2013-02

遠方の皆様からいただくお言葉

遠方のため、どうしても大阪までメモリアルグッズを作りにこれない人は、ペットの遺骨を郵送で送っていただき、当社の専属の職人さんに作っていただいておるのですが、サイズやデザインを決めるとき、メールのやりとりだけでは限界があり、最低でも一度はお電話で詳細を確認しながら打ち合わせすることにしています。

北は北海道から南は九州まで、日本の至るところからメモリアルグッズ作製のご依頼があるのですが、電話での打ち合わせは、ほぼ全て私が担当するようにしております。

そんな、顔も知らない人達との会話の中で、ひとつ、私が不思議に感じることがあるのですが、それは、ご依頼くださった皆さんが必要以上に当社に好意的なことであります。

 

メモリアルグッズの作製をご依頼くださる遠方の方々は、当然ながらペットのお葬儀とご火葬は地元の執り行っておられるので、当社のことはメモリアルグッズのことを通じてお知りになり、ネット上でしかご存知ありません。

にも関わらず、皆さんはとても好意的な方ばかりなのです。

 

皆さんは遺骨を郵送してくださるとき、必ずと言っていいほど、手紙を添えて送ってくださいます。

感謝のお気持ちを短い文章で綴られたものが、ほとんどなのですが、ほぼ全ての人が「プレシャスコーポレーションさんが地元になくて残念です」というお言葉を添えてくださり、お世辞でもありがたいお言葉だと感じておる次第です。

 

メモリアルグッズ作製をご依頼してくださった皆様。

この場を借りて御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

いつの日か、お会いできる日が来ることを心から祈っております。

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一



 

ブログを書きながら思い出すこと・・・

ペット葬儀という仕事を通じ、私が日々、感じたことを中心に、あくまでも私の目線でブログを綴らせてもらっているのですが、その回数は気付けば200回を越え、我ながらよく続いているなと思う今日この頃であります。

私は今まで、日記の類のもを書いたことはあっても、長続きしたためしがなく、小学校の夏休みの宿題のあさがお観察日記ですら書きませんでした。

 

理由は単純明快。面倒だからです。

 

このブログは「スタッフブログ」と銘打ってる以上、業務の一環だということは否めません。

仕事なのだから、ブログを書くことは当然といえば当然なのですが、私が代表という立場である以上、更新ペースを指示されることもなく、すべて私の自己管理内の範囲で書いているのですが、先にも述べたように、超が付くほど面倒くさがりの私という人間が、なぜにこのブログだけは、これほど真面目に書き続けているのが不思議になることがあるのです。

 

会社のPR?

もちろん、それもあります。

ブログを通じ、それをネットで発信することで、会社の理念やペットセレモニーという我々の仕事を広く認知してもらいたいという思いも当然あります。

しかし、ブログを書いていて、それ以上に自分が「何のために」そして、「誰のために」書いているのかが最近になって気付いたことがありました。

 

死と命という尊いものを題材にしている以上、自ずと多用する言葉があります。

例をあげれば「別れ」「悲しみ」「事故」「涙」「失意」等の言葉であるのですが、それらの言葉を使うとき、ふと、ブログを綴る手が止まっていることがよくあります。

そして、それらの言葉から触発をうけ、自身のペットロスの記憶や自分が過去にセレモニーを担当したペットちゃんと、その飼い主さんのことを無意識の内に思い出し、今、どうされているのだろうか?悲しみから抜け出し、前向きに歩んでらっしゃるんだろうか?という思いが頭を過ぎるのです。

 

そのような飼い主さんの中には、老若男女に関係なく、たった数時間、二言三言しか会話を交わさなかった人もいるのですが、強い印象を私の脳裏に刻む人もいらっしゃいます。

 

自分でもなぜ、その人達のことがそれほどまでに印象に残っているのかがわからないのですが、ブログを書く度に思い出す人もいます。

 

毎日のように旅立つペット達と見送る飼い主さん達を間近で見守る人間として、その時々で感じたことや考えさせられたことをブログに書かせてもらっているのですが、ブログに取り上げさせてもらうときは、もちろんそのペットや飼い主さんのことを思いながら書き始めます。

でも、その話を通じ、同時に私の心に残っているペットを喪った飼い主さん達に向けても私なりの思いを重ねて書いている自分が居ることに最近になって気付いたのです。

 

しかし、そのような人達が、私のブログを読んでいるとは限りません。

なぜならば、セレモニーの席で私がブログを書いていることを話すことはありませんし、それどころか当社のHPにスタッフブログなるものがあること自体、知らない人がほとんどだからであります。

それらをわかったうえで、私はその人たちに向けても自分の思いや感じたことを書いているのです。

 

いつか、そのような人達が、ブログの存在を知り、目にする機会があったとき、何か一つでも私のブログから思いが伝わってくれたなら、それはそれで、とても嬉しいことだと思っています。

 

その願いを込めているからこそ、ブログを続けてこれたのだと感じていますし、これからも可能な限り続けていこうと私は思っています。

病室でおこった神秘的な出来事

今年のお正月に18歳で永眠した都島区の猫のふーちゃんのセレモニーのご依頼がありました。

私は飼い主さんのTさんと一緒に近くの川辺に火葬車で移動し、ふーちゃんはTさんが見守る中、大好物の食べ物と一緒に天に召されました。

 

30分後、火葬は無事に終わり、細部にわたり綺麗に残ったふーちゃんのお骨を見てTさんは涙をながしながらも「こんなに綺麗に残るんですね・・・ありがとうございました」と労いのお言葉を私にかけてくださいました。

猫で18歳というは人間に例えると80歳以上にあたり、人間同様、年を重ねる毎に骨密度が低下しているものであり、当然、密度の薄いお骨は熱に弱く、私も火葬が終わるまでは、綺麗にお骨が残るのかどうか、正直、不安でありました。

しかし、ふーちゃんのお骨は若い猫と変わらないほど、健康な状態であり、Tさんの話によると、生前のふーちゃんは瞬発力に優れ、力も強い猫ちゃんであったそうで、それが原因かは断定できませんが、ふーちゃんのお骨は年齢を感じさせないほど太く、密度の濃いものであり、熱にも崩れることなく、原型に近い状態で残ったのであります。

 

お骨あげもTさんが自ら執り行われ、お骨壷に収骨されました。

そしてTさんはふーちゃんの遺骨の入ったお骨壷を大切そうに両手で持ったまま私の方を振り返り「本当は暫くの間、お骨を自宅に置いておきたいのですが・・・このままそちらの納骨堂に持って帰ってください・・・」と寂しげに仰ったのです。

私は「それは構わないのですが、何か事情があるのですか?」と私はTさんに訊ねました。

Tさんは首筋に手をあて「実は私、病気を患っておりまして、お正月が明けたら入院するんです。手術をする予定でして・・・家を空けることになるので、遺骨を家に置いとくのも可哀想かなって・・・」と伏し目がちにポツリと仰いました。

「そうなんですか・・・わかりました。では私が責任もってお預かりさせてもらいますね」と私は両手を差し出して、ふーちゃんのお骨壷をTさんから預かったのです。

Tさんを自宅までお送りし、別れ際、Tさんはふーちゃんのお骨壷を優しく撫でながら「無事に退院できたら会いにいくからね」と声を詰まらせながら語りかけておられました。

 

Tさんと別れたその足で、プレシャス会館に向かって車を走らせた私は助手席のお骨壷を見ながら、Tさんの病状のことを考えておりました。

Tさんはお会いしたときから、ご自身が愛猫を亡くされて悲しみの中にいらっしゃるのにも関わらず、終始、私のことを気遣ってくださるようなお方であり、私はTさんから直接お聞きするまで、病気を患っていらっしゃることに気づきませんでした。

確かに、言われてみれば、Tさんは少し顔色が優れないことが見受けられたのでありますが、いちペット葬儀屋の私が踏み込んだお話をするのも不自然だと思い、そのとき、詳しい病状はお聞きすることはできませんでした。

ふーちゃんのお骨壷を私に手渡すとき、Tさんから何とも言えない覚悟のようなものが伝わっていた私は「Tさんの病状は私が思ってるよりも深刻なのかもしれない・・・」という思いに駆られ、無意識の内にふーちゃんのお骨壷を助手席から取り、膝の上に置いたのでした・・・

 

会館に着いて私は「この子、今セレモニーが終わった子やねんけど※里親扱い(当社スタッフが飼い主さんの代わりになってお骨の管理をすること)でお願いします」と支配人に伝え、手渡しました。

Tさんの希望もあって、Tさんの目線の高さに近い三段目の納骨棚に納めたあと、支配人がフードをお供えしてくれました。

支配人から「いくつだったんですかこの子?」と質問を受けたので、私はTさんのことも含め端的に説明しました。

私の説明を聞いた支配人は「そうなんや・・・」と目を潤ませていたので(どんだけ涙腺緩いんや)と内心思ったのですが、支配人の涙腺が緩いのは今始ったことではないので、私は次のセレモニーが控えていることもあり、その日はそのまま会館を後にしたのです。

 

それから一ヶ月半ほど過ぎた頃でした。

会館の支配人から「ふーちゃんの飼い主さんが会館にお見えですよ」と電話がありました。

私は京都に向かっていたのですが、支配人の報告をうけ、急遽、引き返し会館に向かいました。

会館ではTさんが私を待っていてくださっており「野村さん。その節はお世話になりました」と笑顔で迎えてくださったのです。

私も元気そうなTさんの姿に立場を忘れ「Tさん!お久しぶりです!」と大きな声で挨拶をしてしまいました。

Tさんは少しだけ目を潤ませ「先ほど支配人さんに納骨堂を案内してもらったんですけど、御供え物もしてくださって、綺麗にしてくださって・・・野村さん本当にありがとうございます」と深く頭を下げてくださいました。

「いえ。それは全部支配人がやってくれたんですよ」と私は謙遜しながら言いました。

それを聞いたTさんはあらためて支配人の方に向きなおし「そうだったんですか。本当にありがとうございました」と支配人にもお礼の言葉をかけてくださいました。

「あの・・・ところでTさん。手術の方は・・・?」と私は静かな口調でTさんに術後経過を訊ねました。

Tさんは黙って頷き、一呼吸置いてから「それがですね・・・とても不思議なことんですけど・・・」と病院で起こった不思議で神秘的なお話をしてくださいました。

 

それは手術を翌日に控えた病室での出来事だったそうです。

Tさんは喉の患部の切除手術を翌日に控え、不安な気持ちを抱えながら病室のベッドで眠りに就こうとしたときでした。

静かな病室でうとうとしてきたときでありました。胸元から首にかけて懐かしい温かみと重みを感じたのです。

慣れていない病院の布団と患部のせいかなと、寝たままの姿勢で胸元を見たTさんは我が目を疑いました。

なんとそこには亡くなったふーちゃんが座っていたのです。

驚いたTさんはガバっと布団を払いながら上半身を起こし「ふーちゃん?」と呼びかけました。

その拍子にふーちゃんはTさんのお腹まですり落ちたのですが、ふーちゃんはTさんの顔を見上げながら、ゆっくりと透けていき、そのまま消えてしまったそうです。

「絶対夢じゃない。間違いなくふーちゃんだった。ふーちゃんが会いに来てくれたんだ」とTさんはたった今、目の前で起きた神秘的な出来事に気が動転しながらも、言葉では表現できないような感動を覚え、その夜、眠ることができなかったそうです。

眠れぬ夜を過ごしたTさんは翌朝、手術前の最後の検査をするために主治医の診断をうけました。

そこで主治医から思いもしないことを告げられたのです。

医師はTさんのレントゲン写真を見ながら喉を触り「患部が消えていまね・・・いったん手術はせずに様子を見ましょう」と告げたのでした。

「え?それってどういうことですか?」とTさんは納得できないように医師に訊ねました。

医師の話によると、自然治癒の類で、稀にこのようなことがあるのですが、極めて珍しいことであり、Tさんの喉の患部は小さく、というより、跡形も無く消えていると言うのです。

 

狐につままれたような感覚になったTさんは自分の病室に戻り、暫し呆然としていました。

そしてベットを見ながら昨夜の出来事を思い出し「ふーちゃんだ・・・ふーちゃんが私の病気を持っていってくれたんだ・・・」と思った瞬間、涙が溢れてきたそうです・・・

 

その話をしてくれたTさんは私と支配人に向かい「馬鹿な夢物語と思ってくださってもいいのですが、本当の話なんです」と真剣な面持ちで仰いました。

「いえ。私も支配人も信じます。このような仕事をしていると、常識では計り知れないような出来事にも数多く遭遇してきましたし、事実、この会館でも頻繁に不思議な現象がおこるんですよ」と私は会館で起こる不思議な現象や、つい最近、このブログでも紹介した{旅立つペットからの贈り物}に纏わるお話をTさんにしました。

Tさんは目を輝かせながら私の話を聞いてくださり「本当に奇跡ってあるんですね」と満たされたような表情を浮かべられました。

 

その後、最寄の駅までTさんをお送りさせてもらった私に「体が万全に回復したらプレシャスさんで一緒に働いてみたくなりました」とTさんは言ってくださり「はい。とりあえず今は体調を整えてくださいね。それがふーちゃんの願いでもあると思います」と私も返事しました。

Tさんた別れ、京都に向かう車中、私はとても清らかな空気に包まれたような感覚に浸り、あらためてふーちゃんの冥福を祈りました。

日常の中で起こった悲劇・・・その後

当ブログ{日常の中で起こった悲劇}{続 日常の中で起こった悲劇}でお話した、Fさんの旦那さんから電話がありました。

Cちゃんのセレモニーが執り行われた八日後、Yさんご夫婦がFさん宅をご訪問されて「今回の事は事故であるので、必要以上に自分を責めないでください」と言ってくださったそうです。

その場で、あらためてFさんの奥さんは自らの過失を謝罪されたらしく、その言葉を受け取ってYさん夫婦は帰られたということでありました。

Fさんの旦那さんは、私にお電話でその事をお伝えしてくださり、最後に「これですべてが許されたとは思っていませんが、嫁が悪意がなかったことも理解してくださったんで、今後は時間をかけて静かに償っていこうと思ってます」と仰っていました。

私は「ご丁寧にご報告ありがとうございます」と電話を切った後、Yさん宅にお電話をしました。

電話に出られたのは奥さんでありました。

Yさんの奥さんはセレモニーの日にくらべ、幾分かは平静な声色で丁寧に挨拶をしてくださいました。

そして、私はFさんの旦那さんからお電話があったことを伝えた後、Yさんの奥さんから現在の心境を訊ねたのですが、Cちゃんを喪った悲しみからは未だ、抜け出してはいないものの、お向かいのFさんに対しては責める気持ちはないと仰っていました。

Yさんの奥さんもセレモニーの後、今回のことを肉親や親しい友人にお話したらしく、話を聞いたそれらの人達は一応にCちゃんが亡くなったことは悲しい現実であるが、Fさん夫婦の対応は誠意があるのではないかと言ってくださったそうです。

周りのそのような言葉も真摯に受止めた上で、Yさんの奥さんは旦那さんと一緒にFさん宅を訪れ、先の言葉を告げたようであります。

 

今回の件はCちゃんの尊い命が失われたこともあり、本当に悲しい出来事だと私は思っています。

しかし、同時に事故の背景に見えてくるのは不注意や過失であって悪意は何一つ存在しないと感じています。

事故のときにFさんの奥さんがとられた行動は考えられる最善の方法であったと思いますし、その後のFさん夫婦の対応も誠意があるものであったと思っています。

そして、悲しみの渦中でありながら、そのことを理解し、Fさん夫婦に労いのお言葉をおかけになられたYさん夫婦の行動にも私は感服をしました。

これは私の理想論でありますが、同年代でもあるYさんFさん両夫婦には時間と共に、より信頼できるご近所さんの関係になってもらいたいと思っております。

 

Cちゃんの冥福をお祈りながら、私はそのことを強く感じました。

死の概念

大阪市に小鳥10数羽とハムスター数匹を飼われているSさんという女性がいらっしゃいます。

Sさんは小鳥や小動物が大好きな人で、他にもフェレットや亀も飼われていらっしゃるのですが、それらのペットが亡くなったときは、ちゃんとご火葬とお骨上げをしてあげて、遺骨は自宅で大切に保管し、自宅供養も毎日欠かさずされるような人であります。

Sさんが初めて弊社プレシャスコーポレーションでセレモニーのご依頼をくださったのは2年ほど前になるのですが、それ以降、Sさんはペットが亡くなったときは必ず当社に依頼してくださり、そして、ご火葬は、毎回、Sさんの自宅に近い緑地公園ですることを希望されます。

それと、もう一つ決め事があって、ご火葬は必ず晴れた日の午前中に執り行うようにされるのです。

もちろん、ペット達が天気のことを考えて永眠につくわけではないので、数日雨が続く場合、Sさんは亡くなったペットを状態が保てるように自宅で安置し、天気の回復するのを待ってセレモニーのご予約を入れられるのです。

当社が請け負ったSさんのペットのセレモニーは既に6度を数えるのですが、3度目のご依頼のときに私は「なぜ晴れた日の午前中にご火葬をされるのですか?」と質問したことがありました。

Sさんは「天国に旅立つ日が雨ならかわいそうだから」と笑顔を浮かべて仰いました。

仰っている意味はわからなくもなかったのでありますが、その言葉よりも、ペットを見送る際、Sさんが、いつも幸そうな清清しい笑顔を浮かべていることも私は不思議でありました。

このブログでも紹介させてもらっているように、ペットを喪ったほとんどの飼い主さんが涙を流してお見送りをされるものです。

中には、長生きの末、安らかな死を迎えたペットに笑顔でお見送りされる飼い主さんもいらっしゃいますが、Sさんが浮かべる笑顔はそのような笑顔とも、少し違った印象を受けるのです。

と言っても、Sさんがペットに対して愛情が薄いと感じるわけではありません。

むしろ、Sさんはペットが亡くなると、必ず手製の棺を用意され、棺の中に綺麗なお花とペットに宛てた手紙を入れてご火葬される心優しい人であり、見送ってきたペット達も平均寿命を越えており、毛並や骨の状態から見ても健康状態も問題がなく、ペット達にとっても整った生活環境であることも想像できました。

ただ、なんと言いますか、言葉ではうまく表現できないのでありますが、Sさんがペットを見送る顔は晴々とされていて、心から、天寿を全うし天に召されたペットの旅立ちを祝福しているかのような印象を受けるのであります。

もちろん宗教によって「死」というものは神様の元へ召されることでもあり、祝福の意味を込めてお見送りすることもあるのですが、現実的にペットとの別れは辛いものであり、頭では理解していても、なかなか気持ちを切替えるのは容易いものではありません。

 

そしてSさんのペットであるハムスターがお亡くなりになり、当社に4度目のご依頼をされたときでありました。

その日も晴れた午前中にご火葬を執り行ったのですが、そのときもSさんは笑顔でお見送りされていました。

私が担当するのも4度目を数え、幾分かは気心が通ったこともあってか、Sさんはご火葬のときに珍しく私に個人的なご質問をされたのです。

質問の内容は「野村さんはペットを飼っているのですか?」や「今までどんなペットを飼ったことがあるのですか?」といったペットに関することだったので、私は自身のペットロスの話も交えながらお話をさせてもらいました。

そして、そのような会話の中で、私は「Sさんはペットをお見送りするとき、いつも笑顔で見送られますよね。どのような心境でお見送りされているのですか?」とSさんに訊ねてみたのです。

Sさんは私の質問をうけて、少し戸惑ったような表情を浮かべながら「私ですか?笑っているように見えますか?元がこんな顔なんですよ」と言って声を出して笑いながらそう言った後「そうですね。笑ってるのかも知れないですね。もちろんペットが死んじゃったことは悲しいし、もう遊べないと思ったら寂しい気持ちもあります。でも、ペットは死んだら神様のところに行けるんだし、あっち(天国)では仲間がいっぱい居るから・・・」と遠くを見るような目で仰ったのです。

私は「仰っていることわかります。でも、この仕事をしていると、そう思っていてもなかなか上手く気持ちを切替えれなくて、悲しみからなかなか抜け出さない人を目にする機会が多いんですよ。Sさんはお若いのに、そのお気持ちをしっかりお切り替えされているなといつも感心してたんです。それでお聞きしたんですよ」と率直に言いました。

少し間を置いてSさんは「私、すごいお祖母ちゃん子だったんですよ・・・」と静かな口調で話し出されました。

Sさんは続けるように「すごくお祖母ちゃんのことが好きで、小鳥が好きなのもお祖母ちゃんの影響で、お祖母ちゃんは生きてる頃、家に大きなカゴを作ってたくさん小鳥を飼っていたんですね。私も物心つくころにはお祖母ちゃんと一緒に小鳥の世話をするようになって、小鳥が大好きになったんです。で、寿命が来て小鳥が死ぬたびにお祖母ちゃんは私に『年をとって死ぬことは悲しいことじゃないのよ。神様のところにいけるんだから小鳥達は喜んでいるのよ』っていつも教えてくれたんです」と仰いました。

「素敵なお祖母ちゃんですね。ご健在なんですか?」と私は訊ねました。

Sさんは小さく顔を横に振って「二年前に亡くなりました・・・」と寂しげに答えました。

「そうだったんですか・・・すいませんでした」と私は軽率な自分の発言を詫びました。

Sさんは「いえ」と笑顔で言ったあと「お祖母ちゃんは自分が亡くなる前にも私に『お祖母ちゃんが死んでも悲しまんでいいんやで。あっちでいっぱい小鳥達も待ってくれてるから』って言って亡くなったんです」とポツリと言った後、不意に涙を流されました。

Sさんはポーチからハンカチを出して「すいません。思わず」と言いながら涙を拭いました。

そして、涙を私から隠すように数歩、歩かれた後「だから天国でお祖母ちゃんが待っててくれてると思うしPやC※(亡くなったSさんのペットちゃんの名前)のこともお祖母ちゃんがちゃんと世話してくてると思うので、見送るとき空に向かって『ちゃんとお祖母ちゃんのところに行きや。お祖母ちゃんよろしくお願いね』って思いながら祈ってるので笑顔になってるのかもしれないですね」と仰いました。

私はSさんの後姿に向かって「すごく素敵なことですね。そう祈りながら見送られたらペット達もきっと幸な気持ちで旅立てると思います」と伝えました。

「私もいつか行くからお祖母ちゃんやみんなに会えるの楽しみだな」とSさんは独り言のように言った後、私の方を振り返り「誤解しないで下さいね。早死にしたいって意味じゃないですよ。私もいつか結婚して子供も欲しいですし、神様から与えられた寿命はちゃんと大切にしようって思ってますから」と笑顔で仰いました。

「わかってますよ」と私が笑顔でこたえたときにはSさんの目から涙は消えておりあらためて空に向かって笑顔を浮かべておられました。

 

死の概念は人によって区々であります。

信仰している宗教や両親や肉親から学ぶ人もいますし、経験を元に自分の価値観と重ねて独自の考えを確立されていく人もいらっしゃいます。

 

何が正しいとは誰も判断できないことである以上、私はそれらの概念を人に押し付けようとすることは間違いであると常日頃から思っているのですが、Sさんのお祖母さんがSさんに伝えたことは、おそらくお祖母さんの純真な心で導きだされた信念であったので、自然とSさんにもそれが浸透したのでありましょう。

 

もちろん、Sさんのお祖母さんの概念が正しいと言いたいのではありません。

ただ、お祖母さんの純真なお気持ちを見事に受け継いで実践されているSさんの姿に私は素直に感銘を受けたのは事実であります。

叫び声と壮絶な痕跡

「年齢はわからないです・・・もともと野良猫だったんで・・・」

愛猫のガンバちゃんのセレモニー席で飼い主であるKさんは、私の「ガンバちゃんはお幾つだったんですか?」の問いかけに、力なく、そう答えたのでありました。

Kさんは自宅の近くにある飲食店でコックをされている26歳の男性で、Kさんがガンバちゃんの出会ったのは今から8年前に遡ります。

当時、高校を卒業し、専門学校に通うため一人暮らしを始めたばかりのKさんが、アルバイトの帰り道、駅の駐輪所の前を通りかかったとき、か細い猫の鳴き声に呼び止められたのでありました。

最初は空耳かと思ったのですが、近づいてみると、駐輪所の入口付近に震えながら佇む黒い仔猫がKさんを見上げ鳴いていたのです。

「もうガリガリで何日もメシを食ってないような感じでした・・・」Kさんは当時を思い出すように仰り、続けるように「僕も一人暮らして間もない頃だったんで、寂しかったのもあって、そのまま家に連れて帰ったんです」と寂しそうに笑みを浮かべました。

 

仔猫ちゃんはKさんにガンバと名付けられ、その日から共に暮らすことになったのです。

ガリガリに痩せていたガンバちゃんは一週間もしないうちに、すっかり回復し、あっという間に元気になりました。

ガンバちゃんは身体能力が高く、俊敏で、Kさん宅の天井付近にあるエアコンにもタンス越しに飛び乗るのはお手の物だったそうです。

 

そしてガンバちゃんと一緒に暮らすようになって一ヶ月過ぎた頃でした。

Kさんがバイト先から帰宅し、玄関のドアを開けた瞬間、見計らったようにガンバちゃんはドアから抜け出し、そのまま外へ全速力で駆けていってしまったのです。

Kさんも慌ててて後を追いかけたのですが、民家の塀を軽々と飛び越え、狭い路地を駆け抜けていくガンバちゃんに追いつくことは出来ず、そのまま見失ってしまいました。

その後、辺りを二時間ほど探しましたが、ガンバちゃんの姿は見当たりませんでした。

「いきなり出ていくなんて薄情な奴だな」とすっかり肩を落としたKさんではありましたが、ガンバちゃんは、その日の夜、何事も無かったように「ニャ~」と鳴きながらキッチンの窓から帰ってきたのです。

「お前!ドコ行ってたんや!心配してたんやぞ」と怒り口調で言ったものの、Kさんはガンバちゃんが戻ってきてくれたことが嬉しくて抱きしめたそうです。

翌日、バイト先の店長にそのことを話したら「今でこそ、室内だけで猫を飼う人増えたけど、昔はほとんど放し飼いやってんで」とガンバちゃんの家出のことは珍しいことではないということを聞かされたのでした。

店長の話をまとめると自分の自宅は1Kという間取りであるので、放し飼いのほうが猫は喜ぶ。ただ、心配なのは交通事故と感染病だということでした。

Kさんは休みを利用して店長さんがアドバイスしてくれたようにガンバちゃんを動物病院につれていき、ワクチン接種をうけさせてあげました。

一度、外の世界を知った猫は、どうしても外に出たがるものであり、その日を境にガンバちゃんは寂しげに玄関のドアの前で「出して」と言わんばかりに「ミャ~」と鳴き続けることが増えました。

そんなガンバちゃんを見かねたKさんはある日、放し飼いをすることに決めたのです。

「ワクチンしたから病気はもらわんやろし、ガンバは車にひかれるほどドン臭くないからきっと大丈夫やろうと」多少タカをくくっていたところもあったそうです。

ガンバちゃんは、短いときで数時間。長いときで三日間ほど家を空けることはあったのですが、いつも無事に戻ってきました。

放し飼いをするようになって数ヶ月が過ぎた頃にはKさんもガンバちゃんの外出することが自然なことになっていて、Kさんが外出するときは、キッチンの窓を10センチほど開けておくことも習慣となり、そんな生活をガンバちゃんも喜んでいるように見えたそうです。

 

ガンバちゃんはたまに他の猫と喧嘩をしたのか、怪我をして帰ってくることはありましたが、病気になることもなく、いたって元気に毎日を過ごしていました。

Kさんも専門学校を卒業し、バイトしていたお店でも正社員になって数年が過ぎました。

そして、そんな生活が日常になっていた今年の1月。

 

Kさんは今まで聞いたことのないようなガンバちゃんの鳴き声を聞くことになったのです・・・

 

その日、冷え込みが厳しい朝であったため、Kさんは、起きてはいたのですが、出勤のギリギリまで布団から出れずにいたそうです。

ガンバちゃんは前日から外出したまま戻っていないようでした。

「あと5分したら、起きて用意しよ」と思ったときであります。

玄関のドアから激しいガンバちゃんの鳴き声がしたのです。

 

「もう鳴き声というか叫び声でしたね・・・『にゃ~』とか『みゃ~』ではなくって『ギャー』って泣き叫ぶような声でした・・・

大粒の涙を流しながらKさんは、その日の朝の出来事を話してくれました・・・

 

ガンバちゃんの悲壮な声にたたごとではないと感じたKさんは布団から飛び出し急いで玄関のドアを開けました。

玄関の前には前足を震わせて踏ん張りながらKさんを見上げるガンバちゃんの姿がありました。

後ろ足は力なく伸びきった状態で、腰付近から歪な角度に曲がっていました。

「ガンバ!」と大きな声で名前を呼びKさんはガンバちゃんを抱き上げましたが、ガンバちゃんはさらに叫び声をあげ、白目をむくようにして痙攣しだしたのです。

何がなんだかわからないKさんはガンバちゃんを自宅に運び自分の布団の上に寝かせました。

ガンバちゃんを布団に置いたとき、黒い毛で目立たなかったガンバちゃんの下半身が血だらけになっていることに気付きました。

「病院!病院!病院!」と自分に言い聞かせるようにしながらKさんは服を着て、病院にいく準備をしたそうです。

そして、服を着てガンバちゃんを抱き上げようとしたとき、ガンバちゃんの痙攣が止まっていることに気づきました。

慌てて抱き上げ体を揺すったとき、すでにガンバちゃんの意識は無く、首は力なく垂れ下がっていました。

そして、ガンバちゃんを寝かした布団も、自分の服も血に染まっており、ガンバちゃんは呼吸を止めていたのです・・・

その場に座り込み、10分ほど放心状態であったKさんは、店長に電話で事態を伝え、仕事を休む許可をもらいました。

店長さんは「わかった。今日は休め。ていうか、今から俺がそっち行くから待ってろ」と言ってくださり、20分後、店長さんはKさん宅に駆けつけてくれたのです。

Kさんは店長の顔を見た途端、力が抜け「すいません」と言った後、肩を落としし、すすり泣くようにして体を震わせました・・・

 

30分ほど、店長さんと一緒に部屋で血にまみれていたガンバちゃんの体を濡れたタオルで綺麗に拭きとってあげました。

「ここにおっても仕方ない・・・辛いかもしれんけど、とりあえずガンバ連れて一緒に店に行こう。ほんでガンバの葬式やってあげようや」と店長さんはKさんに優しく促しました。

店長さんにそう言われ、Kさんは血が着いた服を着替え、ガンバちゃんをバスタオルで優しく包み店長さんの車で勤務先のお店に向かうことになりました。

玄関のドアを開けたとき、廊下には至る所にガンバちゃんが体を引きずりながら這ってきた痕跡が残っていました。

血の痕跡は廊下を抜け、住宅街の先にある道路まで、直線距離にして200メートルほど続いておりました・・・

おそらくガンバちゃんは道路を横切るときに下半身を車にひかれたのでしょう・・・

マンションの正面入口には三段の階段があり、そこに大量の血が残っていました。

ガンバちゃんは車にひかれた後、Kさんに助けを求めるためマンションを目指し、自由が利かない後足を引きずりながら、前足のみで、この階段を這い上がったのでありましょう・・・

階段には数え切れないほいどのガンバちゃんの血の足跡が無造作に付いたそうで、ガンバちゃんは何度も転げ落ちながら最後の力を振り絞ってこの階段を登りきったに違いありません・・・

血の足跡を手で摩りながらKさんは声をあげて泣いたそうです・・・

 

Kさんのお店のスタッフは店長さんからガンバちゃんの訃報を知らされていたようで、一応に沈んだ表情でお悔やみの言葉をかけてくれました。

 

店長さんの計らいでガンバちゃんはお店のスタッフの控え室に安置されることになりました。

そして、お店のスタッフが2人呼ばれ、店長さんと一緒にもう一度、Kさんのマンションに戻り、廊下と階段に付いた血を拭取りに行ってくれました。

Kさんは、店長さんから「今日は休んでいい」と言われたのですが、じっとしていると余計に辛くなると思い、悲しみを堪えて出勤したそうです。

昼休憩のとき、お店の女の子がお花を買ってきてくれてガンバちゃんに手向けてくれました。

お店が終わるころにはガンバちゃんは、お店のスタッフが用意してくれた、たくさんのお菓子やお花に包まれていました。

プレシャスコーポレーションにガンバちゃんのお葬儀とご火葬のご依頼のお電話をくれたのは、最初にお花を手向けてくれたスタッフの女の子のJさんでした。

Jさんは以前に飼っていた猫を亡くしたときに当社にご依頼くださったことがあり、担当したのは私でありました。

Jさんが、そのことをKさんに伝え、当社を推薦してくださり、ガンバちゃんのセレモニーは私が担当することになりました。

ガンバちゃんのセレモニーはお店の営業時間が終わった夜の11時から始めることになり、ご火葬はお店の駐車場で執り行われることになりました。

セレモニーにはKさんと店長の他、早番のスタッフやその日、オフのスタッフの人達も駆けつけて参列して下さいました。

Kさんは参列してくれたスタッフ達、一人一人にお礼の言葉をかけられ、ガンバちゃんのご火葬はKさんと、たくさんの仲間が見守る中、無事に終わりました。

 

お骨あげはKさんの手で執り行われたのですが、砕けた尾骶骨を見たとき、Kさんは人目を憚らずに涙されていました・・・

 

全てのセレモニーが終わり、私は車でKさんを送ることになったのですが、Kさんのマンションの玄関の階段の前で、その日の出来事をKさんの口から聞かせてもらったのです。

 

Kさんに限らず、ペットを突然の事故で亡くした飼い主さんのショックはとても大きいものです。

しかし、Kさんには店長さんはじめ、心優しい仲間達が大勢いるので、きっと力になってくれるでしょう。

 

私はKさんを見送った後、階段の前で合掌をし、Kさんのマンションを後にしました。



遺骨を綺麗に残すために

主となるお骨を少しずつ拾骨する手法が人間のお骨あげの主流となっておりますが、それとは異なり、ペットの場合、飼い主さんは、残ったお骨を全て拾骨される傾向にあります。

それは、大半のペットが人間に比べ、体格が小さく、その分、お骨の量も少ないので、全て拾骨しても小さなお骨壷に納まるものであり、自宅供養をするにしても、場所を取らないという理由からだと考えられます。

猫ちゃんや小型犬の場合、解しながら拾骨すれば三寸の骨壷に納まりますし、小鳥やハムスターの小動物なら二寸。大柄な猫や中型犬でも四寸のお骨壷に納まります。

逆に人間と同じくらいの体格をしてる大型犬の場合、全て拾骨するのには五寸以上のお骨壷が必要となってくるので、半数以上の飼い主さんが、人間の時と同様、主となるお骨を少しずつ拾骨される方法を選択されます。

 

弊社プレシャスコーポレーションでは、このお骨上げの手法に関し、全て、飼い主さんの意向に沿った形式で執り行うことにしており、事前に、ペットちゃんの体格から予想されるお骨の量を説明したうえで、実寸のお骨壷を見てもらって決めてもらうようにしております。

 

我々ようなペット葬儀及び火葬会社にご依頼をされる飼い主さん達は、亡くなったペットをペットではなく、家族と同じ存在と認識されておられる方達ばかりであり、役場で焼却されるのことなど、考えられず、人間と同じようにう火葬をした後、自らの手でお骨あげをしてあげたいと強く願っておられます。

 

そのお気持ちが理解できるからこそ、いえ、同じ気持ちであるからこそ私達プレシャスコーポレーションが誕生したと私は思っています。

飼い主さんの、その切なる想いにお応えすべく、弊社は遺骨を綺麗に残すために最善の努力は惜しみはしません。

目視による手動火葬は当然のこと、複数のペットを同時に火葬する合同火葬は一切行わず、たとえ、小鳥やハムスター等の小動物であっても、全て個別火葬で執り行い、そのペットの種類、体格、体質、年齢を踏まえた上で、そのペットに合った火葬をすることを創業以来、心掛けて参りました。

そして、それらの工程をより高い水準で遂行できることを目的にペット専用火葬炉OKURUが完成したのであります。

OKURUの最大の特徴は炎ではなく、熱風で火葬することなのですが、その目的は遺骨を綺麗に残すことであり、それは、例え、どんなに小さなペットであっても飼い主さんが強く望まれることであります。

火葬を終え、お骨あげのとき、飼い主さんにお骨になったペットを見てもらうのですが、お骨は年齢や体質、また生前に患った病気等によって個体差が色濃く出るものであり、言わば、遺骨はペットの生涯を表すものでもあるのです。

お骨あげの席で、それらの説明を飼い主さんにしながら、天に召されたペットの代弁者となって飼い主さんに我々が遺骨を見て認識できた事実をお伝えするようにしています。

 

プレシャスが考えるセレモニーは大きく分けて、お葬儀、ご火葬、そして、お骨あげまでの時間を指すものなのですが、私の個人的な意見として、このお骨あげの時間が飼い主さんにとっても、私達、セレモニー会社の人間にとっても大切なお時間であると考えております。

 

 

それは、生前のペットちゃんのことを知らないの私達にとって、お骨上げの時だけが遺骨の状態から知ったペットちゃんの個性や特徴を、飼い主さんの思い出と共有できる唯一の時間でもあり、その時に、今一度、飼い主さんと共に、旅立ったペットちゃんを偲ぶ時間でもあるからなのです。

天国に旅立つペットに持たせてあげたい物

ペット火葬の際、飼い主さんがペットと一緒に火葬炉に納められる物として、最も多いのがペットが生前に大好物だった食べ物とお花であります。

次いで多いのが、ペットのお気に入りだった衣料やオモチャ類であり、犬ちゃんの場合は首輪とリードも一緒に納めることを希望される方もいらっしゃいます。

 

ここで、一つ問題点が発生します。

どんなに飼い主さんが強く希望されたとしても、何でも火葬できるわけではなく、一緒に火葬することによって有毒な物質が発生する物やペットちゃんのお骨に影響を与える物があり、場合によっては一緒に火葬炉に納めることが出来ないのです。

例にあげますと、花の場合、生花なら問題はないのですが、造花はその材質によって燃えると有害な物質に変化する物も少なくなく、衣料なら綿素材の物は影響はないのですが、それ以外、特にポリエステルが含まれているものは黒煙が発生し、燃え滓が遺骨に付着することがあるのです。

同じ理由で、オモチャ類はプラスチック製やゴム製の物は、そのことを説明したうえで、お断りさせてもらうことがあります。

 

 

15歳で永眠した門真市の猫ちゃんのチャコちゃんのご火葬の時、飼い主のHさんはお花と食べ物の他、自身が旅立つチャコちゃんに宛てて書いた手紙と、4歳になる息子さんが書いたチャコちゃんの絵も一緒に火葬炉に納められました。

Hさんはもう一つ、チャコちゃんが生前に大好きだったボールも一緒にご火葬することを希望されたのでありますが、ゴム製であったため、理由を説明してお断りさせていただきました。

Hさんはご理解くださり快くご承諾してくださったのでありますが、4歳の息子さんは、そのボールを手にしながら私を見上げ「ダメなの?」「遊べないの?」と不思議そうに何度も訊ねていました。

そんな息子さんにHさんは「天国にはお友達もたくさんいるし、オモチャもいっぱいあるから、ボールなくてもチャコちゃん平気なんだよ」と頭を撫でながら説明をされたのですが、息子さんは「おともだちいっぱいいるの?おもちゃいっぱいあるの?」と聞いた後、しばらく考えて「チャコちゃん保育園いくの?」と真剣な眼差しで問いかけていました。

その最後の問いかけには私もHさんも思わず笑みがこぼれてしまったのでありますが、息子さんが次ぎに口にした問いかけは「・・・ねえママ・・・なんでママ泣いてるの?」という言葉でした・・・

Hさんは指で頬の涙を拭いながら「ママ泣いてないよ」と笑顔を作られたのですが、息子さんは少し口を尖らせ心配そうにHさんの顔を覗き込んでいました。

Hさんは、そんな息子さんの視線から反らすようにしながら私に顔を向け「では。お願いします」と火葬炉の点火を促したのでした。

火葬が始り、Hさんは「火葬は30分くらいですよね?」と私に確認をした後、「近くの公園に居ますので、その頃には戻ってきますね」と言い残し息子さんの手をひいて通りの向え側にある公園に行かれました。

息子さんの手にはチャコちゃんが好きだったボールが握られており、名残惜しそうに私の方を振り向いていました。

 

ペットに馴染み深い物を一緒に火葬したいと思われる飼い主さんのお気持ちには二つの理由があると私は思っています。

一つはペットが大好きだった物を天国に一緒に持っていかせてあげたいというお気持ち。

もう一つは、ペットを亡くした悲しみからペットを強く連想する物を目にしたくないと願うお気持ちから一緒に火葬してしまいたいと考えられることであります。

Hさんは、前者の理由だと私は感じました。

 

天国に持っていかせてあげたい物はペットの数だけ存在するものではありますが、上記で述べた理由により、一緒に持たせてあげれない物もあります。

でも、少なくともそんな飼い主さんの優しさはちゃんとペット達に伝わっており、その気持ちだけは間違いなく大切に天国に持っていっていると私は信じています。

自宅火葬

火葬車で訪問して自宅でご火葬することを弊社プレシャスコーポレーションでは「自宅火葬」と呼んでいるのですが、そのご火葬の様子を見たことが無い人は、とても仰々しい光景を想像されるものであります。

過去には「トラックの荷台でドラム缶で火葬することを想像した」と仰った人もいらしたのですが、とくに機会に弱い女性の方に火葬車のことを電話越しで説明するのは困難であり、初めてご依頼される皆様は不安な気持ちのまま当日をお迎えになることもあります。

火葬車の外観は一般の車※(ペットの大きさによって使い分けてるのですが、大きく分けてマイクロバスタイプ・ワンボックスタイプ・軽自動車タイプに分類されます)と同じであり、車の荷台の部分に特殊火葬炉が設置されております。

火葬炉の上半分はフィルターの役割を果たす炉がもう一つ設置されており、この部分で皆様が気にされる炎・煙・臭いをシャットアウトする仕組みになっています。

昨年に自社製のペット専門火葬炉OKURUが完成したのでありますが、従来の火葬炉は焼却炉を改造したものがほとんどであり、ペットの自宅火葬を目的としたものは、ほとんど存在していませんでした。

自宅火葬というくらいなので、もちろん住宅街でのご火葬が前提になるのですが、とくに大阪の住宅街は密集していることも多く、そんな中でご近所さんに迷惑がかからないことを考慮して設計されたOKURUはそれらの問題点を高いレベルでクリアした火葬炉に仕上がっています。

ご火葬の後、自宅内でお骨あげすることを希望される方がほとんどなこともあり、そのことも考慮して残った遺骨を受ける箇所は取り外しが可能で、そのまま自宅に持ち込めるようになっております。

これら、専門的なことを言葉や文章で説明するには限界があり、そこで当社では、自宅火葬のご依頼があった際、どうしてもご自宅で火葬をするイメージがつかないご依頼者さんのために、少し早めに訪問して、現物を見てもらい、装置や構造の説明をしてから決めてもらうようにしております。

当社ではキャンセル料はかからないシステムでありますが、現物を見られた、ほぼ全員のご依頼者さんが執り行うことに決められるもので、やはり実際に目で見てもらった上で判断してもらうに越したことはないのだと思っています。

ペットの自宅火葬が市民権を得るには、まだ時間がかかると思いますが、慣れ親しんだ自宅で家族揃ってペットの旅立ちを見送るというのは弊社プレシャスコーポレーションの創業時からの会社理念でもあり、何より旅立つペットが望む最良の別れの形でもあると私は思っています。

続 日常の中で起こった悲劇

思いもかけない、重い現実を聞かされた私は、返す言葉も見つけられなかったのでありますが、そのとき玄関のドアが少しだけ開きYさんの旦那さんが「すいませ。そろそろお願いできますか」と私に声をかけられたのでした。

「はい」と返事した私の後方にFさん夫婦がいらっしゃることに気付いたYさんの旦那さんは一瞬、視線をそちらに向けた後、無言で頭を下げて挨拶をされました。

Fさん夫婦も会釈されながら「昨日は・・・」とFさんの旦那さんが私の前に出るようにして「本当に何て言っていいのか・・・」と言いながら頭を下げました。

それを見たYさんの旦那さんも靴をはき、外に出てこられたのですが「はあ」と視線を落としたまま、その後はどちらの旦那さんも言葉が続かず重い沈黙だけが残りました。

 

そして、Fさんの奥さんが泣きながら「本当にすいませんでした」とその場に泣き崩れられそうになったので、私は咄嗟に奥さんの腕をつかみました。

そして、ご近所の数件の奥さん達が遠巻きにその光景を見ていたのに気付いた私はその視線から遠ざけるようにFさんの奥さんの脇を抱えるようにして、火葬車の後方に移動したのです。

Fさんの旦那さんが「もし、今からお葬儀をされるなら、奥さんやワンちゃんにも謝罪させてもらいたいのですが」と頭を下げて仰られたのですが、Yさんの旦那さんは「・・・はあ・・・まあお気持ちは受け取りますが、今、嫁がそんな状態じゃないんですよ・・・」と小さな声で言うのが精一杯でありました。

私にはFさん夫婦の自責と反省の念も、Yさんの憤りのお気持ちも、両方とも理解できました。

しかし、現時点で、優先して考えてあげるのはYさんの奥さんであると私は判断し「Fさん。Yさんが仰ったようにYさんの奥さんはかなりショックが大きくて不安定な状態です。Fさんのお気持ちはセレモニーが終わるまでに必ず私の口から奥さんにお伝えしますので、奥さん(Fさんの)もこのような状態ですし、今はいったん自宅の方に戻られたほうが良いのではないですか?もし、何かあれば私がそちらに伺いますので」と言いました。

少し間を置いて、Fさんの旦那さんが「・・・・わかりました」と言った後「すいません」と頭を下げながら奥さんを支えていた私に代わるように奥さんの肩を抱いて自宅に戻っていかれました。

Yさんの旦那さんも「なんかすいませんね」と私に声をかけてくださったので「いえ」とだけ返事をしてYさん宅に入りました。

リビングではCちゃんが祭壇に移されており、奥さんがCちゃんの口元と鼻先を優しく撫でていらしたのですが、戻った旦那さんに気付くと顔を上げ「何かあったん?」と訊ねられました。

旦那さんは「うん・・・お向かいさんが謝りたいって来てはってんけど・・・」と口篭りながら答えるを見て「・・・そんで?断ったん?」と涙を指で拭いながら問いかけられました。

旦那さんは「断ったというか・・・葬儀屋さんが・・・」と私の方を見て仰ったので、私は「お向かいさんのFさんご夫婦が、ちゃんと奥さんにもCちゃんにも謝罪されたいと仰っていらしたのですが、いずれにせよ、奥さんはご夫婦だけでCちゃんのセレモニーをされたいのではないかと思いまして、一度、自宅に戻ってもらえるようにお伝えしました。いけなかったですか?」と奥さんに訊ねました。

奥さんは首を横に振って「・・・いえ。ありがとうございます」と言った後「お向かいさんから(事故のこと)お聞きになったんですか?」と聞かれたので「はい。概ね話は伺いました」と私はこたえました。

Cちゃんから手を離し、背筋を伸ばすようにしながら座り直した後、奥さんは「お向かいさんは何て言うてはりました?」と私の顔を見ながら訊ねられたので、私は「ご夫婦とも、非があったことは認めてらっしっていますし、本当に申し訳ないことしたと言っておられました」とお伝えしました。

私と奥さんの会話を隣で聞いておられた旦那さんも「それはホンマ。ちゃんと謝ってはったし、向かいの奥さんはずっと泣いてはったわ」と補足されるように言われました。

奥さんは両手で顔を覆うようにしながら「それは私もちゃんとわかってるねん。良さそうな人達やし、悪気があってしたことじゃないってこともわかってる。轢いてすぐ助けてくれようともしはったし・・・実際、戸を閉めなかった私も悪いんやし、全部、向こうが悪いって思ってないよ・・・ただ、どんな顔していいのかわからへんもん・・・」とはき出すように苦しい胸の内は話したのです。

私は奥さんが本音でそう言ってることが伝わりましたし、頭では何もかもわかっているのに、気持ちがどうにもならないということも理解できました。

 

その後、Yさん夫婦は二人だけでCちゃんのセレモニーを執り行われました。

ご火葬は自宅の駐車場で火葬車で執り行われたのですが、駐車場はリビングの窓と隣接した場所であったので、Yさん夫婦はリビングから火葬を見守ることにされました。

私は火葬車の横で操作していたのですが、私の位置からはお向かいさんの家が視界に入り、お二階のベランダ越しに合掌されているFさん夫婦の姿が見えました。

Fさんの旦那さんと目が合った私は無言で小さく頭を下げた後、反対側のYさんのリビングの方に回り、そのことをYさん夫婦に伝えました。

Yさんの旦那さんは「・・・そうですか」と言っただけで、それ以上、何も口にされることはありませんでした。

 

火葬が無事に終わり、私はYさんの旦那さんの指示通りCちゃんのお骨をリビングに移し、お骨あげは自宅で執り行いました。

全てのセレモニーが終わり、帰る際、私はYさんの旦那さんに「なんと言いますか、私が口を出すことではないと思うのですが、やっぱりお向かいさんですし、これから毎日、お互い、顔を合わすこともあると思うんですよ。ですので、Fさんに何らかお伝えしたほうがいいと思うんですが・・・」と出過ぎた発言であることを承知で言いました。

旦那さんは視線を落としながら「・・・そうですね・・・でも、何を話したらいいのか・・・許すとしても、今はそんな気持ちになれないのも正直な気持ちなんですよ」とポツリと仰りました。

Yさんの奥さんも同じ意見のようで旦那さんの隣でCちゃんのお骨壷を抱いたまま終始、俯いておられました。

私は「では、そのことを伝えればいいと思います。『今はまだ話す気にもなれないので時間をおいてほしい』と。もし、よければ、私が代わりにFさんにその事をお伝えさせてもらってもかまいませんよ」と申し出ました。

「・・・そうですね。そうお願いできますか」と旦那さんは言った後「それでかまへんな?」と奥さんに確認をされました。

奥さんは無言のまま首を縦に振り、その拍子に目から大粒の涙が零れ落ちました・・・

私は「Yさん」と奥さんに話しかけ奥さんが顔を上げられたのを確認してから「僅かな時間でありましたが、奥さんのお気持ちは私なりに理解しているつもりです。Cちゃんがペットではなく、お二人にとって家族であり子供のような存在であったことも伝わりました」

そこまで言ったとき奥さんは肩を震わせて泣かれましが、私は続けるように「それも踏まえた上で、私なりにお二人の今の気持ちを代弁し、Fさんにお伝えしてきますね」と言いました。

奥さんは口を押さえながら「お願いします」と言いたげに頭を深く下げられました。

そんな奥さんの肩を抱くように旦那さんが「すいません。よろしくお願いします」と言ってくださり、私はお向かいのFさん宅を訪ねました。

Fさんご夫婦とは玄関でお話をしたのですが、私は「Yさんも、不慮の事故であると理解されていますし、ご自身にも落ち度があったと認めてらっしゃいます。Fさんの奥さんに悪意がないこともわかった上で、Fさん夫婦の誠意も伝わってはいるのですが、CちゃんはYさん夫婦にとって子供のように大切に育ててきたペットであるので、それらのことがわかっていても、すぐに気持ちが切り換えれないのも事実なんです。ですので、今は時間がほしいと言うのが正直な気持ちなんだと思います」と概ねそれらの事柄をお伝えしました。

 

Fさんの旦那さんは「そうですね。わかります・・・本当に申し訳のないことをしました」と玄関の板間に正座しながらそう仰いました。

「もう少し時が経てばYさんから何らかのお話があるかもしれませんし、何もないかもしれません・・・いずれにしても、今はそっとしておいてほしいというのがYさんご夫婦のお気持ちであるので、そのことをお伝えしにきました」と私は告げ、一礼をしてからFさん宅を後にしました。

その足で、Yさん宅に戻り、そのことを報告した私は、最後に「私のような仕事をしていますと、今回の事故と似たようなお話に直面することもあります。それは交通事故だけじゃなく、ペットがペットに危害を加えてしまうケースもあって、どのような場合でもご近所さんということで、被害を受けた側も与えた側もシコリが残るものですし、関係が崩れることは少なくありません。中には『目を離したお宅が悪い』と開き直る人もいて、そんな人に比べるとFさんは事実を真摯に受止めてらっしゃると思いました」と私個人の意見もお伝えしました。

 

Yさん夫婦は静かに頷きながら私の言葉を受止めてくださっているようでありました。

 

住宅街を離れるとき、何かやり残したことがあるような気持ちになり、角を曲がって道路に出るとき、無意識にバックミラー越しにYさんFさん両家の家を交互に確認をしていました。

今後、どのような形でご両家が現実と向き合っていかれるのかが、とても気掛かりではありましたが、私はいちペット葬儀屋の立場でしかないので、それ以上、踏み込んでお話できないことも事実であります。

Fさん宅に訪問した際、帰り際に「私に何か出来ることがあれば連絡ください」と名刺を置いていったのでありますが、私に出来ることなど、何も無いのかもしれません。

でも、そんな私でも何らかのお役に立てることがあるのなら、ご協力させてもらいたいと思っています・・・



 

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