2013-03

笑顔で再会できるとき

私はペットが好きという気持ちよりもペットに愛情をそそぎ大切にする人が好きだから、そんな人の役に立ちたくてこの仕事を始めました。

誤解を招く表現ですが、ペットが好きでないという意味ではありません。

遺された飼い主さん達が悲しみを受け止めながらも前向きに生きて行ってもらうことを願い、そして、ペットを喪った悲しみの心に区切りをつけていただくために、セレモニーという限られた時間の中で、そのきっかけを見出してもらえるような会社の必要性を感じプレシャスコーポレーションを設立したという意味であります。

だからこそ、プレシャスのセレモニーはお葬儀~ご火葬~お骨上げまで、全て飼い主さんの立会いのもとで執り行っているのでありますが、そうすることによって悲しい現実を受け止め、自分の中で明確な区切りをつけてもらうためでもあります。

考え方によっては、残酷なことだとは重々に理解をしていますが、ペットを喪ったことを受け入れられないまま日常の生活を続けることは、更なる悲劇を生むことにもなりかねず、それは、もっとも避けなければいけないことだと、私は自身のペットロスの経験も踏まえたうえで、そう考えておるのです。

 

そのことは過去にもこのブログで書かせてもらったことがあるのですが、日々の仕事の中で我々ペット葬儀屋など、最愛のペットを喪った直後の飼い主さんから見れば、悲しいくらい無力な存在でしかないと思い知らされることは少なくありません。

ペットを亡くすということは、人によっては体の一部を失うのと同じくらいショックな出来事であり、その悲しみの最中、セレモニーは執り行われるのであります。

セレモニーの席で、失意の飼い主さんには、どんな言葉をかけても届かないもので、なんの役にも立てないまま、セレモニーを終えることもあります。

 

そんな飼い主さんを置いて、後ろ髪を引かれる思いで次のセレモニーに向かうとき、自分の無力さに、やりきれない思いと虚脱感が入り混じった心境のまま、飼い主さんの自宅を後にすることになるのです・・・

もちろん、そのような飼い主さんばかりではないのですが、私が自分の無力さを感じたまま終えるセレモニーの数は年に数件は必ず存在します。

 

仕事に追われる毎日の中で、不意にそんな飼い主さんのことを思いだすときがあります・・・

そして

あの飼い主さんはどうされてるのかな・・・

あの人に笑顔は戻ったのだろうか・・・

と、そんなことを考えながら飼い主さんの顔をを思い浮かべるのです。

しかし、私の記憶の中で、そんな飼い主さんは、皆、泣き顔で、それ以外の表情は出てきません。

もちろん、そのような飼い主さんにお電話やメールにて近況を窺うこともあるのですが、私達からのコンタクトがあることで、セレモニー当日の悲しみが込み上げてこられる人もいらっしゃり、逆効果なことがあるのも事実です。

そのような理由から、こちら側から連絡をとるタイミングは、とても難しいことでもあります。

 

遺骨のセレモニーグッズの作製をするようになって、もうすぐ一年になるのですが、このことによって、そんな飼い主さん達との再会する機会が増えたことは、私にとって、とても大きな役割を齎す結果となりました。

それは、ずっと気掛かりだった飼い主さん達と再会することで、セレモニーのときには聞けなかったことや伝えきれなかったことを埋めることが出来るからであります。

 

時の経過の中で、悲しみは少しずつ癒されていくものでもあり、セレモニーのときは、ただ悲しみに暮れていた飼い主さん達が、別人なくらい元気になられた顔を見せてくれるときもあります。

男性の飼い主さんからは、あまりそのようなことは思わないのですが、女性の特に若い飼い主さんからは「あれ?こんな顔やったかな?(失礼^^)」と見間違うくらい、セレモニー当日と顔が違ってみえる人もいます。

女性は化粧で変わることもありますが、やはり心が回復したときに内面から出てくる力によって、より美しくなられるものなのでしょうね。

 

遺された飼い主さんの心の回復は先立ったペット達の切なる願いであると思っており、そして、その役割を先立ったペットから託されたのが私達であると、私は思っています。

 

そして、心の回復された飼い主さんを見届けることで、ペット達から託された役割を果たし、本当の意味でセレモニーは終わりを告げるのです。




ペットと飼い主さんにとって良いお医者さんとは

ペットが癌などの重い病気で亡くなったとき、セレモニーの席で、飼い主さんはペットの闘病生活のお話を聞かせてくださいます。

そのような話の中で、必ずと言っていいほど話題になるのは、治療してくれた病院と、その担当の獣医さんのことであります。

医療施設や機器の充実度。または医師の技量等は病院によって差があるのは事実でありますが、私達、人間も含め、命あるものには寿命があり、たとえどんなに名医であっても治療できない病気が存在している以上、「死」というものは避けることの出来ない現実であります。

ペットが重い病気を患ったとき、ペットが安心して弱りゆく体を委ねれるのは飼い主さんだけであり、そんな飼い主さんが頼れるのは病院だけであります。

 

セレモニーの席で飼い主さんが最後まで治療を施してくれた医師への感謝の気持ちをお話してくださることがあるのですが、それは医師の技量や病院の最先端治療方等の話ではなく、医師の病気と向き合う姿勢や看護士さんも含めた病院スタッフの飼い主さんへの心のケアも含む「気持ち」の部分のお話であることがほとんどであります。

亡くなったペットのセレンモニーの席で飼い主さんが病院や医師への感謝を表すとき、ひとつの共通点があります。

それは、一言で言うと「立ち居地」であります。

つまり、飼い主さんと病院が同じ立ち居地ペットの病気に向き合い、いかに医師が自分と同じ立ち居地で病気と闘っているペットを支えてくれたのかを飼い主さんは重要視されているのだと私は感じているのです。

 

そういう意味では我々、葬儀会社にも同じことが言えるのかも知れません。

私達の業界では「飼い主様と同じ気持ちでお見送りを」的なキャッチフレーズを掲げている会社がほとんどであります。

当社でも、ホームページ上にもそのようなことを明記していますし、会社理念でもあります。

しかし、それは現実的には限りなく不可能に近いことであると、私は認識しております。

 

誤解を受ける表現かもしれませんが、最愛のペットに先立たれたとき、その悲しみは、長年、共に暮らしてきた飼い主さんにしかわからないのは当然のことなのではないでしょうか?

そのような心の温度差は飼い主さん家族の中でも見受けられることでもあり、ペットへの思い入れや距離感は、同じ家で暮らしていた家族の間でも多少の差は存在するものです。

ましてやペットの生前に何の面識も無かった葬儀会社の人間が「同じくらい悲しい」と軽々しく言ったところで、それは詭弁にすぎず、間近でペットの生涯を見届けた飼い主さんに対しても亡くなったペットちゃんに対しても失礼極まりない言葉であると私は言いたいのであります。

 

だからこそ、限りなく不可能に近いと思うのであり、それゆえ、理想であり、究極の会社理念でもあるのです。

私はセレモニーの席でペットを喪った飼い主さん家族に「ペットちゃんと過ごした時間は皆さんにとっては掛替えの無いものだと思います。そんなペットを亡くされた皆さんの悲しみの深さは私には到底理解ができるものではないかも知れません。しかし、私も最愛のペットを喪った経験がある人間ですのでペットを喪う悲しみは私なりに理解しております。ですので、そのことを踏まえた上で精いっぱいお見送りのお手伝いをさせてもらいます」という意味合いの挨拶をするようにしています。

 

最愛のペットを喪った飼い主さんと同じ気持ちになることは出来ないかも知れませんが、同じ立ち居地でお見送りをすることは出来ると私は思っており、今まで、そのスタンスでこの仕事に取り組んで参りました。

そして、その姿勢はこれからも変わることなく続けていく所存であります。



 

私にできること・・・

能勢町の山間を抜け、田園風景を見下ろす山頂付近にHさんの一軒家がありました。

初めてHさん宅を訪問した私は真新しい大きな邸宅に隣接するドックラン施設があるの見て、Hさんはブリーダーさんかトレーナーさんをされているのだろうなと思いました。

 

インタホーンを押して、しばらくしてHさんが出てこられました。

Hさんは電話で受けた印象とは違い、小柄な女性でありました。

 

私は挨拶をし、お悔やみをHさんに伝えたのですが、Hさんは伏し目がちで、どちらかというと淡々とされていた印象を受けたのであります。

そして、Hさんは自宅の玄関に私を案内するように振り返りながら「こっちです。どうぞ」と言いながら玄関のドアを開けてくださいました。

 

玄関に通された私を迎えてくれたのはたくさんの犬の鳴き声でした。

鳴き声はドアを隔てた奥の部屋からしていたのですが、大型犬特有の太いものから小型犬の高いものまであり、少なくとも4頭以上の鳴き声が確認できました。

Hさんは「連れてきますので、待っていてください」と言い残し廊下を歩いていかれたので、私はその間、何の犬種かを聞き分けようと耳に意識を集中したのですが、わかりませんでした。

 

少しして、Hさんが小さなクッションを両手に抱いて戻ってこられたのですが、クッションの上には安らかな顔をした三毛猫ちゃんが眠っていたのです。

Hさんからは電話で「猫の火葬をお願いしたいのですが」と聞いていたのですが、ドックラン施設や迎えてくれた犬ちゃん達の鳴き声を聞いて、すっかり犬ちゃんのご依頼と私は勘違いしてしまってたようで、クッションの上の猫ちゃんを見て、一瞬「あれ?」と心の中で思っってしまいました。

「そうだ。猫ちゃんだったんだ」と気を取り直し、あらためてセレモニーの流れを説明したのですが、私の説明を受ける際もHさんは淡々とされていて、時折、鳴き声をあげている犬ちゃんの名前を読んで静止を呼びかけているとき以外は、大きな声を出すこともなく、あまり多くを話すような人ではありませんでした。

ただ、説明を聞いている際は、真っ直ぐ私の目を見て頷かれていたので、Hさんのその視線から、強い信念のようなものをお持ちの人であることを私は感じていました。

 

Hさんとお会いしてから、何とも言えない隔たりと距離感を感じていたのですが、それを払拭できないままセレモニーは執り行われ、出棺の時間を迎えたのです。

 

猫ちゃんの火葬は広いHさんの自宅敷地内で執り行われました。

火葬炉に猫ちゃんを納めて点火するときまでHさんはお立合いされたのですが、ご火葬の間は自宅で待機されることになり、私は一人で火葬車に残り夜空を見上げました。

時間帯が深夜ということもあり、山頂付近から見る星空は本当に綺麗なもので、私は思わず仕事を忘れ空を見入ってしまったほどです。

 

火葬を開始して10分ほどしたころ、私は我に返り気を引き締めて、火葬に集中したのですが、さらに5分ほど経過した頃、火葬炉の小窓から見える猫ちゃんの体の、ある異変に気付いたのです。

その異変とは胸部から食道付近にまで伸びた血液の固まりでありました。

Hさんとは、ご火葬を執り行われる前に、あまりお話を出来なかったこともあって、私は猫ちゃんがお亡くなりになった経緯を聞けないままで火葬に入っていました。

 

私はこのことを報告すべきか迷ったのでありますが、やはり事実は事実として報告することが責務と感じ火葬炉の電源を切り玄関に向かい、自宅で待機されていたHさんにそのことを報告したのです。

報告を受けたHさんの口からは「やっぱり・・・」と溜息と一緒に無念の言葉が発せられ、そのときに初めて私は猫ちゃんの亡くなった経緯をHさんから聞かされたのでした。

猫ちゃんは亡くなる数日前から変な咳をするようになっていたらしく、病院に連れていったのですが、診断した医師からの説明はHさんの納得のできるものではありませんでした。

 

Hさんは不安な気持ちを残したまま、医師の「しばらくは安静にして様子を見てあげてください」との言葉を信じ、その日は家に帰ったのですが、猫ちゃんの容態はその夜、急変し、そのまま息を引き取ったのです・・・

「単なる気管支炎と診断されたんですが、私はもっと思い病気のような気がしてたんです・・・」と目を潤ませ後悔の念を顔に浮かべておられました。

 

そしてHさんは「ところで火葬って見ながらしてはるのですか?」と私に質問をされたので、私は「はい。そうです」と返事をしました。

不思議そうに私を見つめるHさんに「当初、目視しながら火葬する目的はお骨の状態を見極めて、少しでも原型を保って火葬を終えるためだったのですけど、そうすることで、亡くなったペットちゃんの体の状態も確認することになるんです。そして、異変があったときは飼い主さんに報せるようにしているんです」と私は補足するように説明をしました。

 

Hさんは深く息を吸い込むようにしながら「そうですか・・・」と感慨深いような顔をされていました。

その後、無事に火葬は終わり、お骨上げは玄関で執り行われることになりました。

自宅内の犬ちゃん達も私の声が不審者のものではないと認識してくてたようで鳴き声はやんでいました。

 

お骨上げはHさんの手で丁寧に執り行われ、無事に終了したのです。

全てのセレモニーが終わったときHさんに「たくさんワンちゃんがいらっしゃるみたいですね。Hさんはトレーナーか何かをされている方なんですか?」と私は訊ねてみました。

Hさんは笑みを浮かべながら首を横に振って「違います」と否定した後「野村さんよかったら上ってください」と私を奥の部屋に案内してくれたのです。

 

Hさんが通してくれた大きな和室には中型犬と小型犬が合わせて4頭いました。

そして、その中でも一番大きな犬ちゃんが穏やかな表情を浮かべ私に近づいてきたのです。

見たこともない犬種だったので私は「この子って種類は・・・?」とHさんに訊ねたところ「見たとおりの雑種です」と優しい表情でこたえてくださりました。

 

私は邸宅の規模とドックランの施設から勝手な先入観で鳴き声の主は有名犬種だと決め付けていたので、種類も大きさもバラバラの犬ちゃん達を見て、少し驚いたのですが、Hさんの次の言葉を聞いてもっと驚くことになったのです。

Hさんは私に歩み寄ってきたわんちゃんの頭を撫でながら「この子達、みんな捨て犬だったんです」と悲しげな顔して仰ったのであります。

 

Hさんは思い出すように犬ちゃんを指さしながら「あの子は梅田の歩道で震えながらうずくまっていたんです。あの子は仕事帰りに道端に座っていたところを保護しました」とそれぞれの犬ちゃんとの出会いを教えてくれました。

「この子達だけじゃないんですよ。猫もたくさんいるんです。他の部屋にも同じように保護した子たちが犬と猫合わせて数十匹います。相性が良い子同士、それぞれの部屋に分けて生活してるんです」と説明をしてくれたのです。

私は驚きを隠さず「そんなにたくさんいるのですか?それってもちろんボランティアですよね?」と訊ねたところHさんはうなずきながら「ボランティアがどういうものかは知りませんが好きで保護してるんで・・・というより、私、犬や猫が捨てられているの見るとほっとけないんです・・・このまま見過ごしたら事故にあうかもしれないし、何よりこの子達(捨てられた動物)は処分される運命にあるんで・・・本当は処分対象の子を全部、引き取りたい気持ちなんです・・・でも現実的にそんな力は私にはないし、私が出来ることといえば、見かけた子を引き取るくらいしかないんですけどね・・・」と悲しみと怒りが混じったような口調で仰いました。

Hさんは、以前は住宅街に住んでいたのですが、保護する動物の数が増えてきて、動物達の環境にも良くないと判断し自然豊かなこの地に引越しをされてようでありました。

 

Hさんは「最初、野村さんの業種(ペット葬儀会社)には不信感があったんですよ。でも、この業界でも野村さんのような人がいらしてくれて本当に嬉しく思います」と笑顔で言ってくれました。

「私のほうこそHさんのような人と出会えて本当に心が表れた気持ちでいっぱいです」と本心から、そうお伝えしました。

Hさんの家を出る頃、感じていた気持ちの隔たりや距離感は亡くなっており、本当に清清しい気持ちで私は邸宅を後にしたのです。

 

翌朝、Hさんからメールで「野村さん。自分を信じてこれからも頑張ってください」と奨励の言葉をもらい、私は「Hさんのような人が居るとわかっただけでも僕は元気になり、勇気をもらったような気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました」と返信しました。

 

Hさんの活動は殺処分されている動物の数を考えると微々たるものなのかも知れません。

しかし、その一歩は決して無駄ではないはずです。

それは、もちろん保護した命を救うという意味もありますが、Hさんのような人の活動は我々人間の意識改革に繋がるからであります。

全国にはHさんのようにボランティアで無責任な人間に捨てられたペット達を保護している人がたくさんいます。

そのような人達は、口々に殺処分する人間よりも、殺処分しなければならない環境を生んだ無責任な人間に対し警告を発せられます。

無責任な飼い主さんが捨てたペットの運命がどのような結末をむかえるのかを認識してほしいと心から叫んでおられるのであります・・・

 

九州の熊本県では行政機関と市民とペット業界が協力して殺処分ゼロを目標に活動しており、その活動は徐々に全国に広がりつつあります。

どんな活動も最初は個人レベルから始るのであり、熊本県もそうでありました。

 

Hさんのような人の活動がいずれ全ての人の意識改革に繋がると私は信じています。

 

春が運んでくれたもの

すっかり春らしい気温の日が続き、とても過ごしやすくなりました。

そのせいか、プレシャス会館の納骨堂に参拝に来られる人の数が今月になってぐっと増えました。

私は会館に居るとき、納骨堂に人が見えられたら必ずご挨拶をするようにしているのですが、ここ最近になって私はあることに気づきました。

それは、当社の会館にペットの遺骨を納骨されていない方の訪問者が増えたことであります。

本来、納骨堂は、当社でセレモニーを執り行い、納骨や永代供養も当社にご依頼された方が、お花や生前にペットが大好きだった食べ物等のお供えしに来られるものなのでありますが、そうではなく、ただ、当社の納骨堂や永代供養像に参拝に来られる人の数が、最近になって増えたのであります。

歴史のある有名な寺院ならまだしも、関西ローカルのいちペット葬儀屋の納骨堂にわざわざ足を運んでくださったのには、何か理由があるのかと、私は不思議に思い、お訊ねするのでありますが、そんな皆さんは「ただなんとなく行ってみたくなって・・・」と口を揃えたように仰るのです。

中には、岐阜県から車で来館してくださった人もいらっしゃいました。

そんな皆さんが、当社の納骨堂を知ったきっかけを訊ねてみると、全ての人が、この「ブログを読んで知りました」と私が過去にこの納骨堂のことを題材にした{私の好きな場所}等を目にされて、わざわざお越しになってくれたと言うのです。

そして、納骨堂に眠る何の面識もない精霊達に手をあわせてくださり、永代供養像にお供えをしてくださるのであります。

 

本当にありがたいことです。

お礼の言葉もありません・・・

 

きっと精霊達も喜んでいると思いますし、精霊達の飼い主さん達も、そのような事実を知れば感謝のお気持ちを持たれることでありましょう。

 

私は、代表でありながら現場主義の人間のため、会館に滞在している時間は多くありません。

会館に参拝に来てくださった、ほとんどの方とは、何のご挨拶もできないままであると思います。

 

会館に参拝に来てくださった全ての人にこの場をかりて御礼の言葉を言わせてください。

皆様 本当にありがとうございます。

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一

膝に残る温もりの記憶

「野村さんですか?昨年の6月にお世話になったTです。覚えてらっしゃるかな・・・?」とお電話があったのはスタッフ会議のときでした。

私は会議を中断し、一人席を立って「はい。カリンちゃんの飼い主さんのTさんですよね?」と訊ねたところTさんは「そうです。覚えていてくださったんだ」と少しだけ声のトーンを上げておこたえくださいました。

「その節は・・・あの、シュウちゃんはお元気ですか?」と私はそう声にした刹那、自分のその言葉によからぬ予感がしたのです・・・

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弊社にご依頼がある中で、そのうち平均して年間に200件以上のセレモニーを私が担当しています。

過去にご依頼をしてくださった人のことは全て記憶していますが、私も人間なので、声を聞いただけで、すぐに思い出せる人はそれほど多くはありません。

ましてや、自分が担当しお見送りをしたペットちゃんの名前ならまだしも、多頭飼いをされている飼い主さんの別のペットの名前までも完全に記憶していることは稀なことであります。

それほど、私にとってTさんのペットのシュウちゃんは思いで深い犬ちゃんでありました。

 

Tさんはカリンちゃんとシュウちゃんの二匹のチワワと一緒に暮らしていました。

ほぼ同時期に別の人から仔犬を譲ってもらったのが二匹との出会いでありました。

当初、チワワがほしくって友人伝でいろいろ探していたときに里親を募集されているチワワの仔犬がいるという話があり、すぐに会いに行き、一目で気に入り、引き取ったのがカリンちゃんで、その数日後に、別の友人から同じような話があったのがシュウちゃんでした。

シュウちゃんの話があったときにはカリンちゃんが既に家に居たので、正直、断ろうとも思ったらしいのですが、送られてきたシュウちゃんの画像を見て「この子も私のところに来る運命だ」と直感的なものを感じ、数日後、シュウちゃんも迎え入れることにしたそうであります。

カリンちゃんとシュウちゃんは同じ誕生月であったのですが、性格は正反対でカリンちゃんは社交的でオテンバな犬ちゃんであったのに対し、シュウちゃんは少し臆病でTさん以外の人には懐かない犬ちゃんだったそうです。

二匹を迎え入れたTさんの生活は一変し、毎日が賑やか楽しく、そしてあっという間に月日は流れ、11年の月日が経ったころでした。

カリンちゃんが脳の病気を悪化させ、帰らぬ犬となったのです。

カリンちゃんのセレモニーは当社プレシャスコーポレーションで請け負うことになり担当は私でありました。

そして、その席で私はシュウちゃんと出会ったのであります。

シュウちゃんは祭壇を設置していた私の膝に乗ってきて、後足で立ち上がり、ひたすら私の顔付近をなめていました。

その光景を見たTさんが驚いた顔で「シュウちゃんやめなさい。邪魔だからやめなさい」と嗜めたのですがシュウちゃんは私から離れようとはしませんでした。

「かまいませんよ」と私がTさんに言ったところ「すいません・・・」と頭を下げられながら「珍しいわ・・・」と独り言のように言われたのです。

その言葉をうけて私は「この子(シュウちゃんのこと)は普段はあまり人に懐かない子なんですか?」と訊ねてみました。

Tさんは無言で頷きながら「私以外には全く懐かないです。どんなに犬が好きな人に抱かれても嫌がるんです・・・何年も顔を合わせてるトリマーさんや病院の看護士さんでも、未だに懐かなくて・・・」と不思議そうに仰りました。

「そうなんですか・・・」と私は前足を私の胸に置きながら甘えるシュウちゃんの顔を見ながら言いました。

実は、このようなことは珍しいことではなくセレモニーの席ではよくあることなのです。

それは私が特別、犬に好かれるということではなく、犬特有の本能からくる行動だと私は考えているのですが、わかりやすく説明すると、犬という動物は飼い主さんを含めた家族を「群れ」と認識していて、群れのリーダーを飼い主さんだと思っています。※たまに自分が飼い主さんよりも偉いと思っている犬もいますが、それはいろんな意味で悲劇を生むことになります。この話はまた別の機会で

セレモニーの席ではご依頼主である飼い主さんが、葬儀会社の人間である我々に必要以上に低姿勢かつ丁寧に応対してくださるものであり、その光景を見た犬たちが、「リーダーが見たこともない人間に服従している」と勘違いして、このような行動をとっているのだと私は考えているのです。

それを証拠に私はセレモニーの席以外で犬に特別好かるということはなく、取引先であるドックカフェやペットショップで見かけた犬に「おいで」と呼んでも無視されることも少なくありません。

 

カリンちゃんのセレモニーの間、シュウちゃんはひたすら私にまとわりつくように甘えていました。

それはお骨あげのときも続き、リビングで執り行われたお骨あげの席でシュウちゃんは遺骨の説明をTさんにしている私の膝の上で仰向けになりながら眠ってしまったのです。

最初は、先ほど述べた本能から来る行動と思っていたのですが、さすがにここまで懐かれると、本当に情が湧いてきて「本当に安心しきっている顔ですね・・・このまま連れて帰りたくなりました」と膝の上で眠るシュウちゃんの顔を見ながらTさんにそう言った記憶があります。

Tさんは「信じられないです・・・こんなに人に甘える子じゃないんで・・・もしかしてカリンが乗り移ったのかな」と意味深な事を涙を浮かべながら仰いました。

私は普段のシュウちゃんも、もちろん亡くなったカリンちゃんのことも存じてなかったので、何とも言えかったのでありますが、このときは本当にカリンちゃんがシュウちゃんに乗り移って「ちゃんとセレモニーをしてくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えてくれているような気がしました・・・

 

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Tさんからの次の言葉を聞く間、とても長く感じられました。

そしてTさんは涙をすすりながら「はい。そのシュウなんですが・・・昨夜・・・・」・・・

 

私のよからぬ予感は的中してしまったのです・・・

 

翌日、私はシュウちゃんのセレモニーを執り行うため、Tさん宅を訪問しました。

シュウちゃんはカリンちゃんが安置されていたリビングの同じクッションの上で安らかな顔をして眠っていました。

普段ならまず合掌をさせてもらうのですが、このとき私は、シュウちゃんの前にしゃがみ、ただ静かにシュウちゃんの顔を見つめてしまいました・・・

私の隣に膝をたたんで座ったTさんが「野村さん。もしよかったらシュウを抱いてあげてくれませんか・・・シュウは野村さんのこと大好きだったから・・」と涙を流しながら言ってくれたので「いいんですか?」と私はTさんに訊ねてからクッションの上のシュウちゃんを抱き上げ膝の上に置いたのです・・・

あの日、初めてシュウちゃんに触れたときに感じた温もりと柔らかさは消えており、ただ非情な現実を物語る冷たさだけが私の膝を通し伝わってきました。

気がつけば私の目から涙がこぼれシュウちゃんの顔と体を濡らていました。

私はそのまま20分ほど動くことが出来ず、Tさんは隣で何も言わず静かに見守っていてくれました・・・

 

その後、私とTさんは二人でシュウちゃんのセレモニーを執り行い、Tさんの要望もあって私はシュウちゃんのお骨上げも自分の手でさせてもらい、Tさんと二人でお骨壷に納めました。

全てのセレモニーが終わったころ、私はTさんを一人この家に置いて帰ることに抵抗を感じ、今から会館の永代供養像にお参りに行きましょうとご提案をしました。

Tさんは快く承諾してくださり、私はシュウちゃんとカリンちゃんのお骨壷を抱いたTさんを火葬車に乗せ、プレシャス会館に向かったのです。

永代供養像の祭壇にカリンちゃんとシュウちゃんのお骨壷を置いて、私はお経を唱えさせてもらいました。

30分ほど、お祈りをしてからTさんにお茶をいれ、その後、二時間ほどTさんからカリンちゃんとシュウちゃんの思い出話を聞かせてもらいました。

たった一度とはいえ、面識があるペットのセレモニーは何度経験しても辛いものであります・・・

旅立ったペットに私が出来ることといえば、そんなペットに変わり、飼い主さんを勇気付けることと、祈ることしかありません・・・

 

日付が変わる頃、私はTさんを自宅に送り、一人でもう一度、会館に戻って供養像にお参りをし、シュウちゃんの冥福を祈りました。



 

蟻も殺せない人

亡くなったペットの遺骨で作るメモリアルグッズの新たな扉が弊社プレシャスコーポレーションの専属職人さんの手で開かれました。

今までは、遺骨をパウダー状に細かくしてガラス石材に融合させていたのですが、それはガラスが持つ特質である異物を混入させることによって発生する亀裂等の破損を防ぐためでありました。

ところが、遺骨といってもペットちゃんの体の一部であることには変わりが無いので、細かくパウダー状にすることに抵抗を感じる飼い主さんもいらっしゃり、出来れば遺骨の一部をそのままの状態でガラスに融合することを望まれる人も少なくありません。

しかし、ペットちゃんの体格の大きい場合、骨格も大きいのは当然で、メモリアルグッズを作るのに適度な大きさのお骨がない場合があります。

そのようなときは、火葬後やお骨壷に保管する際に自然に細かくなった部分の遺骨を使ってメモリアルグッズを作るようにしています。

 

「遺骨であっても潰したくはないんです・・・でもメモリアルグッズは作りたんです・・・」そう悲しげに仰る人はどちらかというと猫の飼い主さんに多いような気がしています。

亡くなったペットの遺骨に対しても深い愛情でもって接するような優しい人はきっと蟻も殺したことがないんだろうな・・・と私はいつも思います。

 

そして、そんな飼い主さんの気持ちを受け止めて、最終的にどうするのがいいのか相談をうけるのが職人さんであり、話し合いを重ねて、できるだけ飼い主さんの要望に沿って、メモリアルグッズを一緒に作るようにしています。

 

そんなある日、職人さんがアトリエの椅子に座りながら「骨や歯を潰さず、そのままガラスに融合できたら問題解決するのに・・・」と独り言のように言いました。

「それはそうやけど・・・無理なんやろ?」と私が訊ねたところ「今のままの技法なら無理ですけど、前々から少し実験してみたいことがあったんで試してみます」と職人さんは言った後、その日は帰宅されました。

後日、深夜、私がセレモニーの仕事を終え、会館に戻ったとき、アトリエの電気がついていました。

見てみると、職人さんが大量のガラス石材とたくさんの工具を机に並べて作業をしていたのです。

真冬だというのに汗を流しながらガラスを溶かす作業に没頭していた職人さんは、私が帰ってきたことも気付ず実験を繰り返していました。

「おつかれさまです」と声をかけた私に職人さんは顔をあげ「あ。どうも」とだけ言った後「すいません遅くに。支配人には許可もらったんで」と軽く頭を下げました。

「かまへんよ」と私は歩み寄り「例の実験?うまくいきそう?」と声をかけた私に「厳しいですね・・・でも少し見えてきました」と額に汗を浮かべながらこたえました。

 

私は実験の邪魔をせぬよう「じゃあ先にあがるので戸締りと火の元だけお願いしますね」と声をかけ会館を後にしました。

その日を境に会館内のアトリエの電燈は深夜遅くまで灯っていることがよくありました。

 

それから数ヶ月後、職人さんから「骨の形状を潰さずそのままガラスに融合できる技法をマスターしました」と画像入りのメールがありました。

私はすぐ職人さんに電話をかけ「やったやん^^すごいね」と労いの言葉をかけました。

「はい。割れにくい温度とタイミングがだいたいつかめました。これなら骨や歯を潰すのが嫌な人でも気持ちよく作ってもらえると思います」と声を弾ませたのでした。

 

私は職人さんの声と見事にガラスの中に納まった遺骨の画像を見て「本当にこの職人さんがプレシャスのメンバーでよかった」と心の底から思いました。





 

ペット葬儀屋の悲しき宿命

過去に弊社プレシャスコーポレーションにご依頼された多頭飼いをされている飼い主さんのペットが亡くなったとき、担当は、よほどのことがない限り、同じスタッフがセレモニーを担当するようにしております。

それはご依頼されるほとんどの飼い主さんがご希望することでもあるのですが、やはり、面識がある人間が担当するほうが安心感があり、そして、一度の交流であっても、セレモニーという、ある意味、特別な時間を共に過ごした人間同士にしか通わない心の絆のようなものが存在するからなんだと私は思っています。

もちろん、ご依頼主である飼い主さん側から「担当を変えてほしい」と要望があれば、そのように対応するつもりでありますが、有難いことに当社では、過去にそのような要望を受けたことがなく、それは、ご依頼主さん達からスタッフ達への評価であると、私は素直に受け止めており、会社の代表として、何より誇りに感じていることでもあります。

 

今日現在、18匹の猫ちゃんと一緒に暮らしている大阪市のKさんも、そんな飼い主さんのお一人で、最初に私が16歳で永眠したKさんの猫ちゃんのセレモニーを担当して依頼、ペットにご不幸があったときは、必ず当社にご依頼をしてくださるのですが、その都度、担当は私を御指名してくださるのであります。

そして、Kさんからの八度目のセレモニーのご依頼を請けたときでありました。

Kさんが暮らしている猫ちゃんの中でも、一番の長寿で、Kさん自身の最初のペットでもあったミルクちゃんが永眠したことを私はKさんからの電話で知ったのであります・・・

二度目のセレモニーのときにKさんには私の携帯電話の番号を教えていたこともあって、それ以降、何かあれば、Kさんは会社ではなく、直接携帯にお電話をくださるのであります。

いつもなら「野村さん。ご無沙汰しております。Kです」と静かな口調でお話をされるのでありますが、そのときのKさんは涙に声が詰まり、言葉を発することが出来ないような状態で、私は直感的にミルクちゃんに何かあったと感じました。

電話越しに聞こえるKさんの嗚咽に向かい私は「Kさん?もしかしてミルクちゃんですか?」と訊ねました。

Kさんは、声を絞り出すように「・・・・う・・・ん」と返事をされたので、私は「今ご自宅ですか?すぐにそちらに向かいます。構いませんか?」と呼びかけたました。

「・・・うん・・・すいません・・・」とKさんは言われ、私は電話を切ってすぐにKさんの自宅に車を走らせました。

Kさんは最初に私がセレモニーを担当したときから私のペット葬儀に対する姿勢や理念を評価してくださった人でもありました。

それはKさんは女性でありながら会社の経営者という立場でもあったからもしれませんが、その後、お会いする回数を重ねるたびに、互いの会社理念や人生観、時には冗談を交えて話するような間柄になっていました。

本来、我々ペット葬儀屋が正式なご依頼もないのにペットが亡くなった直後に飼い主さんのところに出向くことはないのですが、私はこのとき、葬儀屋としてではなく、友人としてKさんのことが心配で、そのような行動をとったのかもしれません。

 

すでにカーナビが無くても道を覚えていたKさんの自宅に向かう車内で私はミルクちゃんのことを考えていました。

ミルクちゃんはKさんにとって最初のペットであり、子供の頃に噛まれてから猫が苦手だったKさんに猫の愛らしさと優しさを教えてくれた猫ちゃんでもありました。

過去のセレモニーのとき、いつも気丈に対応していたKさんは「考えたくもないけど、もしミルクに何かあったら冷静でいられる自信がないわ・・・野村さん。ペットに差をつけてはいけないって思ってるんですけど、やっぱりミルクだけは私にとって特別なんです。ミルクは私の一部なんです」と膝に乗せたミルクちゃんを撫でながらお話されていました。

そんな会話になったとき、私は「縁起でもないので、そういう話はやめましょう」と口を挟むのですがが、Kさんは「そうですね・・・でも遅かれ早かれその日は来るもんだし、ミルクもかなりおばあちゃんになったから覚悟はしておかないとね・・・でも本当にミルクがいなくなったら私・・・自信がないわ・・・」といつも口にされていました。

そしてKさんがペットを見送るたびに「本当は野村さんに会いたくないの・・・だって野村さんと会うときは誰かが逝ったときだもん・・・」と独り言のように仰るのでありました・・・

 

Kさんから電話を受けた30分後、私はKさんの自宅に到着し、インターホンを押しました。

インターホンから応答がない状態で30秒ほど過ぎ、少し心配になり、もう一度押そうとしたとき目をはらしたKさんが顔を俯けながらドアを開けました。

そして「大丈夫ですか?」と声をかけた私の顔を見た途端、Kさんは肩を震わせて泣き崩れれたのです・・・

その後、私は、Kさんを支えるようにしながらミルクちゃんが安置されているリビングまで向かいました。

ミルクちゃんはお気に入りの場所だったソファーの右端のクッションの上に横たわるようにした状態で安置されていました。

息を引き取って間もないことと、ずっとKさんが撫でていられたこともあってミルクちゃんの体からは温もりが感じ取られました。

私は「Kさん。今日はセレモニーに来たんじゃなく、Kさんのことが心配で来ただけなので」とKさんの方を振り返り説明をしました。

Kさんは「わかってます・・・すいません・・・・」と涙声でこたえ肩を落としました。

そして「悲しすぎて・・・もう何をする気もおこらない・・・」とポツリと仰ったのです。

私は「わかります。でもねKさん。Kさんには頑張ってくれてる会社のスタッフもいるし、まだこんなに沢山猫ちゃんがいるんだから、気持ちをしっかり持たないといけませんよ」と葬儀屋としてではなく、友人として言葉をかけました。

Kさんはティッシュで涙を拭いながら無言で頷き、そのまま顔を膝につけるようにしながら、暫しの間、ミルクちゃんの顔を見つめておられました。

その後、二時間ほど、Kさんとお話をし、ミルクちゃんのセレモニーを二日後に執り行うことを決め、私はKさん宅を後にしました。

 

セレモニー当日、Kさんのお母さんがKさんの実家でもある和歌山から見えられて、ミルクちゃんのセレモニーに立ち会ってくださいました。

お母さんは私に「Kの母です。いつも親切してくださってると娘から聞きました。本当にお世話になります」と丁寧にご挨拶してくださり、私も「とんでもございません」と深く頭をさげました。

お母さんは「この子は猫と仕事ばっかりの子だから心配で・・・」とKさんの背中に手をあてながら優しい眼差しで仰り、Kさんも、このときばかりは娘の顔に戻り照れくさそうにしていました。

お母さんの登場は落ち込んでいたKさんを勇気付けるのはもちろんのこと、悲しいセレモニーになることを想定していた私にとっても心強い存在でありました。

お母さんのおかげでKさんも平常心を保つことが出来たようで、ミルクちゃんのセレモニーは悲しみの中であっても温かさが残るものになりました。

当初、セレモニー後のKさんのことが心配だったので、その日は他に予定をいれずにしていたのですが、お母さんとKさんは半年振りに顔を合わしたということもあり、親子水入らずのほうが良いと判断した私はセレモニーが終わってすぐに引き上げることにしました。

玄関先で親子揃ってお見送りしてくださったKさんは悲しみの中でも穏やかな表情を浮かべておられました。そんなKさんの顔を見て、私は少しだけ安堵の気持ちになりました。

 

「私と会うときはペットが死んだとき・・・」

Kさんをはじめ、多頭飼いされている飼い主さんがよく口にするその言葉は、皮肉なことではありますが、ある意味事実でございます・・・

 

それは送り人である、葬儀屋の悲しい宿命でもあり、飼い主さんにとって

私は

「会いたくない人」

でもあるのです・・・

会いたかった人

先日、愛犬を亡くされた奈良県のご兄弟がメモリアルグッズを作製するためにプレシャス会館を訪問してくださいました。

ご火葬は地元の業者さんでされたのですが、メモリアルグッズは当社で作製してくださったのです。

お兄さんはブレスを、弟さんはネックレスを希望されたのですが、二人とも愛犬の毛並の色合いに合わせた黒をベースにそれぞれが作製されました。

私もお立合いさせてもらったのですが、携帯電話に保存した愛犬の画像も見せてもらい、愛犬ちゃんがご兄弟の家に来た日から亡くなるまでの15年のお話を聞かせてもらいました。

愛犬ちゃんの想い出話はつきないもので、メモリアルグッズが完成した後も私とご兄弟さんと職人さんはペットの話に花を咲かせてしまい、気がつけばご兄弟が会館を後にされたのは夕刻時でありました。

職人さんと二人で会館の前の通りまでご兄弟をお見送りし、会館に戻ろうとしたとき、私のお腹が「く~」と鳴りました。

私は職人さんに「お腹減ってない?ラ~メン食べにいかへん?」と誘ったら職人さんは「いいですね。前に野村さんが言っていた美味しいラ~メン屋連れてってくださいよ」と笑顔でこたえたので、すぐに二人でラ~メン屋に向かいました。

職人さんと聞けば、年配のオジさんを想像するものでありますが、当社のメモリアルグッズを作製してくれる職人さんは28歳の青年で、なかなかのイケメンでございます。

このイケメン職人さんとはご依頼者がメモリアルグッズを作製されるときに私が立ち会うことが多いこともあって、よく一緒に食事に行きます。

食事は大抵、ラ~メンかお寿司です。

その日もラ~メンを食べながら職人さんはあることを私に「野村さん。ブログに書いてたあの話って本当なんですか?」と質問したのです。

職人さんが訊ねたのは{病室でおこった神秘的な出来事}で紹介させてもらったTさんと、その愛猫のふ~ちゃんの神秘的なお話のことで、私はラ~メンを啜りながら「うん」とだけ返事しました。

職人さんは真顔になり、ラ~メンを食べるのを中断したまま、私の顔を見ていたので「本当やで。なんで?」と私は訊ねたのです。

「いや・・・なんかそういうことって信じてないわけじゃないんですけど、本当ならスゲェなってオカンと話してて・・・」と納得できないような表情で言いました。

職人さんが言ったオカンというのは、文字通り職人さんのお母さんのことで、プレシャス会館に置いてあるメモリアルグッズのサンプルのデザインをして下さっているのは職人さんのお母さんなのです。

職人さんもお母さんもこのブログを欠かさず読んでくださっているらしく、そんな中でTさんとふ~ちゃんの話題になったようでありました。

職人さんのところも猫を数匹、飼われていて、親子共々、大の猫好きだからかもしれません。

そして職人さんは「そのTさんって人に会ってみたいですわ」と独り言のように言ったので「近いうちに会えるよ。確か今月の19日の13時に予約しているのがTさんやで」と私は笑みを浮かべて言いました。

職人さんは「マジですか!?スゲェ」と目を大きくしました。

職人さんは、おそらく自分でも気付いてないと思うのですが、「スゲェ」という言葉を頻繁に使います。

職人さんが「スゲェ」を使うときは「美味しいものに出会ったとき」「面白いものを見たとき」「驚くような話を聞いたとき」「綺麗なものを見たとき」等、感動したときは全部「スゲェ」と表現するのですが、その声の大きさが感動の度合いを表すのです。

これはおそらく職人さん本人も自覚がないことで、私だけが気付き、密かに職人さんの心の状態を計るうえでのバロメーターにしていたことであります^^

このブログも職人さんは読むと思うので、読んだら周りの人に聞いてみてください。きっと「言われてみればそうや」と言うはずです。

ちなみにこのときの「スゲェは」10段階の8スゲェでした。

 

そして、当日。Tさんはメモリアルグッズの作製のためプレシャス会館を訪れ、職人さんはTさんと念願の対面を果たしたのであります。

私はTさんに職人さんを紹介し、職人さんが病室でおこったふ~ちゃんの話を直接、Tさんから聞きたがっていることを伝えました。

Tさんは快く承諾してくださり、メモリアルグッズを作製する前に私と職人さんにお話を聞かせてくれたのであります。

Tさんは「野村さんが書いてくださったブログでは『ゆっくり透けていき』と表現してあったのですが、正確には映画の『プレデター』みたいに銀色の靄(もや)のような感じで消えたんです」とより具体的にお話をしてくださり、私も職人さんも話に聞き入ったのでした。

Tさんの話を聞いてるときも職人さんは立場を忘れ「スゲェ」を連発してました(笑)

 

その後、Tさんは患部があった首にかけるネックレスのメモリアルグッズを希望され、職人さんはふ~ちゃんを偲びながらふ~ちゃんの遺骨を丁寧にガラスに融合させ、綺麗なネックレスを作り上げてくれたのでした。

さまようのは亡きペットの魂?それとも・・・

私がセレモニーを担当した飼い主さん達から、後日、よく電話で相談されることがあります。

飼い主さんがペットちゃんを亡くし、セレモニーを終えた直後から二ヶ月くらいの間によく相談をうけることなのですが、それは「死んだはずのペットがまだ家に居る」または「居るような気がする」という内容の相談であります。

飼い主さん達がそのように言われる理由でもっとも多いのが、犬ちゃんの場合ですと「爪が床をたたく足音がした」や犬が濡れたときなどにする「ブルブルと全身を揺らす音がした」等で猫ちゃんの場合ですと「足元にまとわりつく感触があった」や高いところから飛び降りたときにする「トンという音がした」等であります。

中には鳴き声が聞いたり、完全に姿を目撃された人もいらして、誰に相談すればいいのか思案された結果、私に電話してくださるのであります。

 

過去にもそのことをブログで書いたことがあるのですが、私はそんなとき「はい。珍しいことではありません。普通にそういうことはありますよ」と答えるようにしています。

事実、当社がセレモニーを執り行ったペット達の遺骨が納骨されているプレシャス会館では日常茶飯事でそのような現象は置きますし、それが幻覚や幻聴などの類の脳の誤作動が原因なのか、あるいは本当に科学では解明できないような超常現象なのかは私にもわかりませんが、いずれにせよ、それは問題ではないと思っています。

むしろ、大切なのは、そのような現象を経験したときの解釈の仕方と受け取り方であり、簡単に言えばそれをプラスに受け止めるのかマイナスに受け止めるのかの違いであります。

そのようなことを私に相談や報告してくださる飼い主さんも大きく分けて二つのタイプに分かれるもので、わかりやすく説明すると「○○ちゃんが会いに来てくれたんです!すごく嬉しかった!」や「きっと私を見守ってくれてると思います」とプラスに受け止める人と「死んだことを理解できずに暗闇をさまよっているに違いありません」や「さみし過ぎて天国にいけないのかな?・・・」とマイナスに受け止める人であります。

正直に言って、このようなことは神様でない限りわからないので、何が正解なのかは私にもわからないですし、わかる人なんていないと思っています。

 

プラスに解釈している人からお話を聞かせてもらうときは、どんなにぶっ飛んだ解釈であっても「きっとそうですよ」と私は賛同して、楽しくお話を聞かせてもらうようにしています。

しかし、マイナスに解釈している人からのお話は、どんなに些細なことであっても私は同調することはありません。

先も述べたように、このようなことは神様でない限りわからないので、そのことで落ち込んでる人に同調することは、その人をもっと深みに落とし込むのと同じことであり、何の解決にもならないからであります。

そして、世間には、そのような人の弱みに付け込み私腹を肥やす霊能者や似非カウンセラーの類の人がいるのも事実です。

もちろん、そのようなご職業の方でも真面目に人助けの精神で良心的に取り組んでらしゃる人が大勢いることも知っています。

 

ただ私は、ただでさえペットを喪って失意の底にある人に、根拠もなく不安を増長させる事につながる言動は、いかなる人でもすべきではないと思っているだけで、そんな人のマイナスな解釈に同調することは、それだけで罪なことだと考えているのです。

 

私はマイナスイな解釈をされている人から相談を受けたとき、一通り話を聞き終えてから「私はそうは思いません」と意見を述べるようにしています。

そんなとき私は、むしろ、さまよっているのも、悲しんでいるのもペットちゃんではなく、飼い主さんの心のような気がするときがあるのです・・・

そして、そんな飼い主さんを勇気付けるためにペットちゃんは来たのではないのかな・・・?

と思うのです。

 

もちろん私も神様でないので、そのようなことは断言できませんし、相談者にも私なりに言葉を

選んでお伝えするようにしています。

 

ただ、私がいつも思うのは、少なくとも落ち込んでいる飼い主さん達を見て悲しむのは天国に旅立ったペット達であり、そんな飼い主さんの心の回復を誰よりも望んでいるのも、同じく天国に旅立ったペットであると思っているのです・・・

ペットの最後を看取る責任と愛情

先月の中ごろでありました。

会社に「初めまして。いつもブログを楽しく、ときには泣きながら読ませてもらっています。

大変お忙しい立場であると思いますので、本当に時間があるときでかまいません。一度、電話もらえませんでしょうか・・・」

と私宛てに摂津市のHさんという女性からメールがありました。

社のメールの管理は全て支配人が担当しているので、支配人からそのメールを私のPCに転送してもらったのでありますが、メールを読んですぐ、私は記載されていたHさんの携帯電話に電話をしたのであります。

電話は数回コールした後、留守番電話のアナウンスが流れたので私は「プレシャスコーポレーションの野村です。メール拝見させてもらいました。またお電話します」とメッセージを残しました。

Hさんから電話があったのは、その日の19時頃でした。

Hさんは歩きながら電話をされたようで、息を切らしながら「すいませんHです。こんなにすぐに電話くださると思ってなかったので」と声を弾ませながら自己紹介をしてくださったのです。

とりあえず、仕事帰りの帰宅途中ということでしたので、Hさんが帰宅される時間を確認し、あらためて私から電話をすることになりました。

電話でHさんは現在一人暮らしで末期癌の猫ちゃんと一緒に暮らしておられることを知りました。

Hさんが私にメールをくださったのは、病状の猫ちゃんの先行きを案じ、万が一のときの備えて自分が何をすればいいのか、私に助言をしてほしいという理由からでありました。

しかし、私は葬儀屋であり、医師ではないので、たとえ重い病気であっても猫ちゃんが頑張ってるときは、病院の医師の言葉のほうが重要だと感じ「病院の先生はなんと仰っておるのですか?」と訊ねたのです。

Hさんは「はい。先生は『もうやるべき治療はやってあげたし、手術に耐えれる体力も残ってないんで、あとは家でゆっくりさせてあげたほうがいいと思います』って言われたんで・・・」と悲しげに仰いました。

「それはいつの事なんですか?」という私の問いにHさんは「6日前です」と答えました。

察するところ、Hさんは、医師から回復の見込みのないと宣告をうけた愛猫の弱りゆく姿を、一人で見守りながら「今、自分が何をすべきか?」「今、何をしてあげれるのか?」を自問自答を繰り返し、6日間を過ごしたに違いありません。

電話越しのHさんの声からは孤独と不安に耐えながら、それでも愛猫のために何かしてあげたいという強い責任感と愛情が伝わってきました。

Hさんは「なんかあったときは、絶対にちゃんと(お葬儀や火葬)してあげたくって、骨も私が拾ってあげようって思って・・・・それで、いろいろネットで(ペット葬儀会社を)探してて、三日前にプレシャスさんのこと知って・・・・それで野村さんのブログを読んで・・・・いっぱい自分と同じような人がいるのも知って・・・気がついたらブログ・・・全部読んで・・・何かあったらここに頼もうって思って・・・・でも読んでるうちに・・・・どうしても野村さんと話がしたくなって・・・」

Hさんはときに声を詰まらし、とぎれとぎれになりながら、数分間を要して、そのことを私に伝えてくれました。

私は受話器を耳に押し当て、相槌をうつとき、距離感を感じる「はい」ではなく、あえて「うん・・・」という言葉を選んで話を聞き終えたのです。

「今、猫ちゃんはどういう状態なんですか?」と私は聞きづらいことではあったのですが、Hさんに確認をしました。

Hさんは「病院から戻った2日間は寝ながらでも、水は飲んだんですけど・・・今はもう何も口にしなくって・・・本当に息だけしてる感じなんです・・・毎日、仕事終わったら真っ直ぐ帰ってきてるんですけど、急いで帰ってきたくせに、ドアを開けて見るのはコワイんです・・・でも、今日もちゃんと生きててくれて・・・でも、今日は口も目も半開きになってて・・・」とそこまで言って声を出して泣かれました。

私もかける言葉が見つからず、受話器からHさんの泣き声だけが響いていました・・・

正直、本社からHさんがお住まいの摂津市まは車で10分ほどの距離でしたので、私はすぐにでも駆けつけることも考えたのですが、私は葬儀屋であり、ましてやHさんは一人暮らしの女性でありました。

自分の立場を弁える意味でも私は判断に迷いましたが、やはり現段階では私に出来ることはお話を聞いて少しでもHさんの不安を和らげることだけであると結論に至りました。

そのうえで「Hさん。辛い状況ですが、今、Hさんが出来ることは見守ることだけだと思います・・・逆にそれ以上のことなんて必要ないんですよ。ペットを看取ることは飼い主さんの責任と愛情なんです」と私は泣き続けるHさんに伝えました・・・

すこし間があり「・・・はい・・・わかりました・・・ありがとうございます」とHさんはこたえ、最後に「なにかあれば報せます。できれば野村さんにお願いしたいです」と言ってくださったので「そのときは私が責任を持って担当をさせていただきますと伝え電話を切りました。

電話を切った後も私は自分の判断が正しかったのかを考えていました。

私自身も少し動揺が残っていたので、猫好きのスタッフのF君に電話をかけ、Hさんとのヤリトリを説明しながら自分の判断が正しかったのかを確認しました。

F君が「その人は近くに身内とかいないんですか?」と質問があったので私は「九州出身の人やねん。就職で昨年の10月に猫と一緒に一人で大阪に出てこられて間もないらしいねん」とこたえました。

「う~~ん・・・辛いでしょうね・・・でも僕らが行っても実際、何も出来ないですしね・・・辛いとこですね・・・」とF君は同じように考えを巡らせた後「やっぱり、今はまだ出番じゃないというか、待つしか出来ないですよね・・・」と申し訳なさそうに言いました。

 

その翌日、Hさんから猫ちゃんが息をひきとったことを報せる電話がありました・・・

報せを受け、私はすぐにHさん宅を訪問しました。

ドアを開けてくれたHさんの目を充血しており、疲労困憊しきった表情から悲しみの深さが伝わったのでありますが、そんな中であってもHさんは電話をくれたことに対し感謝の言葉をくださったのでありました。

私はHさんに案内されるようにHさんの愛猫ちゃんが安置されている部屋に通されました。

私は合掌をしたあと、Hさんに許可をもらい猫ちゃんの体に触らせてもらったのですが、初めて目にするHさんの愛猫の体はまるで押しつぶされたと勘違いするくらい極限までに痩せ細っていて、その平らな腹部が闘病の過酷さを物語っていました。

私は祭壇を設置し、線香とロウソクに火を灯した後、猫とは思えないほど軽くなってしまったその体を抱き上げ丁重に祭壇に寝かせてあげました。

そして、後方にいらしたHさんを振り返り「Hさん。この季節なら2日は綺麗に状態を保ったまま安置できます。ご火葬を含むセレモニーはHさんの心の区切りが着いてからでもかまわないので、その時間を最後のお別れのお時間にあてることも出来ます。ですので、そのうえで、日程を決めてもらっても構いませんよ」とお伝えしました。

Hさんは涙ながら「せめて、今日一日は一緒に居てあげたいので、明日の夜でもいいですか?」と質問されたので「わかりました。明日、私が責任を持って担当をさせてもらいますので今日は一緒に過ごしてあげてください」とこたえました。

その後、祭壇の前でHさんから一時間ほど、猫ちゃんのお話を聞かせてもらい、幾分かHさんが落ち着きを取り戻されたのを見計らって、私はHさん宅を後にしました。

翌日、私は予定の時刻に再びHさん宅を訪問し、セレモニーを執り行いました。

祭壇にはHさんが用意してくださったたくさんのお花が飾りつけてあり、生前に猫ちゃんが大好物だったマグロの煮つけが供えてありました。

私は猫ちゃんに読経を唱えさせてもらいHさんと二人で御焼香をあげ、その後、Hさんのハイツから程近い淀川の河川敷の通りに移動してHさんが見守る中、ご火葬を執り行いました。

お骨あげは自宅でされることを希望されたので、私とHさんはそのまま火葬車でHさんのハイツに戻り、祭壇を設置していた部屋でお骨あげを執り行いました

大切そうにお骨を一つ一つ丁寧に骨壷に納められるHさんの姿からは、猫ちゃんに対する愛情が感じ取られ、真横でその光景を見守っていた私の胸に熱いものが込み上げてきたのでした・・・

 

全てのセレモニーが終わり、ハイツの玄関先まで見送ってくださったHさんが「野村さんのとこのホームページにあったガラスのメモリアルグッズ作りにいこうと思ってるんですけど、あれは野村さんが教えてくれるんですか?」と訊ねられたので「いえ。あれは専門の職人さんがやってくれるんです」と返事をしました。

「そうなんですか・・・」とHさんが少しだけ不服そうに言われたので「仕上げはプロの職人さんじゃないと綺麗にできないんですよ。ダメなんですか?」と訊ねたところ「いや・・・できたら野村さんに一緒に作ってほしいなって思ったんで・・・」とつぶやくように言われました。

「実は、Hさんと同じようにセレモニーを担当した人にメモリアルグッズの作製してほしいと希望される人は多いんですよ。ですので私をはじめスタッフは皆、職人さんから習って練習してるんですが、私って本当に細かい作業は苦手で、何回練習しても綺麗に作れないんですよ」と私は弁解しながら携帯電話を取り出し過去に自分が作製を試みた作品の画像をHさんに見せました。

画像を見たHさんは「綺麗じゃないですか。カワイイですよ」と予想に反してお褒めのお言葉を下さったので、私は「これ何の形だと思います?」と訊ねました。

Hさんは「雫(しずく)か・・・ひょうたん?・・・ですか?」とおそるおそる私の顔を覗き込みながらこたえました。

「いえ。これは真珠のように丸くしようとした結果、こうなったんです」と正直に言ったところHさんは噴出すように笑っておられました。

そして「でも、これ数珠にするなら無理だけど、ネックレスみたいにこれ単体でしたらカワイイと思いますよ」と気遣ってくださいました。

「でもねHさん。これはネックレスじゃなくて数珠にするつもりで作ったんで・・・」と私が顔を赤らめて言ったときHさんは両手で口を押さえながら体を震わして笑っておられました。

 

Hさんは49日が過ぎた頃、遺骨をプレシャス会館に納骨することを予定されており、そのときにメモリアルグッズも作製すると言ってました。

そのときも立ち会うことを約束し、Hさんの自宅を後にしたのですが、お電話をくださってから、ずっと泣いてらしたHさんに対し、自分の無力さを痛感してた私はHさんが最後に笑顔を見せてくれたことで少しだけ救われた気持ちになりました。

 

納骨日のご予定は五月の連休であります。

そのときにHさんがプレシャス会館を訪れたときは、少しは元気を取り戻しておられるかもしれません・・・

 

その事を切に願っております。



 

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