言葉がわかる人を知りませんか?」というものでした。

実はこの質問。過去にも何度かいろんな人から聞かれたことがあるのですが、私は即答で「自称と、そのように名乗る人は何人か知っています」と答えます。

そして「その人、信用できますか?」と聞かれると「人間的には信用に値する人もいますが、それ(動物の言葉がわかること)が本当かどうかを確める術がないので、そういう部分は信用していません」とキッパリ答えるようにしています。

 

Wさんの娘さんは私の返答に「そうですね・・・」と肩を落としました。

私は「どうしてそのような事を訊ねられたのですか?」と訊ねたところ、娘さんは「カイが亡くなる直前、何か言いたげに鳴いていたんですよ・・・ずっと私や父の顔を見ながら、本当に何かを言いたいような感じで、鳴くというか、本当に人間の言葉を必死で話そうとしてるす感じで・・・」

娘さんはそこまで話して声を詰まらせて涙を流されました・・・

 

犬は亡くなる直前に遠吠えをするというような話をよく耳にしますが、私が過去に飼い主さんからそのようなことを聞いたことは、ほとんどありません。

むしろ、カイ君のように「話すように鳴いていた」や「じっと私の顔を見るんです」と口にする飼い主さんがほとんどであります。

 

「野村さんもわからないですよね?」と娘さんはティッシュで涙を拭いながら聞かれたので「僕ですか?もちろんわからないですよ。勝手な解釈はしょっちゅうしてますけど」と正直に話しました。

「勝手な解釈って?」と娘さんが不思議そうに私の顔を覗き込んだので、私は「例えばたくさん犬を飼ってられる家に仕事で行くとき、家にお邪魔した瞬間、いっせいに吠えられるようなことって結構あるんですけど『ここは僕の家だぞ!お前誰だ!』とか言ってるんだろうなって思ってるんです。  それで心の中で(怪しい者じゃない。葬儀屋だ( ̄△ ̄)!)とか返してるんです」こたえました。

娘さんは「あ~そういうこと^^それなら私もあります」と少し笑みを浮かべられました。

 

「でもね・・・本当に何か言ってたと思うんですよ・・・カイは元々、あんまり吠えない子だったんですけど、死ぬ少し前に10分くらい鳴き続けてて、そんなこと今まで無かったんで・・・」と娘さんは言い、思い出したように「父が途中からそのときの様子を携帯で撮ったんですけど、野村さん見ます?」と私に訊ねたのです。

「え?あるんですか動画?見たいです。是非、見せてください」と私はお願いしました。

「お父さ~ん。携帯かして~」と娘さんは奥の居間にいたお父さんを呼んだのです。

お父さんは居間から顔を出し「携帯?」と訊ねられたのですが、娘さんは「いいから貸して。カイの話してる動画を葬儀屋さんにも見てもらうねん」と急かすような口調で言いました。

「ああ・・・」と言いながらお父さんは携帯を持って祭壇の設置したリビングまで来てくださったのですが、娘さんに「これどうやって見れるか、もっかいだけ教えてくれへんか」と頬に手をあてながら照れくさそうに携帯を手渡しました。

 

「何回言ったら覚えられるの・・・あとで教えるから」と娘さんは呆れたように言いながら、お父さんの携帯を手馴れた感じで操作し「これです。野村さん。少し私が取り乱してる姿も入ってますが、それは無視して見てください」と言って携帯電話で録画したカイ君の動画を見せてくれたのです。

 

動画にはカイ君が伏せの状態のまま首を少し持ち上げるような感じで鳴き続けている姿がおさめられていました。

吠えるのでもなく、鳴くのでもなく、本当に何かを話してるような感じで数秒間、声を発しながら、時折、娘さんや携帯で撮影してるお父さんの方に視線をそっと向けるのです。

口を閉じたような状態で、声を出しているときは、目を半分だけ閉じるような感じでした。

本当にそれを文字するのは難しいのですが、あえてカイ君の声を文字にすると

(くぉうぉぅおぅぉぅぉぅぉぅぉぅ~ぉぉ~)というような感じでしす※余計わかりにくくなったらすいません。

 

声を発しては、こちらを見る。その動作を何度も繰り返しながらカイ君は最後の力を振り絞るような感じで何かを伝えたそうにしていることが、動画でも伝わってきたのです。

動画の中で娘さんは「カイ~どうしたん?痛いの?怖いの?皆おるから大丈夫やで」と泣きながらカイちゃんの腹部を撫で続けていました。

時間にして2分くらいの動画だったのですが、見終わった後、どっと汗が吹き出るくらい悲壮感が伝わってくるような動画でありました。

この撮影の2時間後、カイ君は、大きく息を吸い込むような仕草を見せた後、お父さんと娘さんに見守られながら息を引き取ったのです・・・

動画を見終わった後、何とも言えない沈黙に部屋は包まれたのですが、その沈黙を破るようにお父さんが「葬儀屋さんはどう思われました?」と私に意見を訊ねられたのです。

「・・・いや・・・」と私は返答に困ったのでありますが、お父さんは「ワシはカイが『今までありがとう』って言ってるような気がしたんやけど、こいつ(娘さんのこと)は『痛い痛い助けて~』って言ってたって言いよるんですわ」と娘さんの方を見ながら言いました。

娘さんは動画を見てその光景を思い出されたように泣いていらしたのですが、お父さんにそう言われ「だってすごい悲しい声で苦しそうにしてやったもん・・・」とうつむきながらポツリと言われました。

そして「野村さんどう思いますか?」娘さんも私に訊ねられたのです。

「いや・・・そんな大事なこと、軽々しく口にはできませんよ」と私はこたえたのですが、娘さんは「勝手な解釈で構いませんから野村さんの感想を聞かせてください」と言われたのです。

 

私は、正直、迷ったのですが、娘さんやお父さんが聞きたいのは私の個人的な意見だということだったので「もう一度、動画を見させてください」とお願いし、今度は携帯を自分の手に取って一人で見させてもらいました。

 

そして見終わった後、私は正座し直しながらお二人の方を見て「私には・・・私はお二人の意見とは違うものが伝わってきました」と言いました。

「どう思われたんですか?」と娘さんは聞かれ「遠慮せんと言ってください」とお父さんが言ってくださったので「本当に私の勝手な解釈なんですが」と前置きをし、私は自分の感想をお二人に伝えました。

私の感想を聞いたお父さんは「なるほど、言われてみたらほんまにそう見えるわ」と言ってくださり、娘さんは声を出して泣きながら「うん。そうやわ。カイはそう言ってたんや」と妙に納得されたのです。

しかし、私は「いやいやいや、これは私の勝手な解釈ですし、カイ君の生前を知ってるわけではない私の意見なんかアテになりませんよ。参考にせんとってください」と逆に困ってしまいました。

ただ、娘さんもお父さんも「なんかスッキリした」と仰ってくださったので、私はそれ以上、否定することもやめました。

 

現時点ではペット達の言葉を正確にわかる方法など、存在していません。

ですが、私はそれで良いのだと思っています。

それだけは飼い主さんとペットにしか解らない世界だと思うし、飼い主さんが純真に感じたことが正解だと思っています。

 

カイ君の動画を見て、私に伝わってきたこと。

これは本当に私の勝手な解釈でしかないのですが、それは

 

「もう少しだけみんなと一緒にいたかった・・・」

 

 

私にはカイ君が家族にそう言ってるように感じました。

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一

 



 

大阪 ペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで

大阪本社 大阪府守口市菊水通3丁目7-9

ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660

セレモニーからの触発と誘発

私は自身が担当したセレモニーのことをブログに書かせてもらうとき、セレモニーを終え、近日中に書かせてもらうときと、かなり月日が経過してから書かせてもらうときがあります。

 

セレモニーを題材にブログを書くとき、私がそのセレモニーを通じて感じたことや考えられされたことを、私の目線で書かせてもらっているのですが、自分が今、何を一番伝えたいのかによって、取り上げるセレモニーを選ぶこともあります。

 

ですので、かなり月日が経過してから、書くような場合、まったく別のセレモニーの席で、何かに誘発されて、そのセレモニーのことを思い出すようなことがあり、思い出すきっかけも、その時々で違うのですが、何かの拍子にそのときには見落としていた、大切なことに気付くようなことがあるのです。

 

例をあげると、セレモニーの席で飼い主さんが何気なく言った一言が、そのときは何も感じなかったのに、別のセレモニーの席でまったく同じ一言を違う飼い主さんが口にされたときに、ようやくその言葉に込められた深い意味合いに気付き、一気にその日の光景がよみがえってきて、翌日のブログに書いたりすることであります。

 

私が実際に担当したセレモニーのことをブログに書くのは大きく分けて2つの理由があると自分では思っています。

 

1つ目は弊社プレシャスコーポレーションのPR。

まあ、これが無いと言えば嘘になるので最初に言いましたが、私の中ではそれほど、大きな理由ではありません。

2つ目はペットを喪った飼い主さんへのメッセージ。

ブログに書かせてもらう飼い主さんはもちろんのこと、過去に私がセレモニーを担当した飼い主さん。そして、ブログを読んでくださった全てのペットロス経験者の人達に私が一つのセレモニーを通じて感じたことや、考えさせられたことを書くことで、何かを見出すきっかけになってくれたなら。そう思いながらブログを書いています。

 

 

ここ最近、セレモニーのご予約をされる際、担当者を私にしてもらいたいと、指名される方がとても増えました。

指名は以前もあったのでありますが、それは、私、野村を指名するというより、会社の代表者に担当を任せたいという意味合いの指名でありました。

ところが、とくに今年に入ってからは「ブログを書いてる野村さんにお願いできないですか?」という指名を多くいただくようになったのです。

私はそんな指名があったとき、本当に嬉しく思うのですが、それは単に仕事のご依頼があったからではなく、ブログを読んでくださったうえでのご依頼ということは、少なくとも私のセレモニーに対する姿勢に共感してくださったことを意味しているてからであり、事実、そのような方からのご依頼のときは、初対面にも関わらず、最初から、心が通じ合っているようなこともあり、とても良いセレモニーになるものなのです。

 

本当に有難いことだと感じている今日この頃であります。



 

 

お手元供養としての新しい形

弊社プレシャスコーポレーションでは、現在、亡くなったペットの遺骨を使い、飼い主さん自らが作製できるメモリアルグッズのサービスを実施しているのですが※メモリアルグッズページ参照{http://www.precious-corporation.com/service/goods.html}開始して一年、大変好評を得ており、関西の方々はもとより休日には、遥遥、遠方からも遺骨を持参されてお越しになられます。

 

従来の通販とは違い、自らが作製、及び作製の現場に立ち会えるということが高評価につながった大きな要因であると私は感じているのですが、現在のところ、商品数はブレスレッドとネックレス。そしてキーホルダーの3タイプだけでありました。

この3タイプに絞ったのは、「身につけれる」ということからであり、「亡くなったペットといつでも一緒にいたい」という飼い主さんの要望が多かったためであるのですが、最近になり、作製のため来館された飼い主さんから「部屋に置くタイプの物がほしい」という声をよく聞くようになったのです。

そのような声をうけ、職人さんとも話し合いながら、あれこれ思案していのですが、部屋に置くメモリアルグッズにピッタリとくるものが思いつかず、頭を悩ませておりました。

そんな折、たまたま通りがかった大阪の堺のパワーストーンのお店でとても素敵なガラス製の天使のクリスタルに私は目を奪われました。

 

私は元来、アクセサリーの類のものには疎く、最初はそのガラス製の天使を単なる置物と思っていたのですが、お店の店長さんの説明を聞いて「サンキャッチャー」という装飾品であることを知りました。

 

サンキャッチャーとは窓辺やバルコニー等、陽が差し込む場所に吊るしたり設置することで、太陽光をプリズムのように透過・屈折させるガラス製品のことで、近年、若い女性を中心に人気のある装飾品だそうです。

 

そのガラス製の天使は薔薇の花を大切そうに胸に抱いているようなデザインで、下半身部分がサンキャッチャーになっていました。

 

私は一目でそのデザインが気になり、店員さんと名刺交換をさせてもらったのです。

私は店員さんに弊社プレシャスコーポレーションの遺骨メモリアルグッズのことを説明をし、この天使のサンキャッチャーが置き方タイプのイメージとピッタリであることを伝えました。

 

店長さんも、すぐに事情をご理解くださり「素敵なことですね」と賛同してくださったのでありますが「いずれにしても会社単位のお話ですので、私では判断できかねます。ですので、早急に北海道の本社に話を通しますので、少し時間をください」とそのお店の本社に提案してくださることになったのです。

正直、私は本社が北海道と聞いて、少し驚いたのでありますが、その日は店長さんにお礼を言い、お店を後にしたのです。

 

翌日、北海道の本社の大谷社長さんから電話があったのですが、大谷社長さんは丁寧な言葉使いの中にも、プラスオーラが伝わってくるパワフルな女性の経営者さんでありました。

私は大谷社長さんに自己紹介をした後「御社の天使のサンキャッチャーと遺骨のメモリアルグッズのコラボが出来ないでしょうか?」と単刀直入に相談をしました。

大谷社長さんは、とても前向きに承諾してくださり、今後、両社がどのような形で役割分担をするのか検討することになったのです。

本来なら、私が直接出向きお願いする話であったのですが、やはり北海道となると、なかなか日程の調整がつかないこともあり、私は失礼にあたることと理解しつつ、その後、電話とメールで大谷社長さんと話を進めていきました。

 

そんな、ある日、大谷社長さんから電話があり「野村さん。野村社長の会社相手に商売をしないことに決めました」と言われたのです。

私はショックを隠さず「あの・・・何か問題でも・・・」と口篭りながら言ったところ「野村社長。誤解しないでください。ご協力はしますが商売はしないって意味ですよ」と優しい声で言った後「野村社長のブログ、全て読ませていただきました。プレシャスさんの会社の理念。ペット葬儀という仕事に対する姿勢。そしてメモリアルグッズの生い立ちも全て読ませてもらいました」と言われたのです。

私は、最初、大谷社長さんが言ってる意味がわからず「それで商売をしないと言うのはどうしてですか?」と訊ねました。

大谷社長は笑いながら「ですから、私のところを通さなくてもいいって意味です。天使のサンキャッチャーのデザインは自由に使ってください。組み立て方も、パーツの仕入先も全て教えますので、卸問屋さんと直接、お取引してください。そのほうがコストも抑えられますよ」と言ってくれたのです。

私は少し混乱しながら「いや・・・でも、それじゃあ大谷社長さんところの会社には何のメリットもないじゃないですか?」と言いました。

大谷社長さんは「かまいません。そういう意味で『協力はするけど商売はしない』って言ったんです。野村社長さん、私もペットを亡くした経験があります。だからペットを亡くした人達がどんな気持ちでメモリアルグッズを作られるのかがわかるつもりです。ブログを読んで、そんな人達がうち(当社)の商品を選んでくれて、それで少しでも癒しになってくれたら私はそれで満足なんです」と全面的な無償の協力を申し出てくださったのであります。

その後、私は半信半疑のまま大谷社長からパーツの仕入先の会社名と電話番号を教えてもらい、最後に「仕入れ先には私から連絡しときます。それと、商品の組み立て方に関しては大阪の堺の店長に教えるように言いましたので、いつでも行ってくださいね」と言って電話を切られたのでした。

 

電話を切った後、私はコードレス電話の受話器を握ったまま、暫しの間、呆然としていました。

頭の中で話をもう一度、整理し、あらためて有難い申し出であったことを理解した私は受話器に向かって一人、頭を下げたのでした。

 

今回、無償で協力をしてくださることになった有限会社ストーンブレスの大谷社長さん並びに店長さんやスタッフの方々には心より感謝をしている次第であります。

 

必ず近い将来、北海道を訪ねます。

そして、そのとき、直接お礼を言わせてください。

 

私は、その日の夜、支配人とメモリアルグッズの職人さんに大谷社長さんからの申し出を伝えました。

 

近日中に私は職人さんと一緒に大阪堺店を訪問する予定であります。

下の写真の中央がストーンブレスさんのオリジナル商品である天使のサンキャッチャーであります。

なお、大谷社長さんのアドバイスで天使が手に持っている薔薇の部分に遺骨の入ったメインストーンを組み込むことになりました。

「天使が遺骨を大切そうに抱いている」というコンセプトです。

 

早ければ、今年の夏頃、商品化できる予定です。



 

 

Hさんからの電話~生まれ変わりを信じれそうになった出来事の後日談

以前、このブログで書かせてもらったチャラちゃんの飼い主さんのHさんからお電話をいただきました。

Hさんは私が書いたチャラちゃんのとチャラちゃんのセレモニーのときに保護した仔猫ちゃんとHさん自身のことを綴ったブログ{生まれ変わりを信じれそうになった出来事を読んでくださったようで、そのことで、どうしても私にお礼と、その後の日々の中での心の変化を伝えるべく、お電話をくださったのであります。

 

Hさんは「チャラのことブログで書いてくださってありがとうございます」とお礼の言葉を言ってくださった後「お忙しいと思ったので、本当はメールか手紙にしようと思ったんですけど、私、文章が苦手で^^」と謙遜しながら次のことをお話してくださいました。

 

それは、チャラちゃんのセレモニー当日、ご火葬のときに、偶然にも6年前にチャラちゃんを保護した同じ場所で別の仔猫を保護したHさんが思わず口にした「この子はチャラの生まれ変わりかもしれない」ということについてでありました。

Hさんは電話で「実際、あのとき(子猫を保護したとき)は『チャラが還ってきたんだ』って思ったし、実際、そのようなことも言ったんですけど、K(仔猫ちゃんの名前)を一緒に生活してみると『チャラはチャラ。KはK』と思えるようになったんです。あの日はチャラが死んだことが悲しくって受け入れられなくって、少し現実逃避になっていたと思うんですよ。それに、チャラの変わりにKって・・・・考え方によったら、チャラに対してもKに対して失礼なことだなって、最近になって気づいたんです」と仰っていました。

 

Hさんは電話の最後に「でも野村さんがブログで書いてたようにチャラと出逢ったのも、チャラの葬式のときにKと出逢ったのも、きっと偶然じゃないって思えるし、運命だと信じています」と力を込めて仰っていました。

 

現在、Hさんはチャラちゃんの思い出は、思い出として大切に胸にしまい、Kちゃんとの新しい生活を前向きに過ごしておられるようでありました。

 

私は、Hさんのそのような心の変化に関しては、何も言うことはなかったのでありますが、それよりも電話越しのHさんの声色がセレモニーの日とは別人と思えるほど、元気になられたことに喜びを感じ、電話を切ったのです。

 

生まれ変わりや蘇りについては、確証のない話である以上、我々、人間の思考の範囲内でしか語れないものであります。

よって正解も不正解もなく、捉え方は人それぞれであり、個々の思想であることに変わりはありません。

 

大切なのは、その考え方によって自分自身が前向きになるのか、後ろ向きになるのかであると私は常日頃から思っています。

 

少なくともHさんは今、とても前向きに生きていらっしゃいます。

 

私はそのことが素直に嬉しくて、喜びを感じたのです。



 

 

Iさんからのメールとセレモニーで起きた不思議な出来事の後日談~

前ブログ{セレモニーで起きた不思議な出来事}で書かせていただいたIさんからメールをいただきました。

ヤマトちゃんの発病からセレモニー当日の出来事を含め飼い主さんであるIさんの目線で綴られていたメールには随所に深い愛情が感じられ、読み終えたとき、私は胸に込み上げてくるものがありました。

今回のブログではIさんの承諾のもと、Iさんからのメールを原文のまま※(Iさんの名前は私の判断で伏せさせてもらうことにしました)紹介させていただきます。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

野村さま

こんにちは

先日は大和の葬儀でお世話になりました。○○と申します。

涙あり、笑いありのお葬式を本当にありがとうございました。

大和が亡くなってあんなに笑っちゃえたのは

ひとえに葬儀を行ってくれたのが野村さんであったことと

子どもたちのおかげかなあと思います。

「いいお葬式だったんだよ」って友達に言うと

「そんな式と人を招きいれたのは、きっと大和のはからいだったんだね」と言われました。

なるほどそうかもしれない・・・^^

私は大和の棺に入れた手紙に「ありがとう」という言葉と

「いなくなったら寂しい どうしたらいいかなあ」ばっかり書いていました。

きっと心配したんだろうなと思います(笑)

後日談を語る上で

まず、大和が病にふせてから

亡くなる経緯を書きたいと思います(すいません長いメールで)

1ヶ月前から

血尿を玄関でするようになりました(あの日何も言わなかったですが、玄関、臭かったんじゃないですか?^^;)

病院にいって おしっこや 血液検査で

「あまり異常はみあたらない、よくある膀胱炎でしょう

猫の膀胱炎はストレスからなることもありますし、長引くと1ヶ月続く場合もあります」

「毛づやもいいし、目もしっかりしてて、老猫には見えないですね^^」

(あわわ・・・ストレスだなんて、大和は確かに寂しがりだったけど

2日位旅行に行っただけなんだけどな)

一度かかったことがあって、その時はすぐに治ったので

また膀胱炎だろうと思っていました。

でもそれが続きました。

10日くらいたったころ、また病院に行きました。

また血液検査もしたのですが数値を見た限り、異常は見当たりませんでした。

さらに何回か病院にいって

少し血色が悪いので止血剤を貰いました

止血剤を飲み始めてから(といっても、2日位あげただけですが)

一気に進行した気がします;

止まらないし、止血剤じゃないんじゃないのかな?と思って相談もしたんですけど

先生いはく「この止血剤はとても軽いものなんですけど・・・;」

それからは早かったです。

木曜の朝、風呂場で行き倒れている大和を見つけて

あわてて病院に連れて行き(苦しいというより呼吸が浅いという感じでした)

そのままICUに入って 酸素濃度が高いので、なんとか意識は取り戻せました

夜、大和に面会を4人で行きました。

大和は4人の会話を聞くとふと「あ、いるの?」とばかりに

こっちを向いて震える右手と右脚(どっちも足かな・・)

をあげて頭のてっぺんを下に くるっと仰向けになろうというしぐさをしました。

「お腹なでて」っていう意味がすぐわかりました

それでみんなでなでてあげて、夜8時前に帰宅しました。

その次の朝7時ごろ、病院から携帯に電話がかかってきました。

「あの・・・・大和ちゃんは残念ながらさきほど亡くなりました・・・」

「・・・そうですか・・・ ありがとうございました」

すぐに大和を引き取りに病院へ向かうと

早朝で病院には先生しかいませんでした

「心配で来てみたんですが・・・ 一度血尿をして、そこから容態が悪くなって・・・そのまま

亡くなってしまいました・・・」

「・・・じゃあ先生が最後は看取ってくれたんですね・・・」

「・・・・・・・・・・・・はい・・・」

「・・・よかったです・・・」

そいう会話をしました。

やっと後日談です

葬儀をすませ、月曜日に動物病院にいきました

お花のお礼と、診察の精算、それと先生が体をふいてくれている時に

外して先生が渡すのを忘れてしまっていた首輪を受け取りにです。

私は先生に、大和が朝亡くなってしまった経緯をもう一度聞こうと思っていました。

野村さんが「この子はすっと眠るように亡くなったんじゃないかな・・」という言葉が

私はどうしてもひっかかっていたからです。

診察室に通され

先生に、お花のお礼と大和の葬儀が涙あり笑いありだったこと

「・・・笑いもあったんですか?」

「はい^^」

不思議なカーテンの話も神妙な感じでうなずいて聞いておられました。

そこで切り出しました。

「もしかして・・・・ 先生が病院に来られたときは

大和はもう息をひきとっていたんじゃないですか?」

一呼吸おいて 先生は見つめて話してくれました

「・・・・・・・・・・・・実は、 僕が朝6時ごろ、病院に行った時には

もう大和ちゃんは 息をひきとっていたんです・・・・・

・・・・・・あの時はオーナーさんが 悲しむんじゃないかと思って・・・

僕はとっさに あんなことを言ってしまいました・・・」

と、正直に話してくれました。

それを聞いて さっと雲が晴れた気がしました。

「・・・本当に亡くなった時間は夜中の2時から3時くらいだと思います・・・」

私は先生がついたやさしい嘘をとがめる気にはなりませんでした。

むしろ正直に話してくださって良かった。

野村さんの話とあわせて、大和の最後が想像できました。

「どうして、そう思われたんですか・・?もしかしてカーテンが夜中にあいたのですか?」

私は笑っていいました「いえ、カーテンがひらいたのはお葬式がはじまる直前なんです」

そこで私は会社名も名前もふせて、野村さんの話をしました

葬儀屋さんと動物病院は相反するもので・・・みたいな野村さんの話のうけうりも

まじえて、できるだけ葬儀屋さんのことを悪く思ってもらわないように話しました。

でもそこは獣医さんです

「心臓・・・・」首をかしげておりました

「僕たちスタッフも、原因がはっきりわからず、体の赤血球を自分で攻撃してしまう

免疫系の病気を疑って、なんとか最後に 注射(ステロイド??ちょっと忘れました)で

よくなってもらいたかったんですが・・・・・ 力いたらずで、すみませんでした」

「いえいえ、ありがとうございました。

輸血の型があわなかった時、この子の運も感じてました・・・本当にありがとうございます

あ、葬儀の方、先生のこといい先生だって言ってましたよ^0^」

「ええ・・っそんなこと・・・ありがとうございます」

(輸血ってあげる方の猫も災難ですよね^^;)

病院から外に出て

土曜日と同じ青空を見て、涙が出てきました。

大和との12年の大冒険(旅?)が終わったな~って気がして

今、心がとても落ち着いています。(昨日メールをさしあげるつもりが睡眠不足で

胃腸をこわしてしまって、おかげで10時間以上寝れました(笑))

お葬式で笑ってましたけど、その後はやっぱり喪失感がおそってきて

思わず「ペットロスセンター」に電話しようかと思ったくらいです(笑)

けれど おかげさまで

少し大丈夫になってきました^^

大和は粋なはからいをしてくれました。

実はなんとなく 去年の冬くらいから甘えてくる大和をみつめて

「あ、なんかこの瞬間を忘れないようにしなきゃ」と

思っていて

たくさん甘えさせてあげてました。

その時はまわりにも「この子がいちばん赤ちゃん返りしてるねん」

なんて話をしていたのですが^^

なので、「〇〇しておけばよかった」という後悔が不思議とないのです。

そしてある予感もしています。

小さい赤ちゃんをだいて、ひょっとしたら家族でそちらに

大和の骨をもってうかがうんじゃないかと・・・

さあ、どうでしょうか^^

長文失礼しました。

○○○○○ 拝

PS 娘がとった写真をおくります

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以上です。

少しだけ補足させてもらいますと、Iさんからのメール本文の中で「笑いありのお葬式」とあったのは、大和ちゃんのご火葬が終わった後、私と奥さんはご主人さんとお子さん達を駐車場に残し、お骨あげの準備をするためにお葬儀を執り行った部屋に戻ったときのことであります。

この日、この時間帯だけ私は奥さんと二人でお話する機会があったのですが、火葬を無事に終えたことで、奥さんも幾分かは落ち着かれた表情をされており、その席で、奥さんはあらためて私に労いの言葉をおかけくださったのです。

その際、お葬儀の席で起こった不思議な出来事を私と奥さん、それぞれの見解で話をしたのですが、話はその後、不思議な話から私の過去の失敗談や、葬儀屋によくあるエピソード等の話になり、奥さんは私の失敗談を聞いて、声を出してお笑いになられ「笑いありのお葬式」とはそのことであります。

Iさん家族に限らず、どのようなセレモニーであっても初めて弊社プレシャスコーポレーションにご依頼してくださったとき、我々と飼い主さんは「葬儀屋」と「依頼人」という関係性でしかありません。

しかし、セレモニーを終えたとき、「ひとつの命を共に弔った同志」のような関係性に変わることがあるのですが、このとき、奥さんと私は、まさしくそのような立ち位置で会話を交わしておりました。

私は、セレモニーが進行していく中で、関係性が変わったことを実感できたとき、言葉では言い表せないほど満たされた気持ちになるのですが、それはきっと、旅立ったペット達が最後に繋いでくれた新たな絆だからなのかもしれません。

大和ちゃんのお骨上げの時間になり、ご主人さんやお子さん達も部屋に戻ってこられ、ご家族全員の手で大和ちゃんの遺骨を収骨されたのですが、その光景は悲しみの中であっても優しさと温かさに包まれたものでありました。

そして全てのセレモニーを無事に終え、私がIさん宅を後にするとき、ご家族全員でお見送りしてくれたのですが、その際、長女さんが私に向けてカメラのシャッターを押していたらしく、メールにはその写真が添付されていました。

私はその時、たたんでいた車のバックミラーを元に戻していたのですが、写真はまさしくその一瞬をとらえたものでありました。

しかし、その写真をよくよく見てみると、私が戻したバックミラーの中に写真を撮ってくれた、カメラをかまえた長女さんの姿が写っており、その後方に、Iさんご夫婦と次女さんの姿も納まっていて、さらに私の後には大和ちゃんの生涯を表すように晴天の空が写っています。

一枚でその時の様子が全て伝わってくる、なんとも見事な写真でありました。

長女さんが、もし、その一瞬を狙って撮ったのであれば、すごいセンスだと思います。

下がその写真であります。

なお、私は火葬の時に小窓に顔を近づけて火葬進行の状態を確認をするため、安全面を考慮して、引火するおそれがあるネクタイを外しております。

写真の私が不謹慎なノーネクタイの井出達なのはそのためであります。

もちろん、お葬儀の時はネクタイを着用していますので誤解のないようによろしくお願いします^^

セレモニーで起きた不思議な出来事

大阪市のロシアンブルー。12歳で永眠したヤマトちゃんのセレモニーのご依頼を請け、私は飼い主さんであるIさん宅に予定のお時間に到着しました。

Iさん家族はご夫婦と小学生の姉妹からなる四人家族でありました。

私は玄関先で奥さんと挨拶を交わした後、ご主人さんに案内される形でヤマトちゃんが安置されている2階の一室に通されました。

ヤマトちゃんはお花が散りばめられた棺の中で横たわった状態で安置されていたのですが、棺の中には家族がヤマトちゃんに宛てた手紙や好物だったフードも一緒に納められていて、ご家族の愛情の深さが私にも伝わってきました。

 

はじめて安置されているヤマトちゃんの姿を見たとき、私は、ヤマトちゃんがどのような経緯で亡くなったのかがとても気になりました。

それは、ヤマトちゃんはロシアンブルー特有のしなやかさに加え、躍動感が漲る筋肉質の立派な体系をしていたことと、毛並も艶があり、目立った外傷もなく、いたって健康な猫ちゃんにしか見えなかったからであります。

 

セレモニーの準備にをしているときにご家族にヤマトちゃんのお亡くなりになった経緯を訊ねようとしたのですが、奥さんが、目に大粒の涙を溜めながら、幼い娘さん達に悟られぬよう、懸命に涙を堪えている姿が目に入ったので、私は聞くことをやめました。

 

セレモニーはヤマトちゃんが安置されていた3部屋ある二階の真ん中の部屋で執り行われることになり、Iさん家族が用意した棺をそのまま使わせてもらうことにしました。

 

私は焼香のセットを台の上に設置し、旅装束をヤマトちゃんに施してあげました。

そして、ロウソクと線香に火を灯し、セレモニーを始めるべく、読経を唱えようとした、まさにその時であります。

 

奥の部屋との境を隔てていたアコーデオンドアの下側をめくるようにして何かが入ってきた気配がし、その反動でアコーデオンドアのマグネットの止め具が外れ10センチほど開いたのです。

 

祭壇はアコーデオンドアを背にするするように設置しており、読経を唱えようとしていた私は、すぐ近くで、その光景を見ていたのですが、入ってきた何かは肉眼でとらえることが出来ませんでした。

 

私は驚きのあまり、セレモニーの開始直前だというのに「あ!」と大きな声をあげてしまい、そのまま仰け反るように後手をついて、後にいらしたご家族の方を振り返りました。

ご家族も全員、アコーデオンドアの隙間を見ていらしたのですが、奥さんはいたって冷静に「たぶん風だと思います。気にせず始めてください」と仰ったので、私は「風ですか・・・私はてっきり・・・」とそこまで言った後、その後のことは口にせず、気を取り直し再度、お経を唱える準備を整えたのです。

 

お経を唱えているとき、いけないことかも知れませんが、私は(真ん中の部屋なのに風でドアが開くのかな・・・)や(風で開いたのなら、なぜ真ん中からではなく下からめくれるように開いたんだろ・・・)と、そんなことばかり考えていました。

そして、お経が終わる頃には(きっとヤマトちゃんの魂が自分のセレモニーが始まるから慌てて肉体のある場所に戻ってきたのかな・・・)と一人で感慨深いこを思っていたのです。

お経を読み終え、私は合掌をしながらあらためて祭壇のヤマトちゃんを見つめていたのですが(ヤマトちゃんは急死したのかもしれない・・・)と何の根拠もないのに確信めいたものを頭に過ぎらせていました。

 

ご家族のお焼香の儀が終わり、後は出棺を控えた「最後の別れの時間」になりました。

それを踏まえたうえで、この後、火葬車で執り行うご火葬についての詳細とご家族が立ち会うにあたっての注意事項を説明をしました。

そのうえで、弊社プレシャスコーポレーションは目視による手動調節をしながらの熱火葬を実施していることを伝え、腫瘍や血液の固まり、または異物等、体内の異変を確認した場合は直ちに報告し、ご要望がある場合は、その箇所を飼い主さんにも実際に見てもらうことも可能であることをお話したのです。

 

それを聞いた奥さんは「是非、お願いしたいです。実はヤマトは腎臓を患っていたのですが、それが死に直結するほどでもなかったような気もしてて・・・はっきりした死因がわからないんです・・・」と口元を押さえながらも、しっかりとした口調でそう私に告げたのでした。

「わかりました。では、そのようにさせてもらいます」と私は返事し、火葬の準備に取り掛かかったのです。

 

その後、ご家族は20分ほどの間、ヤマトちゃんとの最後のお別れの時間をすごしていました。

そして奥さんから「そろそろお願いします」とお声がかかり、ご家族が見守る中、出棺されたヤマトちゃんは長年過ごした自宅駐車場に停めさせてもらったペット専門熱火葬車OKURUの炉に納められ、ご主人さん自らの点火により天に召されたのでありました・・・

 

点火の瞬間、ご主人さんは深く目を閉じ、奥さん堪えきれず涙を流しておられてのですが、口を真一文字に閉じ、声を出さずに泣いておられました。

幼い娘さん達はあどけなさが残る顔を上げ、空気口から登る熱を帯びた透明の靄を不思議そうに見上げていました。

 

火葬が始ってもIさん家族は全員が火葬車の傍で火葬の様子を見守っていました。

そして火葬が始って15分ほど経過した頃、火葬炉の側面にある小窓からヤマトちゃんの大量の血液で膨張した心臓が確認できたのです。

そのことからヤマトちゃんの直接の死因が「心不全」の可能性が高いことが考えられるということを私はご家族に示唆するとともに「もし、よろしければ自身の目で確認されても構いませんよ。どうされますか?」と訊ねました。

Iさんご夫婦は互いに顔を見合わせた後、同時に頷き「はい。見ます」と力強く答えられたので、私は二人を小窓の前に案内しました。

私はスマートフォンに保存している猫の臓器の位置図のイラストを見せながらIさん夫婦に心臓の場所を説明しました。

火葬のとき、患部は健康な部分に比べ赤黒く浮き出るので、初めて目にした素人の方であっても、その違いがわかり、Iさん夫婦は息を殺して、その箇所を確認しておられました。

時間にして10秒ずつ、ご夫婦は交代して、見届けられた後、丁寧に「ありがとうございました」と頭を下げてくださいました。

私はご夫婦に「私は医師ではないので断定的なことは言えませんが」と前置きをしてから「おそらくヤマトちゃんは心不全で亡くなったのではないですかね。仮にそうだとしたら、眠ってる最中に、何の痛みも苦しみもないまま昏睡状態に陥り、そのまま逝ったのかもしれません。だから口も目も力が抜けたように軽く開いた状態だったのではないですかね」と持論を述べました。

奥さんは涙を流しながら「そうですね・・・もしそうなら(苦しまない分)よかったです・・・」と少しだけ安堵の表情を浮かべ仰っていました。

 

その後、無事に火葬を終わり、お骨上げは再度、セレモニーを執り行ったお部屋に移動して執り行うようになりました。

お骨あげの席で奥さんが私に「お経の前にドアが開いたでしょ?あれはきっとヤマトですよ。いつもあそこから出入りしてたんです」と笑みを浮かべて話してくれました。

「私もそうじゃないかと思いました」と私は正直に答えました。

 

もちろん、このような話は根拠など存在しないものでありますが、あそこの居合わせた人には、それが何であったのかが伝わるものなのです。

 

Iさんご家族はヤマトちゃんを亡くす前、もう1匹別の猫ちゃんをお見送りされているのですが、その猫ちゃんのセレモニーは他社にご依頼されたということでありました。

奥さんの言葉をお借りすると「前と同じ会社に頼もうと決めてたんですけど、ネットを開いて何気に目にしたのがプレシャスさんのホームページで、そのまま電話してたんです」と仰っていました。

 

私が思うにきっと当社と私を選んでくれたのはヤマトちゃんであり、ヤマトちゃんの意志が奥さんにそうさせたように感じました。

 

ロシアンブルーの平均寿命は11歳前後であり、そのような意味でヤマトちゃんは急死だったにせよ、大往生だったといえます。

 

全てのセレモニーを終った頃、Iさんの自宅の前の公園のフェンス越しには初夏を思わせる青空が広がっていました。

 

自宅前まで出て家族全員で私を見送ってくださったIさん家族の笑顔を見届けながら(遺されたご家族の特に奥さんのことが気掛かりだったヤマトちゃんは自分の亡くなり際のことを伝えたくて私を呼んだのかも知れない・・・)そう感じていました。

 

「少しだけヤマトちゃんから託された役割が果たせたのかも知れない・・・」そう思いながら、晴々とした空の下、私はIさん宅を後にしたのであります。



 

ペットシッターさんが会館に来られた日

先日、以前このブログ{不信感から始まるセレモニーで}{続 不信感から始まるセレモニーで}{再訪問の日(不信感から始ったセレモニーの後日談義)でもお話させてもらったペットシッターの萬本さんがプレシャス会館を訪問してくださいました。

私は、萬本さんの来館される日を楽しみにしていたのですが、支配人も、どうしても萬本さんとお話がしたいということで、当日はスケジュールを調整していました。

そして約束の時間に萬本さんが訪問してくださったのです。

その日、たまたまメモリアルグッズを作製される方が午前中に二名いらしたので、噂のイケメン職人さんも、ちょうど仕事を終え会館に居合わせたので、私は最初、萬本さんに職人さんを紹介しました。

支配人はメモリアルグッズを作製されに来られた方を駅までお送っていたので萬本さんが来られたときは不在だったのですが、10分後、会館に戻ってきたので、そのときに念願の対面を果たしたのであります。

萬本さんもブログによく出てくる支配人に会うのを楽しみにされていたので、そういう意味では萬本さんと支配人はお互い念願の対面になったのであります。

 

その後、私は萬本さんを納骨堂に案内しました。

萬本さんは最初に、永代供養像にお参りしてくださり、持参してくれた花を手向けてくださった後、納骨堂に設置してあるペットを喪った飼い主さんからペットに宛てたメッセージボードに歩み寄り、一つ一つに目を通し、時折、涙を浮かべて読んでおられました。

 

このとき私は萬本さん自身もペットを喪ってから日が浅いことを、すっかり忘れている自分に気付き、少しだけ自己嫌悪になりました。

 

この日、私は早朝から京都で仕事があり、終わってから直行で会館に戻ってきていたので、萬本さんが訪問された午後過ぎはとてもお腹が空いており、同じく午前中はメモリアルグッズ関連の仕事でバタバタしてた支配人と職人さんも、私同様、空腹のようだったので、一緒にランチをとることにしました。

萬本さんにも「ご一緒に行きませんか?」と誘ったのでありますが、来られる前に済まされてたようで、お腹は減っていないということでした。

「せっかくの機会なんだし行きましょうよ」と再度、お誘いしたら、萬本さんも承諾してくださり、四人で廻る寿司を食べに行くことになったのです。

 

萬本さんは「食べたばかりだから」と言いつつ、鯛やえんがわ等、5皿ほど食べていました(笑)

4人で御寿司を食べながら談笑したことで、きっと萬本さんもリラックスされたのでしょう^^

 

食事をした後、皆で会館に戻り、ペット業界のことを中心にいろんなお話をしたのですが、萬本さんのペットシッターの仕事の話では、私も支配人も勉強させられると同時に、あらためて大変なお仕事であると再認識させられました。

その際、はじめてお会いした日に言っておられた「病気や高齢で介護が必要なペットほど、万一のときのリスク回避の理由からシッター業界は断る傾向にある」という不条理な現状を、再度、萬本さんから支配人や職人さんにもお話してもらったのですが、二人とも頷きながら黙って耳を預けていました。

 

萬本さんはそのような業界の現状を少しでも打破するべく「今、そんなペットの役に少しでも立てるようシニアドックヘルパーと愛玩動物救命士の資格を目指して勉強してるんです」と力強く仰っておられました。

 

時間にして4時間ほど有意義な時間を過ごし、萬本さんの仕事の時間になったので、その日はお開きすることにしたのです。

萬本さんは「また遊びに来ます」と笑顔で言ってくださり、会館を後にされました。

 

萬本さんが帰られた後、支配人が「すごい人ですよね・・・僕ももっと頑張らんとあかんって思いました」と意味深けに言っていました。

 

おそらく今後も萬本さんとは、良い意味で会社ぐるみのお付合いをさせてもらことになると思うのですが、支配人が言ったように、私自身もさらなる向上心をもって仕事をして行こうと身が引き締まりました。

 

前にもブログでお伝えしたように弊社は今、大きな転換期を迎えています。

萬本さんがこられた翌日、私は新たな一歩を踏み出す決意を固めました。

早ければ今年の夏

プレシャスコーポレーションはさらなる飛躍を求め、新たな試みを始めることになると思います。

その詳細はまた別の機会で報告させてもらいます。



 

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