2013-04

飼い主さんに染まるセレモニー

ペットとの旅立ちと、その飼い主さんの見送り方は様々であります。

私のブログはどうしても悲しい別れを題材にさせてもらうことのほうが多いのですが、いつもそのようなセレモニーばかりなわけではありません。

確かに不慮の事故等の急な別れには涙はつきものではありますが、大往生の末、安らかに旅立ったペットには笑顔でお見送りするご家族もいらっしゃいます。

 

当り前といえば当り前なのですが、どんなご依頼のときであっても、最初に飼い主さん宅を訪問するときは神妙な面持ちでお悔やみを告げます。

しかし、訪問して早々「葬儀屋さん^^そんな暗い顔せんと、さあ中へ入って。今、お別れ会してますねん。よかったら葬儀屋さんも参加してください」と言われ、そのまま、食事をご馳走になったこともありました。

そのときは17歳で永眠した芝ミックスのビースケちゃんのご火葬のご依頼を請け、訪問したのでありますが、17歳という犬ちゃんでは大往生であったことと、ご家族全員に看取られながら安らかに旅立ったことから、飼い主さんご家族はビースケちゃんの思い出話に花を咲かせ、食事をしながらお別れ会を開かれることにされたのです。

飼い主さん家族のお父さんが「正月でもこんな集まらん」と言われてたようにお父さんとお母さんと三人のお子さん達。それにご両親にとってはお孫さんにあたるお子さん達の子供たちが7人。合計12人の家族がビースケちゃんのお別れ会に参列されていました。

 

ご家族がビースケちゃんを囲むようにして食事をされていて、ビースケちゃんの祭壇の前にもたくさんのお母さんの手料理が並んでいました。

そしてご家族が代わる代わるビースケちゃんのもとに行き撫でながら話しかけたり、抱きしめたりされていました。

 

最初、私は少しだけ、想定外の成り行きに戸惑ったのでありますが、すぐにご家族の意図を理解し、食事をいただくことにしたのです。

 

なんとも言えない温かな雰囲気の中、ビースケちゃんのお別れの会は進み、食卓から見るビースケちゃんの顔もどこかしら笑っているように見えました。

私は(こういうセレモニーも悪くはないものだな)と、自然に笑顔がこぼれ、ご家族と一緒にその時間を過ごさせてもらったのです。

 

その後、出棺、ご火葬、お骨あげも、終始和やかな中、セレモニーは無事に終わりました。

 

セレモニーは旅立ったペットと、その飼い主さんの数だけ存在します。

そしてセレモニーの色はペットの最大の理解者である飼い主さんによって定められ、私達ペット葬儀会社の人間は、その色に染まってセレモニーを進めていくのであります。

 

もちろん。ペットの死にショックをうけ、飼い主さんが判断力を失っているような場合は、ある程度、我々主導のもとに進行することもありますが、基本的に私は、形式に必要以上にとらわれることは、時に、飼い主さんの気持ちを蔑ろにすることにもなりかねないと考えているので、臨機応変に対応することが大事だと思っています。



 

再訪問の日(不信感から始ったセレモニーの後日談義)

前回、前々回にブログに書かせてもらったペットシッターの萬本さんのことを実名で書かせてもらったのには理由があります。

 

通常私がブログに書かせてもらう場合、飼い主さんの名前は全てイニシャル、または仮名で明記させてもらっているのですが、それは、web上に掲載するということは、インターネットを通じて不特定多数の人が目にすることであり、実名を載せたことで、その人たちに何らかの被害が出るリスクを未然に防ぐためでもあります。

ですので、たとえ飼い主さん達が実名で書いてもいいと許可してくれた場合であっても基本的には飼い主さんはもちろんのこと、スタッフの名前もイニシャルで書いています。※私は書き手としての責任も踏まえ、自分のことは本名で書かせてもらっています。

 

萬本さんのことを実名で書かせてもらったことは、萬本さん自身が承諾してくださったこともあったのですが、私自身が萬本さんの仕事でもあるペットシッターというサービスを少しでも多くの人に認知してもらいたいという気持ちからであり、そのためには実名で紹介させてもらうほうが良いと判断したからであります。

 

私は萬本さんのペットであるホーランドロップのセシルちゃんのセレモニーを通じ、萬本さんと知り合ったのでありますが、最初、ご依頼をうけた際、私と萬本さんの間には見えない深い溝が存在していました。

そのことは前回と前々回のブログで書かせてもらったので、ここでは省略しますが、その溝の原因は、萬本さんがペットシッターという仕事を通じて知り得た、ペット葬儀業界の実態からくるものでありました。

そんな中で執り行われたセシルちゃんのセレモニーを通じ、萬本さんは私のペット葬儀への取り組む姿勢に共感してくださり、その時に初めて心を開いてくださったのです。

そして、同時に私自身も萬本さんを通じペットシッターという仕事の本質を知り、その必要性を強く感じたのでありました。

 

そう感じたのは萬本さんの、ある一言からでした。

それは萬本さんが悲しげに仰った「本来は高齢や重い病気で介護が必要なペットの飼い主さん達にもっとも必要とされる仕事なんですが、特に大手のペットシッター派遣会社などは、そういうシッティングは断る傾向にあるんです・・・」という現実です。

その話を聞いて私は疑問に感じたのですが、すぐにその理由がわかりました。

「つまり・・・責任問題になるリスクを避けるためですか?」と訊ねた私に萬本さんは悲しげな表情を浮かべながら無言で頷きました・・・

 

この傾向はペットシッター業界だけに当てはまるものではなく、事実、病院でも回復の見込みの無い入院しているペットちゃんを「最期は慣れ親しんだ家で過ごさせてあげてください」と言葉を添えて退院させる傾向があります。

もちろん、それも思いやりなのかも知れません。

いずれにせよ、飼い主さんがご不在のときに万一のことがあれば責任問題に発展する可能性があるので、ホテルにせよ病院にせよシッターにせよ、そのような事態を招くことを極端に嫌うのです。

 

しかし、医師から回復の見込みの無い、つまり死を待つだけの状態のペットを自宅に連れて帰った飼い主さん達は不安と来たるべきその日におびえ、恐怖の中で数日間を過ごすことになるのです。

 

それが、お一人暮らしの飼い主さんなら、その孤独感は計り知れないものであり、事実、私は過去にそのような飼い主さん達から藁をも縋る思いで相談を受けたこともありました。

そのことは、このブログ{ペットの最期を看取るとき・・・}{ペットの最後を看取る責任と愛情}でも書かせてもらったのでありますが、医師から見放されたペットちゃんを持つ飼い主さんは、弱り行くペットの姿を見ながら、それでも飼い主として何か出来ないものかと、手をつくされるのであります。

 

萬本さんは「そんな子(高齢や病気のペット)ほど、本当はシッティングが必要だと私は思うんです。だから私はご依頼が重なったとき、必ずそういう子のほうを優先して仕事をうけるようにしてるんです」と力強く仰っていました。

その言葉を聞いたとき、私は(この人ともう一度、ゆっくりお話がしたい)と強く思ったのであります。

そして、私は後日、萬本さに時間を作ってもらい、オフィスを訪問することになるのですが、やはり、再会し、お話をしてみて、思ったのは、萬本さんは私の思った通りの人であったということでありました。

私と萬本さんは時間を忘れ、仕事に対する互いの信念を語り合ったのですが、話してるうちに、萬本さんにとっては失礼なことかも知れませんが「この人と自分は似てる」と私は感じながら、話に耳を傾けていました。

話は尽きなかったのですが、萬本さんの仕事の時間になり、私と萬本さんは強い握手をして、その日は別れたのですが、その時、私は本当に素晴らしい同志に巡り会えたと実感していたのです。

 

ペット葬儀会社とペットシッター会社は、ある意味、一番対極に存在する会社なのかもしれません。

しかし、私は萬本さんのオフィスと利益の発生しない業務提携を結ぶことを決め、グループ会社という位置付けでホームページ上にもリンク掲載させてもらうことになりました。

 

今はGWであり、旅行や帰郷する人が年間を通じてもっとも多い時期であり、萬本さんへの仕事の依頼もそれに比例して、忙しくなります。

 

GWが明けたら萬本さんは当社の会館に来てくださると言っておられたので、その時にはスタッフ達に紹介する予定です。

 

萬本さんの強く優しいハートはきっと当スタッフ達にも良い影響を与えてくれるはずです。



 

大阪 ペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで
大阪本社
〒570-0095 大阪府守口市八島町13-36
ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660

続 不信感から始まるセレモニーで

その後、セシルちゃんのセレモニーは萬本さん家族の立会いのもと執り行われ、セシルちゃんは萬本さんの手に抱かれ出棺されました。

火葬炉に納める直前、萬本さんは幼い息子さんに悟られないように声を殺して涙を流されていました。

そして30分後、セシルちゃんのご火葬は無事に終わり、遺骨を火葬炉から取り出したとき、萬本さんは悲しみと喜びが交じり合ったような複雑な表情をされたのです。

セシルちゃんの遺骨を間近に見ながら萬本さんは「こんなに綺麗に残ると思わなかった・・・」と目を潤ませながら、ぽつりと言われました。

「私の会社では遺骨を出来るだけ原型に近い形で残すことを目的にペット専門の火葬炉を作ったんです。自分の目で確認し、手動で温度調節しながらやりますんで、小さなペットであっても綺麗に残せるんですよ」と説明をしました。

萬本さんは「電話でも、同じ説明を聞いたと思うんですけど、実際にこの目で見るまで信用していませんでした・・・」と言った後「本当に疑い深い質問ばかりして、失礼な態度とって申し訳ありませんでした」と頭を下げられたのです。

「いえいえ。とんでもないです。あやまることではありませんよ。どんな飼い主さんでも初めて依頼されるときは不安なものですし、納得できるまで、いろんな質問をされるのは当然なことですよ」と私は恐縮しながら言いました。

しかし、萬本さんは首を横に振り「いえ。私は仕事柄、野村さんの業界(ペット葬儀)には、あまり良い印象を持ってなかったというか、むしろ悪い印象しかなかったんです」と口にされたのです。

「失礼ですけど萬本さんは何のご職業をされているのですか?」と私はご依頼の電話をうけてから、ずっと気になっていたことを訊ねました。

 

萬本さんは、少し控えめな声で「私、ペットシッターをしてるんです」と教えてくれたのです。

 

私もペットシッターという職業が在ることは知っていたのですが、実際にお会いしたのは萬本さんが初めてでありました。

まだ日本ではあまり認知されてはいませんが、ペットシッターというのは、簡単に説明すると旅行や仕事等で家を空ける飼い主さんに代わり、留守中にペットのお世話をする仕事であります。

一言でお世話すると言っても、ご飯の用意をしたり、散歩に連れて行ってあげることから、高齢や病気のペットの介護まで様々な分野があり、それだけに幅広い知識と経験が必要な仕事でもあります。

 

「ペットシッターさん・・・だったんですか?」と私は萬本さんの予期せぬ返答に少しだけ不意をつかれたのですが、続けるように「で、ペットシッターさんをされていて、私の業界に不信感をお持ちになったのはなぜなんですか?」と、さらに質問をしたのです。

萬本さんは、苦い過去を思い出すように「私がお世話させてもらうペットちゃん達の中には、医者から余命宣告を受け、寝たきり生活を余儀なくなれたペットもいるんですね・・・一人暮らしの飼い主さんは、そんなペットを残して仕事には行けないじゃないですか。でも、仕事もそう頻繁に休めないので、私のようなシッターにご依頼されることがあるんです」と悲しげに言われました。

「はい。よくわかります」と私は相槌をうちました。

萬本さんは口元を手で覆いながら「野村さん。たとえ他人のペットであっても、それがどんなに短い時間であっても一緒に過ごしたら、すごく愛情が沸くんですよ・・・」と話し始められました。

「そうやってお世話してきたペットちゃんが亡くなったとき、飼い主さんほどじゃないかもしれないけど、やっぱりすごく悲しいものなんです・・・それで飼い主さんにお願いして、そのペットちゃんのお葬儀や火葬に立ち合わせてもらったこともあるんです・・・もちろん、中にはどうしても時間の都合がつかない場合は立ち会えなかったこともあったんですけどね・・・」と萬本さんは、そこまで話して鼻を啜るように俯かれました。

「つまりそのような席で私達の業界の対応を目にして不信感を待たれたのですか?」と私は訊ねました。

萬本さんは無言で頷き「そうですね。亡くなったとはいえ、ペットの扱い方や言動もそうなんですけど、料金体制も不透明で終わってみたら、かなり割高になってることもあったし・・・そして何より、火葬後、ほとんど遺骨が残ってなくて、本当に亡くなったペットの遺骨なの?もしかして違うペットの骨とすりかえられたんじゃないの?って疑いたくなるほど少なくて・・・」と自らがペット業界に不信感を持つようになった経緯を話してくださったのです。

 

セシルちゃんのお骨上げの席で萬本さんは、細部に渡って残った遺骨を全て自らの手で拾骨されていました。

全てのセレモニーが終わったとき萬本さんは「本当に野村さんに頼んでよかったです。というか野村さんみたいな人がペットセレモニー業界にも居たことが何より嬉しいです」とこれ以上のないお言葉をくださいました。

しかし、それは私も同じで、近年、増加しているお一人暮らしでペットを飼われる人にとっては今後、必ず必要とされるペットシッターというまだ未知の業界に萬本さんのような人がいらっしゃったことに、素直に喜びを覚えたのであります。

というのは、ここ近年の日本の夏は亜熱帯地方を彷彿とさせるほど蒸し暑く、人間に比べても暑さに弱い犬や猫にとって過酷な季節であり、特にお一人暮らしの飼い主さんや、日中、ペットだけで留守番をさせておられる飼い主さんのペット達が、熱中症で急死する事故が相次いだ事実を、私は昨年の夏期、このブログでも再三再四警告を兼ねて書かせてもらいました。

※{熱中症で孤独死するペットを増やさないために}{ペットの熱中症}{今年の夏}参照

ペットホテルに預かってもらえば解決しますが、ホテルは金額も高く、また送り迎えの手間がかかり、そして、それ以上に慣れない環境にペットが体調を崩すケースも少なくありません。

ところが訪問ペットシッターさんにご依頼すれば、ペットも住み慣れた場所で過ごせますし、送り迎えの必要もありません。萬本さんのところでは金額も小型犬なら1000円~と料金も良心的であります。

ただ、ペットシッターのデメリットをあげるとすると、それは自宅の鍵を預けなくてはならないということであり、それ相応の信頼関係がないと成立しないのも事実であります。

そのことは萬本さん自身も重要視されていることでもあり、萬本さんは、仕事を引き受ける際、必ず面談をしてから飼い主さんに決めてもらうようにしてるそうです。

 

セレモニーが終わってからも萬本さんとの話は尽きなかったのですが、私も萬本さんも、その日、仕事が詰まっており、私は次のセレモニー場所に向かうべく、マンションを後にすることにしました。

帰り際、マンションの玄関先まで見送ってくださった萬本さんに私は「萬本さん。変な意味ではなく、近いうちにもう一度、お時間もらえませんか?」と訊ねました。

萬本さんは、何のことか意味がわかっていないような表情をされたので「私もペット業界に萬本さんのような人が居たことが本当に嬉しかったんです。もう一度、ゆっくり萬本さんのお仕事のお話が聞きたいんです」と説明をしました。

「ああ。そういうことですか。喜んで」と笑顔で仰ってくださいました。

その日から数週間後、私は再び萬本さんのオフィスを訪問し、ペットシッターという仕事の全容を聞かせてもらったのです。

話の中で萬本さんのキャリアや犬ちゃんや猫ちゃんから熱帯魚の水槽環境の話まで、萬本さんのペットに対する知識の豊富さに驚かされることばかりであったのですが、それにも増して、ペットシッターという仕事への取り組み方や信念、そして動物達への愛情に、私は共感すると同時に敬意すら覚えたのであります。

 

なお、萬本さんへの相談は無料なので、ペットのことでお悩みの方は一度、電話で相談しててみてはいかがですか?連絡先は下記のHPを御覧下さい。

ペットシッターサービス CETIA

 

萬本さんは私が自信をもってお奨めできるペットシッターさんです。

不信感から始まるセレモニーで

東大阪市の萬本(まんもと)さんという女性からペットのご葬儀とご火葬のご依頼があったのは先月のことでありました。

電話をとった私はセレモニーの流れを概ね説明した後、萬本さんから火葬するに際し、何点かの具体的な質問をうけたのですが、その内容は「個別火葬なのか否か?」「立会いは可能か否か?」「小さなペットであっても遺骨は綺麗に残るのか否か?」等、どれも大切なことばかりでありました。

私は弊社プレシャスコーポレーションが「個別火葬」「立会い」「返骨」ほ基本理念としていることを説明した上で、萬本さんのご要望にお応えすることが可能であるとお伝えしたのであります。

私はこのとき、萬本さんの冷静な話し方から何とも言えない違和感を感じました。

違和感というのは語弊かも知れませんが、萬本さんの冷静かつ的確な質問内容から(もしかして同業者かも・・・)という疑念を抱いたのであります。

というのは、私達の業界、つまりペット葬儀会社では、他社の業務内容や料金体制を調査することを目的に同業者がご依頼者のふりをして電話をかけてくることがあるのです。

そして、事細かく一通り、質問をして「では検討してまた電話します」と言い残し、電話を切ったあと、そのまま電話がかかってくることはありません。

 

私が感じた違和感とはそのことであり、萬本さんが調査目的に質問をされているのかもと感じたのであります。

しかし、萬本さんは一通り質問をされた後、「わかりました。では明日、予約できますか?」とご依頼をされ、私は自分の抱いた疑念が見当違いであることに気づきました。

そして、萬本さんはセレモニーの時間を指定された後、電話を切る最後に「できましたら、今、電話口に出ておられる方(私のこと)に担当してもらいたいのですが、可能ですか?」と申されたのであります。

翌日は別スタッフが担当するシフトであったのですが「はい。わかりました。では私、野村が担当させてもらいます」と私は返答し、電話を切りました。

 

電話を切った後「いったいどういう人なんだろう・・・」と私は思うと同時に「もしかしてペット病院か何かで勤務経験がある人なのかな・・・」と考えを巡らせていました。

それは萬本さんが質問された際、専門的な用語を口にされたこともあるのですが、それ以上にペットを亡くされた飼い主さんが自分のペットの葬儀を依頼するときに見せる、特有の悲痛な印象を萬本さんからは、あまり感じなかったからであります。

電話口の萬本さんは終始冷静な口調で、それ故に私は同業者の調査ではないかと勘違いしたのです。

それと、もう一つ気になったことがありました。

それは萬本さんとお電話でお話をしたとき、我々の業界に対し、あまり良い印象を待たれていないという雰囲気を感じたことであります。

萬本さんが私に確認した内容は全て評判の良くない業者を未然に見極めるために必要な的を得た質問ばかりであり、そのことからも何らかのペット業界に携わり、裏事情にも詳しい人であることは間違いないと私は感じたのです。

 

翌日、いつもとは違う緊張感を持って萬本さんが指定されたマンションまで向かいました。

 

正面玄関のインターホンを押し、到着したことを伝えると「はい。すぐに降ります」と応答があり、少しして萬本さんが正面玄関から現れました。

萬本さんは「萬本です」と短く挨拶をされた後「それで、どのようにしたらいいですか?すぐに(亡くなったペットを)連れてくればいいんですか?」と私の目を見ながら静かに、かつはっきりとした口調で質問をされたのです。

到着して早々、萬本さんが、そう言われたのには理由がありました。

~~~それはお電話でご依頼をうけた際、セレモニーの流れを説明するため当社が推奨している「家族葬」の提案をしようとしたときでした。

萬本さんは「そういうのは一切してもらわなくてもいいです。ただ、個別に火葬をしてくださればいいので」と即答でお断りをされたのであります。

その時、私は、萬本さんがそう言われた背景に、先にも述べた業界不信があると感じると共に、そう思うに至ったのには、いったい過去にどのような経験をされたのかが、とても気になりました。

ペットに限らず、葬儀業界には、不透明な料金体制という悪しき体質が未だに残っています。

セレモニーに欠かせない線香や骨壷等の備品類が別料金かつ高額な金額で請求されることは、もはや常識の世界でもあります。

私は、業界に蔓延るこれらの悪い習慣を払拭すべく、当社のセレモニー(お葬式~ご火葬~お骨上げ~納骨~永代供養)は全てセット料金にしたのであり、それに必要な備品類や消費税も含めた金額をホームページ上に明記することに決めました。

しかし、電話でこれ以上、お話しても、あまり溝は埋まらないと判断した私は「わかりました。ではご火葬のみ、責任をもって担当させていただきます」とこたえ、直接、お会いしてから、もう一度、お話させてもらおうと思っていました。

悲しいことではありますが、このようなケースは珍しいことではなく、初めてのご依頼のとき、私達ペット葬儀屋はご依頼者である飼い主さんから、多かれ少なかれ何らかの不信感を持たれるのは事実なのであります。~~~

 

私は手短に自己紹介を済ませ「はい。すぐに連れて来てもらってもいいのですが、もし、よろしければ、先にお亡くなりになったペットちゃんに手を合わさせていただきたいのですが。いけませんか?」と申し出たのです。

萬本さんは、私の目を見たまま、少し間を置いて「・・・ありがとうございます。では、案内しますので部屋のほうにいらしてください」と部屋まで案内してくださいました。

マンションの通路を案内されるように私は萬本さんの後をついて行ったのですが、前を歩く萬本さんの背中からは張り詰めた緊張感が伝わり、この時点ではまだ強い不信感をお持ちであることが否が応うでも伝わってきたのです。

 

萬本さんが契約されているマンションの一室にホーランドロップのセシルちゃんは安置されていました。

部屋には萬本さんのお母さんと保育園児くらいの息子さんがいらっしゃったので、私はお二人に挨拶をした後、安置されていたセシルちゃんの前に正座をして手を合わせました。

合掌をほどいた後、あらためてセシルちゃんを間近に見た私は思わず息をのみました。

セシルちゃんは、私が見てきたどのウサギよりも綺麗な毛並をしており、真珠のような艶を放っていたからです。

私は思わず仕事を忘れてしまい(綺麗・・・)と心の中で呟きながら溜息をもらしました。

そして「触らせてもらっていいですか?」と萬本さんに確認をし、承諾を得てからセシルちゃんに触れさせてもらったのです。

私は「あの・・・この子って綺麗ですよね・・・私も仕事でたくさんのホーランドロップを見てきたのですけど、この子は何か体格というか、毛の質というか、違う気がするんですけど、特別なにかケアとかされたんですか?」と萬本さんに訊ねました。

萬本さんは「それが純血種と呼ばれるホーランドロップの特徴なんですよ。ショップなんかでは平気で混血種であってもホーランドロップとして売られているんですが、血統証のある純血種はごく稀なんです」と言いながら、後を振り返り棚からセシルちゃんの血統証を見せてくれました。

萬本さんから手渡された血統証を目にしながら「セシルちゃんはお幾つだったのですか?」と訊ねた私に「4歳と八ヶ月でした・・・」と答えた萬本さんは、不意に涙を堪えるように唇を噛みしめられたのです・・・

 

このとき私は、はじめて萬本さんの人間らしさに触れたような気がしました。

電話でご依頼をうけたときも、玄関でお迎えくださったときも、萬本さんはどこか、警戒心を持ったまま私と対峙されていました。

電話での冷静な口調はペットへの愛情希薄からくるものではなく、逆に深い愛情からちゃんと見送ってあげたいと強く思う気持ちと業界への不信感が重なってのことだと、私はこのときはじめて理解したのです。

 

そして、私はあらためてセシルちゃんの家族葬を提案すべく「萬本さん。初めて当社にご依頼くださった方に『当社を信用してください』と言うのは土台無理な話だとはわかっていますが、本当に当社の料金は祭壇を設置しお焼香をあげてお見送りしてからご火葬しても追加料金は発生しないのです。もし良ければご家族でセシルちゃんとお別れの儀を執り行ってからご火葬に移られてはどうですか?」と薦めたのです。

その様子を、お孫さんにあたる萬本さんの息子さんを膝に座らせながら聞いていたお母さんが「せっかく、こう言ってくれてはるねんから、してもらったらどう?」と優しい笑顔で萬本さんの顔を覗き込むように仰ってくれました。

萬本さんは、少し間を置いた後「わかりました。プレシャスさんが、と言うより野村さんが信用できる人だとわかりましたので、そのようにお願いいたします」と丁寧に頭を下げながら言ってくださったのです。

 

その言葉をうけ、嬉しくなった私は「わかりました。ではすぐにセレモニーの準備に取り掛かります」と勢いよく立ち上がったのはいいのですが、フローリングの床に正座してたことで足が痺れ、両膝から下の感覚が無くなっていたことに立ち上がってから気付き、バランスを失った私は、よろめいて壁に持たれ掛かってしまったのです。

「すいません。足が痺れて・・・」と弁解しながら部屋を出て行く私の姿を萬本さんは笑いながら見送っていました。

 

(せっかくいい流れだったのに・・・)と自分の不甲斐なさを嘆きながら私は車までセレモニーのセットを取りに行ったのです。

 

その後、セシルちゃんのお別れの儀が執り行われ、その席で私は萬本さんの職業と、萬本さんがその職業を通してペット葬儀業に不信感を持つようになった驚きの経緯を聞かされることになるのです。

 

ブログのスペースが無くなりましたので、この後のお話は次回に紹介させていただきます。



 

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悲劇の場所と月命日の花

阪神高速守口線の終点は、そのまま大阪と京都を結ぶバイパス道路に繋がっているのですが、その花は高速を出て車で約10分ほど京都に向かって走った中央分離帯のガードレールに手向けられていました。

本社から会館に向かうとき、このバイパスを利用することがあるのですが、私はガードレールに結ばれた、その花を初めて見たとき、誰が手向けたものなのかがすぐにわかりました。

 

寝屋川市のHさんの愛犬のバロンちゃんが、このバイパスの中央分離帯付近で交通事故に遭ったのは昨年の夏の出来事でした・・・

 

その日、バロンちゃんは、いつものようにバイパスを横断して、散歩コースである淀川河川敷にHさんと向かう途中で信号待ちをしていたのですが、しきりに興奮したように吠えていたそうです。

最初、Hさんはバロンちゃんが何に向かって吠えているのかわらなかったのですが、バロンちゃんの視線の先を追ってみると、反対側の歩道に二匹のノラ猫の姿がありました。

どうやらバロンちゃんはその猫に吠えていたようだったので、Hさんは「バロンやめろ」と嗜めるようにリードを軽く引いたそうです。

いつもなら、それで吠えるのをやめるバロンちゃんだったのですが、この日のバロンちゃんはよほど猫のことが気になったのか、吠えることをやめませんでした。

バロンちゃんの興奮は納まる気配がなく、リードを振り切らんばかりに前足を上げて猫に吠え続けていたそうです。

そして、そのときスルっと滑るようにリードから外れたバロンちゃんは、その勢いのまま赤信号のバイパスを横断するようにして猫のいる反対側の歩道めがけ駆け出してしまったのです。

 

早朝だということもあり、バイパスといえど交通量は多くなかったのでありますが、それゆえにスピードを上げて通りすぎる車が多い時間帯でありました。

 

バロンちゃんはバイパスの中央分離帯付近で猛スピードで走ってきたトラックに撥ねられたのです・・・

 

 

Hさんのお母さんからバロンちゃんのセレモニーの依頼があり、担当した私は悲しい事故の経緯をその席でお母さんから聞かせてもらったのです。

目の前で愛犬を喪ったHさんのショックは大きく、その日、Hさんは呼吸をやめた愛犬の前に正座をしながら、ひたすら涙を流しておられました。

 

目の前で愛犬を事故で亡くす・・・。

同じ経験を持つ私は、Hさんに何か勇気つけるような声をかけようとしたのですが、気持ちが痛いほどわかるがゆえに、逆に何も声をかけることが出来ず、その日、私はHさんと会話をすることすらできませんでした・・・

 

セレモニーはHさんに代わり、お母さん主体で執り行われ、無事に終わることが出来たのでありますが、Hさんの今後のことを考えると、いたたまれない気持ちになりました。

 

帰り際、お母さんは外までお見送りくださったのですが、Hさんはバロンちゃんの遺骨を大切に胸に抱いて自分の部屋に入っていかれたので、ご挨拶も出来ないまま、私はHさん宅を後にしたのです。

 

バロンちゃんのセレモニーから数日が過ぎた頃、会館に向かってバイパスを車で走らせていたとき、バロンちゃんが亡くなった事故現場の中央分離帯のガードレールに花が手向けてあることに気付いた私は車をスローダウンさせ路肩に停車させました。

車を降りてガードレールに近づくいて見てみると真新しい花がガードレールの柱にくぐりつけてあったのです。

おそらくHさんかお母さんがバロンちゃんを偲び手向けたのであろう花に向かい私はその場で屈み、そっと合掌をしました。

 

その日を境に私はその場所を通るとき、会釈をするように頭を下げるようにしてたのですが、ガードレールの花は、まめに交換されているようで、いつも新鮮な状態でありました。

 

そして、年が明けた今年の三月。

私がとある猫ちゃんのセレモニーのご依頼を請け、早朝のバイパスを枚方市に向け車で走らせていたときのことです。

いつものようにバロンちゃんの事故現場で頭を下げながら通りすぎようとしたとき、ガードレールに花を手向けているHさんの姿が目に入りました。

私は始めて花を目にしたときと同じように車を路肩に停め、ガードレールのHさんのもとに歩み寄りながら「Hさん」と声をかけました。

屈んだ状態でこちらを振り返ったHさんは無言のまま私の顔を見ながら「はい?」と首を傾げるような仕草をされました。

私が誰かわかっていらっしゃらなかったようだったので「バロンちゃんのセレモニーを担当させていただいた・・・」と頭を下げながら挨拶をしました。

Hさんは目を少し大きく開けられて「ああ・・・葬式の会社の?」と言われたので「プレシャスコーポレーションの野村です」とあらためて自己紹介をしたのです。

Hさんは立ち上がり「ああ・・・すいません。わからなかったです。あの日、ほとんど記憶がないっていうか、まともに葬式屋さんの顔も見なかったので・・・・すいません」と頭を下げられた後「ていうか・・・どうされたんですか?わざわざ来てくれはったんですか?」と訊ねられました。

私は「いえ、たまたま仕事で通りかかったんですが、Hさんが見えたんで」と説明をした後、続けるように「セレモニーの日、お母さんからここでバロンちゃんが事故に遭ったことをおしえてもらっていたので、後日、ここを通ったとき花が手向けてあるのを見て、おそらくHさんがされたのだろうと思っていました」とこたえました。

「そうだったんすか・・・」とHさんは言った後、手向けた花を見るように視線を落とされました。

「よくここを通るんですが、いつも花が新鮮なんで、まめに花を交換されているんだろうなと思ってたんです」としんみりした口調で私は言いました。

「まめというか・・・一応、月命日に交換するようにしてたんです」とHさんに言われ、今日がバロンちゃんの月命日にあたることに私は気付いたのです。

「月命日に交換されていたんですか・・・それは気づきませんでした」と私は正直にこたえた後「今後も月命日に続けられるんですか?」と質問をしました。

Hさんは無言で首を振り「・・・ここに花を持ってくるんは今日で最後にしようと思って来たんです」と小さな声で言った後、顔を私に向き直し「ほんまは一年間、続けようって思ってたんですけど、結局、これってジコマン(自己満足)なんかなって思えてきて・・・なんていうか、来月からは家で骨壷に手を合わて祈ろうかなって思ったんですわ」と仰いました。

「わかります。私はこういう場所(事故現場)やお墓の前でなくとも、供養というのは、いつ何時何処に居ても心一つで出来るものだと思っていますので、Hさんがそう決めたならそれでいいと思いますよ」と私は自分の意見を重ねて言いました。

 

セレモニーを控えていたこともあり、その日はその場で別れることにしたのですが、別れ際「Hさんがここに花を持ってこられる最後の日に会うなんて、きっとバロンちゃんがそうしてくれたのかも知れないですね」と気持ちを込めてそう言ったのに、Hさんは空を見るように視線を上げて「う~ん・・・たまたまでしょ」と笑いながら冷静に返されたので、私は「・・・Hさん。そこは『そうですね』でいいじゃないですか」と笑って言い返しました。

「すいません。僕ほんま、そういう空気読めない人間なんで」と申し訳なさそうに笑うHさんはセレモニーの日とは別人と思えるほど、人懐っこい笑顔を浮かべていました。

 

「では私は仕事に行ってきますね」と頭を下げて車に戻り、走り出したのですが、Hさんはその場で見送っていてくださり、私の車が見えなくなるまで見送っていてくれていました。

 

いずれ、ガードレールから花が無くなる日が来ると思いますが、私はこれからもあの場所を通るとき、バロンちゃんの冥福を祈ることは今後も続けていこうと思っています。

納骨堂に遊びに来る猫

昨年の夏くらいからだった思うのですが、プレシャス会館の納骨堂につながる階段の下に1匹の猫ちゃんが遊びにくるようになりました。

この猫ちゃん。模様はキジトラなのですが、顔はチンチラっぽく、とても個性的です。

体系は、ややポッチャリなんですが、見た目と違い、かなり俊敏で警戒心も強く目が合っただけで逃げていきます。

ノラちゃんなのか、飼い猫なのかは不明ですが、かなりの頻度で納骨堂の階段のところで休憩をしている姿を目にするのですが、私やスタッフを見かけると、すぐに去っていくのです。

(ペット葬儀屋だからなのかな・・・)

 

当社スタッフは支配人をはじめ、どちらかというと猫派が多いのですが、いまだにこの猫ちゃんに触れたスタッフはいません。

 

一度でいいから、あの気持ち良さそうな毛に触れたいと思っている私は、猫ちゃんを見かけると(怖くないよ)と心でつぶやきながら姿勢を低くして待つのですが、猫ちゃんは、目が合った途端、前体重の姿勢をとり、顔だけをこちらに向けて、いつでも逃げれる体勢のまま、じっと私の顔を見て、私が少しでも動くと一目散に走り去るのです。

 

もしかして、人間に良い印象を持っていないのかも知れませんね・・・

 

そんな折、自称「私ほど猫に好かれる人間はいない」と豪語するJさんが、昨年末に旅立った愛猫の遺骨を納骨されるために会館を訪れられました。

ちょうどそのとき、会館に居合わせた私はJさんに納骨堂に遊びに来る猫ちゃんの話をしたところ「私なら大丈夫。きっと近づいてきますよ」とJさんが仰ったので、私は表に出て猫ちゃんの姿を探したのです。

ちょうど猫ちゃんは会館の向えにある駐車場のフェンスの下で日向ぼっこをして寛いでいました。

私はJさんを呼び猫ちゃんのいる場所を指差しました。

猫ちゃんまでの距離は10m。

Jさんは二、三歩ほど歩いてから姿勢を低くして優しく舌を鳴らしながら「こっちおいで~」と片手を猫ちゃんに差し出しました。

距離があるせいか猫ちゃんは逃げ出すことはなかったのですが、一向にこちらに近づく気配もありません。

2分ほどJさんは猫ちゃんを呼び続けましたが、猫ちゃんは我関せずと言わんばかりに腹部の毛繕いをするように舌で舐め続けていたので、私は「ね?ダメでしょ?」とJさんに訊ねるように言いました。

Jさんは猫ちゃんに視線を向けたまま「野村さんがおるから来ないんですよ。野村さん中に入ってて」と少し苛立ちながら仰ったので、私は笑いを堪えながら言われた通り、会館の中に入り、ドアを少しだけ開けて様子を見守ることにしたのです。

その後、Jさんは根気強く猫ちゃんをその場で呼び続けましたが、猫ちゃんが近づいてくる気配はありませんでした。

シビレをきらしたJさんはゆっくりと立ち上がると、ソッとした足取りで猫ちゃんの方に近づいて行ったのですが、Jさんが三歩ほど近づいたとき、猫ちゃんは例の逃げる体勢になり、明らかに緊張した表情でJさんを見ました。

そして「あそぼ~♪」とJさんが、さらに一歩近づいたとき、猫ちゃんは立ち上がると同時に猛ダッシュして逃げて行ったのです。

その光景をドアの隙間から見守っていた私は思わず「あははははははははは^^」と声を出して笑ってしまいました。

笑い声に振り返ったJさんは明らかに不機嫌な表情になり「野村さん!あの子(猫ちゃん)に何かイタズラしたことがあるでしょう!」と言われも無いことを口にされたのです。

「してませんよ^^」と反論した私にJさんは「絶対何かしたはずやわ。じゃなきゃ、あんなに人を怖がるはずないもん。きっとこの建物(会館)の人は怖いってインプットされてるんやわ」とすねたような顔で仰ったのです。

「インプットって ^^ 本当に何もしてないですよ」と笑いながら言った私の脇を通りぬけるように会館に戻られたJさんにお茶を出すことにした私は、その後、子供のように不機嫌になったJさんがおかしくてしかたありませんでした。

 

猫ちゃんに触れることは、いまだに叶っていませんが、いつか撫でてあげたいと思っています。



 

悲しみの根本に存在するもの

私達ペット葬儀屋は毎日のようにペットの旅立ちを見送り、同時にペットに先立たれた飼い主さんの姿を間近で見守る仕事であります。

そんな日々の中で、時に生きる目的すら見失うほど、深い悲しみに沈まれた飼い主さんを目にすることもあり、セレモニーが終わってからも気掛かりで、離れることを躊躇うほど、気力を失ったままの人もいらっしゃいます。

 

そのような場合「もし私で良ければお力になりますので、何か相談事があれば連絡くださいね」と言葉をそえてから、その場を離れるようにしています。

もちろん、こちらから、そんな飼い主さん達に連絡をすることも必要なことかも知れませんが、前にもこのブログで書いたことがあるように、こちら側から連絡をすることで、セレモニー当日の記憶が甦り、逆効果になることもあるので、やはり、飼い主さん側から連絡があるまで待つことになります。

 

納骨や慰霊祭のときなど、そのような飼い主さん達と再会する機会があるのですが、ほとんどの方は、自分なりに悲しみを克服し、その人のペースで前向きに歩んでらっしゃることを知ってホッと胸を撫で下ろすことになるのですが、中にはペットロスの悲しみから解放されていない人もいらっしゃいます。

 

そんな人達とお話する中で、最近、気がついたことがあるのですが、それは、ペットロスから、なかなか立ち直れない人達の悲しみの中心にはペットロスとは別の悩み事が存在することが多いという事実であります。

 

それは、仕事、健康、恋愛、家族等、人によっても違いはあるのですが、ペットが健在だった頃から何らかの悩みがあり、その悩みを癒してくれ、時に忘れさせてくれる存在がペットだったことが多く、その、心の支えでもあったペットを喪ったことによって、バランスを崩してしまい、悲しみからなかなか抜け出せないで苦しまれておられるのだと感じることがあるのです。

もちろん、飼い主さん自身も、そのことを、頭のどこかで自覚はされているのですが、悲しみが深いゆえ、それらをうまく分別できず、ただ「悲しい」「寂しい」と苦しい胸の内を打ち明けられるのであります。

私は相談を受けたとき、まず根本にある悩み事の解決をすることが先決だとお話をするようにしています。

もちろん私のようないち葬儀屋に相談して解決するような問題なら、誰も困らないのも事実なのですが、誰かに話すことによって、少しは気持ちがほぐれることもあるのです。

そのことも必ず伝えたうえで、私なりに相談にのらせてもらっています。

 

人間なら誰でも悩みやトラブルをかかえながら生きているものですし、悩みが何も無い人なんて現実には存在しません。

大切なのは、そのことを話せる人がいるか、いないかであって、いち葬儀屋の私であっても話してくれた瞬間に、少しは解決に向けて一歩踏み出しているのだと私は思っています。

 

私は相談を受けている最中、間合いを見計らって、意図的につまらない冗談を挟むことがあります。

そのとき、ほとんどの方が一瞬「へ?・・・」とされた後、一呼吸おいて笑顔になられるのですが、そんなとき私は心の中で(大丈夫)と呟いています。

本当に限界まで落ちた人は笑顔すら忘れてしまっているもので、笑えるということは、まだその人の中に余力が残っている証拠だと私は思っています。

 

事実、私は今までに色んな人から相談を受けてきましたが、笑顔を見せてくれた人はいつかは前向きに歩いて行かれるもので、そのような人を今までたくさん見て参りました。

それは、何も仕事を通じての話ではなく、自分の周りの人達も含めての感想であります。

 

もちろん、中には解決できない悩み事もこの世には存在するので、そんな場合はその悩み事と上手に付き合いながら生きていくしかないので、それを補える力を自分自身がつけることが必要になってきます。

 

人間は周りの人やペットに支えてもらいながらも、最終的には自分の力で乗越えていかなければならないときがあり、それを乗越えることでしか得れないものもがあるのも事実です。

 

悲しみをたくさん経験している人はその分、強く優しくなれると言いますが、きっとそういうことなのかも知れませんね・・・



 

心を映す供養像

弊社プレシャスコーポレーションの直営会館の二階は納骨堂になっているのですが、その納骨堂を見渡せる最奥の中央には供養像があります。

 

私をはじめ、当社のスタッフ達は会館に出入りするとき、真っ先に、この供養像にお参りをするようにしているのですが、この供養像が実に不思議で、日によって表情が違って見えるのであります。

 

もちろん、立体の物は見る角度や照明の光りによって印象が変わることは、よくあることなので、供養像の表情が違って見えるのは目の錯角によるものが原因だと思うのですが、供養像が微笑んでいるように見えるときは、なんとも言えないくらい清清しい気持ちになるのです。

 

しかし、逆に泣いてるように見えるときや、怒っているようように見えるときは、何か供養像に叱咤されているような心境になり、人知れず懺悔するようなこともあります。

 

これは私に限ったことではなく、スタッフも口を揃えて供養像の表情が日によって違うと言うのですが、皆も、私と同じように供養像が微笑んでいない日は気が滅入るそうです。

 

特に支配人は真面目な性格が災いして、供養像が微笑んでいない日は微笑むまで手を合わせていることもあって、長い時は一時間以上、供養像の前でお経を唱えています。

 

そんな供養像なのですが、最近になって、私はあることに気付きました。

それは供養像の表情は自分の心の状態を表しているということであります。

 

自分から元気が溢れているときは供養像も笑っているように見えるし、そうでないときは供養像も沈んだ表情み見えるのです。

 

それに気付いてからは、供養像の表情が冴えないときは、気持ちを引き締めるようになり、自分自身に気合を入れてから仕事を始めるようになりました。

 

これは、ちょっと恥ずかしい告白なのですが、実は納骨堂に人が居ないとき、私は普通に供養像に声を出して話しかけています。

 

もし、その光景を誰かに見られたならば、頭のおかしい人と間違われるほど、いっぱい話しかけています。

 

だから、プレシャス会館の納骨堂で供養像に話しかけてる私を見ても引かないでくださいね。

 

 

さて、皆さんには供養像はどう見えますか?

心の区切り

「火葬にはどうしても立ち会わないといけないものなんですか?」と大阪市のFさんから愛猫のミュウちゃんのセレモニーのご依頼を電話で受けた際に、質問がありました。

「『どうしても』というものではありません。お時間の都合や中には感情的に耐えれないという飼い主さんもいるので、そのような場合は私共が責任を持ってさせてもらっています」と私は静かな口調で返答しました。

Fさんは「わかりました・・それを決めるのは今でないといけないですか?」と訊ねられたので「いえ。セレモニー当日、というより、私がそちらに着いてから決めていただいても構いませんよ」と話しかけるようにお伝えしました。

「そうですか・・・わかりました。じゃあ考えときますので・・・明日よろしくおねがいします」とFさんはその日、悲しげに電話を切られました。

 

翌日、私は約束のお時間にFさん宅を訪問しました。

玄関で私を迎えてくれたFさんは、俯き加減のまま、小さく頭を下げ「どうも・・・」と短く挨拶をしてくださいました。

そして、私は自己紹介を兼ねた挨拶をした後、ミュウちゃんが安置されてる部屋に通されたのです。

 

ミュウちゃんは花が散りばめられたバスケットのようなカゴの中で、右側を下にするような姿勢で安置されていたのですが、その姿は新鮮な花に囲まれて気持ちよく眠っているようにしか見えないほど、安らかなものでありました。

 

私は合掌した後、Fさんの承諾を得てからミュウちゃんに触らせてもらいました。

私とFさんはミュウちゃんの前で横並びに座りながら、暫しの間、ミュウちゃんの顔に見入っていたのですが、不意にFさんが「いろいろ考えたんですけど、やっぱり辛くなると思うので、火葬は、そちらでお願いしていいですか?」と涙を流しながら言われたのでした。

「はい。わかりました」と短く返事した私に「すいません・・・」とFさんは申し訳なさそうに頭を下げられたので「あやまることではありませんよ。私が責任を持ってご火葬させていただきますね」と穏やかな口調でお伝えしました。

その後、Fさんと相談して火葬はFさん宅から車で10分ほどの場所にある緑地公園の畔で実施することになり、「骨は私が拾ってあげたい・・・」とのFさんの申し出を受け、お骨上げはご火葬後、再びFさん宅に戻り、執り行うことを決めました。

 

ミュウちゃんはFさんの手でバスケットごと出棺された後、私の手に受け渡され、火葬車の炉の中に納められました。

火葬炉の扉を閉めるとき、Fさんは嗚咽を押し殺すように泣き崩れられたので、私は扉から手を離し「大丈夫ですか?」とFさんに歩み寄りながら、Fさんの体を支えるように手を伸ばしました。

Fさんは顔を覆い隠すようにしながら体を震わせていました・・・

「とりあえず、一度、自宅に戻りましょう」と私はFさんを抱かかえるようにしながら玄関のドアを開け、座らせるようにしてからFさんから手を離したのですが、Fさんは力が抜けたように下駄箱に持たれ掛かかり、声を出して泣かれたのでした・・・

私はその場でFさんが落ち着かれるのを待つことにしたのですが、5分ほど過ぎたとき、Fさんが「すいません・・・」と独り言のようにポツリと言われたので「ううん。気にしないでください。時間はあるので、お別れの準備が出来てから出発しますね」と伝えました。

さらに数分経過したとき「もう大丈夫です・・・すいませんでした・・・」とFさんが私に告げたので「わかりました。では、外に出ましょうか?」と私はFさんの顔を覗き込むようにしながら訊ねました。

しかし、Fさんは鼻のあたりを手で押さえながら「・・・見たら悲しくなるので、ここでお見送りします・・・」とうつむいたままの姿勢で言われたのです。

「え?・・・はい。ここ(玄関)からお見送りされると言うことですね。わかりました」と私は一瞬、Fさんの仰った意味がわからなかったのですが、すぐに察して「では、行ってきますね。Fさん」と確認をするように言いました。

Fさんは無言で頷かれたので、私は静かに玄関のドアを開け、火葬車に歩み寄り、再度、合掌をしてから火葬炉の扉を閉めて運転席に座りました。

Fさんは、私のその様子を玄関に座ったままの姿勢で、見守っておられたのですが、やはり、何か引っかかった私は、もう一度、確認したほうが良いと判断し、車から降りました。

玄関に戻ろうと、車越しにFさんを見た私の目には静かに目を閉じ、手をあわせてお見送りをされているFさんの姿がありました。

私はどうしようかと思案した結果、Fさんに悟られないように、再び運転席に戻り、車のエンジンをかけ、ゆっくりアクセルを踏んでFさん宅から離れることにしたのです・・・

Fさん宅を出て最初の角を曲がる際、バックミラーでFさんの姿を探したのですが、Fさんは玄関先から出ていないようでありました。

角を曲がってすぐに私は車を道路の路肩に停車させました。

自宅にFさんを一人残したことが気掛かりだったのです。

車をここに停めたまま、歩いて、そっとFさんの様子を見に行こうかとも思ったのですが、ミュウちゃんとの別れを吹っ切れない状態のFさんにとって、その行為が逆効果になりうることも充分に考えらたので、運転席の私はどのようにすべきか思考を巡らせていました。

躊躇しながら車の中で判断をしあぐねていたとき、私の携帯電話が鳴りました。

当社ではご依頼があったとき担当者の携帯番号をご依頼主さんにお伝えするようにしているのですが、このとき、発信者を告げるスマホの画面にはFさんの携帯電話の番号が通知されていたのです。

「もしもし野村です」と電話に出た私にFさんは「すいませんFです。野村さん今どこですか?」と問いかけがありました。

その言葉を聞き終える前に私は車から降り、Fさん宅にむかって歩き出していました。

そして「まだ近くです。どうしました?」と訊ねたのです。

Fさんは申し訳なさそうに「本当にすいません・・・やっぱり立会いたいので今から戻れますか?」と言われたとき、私は自宅の前に着いていました。

ドアを開けたままの玄関で力なく頭を下げて座りながら電話をされているFさんの姿を見た私は「顔をあげてください」と言って電話を切ったのです。

玄関先に立っている私に気付いたFさんは「あれ??」ときょとんとした顔で驚いておられたので「そう言われる(立会いする)ような気がして、そこの角で待機してたんです」と私は笑顔で説明しました。

Fさんは呆気にとられたように、涙を流しながらも「ありがとうございます・・・」と恥ずかしそうに笑みを浮かべて頭を下げられました。

 

この日、初めてFさんが私に見せた笑顔でありました。

 

Fさんは部屋に戻りバックだけを持ってすぐに出てこられたので、私はFさんと一緒に車に乗り、緑地公園まで行きました。

 

そして、ミュウちゃんの火葬はFさんの立会いのもと、無事に終了したのです。

 

車でFさんの自宅に戻るとき「野村さんの会社では私ら(飼い主さん)が立ち会うことを推奨されているじゃないですか?なんでなんですか?」と質問がありました。

「それには色んな意味合いがあるんですが、やはりそう推奨する一番の理由は飼い主さんが後悔の残らないお別れをしてもらいたいから。ですかね」と私は答えました。

「立ち会うことで後悔しなくなるってことですか?」と助手席から真剣な顔でFさんは聞かれたので「後悔しなくなるって言うよりは少なくて済むというほうが正しいかもしれませんね。やはり立ち会うと、その時はとても辛くて悲しくなることも確かですよね?」と私は訊ねるように言いました。

Fさんは無言で頷いたので、私は続けるように「でもね、立ち会うということはとても悲しいことではあるけれど、最後まで飼い主として、家族として責任を果たすことでもあると私は思うんですね。そして、そうすることによって達成感というのか満足感のようなものが見送る側、つまり飼い主さん側のほうに残ると思うんですよ。実際Fさんは立ち会ってみてどうでしたか?」と訊ねてみたのです。

私にそう聞かれたFさんは「う~ん・・・」と助手席の背凭れに体を沈めるようにしながら「そうですね・・・スッキリというのはいけない言い方かもしれないですけど、立ち会ったことで、今は少し落ち着いたような感じはあります・・・ね」と複雑な心境を伝えてくれました。

「私はそれを『心の区切り』だと理解しているんです。ペットの死別は悲しいことではありますが、現実に起きてしまったら、受け止めるしかないじゃないですか。じゃあ、受け止めたら次はどうするのか?遺された者は生きてる以上、呼吸をして、ご飯を食べて、日常の生活を続けて行くのだから、その悲しみが癒えないままでも生きていかないといけませんよね。いつまでも立ち止まっていられるわけじゃないので、いつか、心に区切りをつけて歩き出すのなら、早いことに越したことはない。だから立会うことは、その第一歩になると、少なくとも私はそう信じてこの仕事をしてるんです」と自らの信念をお話させてもらいました。

すこし考え込まれるような表情を浮かべたFさんは「・・・今はなんなくわかるような気がする・・・」と顔を上げ遠くを見るような目で、そう仰いました。

 

自宅に戻り、お骨上げも無事に終え、玄関先で見送ってくださったFさんは「本当にありがとうございました」と労いのお言葉をくださり、笑顔で見送ってくれたのでした。

 

ペットとの別れは辛いものであります。

しかし、悲しんでいる自分に区切りをつけることは、ある意味、もっと大変で辛いことなのかも知れません。

でも、それはとても大切なことであり、生きていくうえで必要なことであると私は思っています。

支配人が出ている漫画

皆さんは「宇宙兄弟」という漫画をご存知でしょうか?

小山宙哉さん原作の漫画でアニメ化や小栗旬さんの主演で、映画化にもなった人気漫画なのですが、私は読んだことがなく、最近までは題名を知っているくらいの認識でした。

ちょうど今から1年前くらいだったと思うのですが、その「宇宙兄弟」の映画化が決まり、TVで頻繁にCMが流れていた頃、支配人が私に「この『宇宙兄弟』の作者って僕の友達なんです」と言ったことがありました。

その時は「へ~そうなん。すごいね!」と返事したのですが、支配人は友達の描いた漫画が映画になるくらいのヒット作品になったことが、よほど嬉しかったようで「はい。本当にすごいと思います。めちゃいい奴なんですよ」と目尻を下げ、友人である小山さんの成功を自分のことのように喜んでいました。

「で、どんな話なん?」と訊ねた私に支配人は笑顔で「知りません。僕もまだ読んでないんで」と自信満々に答えたので「・・・あかんやん」と嗜めたことを覚えています。

 

「宇宙兄弟」の映画化から一年が経過した今年の初春。

支配人の同級生の同窓会が名古屋で開かれることになり、小山さんも出席されたそうなのですが、再会を楽しみにしていた支配人は、仕事の都合がつかず、同窓会には出れませんでした。

その後、同窓会に出た他の友人達からのメールで、支配人は思いもかけない事実を知ることになるのです。

それは「宇宙兄弟」の登場人物で主役の兄弟の次に重要な役どころである「真壁ケンジ」というデキル男キャラの脇役がいるのですが、なんとそのキャラのモデルが支配人であると小山さんが同窓会で話していたというのです。

本社に来て支配人は嬉しそうに、そのことを私にニヤニヤしながら自慢していたのですが、私はこのとき、まだ「宇宙兄弟」を読んでいなかったので「真壁ケンジ」って言われても「誰?それ?」という感じで今いちピンときませんでした。

しかし、あまりにも支配人が嬉しそうなので、ついついイラっとしてしまい「実はさ~俺、ワンピースの作者と友達なんやけど~ここだけの話。ワンピースのルフィは俺がモデルなんや」と嘘をついて対抗したのですが、支配人は相手にしてくれず「どんだけ負けず嫌いなんですか!ここは素直に喜ばせてくださいよ^^」と余裕のコメントを残し、会館に戻っていったのです。

 

そして、その日から三日後、この日、休日だった支配人に変わり私は納骨堂のカギを開けるために会館に向かいました。

会館に着いた私は二階の納骨堂のカギを開け、永代供養像に手を合わせた後、納骨堂を見て回ってから、一階に下りたのですが、玄関正面に置いてあるメモリアルグッズの展示してある棚に見慣れないものがあることに気がつき足を止めました。

 

見てみると、棚の一番下の枠にメモリアルグッズと並んで「宇宙兄弟」の単行本の一巻が置いてあったのです。

「メモリアルグッズの展示スペースに漫画って・・・バカか支配人は・・・」と私は呆れたのを通り越し、誰もいない早朝の会館で声を出して笑ってしまったのですが、さすがにこれはNGだなと思って棚から単行本を取り除きました。

(支配人はよっぽど嬉しかったんやな)と私は思いつつ(真壁ケンジってどんな奴なんやろ)と気になって、その場でページを捲りました。

最初は「真壁ケンジ」だけ見て、すぐに仕事をしようと思ったのですが、この「宇宙兄弟」という漫画を読んだら最後、面白すぎて、気がつけば私はソファーに座り一気に一巻を読み終えていたのです。

ストーリは幼い頃にUFOを目撃したことを機に宇宙に未知なる憧れを抱いた兄弟が一緒に宇宙飛行士になることを目標にして成長していく話で、夢を実現した弟と、挫折を繰り返しながらも着実に夢に向かって歩む兄の姿が、見る者の心を掴みます。

 

さて、問題の「真壁ケンジ」でありますが、作者の小山さん自身が「あくまでもモデルにしたのは顔と名前だけ」と同窓会でも言っていたように支配人とは似ても似つかないエリート宇宙飛行士訓練生でありました。

私は、それより、不器用でお人好しの主人公の「南波 六太」の姿が支配人と重なりました。※もちろん、これは私個人の感想で小山さんが言ったわけではありません。

 

メモリアルグッズと「宇宙兄弟」

全く関係性はありませんが、「絆」を感じれる意味では共通しています。

そう思った私は、単行本を元にあった棚に戻すことにしました。

 

 

面白い漫画に出会ったのは久しぶりで、続きを読むのが楽しみです。

 

「宇宙兄弟」

おすすめです。

是非、皆様も読んで見てください。

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