2013-01

「決断」~隣人の愛犬が殺処分されると聞かされたとき~第二章

私は玄関先で膝をおり、かがんでゴールデンちゃんの顔を間近で見つめました。

昨年、初めて会った日、私を迎えてくれた時と同じように口角が優しく上り、まるで笑っているような寝顔でありました。

「きっと安らかに息を引取れたんだろうな・・・」と心で呟きながら私はゆっくりと立ち上がりました。

ご依頼があったとはいえ、ご家族が不在の家に長居することは非常識だと思い、私はもう一度、合掌をし、静かにドアを閉めて外にでました。

Mさん宅はプレシャス会館から10分ほどの場所だったので、私はその足で会館に顔を出すことにしました。

 

お昼前になり、セレモニーの時間近くになったので、私は支配人と二人でMさん宅に向かうことにしました。

Mさん宅に到着し、私は玄関先で迎えて下さったお母さんに不在中に花を届けたことをお伝えし、無断で玄関に入ったことを御詫びしました。

お母さんは丁寧に「ありがとうございます」と仰ってくださり、あらためて、玄関に我々を通してくださり、私はもう一度、ゴールデンちゃんに合掌をし、お母さんの許可を得て、ゴールデンちゃんの体に触らせてもらったのでありました。

そして、そのとき初めてゴールデンちゃんの名前が「リッキー」ということをお母さんから教えてもらったのです。

 

その後、ご火葬場所である駐車場まで移動し、大型犬用のマイクロバスの移動火葬車の中に設置された祭壇にリッキーちゃんは寝かせてあげました。

立会いをされたのは、お母さんと長女さんで、お父さんと長男さんは仕事のため、ご火葬には参列出来ませんでした。

お母さんと長女さんに続き、私と支配人もお焼香をあげさせてもらい、リッキーちゃんとの最後のお別れの時間を過ごしさせてもらいました。

そして、お母さんの「お願いします」の言葉を合図に祭壇のロックが外されリッキーちゃんを乗せた祭壇はゆっくりと火葬炉の中にスライドしていき、参列者が合掌で見送る中、火葬炉に納まりました。

この日は、氷点下近い冷え込みだったのでありますが、ご火葬の間、お母さんも娘さんも火葬炉から離れることはありませんでした・・・

 

火葬の間、お母さんと娘さんと私と支配人で、いろいろなお話をしたのですが、どうしても、私が昨年のブ~ちゃんのセレモニーの席で聞いた、「リッキーちゃんは隣人のペットだった」という言葉の真相をお聞きしたく、お母さんに訊ねたのです。

お母さんは少し寂しげな笑みを浮かべながら「リッキーをうちで引き取ったのは、今から二年前なんです・・・」と静かにお話をしてくださいました。

 

 

リッキーちゃんは元々、Mさん家のお隣さん、Aさん宅のペットであり、Mさん家とAさん家の玄関前の庭は低いブロック塀のみで区切られているだけで、どちらの家からも見渡せるほど、玄関先の庭は隣接しておりました。

Mさん家は二匹の猫とダックスフンドが1頭。Aさん家はゴールデンレトリバーのリッキーちゃんを1頭飼われていて、ご両家共に動物が大好きな家族でありました。

リッキーちゃんは人懐っこい性格で、日ごろから、お隣のMさん家族からも可愛がられていたらしく、Mさん家のペット達も毎日のようにブロック塀を乗越え、リッキーちゃんの小屋に遊びにいっていたそうです。

リッキーちゃんは自分の食べ物をMさん家のペット達が食べても怒ることのない温和な性格な犬ちゃんであり、Mさん、Aさん両家族もそんなペット達の交流を目を細めて温かく見守っていたそうです。

そんな、平和で穏やかな日々が当り前のように過ぎ、Mさん家もAさん家もそんな日が永遠に続くと思っていました。

 

そんな日常に暗雲が差し込んだのは二年前、リッキーちゃんは10歳の誕生日をむかえた頃でした。

 

Aさん家のご主人が病気でお亡くなりになられたのです・・・

遺されたAさんの奥さんと息子さんの悲しみは深く、一家の柱を失ったショックは計り知れないほど大きなものであったことは言うまでもありません。

そのショックを一番近くで感じていたのは、おそらくお隣のMさんも家族だったでありましょう・・・

 

Aさんのご主人がお亡くなりになって、しばらくした頃でありました。Aさんの奥さんが「ここを引越します・・・」とMさんのお母さんに、そう告げたのです。

引越す理由は一家の主を喪ったことによる経済的な理由なのか、それとも別の理由なのかはお聞きすることは出来なかったものの、Aさんの奥さんは息子さんと二人で別の町に引越しされることになったのです。

10年以上、友好な関係を築いてきたお隣さんがいなくなることは淋しいものであり、Mさんのお母さんは「さみしくなるわ・・・」と本心を伝え「私達、人間もそうだけど、ペット達もきっとさみしがるわね」と言葉を続けました。

Aさんの奥さんの表情が一段と影を落としたのは、Mさんのお母さんが「ペット」と口にしたときでした。

何かあると肌で感じたMさんのお母さんは「ねえ?どうしたの?リッキーちゃんも一緒に引越しするんでしょ?」とAさんの奥さんに訊ねました。

Aさんの奥さんは目に涙を溜めながら「・・・引越すところは、ペットを飼えないところなの・・・だからリッキーはつれていけないんです・・・」と思いもしない事実を告げたのでした。

Mさんのお母さんは「つれていけないって・・・どうするの?誰かに預けるってこと?」と驚きを隠さず訊ねたところ「いろいろ心当たりある人にリッキーのことお願いしようと頼んだんですけど・・・リッキーのような大きな老犬を預かってくれる人は見つかりませんでした・・・」とAさんの奥さんは悲痛な面持ちで答えたそうです。

「・・・じゃあ・・・どうするんですか?・・・」とMさんのお母さんは、おそるおそる訊ねました。

「もし、このまま預かってくれる人が見つからなかったら・・・役所にお願いするつもりです・・・」

そうAさんの奥さんは言ったそうです・・・

「え?役所って・・・?それって・・・」

その後、Mさんのお母さんは口に出来ませんでした・・・

同じようにAさんの奥さんも、その後は何も言葉にすることはなく自宅に戻られました。

Mさんのお母さんは無言でAさんの奥さんを見送っていたのですが、Aさん宅の庭の小屋の中で二人の会話を聞いていたリッキーちゃんはまるで自分が置かれた状況を理解しているかのように悲しい表情を浮かべていたそうです。

そんなリッキーちゃんを目にしたお母さんは、その視線を振り切るようにして、自分も自宅に戻りました。

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ペットブームの恩恵で、現在ではペット同伴可能なレジャー施設や宿泊施設も増えました。

同じく住宅事情もペットと一緒に住めるマンションも増加したことは事実でありますが、犬ちゃんの場合、1頭限定や小型犬のみ可能等の条件がつくことがほとんどであり、特に大型犬を飼う環境はあまり改善されていないのが現状であります。

日本の、ましてや大阪のような都会ではリッキーちゃんのような大型犬を飼うには一戸建ての住居が最低必要条件であることに変わりはなく、大型犬と取り巻く国内の環境はむしろ、悪化していると私は思っており、そのことが原因かは定かでありませんが、大型犬を飼う人の割合は減少傾向にあります。

バブル期は日本経済も好調(正確には浮かれていただけ)で街には大型犬を何頭も引き連れて散歩している人を多く見かけました。

当時は大型犬を飼う大変さがわからないまま、ステータスかのようにドーベルマンやシェパード等の大型犬を購入する人がたくさんいて、私の記憶が正しければカメラのCMに登場したことをきっかけにゴールデンレトリバーの人気にも火がついたことを覚えています。

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10年間共に暮らしたペットに、そのような決断をせざるをえないと決めたAさん家族にもいろいろな事情があったことは想像できます。

そのことがわかっていたからMさんのお母さんも何も言えなかったのです。

しかし、あまりに可哀想すぎる・・・

いくらお隣さんのペットとはいえ、リッキーちゃんはMさんにとっても、自分のペットと同じような存在でありました。

自分の家族がリッキーちゃんを引取れば、全て丸く収まる。もちろんMさんもそのことは真っ先に頭に浮びました。

しかし、うちには既に猫2匹と犬も1頭いる。いざリッキーちゃんを向かえるにしても、玄関前のスペースはAさん宅と同じ広さがあるとして、物置や子供たちのバイクや自転車置場に使っていた現状や、なにより、食事代を含めた大型犬を飼うことでかかる費用が少なくないことも頭をよぎりました。

それはAさん家族も理解してた故、いくら親切で良心的なお隣さんであるからといって、お願いできなかったのかもしれません・・・

Mさんのお母さんは、Aさんの奥さんから衝撃の事実を聞かされてからは沈んだ気持ちのまま毎日を過ごしたそうです。

外に出るたび、いやがおでもリッキーちゃんの姿が目に入り、待ち受ける残酷な運命を想像するだけで胸が詰まりました・・・

そして、その日、Mさんのお母さんはリッキーちゃんのことを家族に相談したのであります。

事実を聞かされた家族全員は驚き、悲しみ、嘆いたそうでありますが、だからと言って、大型犬を引取る大変さも同時に理解していました。

しかし、お母さんは、そんな家族を説得し、リッキーちゃんを引取ることを決めたのです。

 

その事を一番喜んだのは、もちろんAさん家族で、中でもAさん家の一人息子さんは涙を流して喜んだそうです。

そして、Aさん家族が引越しする日、リッキーちゃんはMさん家に引取られ、Mさん家族と一緒にAさん家族を見送ったそうです。

リッキーちゃんは事情を理解していたのか、寂しげにAさん家族を見送ってはいたものの、その日からMさんの家族の一員として、今まで変わりない温和な表情を浮かべ、新しい生活をスタートさせたのでありました。

Mさん家族が新しい飼い主になったことはリッキーちゃんにとって最善のことであったのは間違いなく、それはMさん家族がとても優しい人ばかりであることを、誰より知っていたのはリッキーちゃんであり、そのことはAさん家族にとっても同じでありました。

おそらくAさん家族は感謝と安心の心を置いて引越して行かれたに違いありません。

 

ブログのスペースが無くなりましたので、Mさん家族とリッキーちゃんとの新しい生活とリッキーちゃんが神様のもとへ旅立つまでの話は次回に紹介させていただきます。

隣人の愛犬が殺処分されると聞かされたとき~序章

昨年の残暑の厳しい時期でありました。

私は寝屋川市のMさんの愛猫のブ~ちゃんのご火葬のご依頼を請け、Mさん宅に向かいました。

ご火葬当日は、飼い主であるMさん家の長女さんのご友人の結婚式であったため、ご火葬は早朝に執り行うことになりました。

私はお約束の時間にMさん宅に到着し、インタホーンを鳴らそうとしたときでした。自宅前の庭に大きな木製の小屋が目に入り、その中の大きなゴールデンレトリバーが愛らしい表情で尻尾を振りながら私を見ていたのです。

 

近づいて触れてみたかったのですが、仕事での訪問のため、私はインターホーンを押し、Mさん家族にご挨拶をしました。

応対してくださったのは長女さんで、亡くなったブ~ちゃんを抱きながら沈んだ表情で私に挨拶をされていました。

ご火葬はMさんが契約されている近くの大きな駐車場で執り行われ、長女さんとご両親立会いの中、無事に終わり、お骨あげもその場でご家族の手でされたのですが、綺麗に残ったブ~ちゃんのお骨を見た長女さんとお母さんは、悲しみの中であっても満足気な笑顔を見せてくださったので、私は安堵の気持ちで、その光景を見守っていました。

全てのセレモニーが無事に終わり、帰り際、お母さんが私に「自宅火葬は始めてだったんで、少し不安だったんです」と本心を伝えたのでした。

「皆さんそう仰いますよ。悲しいことですが、我々の業界は悪い噂のほうが多いので」と私は業界を取り巻く悲しい現状を踏まえ、そうお返事しました。

お母さんは「最初から最後までずっと立会いさせてくれて、個別で確認(目視火葬のこと)しながら丁寧にしてもらえるとは思いませんでした」と笑みを浮べ、長女さんも「本当にありがとうございました。きっとブ~ちゃんも喜んでいると思います」と丁寧に頭を下げてこれ以上ないお言葉を下さいました。

そして長女さんは「うちにはもう1匹猫がいるし、ダックスもいるんですよ」と言い、お母さんが「なんかあったら、その時はお願いします」と仰られました。

実は複数のペットを飼われている方はセレモニーの後、担当したスタッフにそのような事を言って下さるのですが、仕事柄、私達にお願いするときはペットの死を意味することでもあるので「よろしくお願いします」と軽々しく返事が出来ないのであります。

私は「まあ、ありがたいお言葉でありますが、縁起の良い話ではないので、万一、何かあれば、その時は連絡ください」と私は口篭りながら返事しました。

長女さんは頭の回転が早い人のようで、私の不自然な言い回しの言葉の意味を理解し「ほんまやお母さん。縁起悪いで」と笑いながらお母さん肩を叩きながら言いました。

お母さんは「まあそやけど、いつかはその日は来るんやから・・・」と小さな声で反論されたのですが、その様子が子供のような言い方だったので、私も長女さんも思わず笑ってしまったのでありました。

そして私は思い出したように「そう言えば、庭先にゴールデンもいましたね。あの子もMさんのところのペットですよね?」と訊ねました。

私の質問にお母さんは少し顔を曇らせ「ああ・・・あの子はお隣のペットだったんです・・・今は訳あってうちが面倒を見てるというのか・・・でも・・まあ、あの子も大切なうち子です」と複雑な表情でお答えになったのでありました。

お母さんの表情からも複雑な事情があると察することは出来たのでありますが、亡くなった愛猫ブ~ちゃんのセレモニー直後でもあったので、私は関心はあったものの、それ以上、愛らしいゴールデンレトリバーちゃんのことを詳しくお聞きすることはありませんでした。

「では、私はこれで失礼させていただきます」と言い残し、火葬車に乗り込みました。

私の運転する火葬車に笑顔で見送ってくださるMさん母娘の姿をバックミラー越しに見ながら私は帰り際の会話のことを思い出していました。

正直、あの人懐っこいゴールデンちゃんの事情が気になっていたのです・・・

しかし、それ以上に、友人の結婚式の前日に愛猫を喪い、悲しみに暮れていた長女さんが、セレモニーを終え、少しだけ元気を取り戻せたことに私は喜びを感じていました。

結婚されるのは、とても仲の良い友人さんらしく、長女さんは披露宴で友人代表として祝福のお言葉をお贈りする大役を務められるご予定だと聞かせれていたので、気持ちを切り換えて臨まれることを願いながら私はMさん宅を後にしたのです。

 

それから月日が流れた四ヵ月後でした。

Mさんからペットの訃報を報せるお電話があり、電話をとったのは私だったのですが、深夜であったので、私はすぐに、あのMさんだとは気づきませんでした。

セレモニーの日時と住所と亡くなったペットの種類を確認し、電話を切ったのでありますが、私は目が覚めたこともあり、頭をフル回転させながら先のMさんとの電話のヤリトリを思い出しながら、ある事実に辿りつきました。

今、電話くださったのは、ブ~ちゃんの飼い主さんのMさんで、ペットの種類は「ゴールデンレトリバーです」と仰っていたことから、亡くなったのは、あの人懐っこいゴールデンちゃんかもしれない・・・という事実です。

私は念のため、早朝に本社に出向きお客様名簿に目を通しながら、ご住所の確認をしました。

私はなぜか居ても立ってもいられない心境になり、セレモニーのご予定の時間よりも2時間も早く、真意を確かめるべくMさん宅を訪問したのですが、やはり庭の小屋にはゴールデンちゃん姿はありませんでした。

予定時刻より、かなり早かったのではありますが、私はMさん宅の玄関のドアをノックしたのでありますが、この日は平日であったため、Mさん家族は既にお仕事に出られたようで、応答はありませんでした。

ノックしたとき、玄関のドアが少し開いたので、鍵はかかっていないことが確認できました。

お母さんがお昼意休みに自宅に戻られるということだったので、セレモニーは正午から執り行われる予定だったのですが、私は失礼を承知で「すいませんMさん。プレシャスコーポレーションの野村です」と静かにドアを開けながら声をかけたのです。

ドアを開けた私が見たものは大きな毛布に優しく包まれながら安らかな顔で眠っている、あのゴールデンちゃんの姿でありました。

私は静かに歩み寄り、持参したお花をゴールデンちゃんの顔の前に置き、その場で合掌しました。

生前に一度、見かけただけで、名前も知らず、特別なスキンスップがあったわけではなかったのですが、私はなぜか、このとき目頭が熱くなりました。

自分でも不思議だったのですが、二時間後、セレモニーの席上でMさん家のお母さんの口から直接、聞かされる、このゴールデンレトリバーとMさん家族の心温まるお話を知っていたかのように目の前で横たわるゴールデンちゃんの姿に涙が出そうになったのです・・・

 

ブログのスペースが無くなりましたので、Mさん家族とこのゴールデンレトリバーちゃんとの出会いから一緒に暮らすことになった経緯と、そのお話は次回に紹介させていただきます。



 

お知らせとお願い

遺骨のメモリアルグッズの作製ご希望の皆様へ

メモリアルグッズの作製は、必ず事前にご予約ください。

職人さんとの時間調整も必要なこともありますが、遺骨のメモリアルグッズの作製は原則、お一人様及び一組様※(家族や友人等)貸切で製作することを信念に執り行っております。

それは、前々回のブログの中でもお伝えしたように、遺骨という貴重な形見を、自らの手で心を込めてメモリアルグッズに作製するという時間は、その人にとって特別な時間であると考えているからであり、当社としても、そのことを尊重すると同時に、そのお時間を大切にしていきたいと考えているからであります。

そのため、作製は完全予約制にさせていただいております。

※作製にかかるお時間は、タイプやカラーやサイズを決める時間を除けば1時間以内で完成します。

 

また遠方にお住まいの方や、多忙で来館できない方はのために、郵送でのご依頼も受付けておりますが、先にも述べたように遺骨という貴重な物を取り扱うため、綿密な打ち合わせが必要になってきます。

もちろん、そのような場合は職人さんが責任をもって代理作製させてもらいますが、上記の理由を踏まえ、お送りされる前に必ずご連絡くださいませ。

いずれにせよ、メモリアルグッズの作製を希望される方は、まず、お電話にて詳細のご確認をしてくださいますよう宜しくお願いいたします。

プレシャスコーポレーション

(06)6997-6888

http://www.precious-corporation.com/service/goods.html


見落としがちな罠

以前、当ブログでも猫の平均寿命の話をしたことがあります。

ペット病院の増加やワクチン接種や定期健診をしてあげるなど、飼い主である人間の意識向上も猫達の寿命を伸ばしている大切な要因の一つであることは間違いありません。

また室内オンリーで生活する猫が増えたため、交通事故や感染病のリスクが減ったことにより若くして命を落とす猫が減ったこともその理由の一つであります。

つまり、猫のそのものの寿命が昔に比べて極端に長くなったのではなく、上記の理由等で早死する割合が減った結果、統計上の平均寿命が伸びただけにすぎません。

確かに室内のみで生活していると交通事故や感染病は防げますし、猫同士の喧嘩による負傷や犬や野鳥などに襲撃される心配もないので、命に関わるリスクはノラ猫や外出自由の猫に比べて少なくて済みます。

その結果、いずれにせよ、長く生きられるのだから、猫は人間と共に室内のみで生活するのが一番良いのだと、今日では認識されていますし、ほとんどのショップ店員さんたちも、そのように言われます。

しかし、室内のみで生活する猫にもデメリットはあるのです。

一般的に室内猫のデメリットで問題視されているのが、運動不足とストレスです。

この二つも飼い主さんにとっての課題でもありますが、私はペット葬儀屋という視点から、それよりも重大で見落としがちなデメリットがあることを肌で感じています。

それは、日光浴不足と室内で快適な温度で生活することだけに慣れた猫の体温調節機能の低下や誤作動を伴う不具合であります。

日光浴で得れる、ビタミンやカルシウムの摂取はサプリメントや食べ物で補えるから問題はないと言う人もいますが、それは事実であると私も認識しています。

ただ、私が言いたいのは、栄養学のことではなく、体温調整機能のことであり、それは人間で例えるなら、抗菌に慣れた子供が抵抗力が弱くなるのと同じ原理で、快適な室内育ちの猫が急激な温度変化に対応できなくなってきているのではないか?と感じているからなのです。

体温調整機能がうまく機能しないと、体調を崩しやすくなり、持病が悪化するなどして、最悪の場合、命を落とすことにもつながります。

もちろん私は医師ではないので、そのことが死因につながると断言できる立場にはありませんが、この季節、寒波などで、急に冷え込み、前日との温度差がかなりある日は猫ちゃんの訃報が数多く寄せられるのも事実であります。

その中には元々、病気や高齢で体力が落ちていた猫ちゃんもいますが、昨日まで元気だった猫ちゃん達の突然死も多く含まれる現実があるのです。

そんなとき、飼い主さんも掛かりつけのお医者さんも死因については首を捻られるものであり、見当がつかないと申されます。

何度も言いますが、私は医師ではないので、体温調節機能の不具合からくる抵抗力の低下と突然死の関係性を実証することはできません。

ただ、ペット葬儀屋として、亡くなった猫ちゃんの飼い主さんから直接、亡くなった状況の話を聞かせてもらうこともあり、猫ちゃんが生活していた環境を見させてもらうこともある立場の人間として、その関連性を強く感じているだけなのです・・・

冬場の急激な冷えこみは夏場の熱中症と同じで元気なペットの体力を一気に奪ってしまいます。

同じ室内暮らしであっても犬ちゃんと違って猫ちゃんは散歩の習慣がなく、季節を肌で感じるということはありません。

 

今週末はまた列島に寒波がやってくるそうです。

くれぐれも自身の体調と同じようにペット達の体調管理には気をつけてあげてください。



 

愛と追悼の時間

沈んだ声の女性から「今からそちらに行きたいのですが」と、お電話でメモリアルグッズの作製の予約があったのは昨年の秋口でありました。

その日は、たまたま別のメモリアルグッズ作成者が来館されていて、製作スタッフも会館にいたので、2時間後に来館してもらうことになったのですが、ご予約くださったのはAさんという20代の女性でありました。

Aさんは同じく20代の旦那さんとお二人で来館され、Aさんの胸には小さなお骨壷が抱かれており、旦那さんの手には小さなティッシュに包まれた微量の遺骨が握られておりました。

 

ご夫婦は私の目から見ても、かなり悲痛な面持ちであり、声をかけるのも躊躇うほど沈んだ心境であることが伺えました。

私は製作スタッフと一緒に、メモリアルグッズの製作過程の説明をし、タイプとサイズとカラーをご夫婦にお決めいただきました。

そして、製作する段階になったとき、Aさんが小さな声で「この遺骨は私達の子供の遺骨なんです。先ほど、飯盛さんで火葬してきたんです・・・」と私に告げたのでありました。

Aさんが口にした「飯盛さん」とは飯盛霊園さんのことで、飯盛霊園とは大阪府守口市、門真市、大東市及び四條畷市が組織運営する特別地方公共団体のことで、地元では知らない人がいないほど有名な霊園であり、その全容は霊園と一言で表現できるものではなく、お墓はもちろんのこと、広大な敷地の中はセレモニー施設や斎場も完備されており、公園や日本庭園やアスレチック広場まである市民の憩いの場としての顔も持っています。

まだお若いAさん夫婦のお子様ということは、かなり幼いお子様であることが想像できましたが、詳しいお話をお聞きできるような状態ではないと私は判断したので「そうでありましたか・・・」とだけAさんに優しい口調でお答えしました。

その後、Aさんご夫婦はお揃いのブレスを1つずつ作製し、完成後、すぐに手首につけられて、お互いのブレスを見せ合っていました。

そしてAさんが遺骨が融合されたメインストーンを優しく人差し指で撫でながら「これからもずっと一緒にいれるね・・・」と寂しそうに笑いながら、ぽつりとそう言って帰っていかれました。

実は遺骨のメモリアルグッズは、飼い主さんがペットを偲んで自分自身が作製することを目的に始めたものであるのですが、稀にAさん夫婦同様、人間の遺骨を持参されて来館される方もいらっしゃるのです。

遺骨の主がペットか人間かが違うということ以外、亡き者を偲びながら自分の手で作製するということは同じであると私は判断しており、法的にも問題がないと確認できたので、ご要望があれば、人間の遺骨であってもお請けするようにしています。

そして、Aさん夫婦が作製された翌週のことでありました。同じく飯盛霊園でお母様をお見送りされた50代の男性のBさんが、同じように遺骨のメモリアルグッズの作製の予約の電話があったのです。

Aさん同様、飯盛霊園の斎場からお電話を下さったようでありました。

ただ、その日は予約が詰まっていたこともあって、翌日に来館されて作製することになったのですが、私はそのBさんに「当社のメモリアルグッズのことは、どのような経緯でお知りになられたのですか?」と訊ねました。

Bさんは「母の遺骨を身につけれる物がほしくて、何か良いのがないのか探していたんですよ。そしたら親戚にプレシャスさんのメモリアルグッズのこと知ってる人間がいて、ここから(飯盛霊園)車で10分くらいの所にあるって教えてもらったんです。ただペット専門の会社やから一度、確認したほうがいいと言われて電話したんですよ」と経緯を説明してくれました。

確かに飯盛霊園さんからプレシャス会館までは車で10分ほどの距離であるのですが、当社はペット葬儀社、飯盛霊園さんは人間の霊園であるので、葬儀という大きな枠で考えたときに全く関連は無いとは言えないものの、違う分野であるので、今まで何の取引もありませんでした。

BさんもAさん夫婦同様、メモリアルブレスレットの完成後、すぐに手首につけられて「おかん。これからはちゃんと頑張るから見守っといてな」と出来たばかりのブレスに話しかけられておられました。

Bさんは、とても満足気に私に「どうもありがとうございます」と頭を下げて言ってくださり、会館を後にされました。

私はペット葬儀屋という立場から、メモリアルグッズの作製についても、当然のようにペットオンリーで考えていたのですが、このようなことが続いたこともあり、一度、飯盛霊園さんに足を運ぶことにしたのです。

私は霊園の正門をくぐり、車で10分ほどかけて園内の山道を登り、山頂の斎場の遺族待合室を見学させてもらいました。

待合室はホテルのロビーを思わせるほど広く落ち着いた雰囲気で、山側の壁は全てガラス張りの窓になっており、その大きな窓から見下ろす山肌の景色は壮大なものでありました。

Aさん夫婦もBさんも、この待合室から当社にお電話を下さったと言っておられたのですが、そう思って、景色を眺めていると、なぜか少しセンチな気持ちなってしまい、その日、私は見学をしただけで、飯盛霊園を後にしたのでした・・・

翌日、飯盛霊園の総務の方に私は電話でアポをとりました。

私は電話で簡単に用件をお伝えし、Aさん夫婦やBさんのことをふまえた上で、電話するに至るまでの経緯を簡単に担当者にお話させてもらったのです。

「とりあえず、一度、お会いしてお話を聞きたいので、ご都合が良いときにこちらに来てくださいませんか?」と担当者から言われ、後日、私は支配人と飯盛霊園さんを訪問したのでした。

訪問したものの、私は少し不安な気持ちでありました。

それは飯盛霊園さんが原則、人間専門の霊園施設であり、ペット関連の施設は存在しないという事実を知っていたからであります。

今回の訪問はペットと関係は無いにせよ、ペット葬儀屋の人間が運営しているメモリアルグッズの案内をすること自体がタブーにあたるのかも知れないと内心は穏やかではありませんでした。

そんな私とは裏腹に隣で「うっひょ~広い霊園ですね~」と観光気分で飯盛霊園さんの巨大さに感心している支配人を横目に私は霊園管理事務所の扉を開けたのでした。

ところが、そんな心配は担当者のNさんの笑顔と「とても良いメモリアルグッズですね」と言ってくれた一言で吹き飛びました。

当社のオリジナルである遺骨メモリアルグッズが新たな扉を開いてくれたのであります。

その日、私達はNさんの案内のもと、私が前回、単身で訪れた斎場の待合室に通され、メモリアルグッズのパンフレットを設置する場所を決めさせてもらいました。

 

そして今年の正月から飯盛霊園さんの斎場の待合室の出入口の正面に当社のメモリアルグッズを紹介するパンフレットが設置される運びになりました。

これを機に人間の遺骨のメモリアルグッズ専門ホームページも大急ぎで製作中であります。

愛する者を偲んで自ら製作するメモリアルグッズはそれがペットであっても人間であっても何ら変わりないものであり「これからも一緒にいたい」「そして見守っていてほしい」と共通する想いは同じであるということを今回の件で私自身もあらためて認識させられました。

 

先立った者を想い偲びながら自らの手でメモリアルグッズを作る時間は

愛と追悼の時間でもあり、その人にとってはどんなに高価な宝石よりも

特別な形見となるでしょう

 

そして、その想いを受け取った者たちはいつもそこから
その人を見守っているのかもしれませんね
 

※メモリアルグッズ案内ページ

http://www.precious-corporation.com/service/goods.html

ペット葬儀を通じて

ペットの葬儀を通じて知りあったご依頼者さんである飼い主さん達と、セレモニーを終えるときには、同じ価値観を共有できる『同志』のような関係になることがあると、このブログでも書かせてもらったことがありますが、時に我々の理念や想いに多大なる共感を持っていただき「私もこの仕事をしてみたい」と真剣に口にする子供たちがいます。

そんなとき、私は素直に嬉しく感じるのです。

それは、自分達の仕事を評価してくださったということもありますが、そう言われる言葉の中にその子供たちの感謝の気持ちが伝わるからであります。

病気や怪我を患い、看護士さんに手厚い看護をうけた女の子が、その看護士さんの優しさに触れて「自分も看護士になりたい」と憧れから夢をもつことや、TVの映像で命がけで人命救助をしている消防士やレスキュー隊員の姿を見て、将来の目標とする少年と同じで、その真意には「誰かの役に立つ人間になりたい」という強い意志が存在するのです。

我々と同じペット葬儀の仕事をしたいと口にする子供たちは、ペットを喪ったことで、悲しみと失意の底に居た自分を葬儀を通じて「勇気付けてくれた」と我々に感謝すると同時に、同じように自分も、そのような人になりたいと感じてくれているのかもしれません。

ペット葬儀という仕事はペットと飼い主さんの別れに立ち会う悲しい仕事でもありますが、そんな飼い主さんとの心の交流の中で温かさを感じれる仕事でもあります。

 

「ペットの葬儀屋さんになりたい。どうすればなれますか?」

そう質問した子供たちに私は必ずこのように答えます。

「ペットが好きってことも大切だけど、もっと大事なのは、ペットを失って悲しんでる人の気持ちを理解できる人間になることです。だから、ペットを失って悲しかった自分の気持ちをずっと忘れなでいてね」と。

うなずく子供たちの目は真剣で、いつしか我々の仲間になっている日も、そう遠くはないかもしれない。

 

私は強くそう感じるのです。



 

続 忘れられない飼い主さん

私はS子さんから事前に聞いた、ご自宅の右側面にある車専用のゲートからお屋敷に入りました。

駐車場ではS子さんが待機していてくれ、私はS子さんの誘導のもと、一番左側の玄関に近い場所に火葬車を駐車し、S子さんに案内されるように玄関に通された私を二人の男性が出迎えてくださったのですが、この二人の男性はS子さんのお兄さんと弟さんでありました。

弟さんが私に「ちょっとうるさい母ですけど、よろしく頼みますね」と笑顔で言ってくれたので、私は少し緊張感がほぐれたこともありますが「任せてください」と大見得をきってしまいました。

社交的な印象の弟さんにくらべ控え目な印象のお兄さんは「多少、横暴な言動があると思いますが母は根は悪い人じゃあないんで、我慢してあげてください」と静かな声で頭をさげながら仰ってくださったもで、私はお兄さんに頭を下げ「わかりました」と小さく返事しました。

ご兄弟と挨拶を交わした私はS子さんに連れられるようにしながらリビングのドアの前まで行き、S子さんはドアをノックしながら「お母さん。葬儀の人見えられましたよ」と言いながらドアを開けました。

S子さんに招かれるようにリビングに入った私の目に高価なガラステーブルの上にたくさんの花と一緒に毛布で包まれたサンちゃんの姿があり、サンちゃんの前には線香とロウソクがあげられていたのですが、その備え品は当社のものより、ずっと高価な物でありました。

そして、サンちゃんの向こう側の椅子に腰掛けながら、体の正面の杖に両手を乗せた状態のTさんと対面したのであります。

私はその場から「プレシャスコーポレーションの野村です」と一礼をしながら押さえ気味にもしっかりとした口調で自己紹介をしました。

Tさんは、まっすぐ私の顔を大きな目で見るようにしながら、一呼吸おいて「そうですか」とだけ仰りました。

Tさんは度の強い大きな眼鏡をされておられたせいか、私には顔半分が目のように見えました。

そして、座ったままお杖を持たれてることから、足がお悪い様子が伺えましたが、顔色も良く、色白で艶の良い肌をされており、髪は白髪ながらもボリュームのあるカールがあって、とても上品な印象を与える方でありました。

そして何よTさんの醸し出す雰囲気はご高齢の女性とは思えないほど、存在感に満ちたものであり、正直、私はその雰囲気にのまれそうになったのです。

私はS子さんに「どうぞ」と招かれるようにしながらサンちゃんの祭壇の前まで歩みよりました。

その間もTさんは私から視線を外されることはなく、サンちゃんの前まで来た私に「で、どないしはるのや?」とお訊ねになられたのでした。

私は一呼吸おいてからTさんに「まず、お亡くなりになられたサンちゃんに手をあわさせてもらいたいのですが」と言いました。

Tさんが「ええよ。あわしたって」と仰ったので、私は膝を折りたたみサンちゃんに合掌をあげさせてもらったのです。

時間にして30秒ほどサンちゃんに手をあわしたのですが、目をつぶっていても、Tさんが私のことを見ているのが伝わってきました。

私はサンちゃんに心の中でお悔やみを告げた後、合掌をほどき目をあけてあらためてTさんの顔を見たのですが、Tさんは瞬きもせず私の顔を静かに見つめておられました。

そして「そんで、どないしはるんや?」とTさんが私に言ったとき、後方にいらしたS子さんが「お母さん。来てくれはってすぐに次から次へと質問されたら困りはるやん」と私を気遣って言ってくれたのですが、Tさんは「何も質問してへん。次はどうないするか聞いてるだけや」と言い、それを聞いたS子さんは「だから、それを質問っていうんじゃないですか」と負けずに言い返さたので、私は二人の会話に割って入るように「すいません。もしお許しいただけるならサンちゃんの体に触れても構いませんか?」と切り出しました。

過去にもブログで書いたように、私が亡くなったペットちゃんに触れさせてもらうことは、必ずさせてもらっていることであり、今回は一瞬、どうするか迷ったのですが、最終的には普段通りしようと決めていたので、そのようにTさんに訊ねたのです。

Tさんは、驚いたように私の顔を見ながら「触れるってどういうこと?」とお聞きになられたので「はい。私の手でサンちゃんの体を撫でたいのですが、いけないでしょうか?」と再度、確認をしました。

Tさんは困惑気味に「何か意味ありますのか?」と聞かれたので「いえ。意味があるということではないんですが、私はいつもそのようにさせてもらっているので」とTさんの目を見てこたえました。

「まあええよ。撫でたって。この子は撫でてもらうの好きやったから喜びやるわ」と言ってお許しくださったので、私はサンちゃんの右前足の肉球を左手で握りながら頭部と顔を左手で撫でさせてもらいました。

その様子を見ていたTさんが私にむかって「あんた犬が好きか?」と訊ねられたので、心の中で(犬ってNGワードのはずやのに普通に言ってはる)と思いながら「はい」返事しました。

「犬が好きやからこんな仕事してはんのか?」と、さらにお訊ねになられたので私は「もちろんそれもありますが、それ以上に動物を大切にされる人が好きだから、そんな人達のお役に立ちたくて、この仕事をしています」とサンちゃんの体を撫でながらこたえました。

Tさんは「いつも、そうしてるの?」とサンちゃんを撫でてる私の手をアゴで示しながら言ったので「はい。ご家族の方に許可してもらったら触れさせてもらいます」とこたえました。

そして「でも」と私は前置きしながら「好きだから撫でているというよりも、私をこの場に呼んでくれたことを感謝する意味で撫でているんです」と説明をしました。

「呼んでくれた感謝?どういうこと?」とTさんは顔を曇らせて聞かれたので私は「もちろん、私にお電話くださったのはご家族の方ですが、そうなるように導いてくれたのはサンちゃんだと思ってるんです」と答えた私にTさんは「そう思うのは勝手やけど、残念ながらハズレやで。何でか言うたらな、実は葬儀屋頼んだのはアンタのとこで2件目やからや。最初は違うとこ頼んだんやで」と口元を少し緩めて仰いました。

私は「だからですよ。一件目の業者がダメだったからサンちゃんは私を呼ぶように家族の方に見えない意識で伝えたんじゃんじゃないですかね?」と表情を和らげて言いました。

私がそう言った後、時間にして10秒ほどTさんは何か言いたげに私の顔を目を見開いて見ておられたのですが、両肩の力を抜くように溜息をもらし「けったい(変わった)なこと言う人やな、あんた」と呟くように言った後、リラックスするように椅子の背凭れに、もたれ掛かられたのです。

内心、失言だったのかなと思ったのですが、Tさんは私の発言を咎めることはなく、その後、30分ほど生前のサンちゃんのお話を聞かせてくださったのでした。

サンちゃんは本当に大人しく優しい犬ちゃんだったようで、いつもTさんの傍から離れない寂しがりやの一面もあったそうです。

そして、私とおTさんのヤリトリと後ろで、やきもきしながら見ておられたS子さんにTさんは「葬儀屋さんにお茶か何かいれたり」と声をかけたのでした。

私はS子さんを振り返り「ああ。気を使ってもらわなくていいです」と言ったのですが「かまへん」とTさんが間髪入れず言ったので、S子さんは笑顔で「野村さん。日本茶も紅茶もありますけど、コーヒーがいいですか?」と聞いてくださったので私は恐縮しながら「では日本茶を」と答え「それと・・・誠に申し訳ないのですが・・・お手洗いをお借りできますか?」と頭に手をやり言いました。

私はTさん宅に来る前にコンビニでお手洗いを済ませていたのですが、自分が思っているよりTさんとの対面に緊張したようでありました。

S子さんは笑みを浮べながら「どうぞ。こちらです」と案内してくださり、私はS子さんに連れられるようにしてリビングを出ました。

リビングを出た私は小声でS子さんに「どんな感じですかね?」と自身の対応のことを伺いました。

S子さんは「いいです。いいです。さすがです」と笑顔で仰ってくださったので私は「第一関門は突破ですかね?」と私も笑顔で確認をしたところ「突破!突破!お茶を出すというのが母が気にいった証拠ですから」と茶目っ気たっぷりにS子さんは親指を立てながら嬉しそうに言ってくてたのでした。

それを聞いた私は「ホッと」胸を撫で下ろしトイレに向かいました。

 

お手洗いを済ませ、リビングに戻ったのですが、S子さんはまだ、台所でお茶を煎れておられたようでありました。

リビングで二人きりになった私を見るTさんの目は先ほどまでとは別人のように優しいものに変わり「かまへんから足崩して、こっち座り」とソファーを指さしながら言いました。

少ししてS子さんがお茶を持ってきてくださり、その後、S子さんもソファーに腰掛けようとされたとき、Tさんは「あんたお茶いれたら外でとき。ちょっとこの人(私のこと)と二人で話したいから」と言って杖でドアの方を示しました。

S子さんは苦笑しながら「はい。わかりました。お邪魔様です」と言ってリビングから出ていかれたのです。

その後、私はTさんと色んなお話をしました。

サンちゃんのことやTさんの三人のお子さんのこと。そして私の仕事のこともTさんは関心があるようで、色々とご質問をされていました。

作法に厳しいという顔を一枚めくればお話好きのカワイイお祖母ちゃんというのが私が受けたTさんの真の印象でありました。

Tさんは私の話に時折、声を出してお笑いになることもあり、気付かぬうちに、時間は過ぎていきました。

そして二人でお話をしだして2時間ほど過ぎ、そろそろご出棺の準備をしましょうかとお話をしてたときにS子さんがドアをノックされてからリビングに入ってこられ「お母さん。野村さんも忙しいねんから、あんまり長く引き止めたら迷惑やよ」と少し顔を曇らせながらTさんに言いました。

「わかってる。今、火葬してもらおうと思ってたとこや」と杖をつきながら立ち上がり「どうしたらいいのや?」と私に訊ねました。

私は「もしよろしければ私がサンちゃんを抱いて火葬車まで連れていきますが?」と言ったのですが「かまへん。サンちゃんは私が抱いて連れて行く。S子、悪いけど杖もって」とS子さんに杖を渡しました。

そしてTさんは両手で優しくサンちゃんを抱き上げ「サンちゃん行こうか」と静かに語りかけるようにしながら、良くない右足を引きずるようにしてゆっくり歩き出されました。

私はTさんをエスコートするようにTさんの腰のあたりに手を添えたのですが、Tさんは「ありがとう。大丈夫。サンちゃんくらい軽かったら私一人で抱っこできる」と言って玄関を出て火葬車までお運びになられたのでした。

その後、サンちゃんはTさんと三人のお子様が見守る中、火葬車で天に召されました。

ご火葬の間もTさんは数珠を手にずっとお経を唱えておられ、お骨あげもお一人でされていました。

ご火葬とお骨あげが無事に終わり、全てのセレモニーを終えて、帰る私にTさんは「これ私の気持ち」と言ってお金の入った封筒を手渡してくれました。

ご遠慮しようとも思ったのですが、Tさんのような人の、このようなご好意をお断りすることは、逆に失礼にあたると思った私は「ありがとうございます」と頭を下げて両手で受け取りました。

玄関先まで私を見送ってくださったTさんは「近く寄ることあったらいつでも来てくださいな」と笑顔で言ってくださり、私は「はい。必ず」と返事をしました。

深く頭を下げて玄関のドアを閉めた私を三人のお子さん達が待っていてくださり「いや~ありがとうございました」と労いの言葉をくださいました。

S子さんの弟さんが「失礼ですけど、最初、野村さんを見たとき『こりゃあかん』って思ったんですけど、見事にやって下さいましたね」と笑顔で仰り、それを聞いたS子さんは「失礼やであんた。私はこの人なら絶対にいける(大丈夫)って信じてた」と誇らしげに言ってくれました。

「何はともあれ、無事にサンちゃんのお見送りできたので、良かったと思います」と笑顔で言った私にお兄さんが「本当にありがとうございました。これ僕達からの気持ちです」と言って封筒を差し出したのです。

私は「いえ。先ほどお母さんからももらいましたので、お気持ちだけで充分です」と受取りを拒んだのですが「それはそれ。これは僕らの気持ちですから」とお兄さんは私の胸ポケットに封筒を入れました。

「いや・・・でも・・・」と困惑気味に返事した私にS子さんが「野村さん。ほんまに気にせんとって下さい。時間もかなりオーバーしたし、心から感謝してるので」と笑顔で仰ってくださりました。

「そうですか・・・では有難く受け取らせていただきます」と私は三人のお子さん達に一礼をし、お屋敷を後にしたのでした。

 

帰りの車中で私はTさんと二人で話した時のことを思い出し、本当に可愛い人(目上の人に使うのは失礼な言葉ですが)だなと思いました。

そう思うと同時に人生の先輩として私に教えてくださった貴重なご意見は本当に大切なことばかりでありました。

社交辞令で言ってくれたのだとは思いますが、本当に近くに行くことがあればTさん宅を訪ねようと思っております。



 

忘れられない飼い主さん

ペット葬儀のお仕事していると、いつまでも胸に残るペットちゃんにめぐりあうこともありますが、同じように、忘れられない飼い主さんと出会うこともあります。

私にとって、その最たる人が箕面市のTさんというご高齢の女性でありました・・・

 

16歳で永眠した箕面市のトイプードルのサンちゃんのお葬儀のご依頼のお電話をくださったのはサンちゃんの飼い主さんのTさんの娘さんのS子さんでありました。

S子さんはお電話で「申し訳ないんですけど、こちらにいらっしゃる30分前に自宅のすぐ近くのコンビニの駐車場に来てもらいたいんですが」と言われました。

それを聞いた私は「はい。それは構いませんが、何かあるのですか?」と率直に質問をしたところ、S子さんは「何と言いますか、母は少し口うるさいと言いますか作法に厳しい人でして、事前にそれらのことを打ち合わせさせてもらえればと思いまして・・・」と申し訳なさそうに仰りました。

「なるほど。そういうことでございますか。承知しました」と私は理解し快く承諾しました。

S子さんは、さらに「それと、もう1つ。出来るだけベテランの方と言いますか、責任者に近い方に来てもらえたらありがたいんですけど。もちろん別料金でお支払いしますので」とも申されたので「では、代表の私が担当させてもらいます」と私は答えました。

「それは助かります。ご無理言ってすいません」とS子さんは丁寧な口調でお礼を言ってくださり、電話越しでも頭を下げながら話されているS子さんの様子が私には伝わってきました。

私は最後に「あの。それと私が担当するのは特別なことではないので、別料金は必要ありませんよ」とだけお伝えして電話を切りました。

電話を切る際、S子さんは「ありがとうございます。よろしくおねがいします」と語尾に力を込めて仰っておられたので、私は少し責任感を感じ、少し緊張気味にセレモニーの当日を迎えたのでした。

 

私は言われた通り、セレモニーの予定時刻の30分前にご指定のコンビニの駐車場に行きました。

S子さんは既に到着されており、火葬車の私の方に歩み寄ってこられ「野村さんですか?」と声をかけてくださいました。

「初めましてプレシャスコーポレーションの野村です」と私は簡単に自己紹介をした後、車中でS子さんから事情を伺ったのであります。

S子さんの話ではS子さんのお母さんにあたる、亡くなったサンちゃんの飼い主さんのTさんは、サンちゃんに対する愛情が強いあまり、葬儀業者に厳しい注文をつけられる傾向があるとのことでした。

事実、サンちゃんが亡くなってから三日が経過しており、昨日、別の葬儀会社にご火葬をご依頼をされていたのですが、その会社の対応がお気にそぐわないこともあって、お断りされたようでありました。

話を伺った私は「お話はわかりました。しかし、それほど厳しいお母さんなら弊社のような小さな会社ではなく、名の通った大手霊園でされるほうがいいのではないですか?」と助言したのですが、Sさんは「実は4年前にサンの母犬が亡くなったとき、○○(関西大手霊園)でやったんですけど、やはり、気に入らないことばかりだったみたいで、帰り際に『こんなとこ二度と頼まへん!』って責任者の人を怒鳴りつけてしまって・・・」と伏し目がちに仰ったのでした。

「話を聞いてなんだか自信がなくなってきました。御覧の通り私は会社の代表といっても未熟ですし、正当な葬儀の手法も熟知してもおりません。あくまでも弊社のセレモニーの流れは私やスタッフが独自の発想で飼い主さんの立場になって見送ることを重視したものですし・・・」と正直に私はお伝えしました。

「最低限の言葉遣いをしてくだされば母も礼儀作法にはそれほど拘りはないと思うんです。何と言うか、結局はその人を気に入るか、いないかの問題だと思うんですよ。何の会社であろうが、その業者さんが気に入ったら贔屓するし、気に入らなかったら、全て気に入らなくなるというか・・・本当にあげ足とりみたいにダメ出しを繰り返すんですよ・・・まあ相性ですかね」とS子さんは考え込むような仕草をされて言われました。

「つまり第一印象が大事ということですかね?」と私はS子さんに訊ねたところ「まあ簡単に言えばそうですね・・・」とお答えになられ「でも野村さん誠実そうだから大丈夫ですよ」と笑顔で仰ってくれました。

「いや、お言葉を返すようで申し訳ないんですけど、私、今まで初対面の人に『誠実そう』って言われたのS子さんで二回目くらいですよ」と正直に告げました。

S子さんは声を出してお笑いになられ「そうなんですか?いつもなんと言われるんですか?」と聞いてこられたので私は「だいたい『悩みなさそう』とか『人の話聞いてなさそう』とか軽い印象を与えるほうが多いですかね」と、これまた正直にお答えしました。

S子さんは、何がおかしかったのか、私の返答がツボに入られたようで、助手席でお腹を押さえながら笑っておられました。すこし落ち着かれてから顔を上げられ「大丈夫です。私も私になりに人を見て言ってますんで野村さんならきっと大丈夫です」と笑いながらも真剣な表情で言ってくれたのです。

「そうですか・・・ありがとうございます」と言ったものの、私は内心(もしかして大変なことを引き受けたのかもしれない・・・)と少し不安な気持ちになりました。

その後、S子さんと、細かい打ち合わせをし、概ねのセレモニーの流れを決めました。

そしてS子さんが「それともう一つ!大事なことなんですが、絶対に『犬』って言葉は使わないでください。実は昨日来た業者さんも『犬』って表現してから母の機嫌が悪くなって、キャンセルに至ったたんで」と真顔に戻って言いました。

「何と表現するのが良いのですか?」と私が尋ねたところ「母にとってサンは子供と一緒なんで、そのまま「サンちゃん」か「お子さん」と呼ぶようにしてください」と念を押すような感じでS子さんは言われたので「わかりました」と答えました。

「じゃあ私、家に戻りますので、野村さんは少ししてから来て下さい。それと私と事前に打ち合わせしたことはもちろん内緒にしていてくださいね」と最後に言い残しS子さんは助手席のドアを開けました。

S子さんが車から出られる直前、私はS子さんに声をかけ「S子さん。私なりに誠意をもって担当させてもらいますが、それは、どなたのペットであっても変わりません。ですので、事前にアドバイスいただいたことは守るようにしますが、それ以外のことは私本来の姿勢で取り組ませていただきます。それでお母さんがのお気にめさないようなことがあれば、それは仕方ないことですし、私は私であるので、私以上のことは出来ないこともご理解くださいね」と言いました。

S子さんは笑顔で「もちろんわかってます。でも本当に野村さんなら大丈夫だと思います。昨日、電話でお話したときから『この人なら大丈夫』って思ったからお願いしたんですよ。だから普段通りでいいんで自信もってください」と言って小さく頭を下げて前の道路を横断し、自宅の方に戻って行かれました。

S子さんにそう言われたものの、どうも落ち着かない心境になり、会社を立ち上げて初めのセレモニーを担当したとき以上に緊張していることが自分でもわかりました。

コンビニの駐車場からでもTさんの自宅は一際、目を引くほどの大きなお屋敷であり、その存在感が一層、私の緊張感を増幅させたのかもしれません。

 

「考えても一緒。自分が出来るだけのことをやって、ダメなら仕方ない」と私は気持ちを切りかえ、自分を奮い立たせてTさん宅に向かったのです。

 

 

ブログのスペースが限界に達したので、Tさんとの対面とその後のお話は次回に紹介させていただきます。

別れを実感するとき・・・

枚方市のKさんから愛犬の芝ミックスのロッジちゃんのご火葬のご依頼がありました。

Kさんからの「ホームページに思い出の場所でも火葬できると書いてあるんですけど、それでお願いできますか」とご要望があり、私は翌日の早朝にご指定の場所である淀川の河川敷に向かいました。

この季節は日の出が遅く、待ち合わせた早朝の5時は、まだ暗い時間帯でありました。

目印のマンションの前で待つこと数分。Kさんが手製の棺を手に歩いてこられたので、私は自己紹介をした後、お悔やみを告げました。

Kさんは20代の男性で、礼儀正しいく挨拶をされた後「宜しくお願いします」と頭を下げながらロッジちゃんが納められた棺を私に手渡しました。

私は棺の蓋を開き、火葬車の後方部に祭壇に置き、Kさんと二人でお焼香をあげました。

そして、火葬炉にはKさん自らが納められ、合掌で見送られておりました。

私は「この場所は散歩コースだったのですか?」とKさんに尋ねたところ「はい。でもまあ、散歩というかジョギングですね。いつもロッジの散歩をかねてジョギングに付き合ってもらってたんで」と笑顔で仰いました。

「Kさんは何かスポーツをされてるんですか?」と私の問いかけにKさんは「一応、プロボクサーなんです」と照れ笑いを浮べながら言いました。

言われてみたらKさんは単なるスマートではなくシェイプアップした体に筋肉質でシャープなスタイルをされておられました。

「ジョギングは日課なんで、ロッジと一緒に5年間走りました」と河川敷の方に目をやりながらポツリと言ったKさんは、ふと私に顔を向けて「火葬ってどれくらいかかります?」と思い出したように訊ねられました。

「ロッジちゃんの体格ですと火葬そのものに掛かる時間は40分くらいですかね。その後、炉の温度が下がるのを待ってからお骨上できる時間になるまで約50分ほどです」と答えました。

それを聞いたKさんは「じゃあ丁度いい。いつものコース1時間くらいなんで火葬の間、ロードワーク行ってきていいですか?」と訊ねられたので私は「はい。構いませんよ。私が責任をもってご火葬させていただきますね」とお答えしました。

「ではお願いします」と一礼をされてからKさんは河川敷を駆け上がりロードワークに出られたのでした。

ロードワークはKさんにとって日課であると同時に大切なトレーニングのようで、雨の日も必ずされているらしく、この日も火葬の時間を利用して実施する予定だったそうです。

ロッジちゃんとのお別れは昨日の間に充分とったようで、Kさんは悲しみは、あまり表情には出さず、終始、爽やかな印象で私に接してくださいました。

しかし、ロッジちゃんを火葬炉に納めるときだけは小刻みに肩が震えていたことに私は気付いていました・・・

火葬の場所からは河川敷が遠くまで見渡せるので、私は走るKさんの姿を無意識に追っていたのですが、ロードワークを始めて数分したときに、Kさんはスピードを緩められ、立ち止まりました。

何かあったのかなと、私はKさんのことを注視していたのですが、立ち止まって1分ほどしたとき、Kさんは振り返り、こちらの方に歩いて戻ってこられたのです。

河川敷の階段をうつむき加減でゆっくりした足取りで降りてこられたKさんは火葬車の前にいた私に向かって「・・・今日は・・・無理ッス・・・」と小さな声で言いました。

「どうされました?」と私はKさんに訊ねたのですが、Kさんは無言で火葬車に寄り添うようにその場にしゃがみこみ、三角座りの姿勢をされ、顔を膝にうずめ込まれたのです。

そして、Kさんはその姿勢のまま「昨日、散々泣いて・・・もう湿っぽいのは昨日で終わで、明日から一人で頑張るってロッジに約束したのに・・・やっぱりいつものコース走ってたら、隣で走っていたロッジの姿を思い出してしまって・・・」と胸の内を私に打ち明けたのでした・・・

Kさんの爽やかな印象の裏側には、亡きロッジちゃんに誓った決意があったことを知り、私は少し熱いものが込み上げてきました。

私はKさんの隣に座り「どうぞ」とハンカチを差し出したのですが、Kさんは顔をうずめたまま、首を横に振って「大丈夫っす」と受け取りませんでした。

私の隣で体を丸めるKさんは先ほどまでの精悍な青年の印象とは違い純粋で繊細な少年のようでありました・・・

今はきっと一人で泣きたい心境なんだろうと感じた私は自分の着てたベンチコートをKさんにかけ、火葬車の後方に移動しました。

20分ほど経過した頃、Kさんは火葬車の後方に居た私のところに歩み寄ってこられ「コートありがとうございます。野村さんも寒いでしょ?」とコートを脱ぎながら私に返そうとされたので「私はスーツの下にヒートテック着てるから平気です。Kさんジャージの下、肌着だけでしょ?いいですよコート使ってください」と笑顔で答えました。

「走るつもりだったんで、中は薄着なんですよ助かります」と言ってコートを羽織り直したKさんの顔には笑顔が戻っていました。

そしてKさんは「昨日、涙はもう残ってないくらい泣いて、気持ちも切り替わったつもりでいたんですけどダメですね・・・いつものコース走ってたら、草むらや木とか何見てもロッジの思い出が甦ってきて・・・」とポツリと言いました。

「昨日の今日なんで仕方ないですよ。ペット亡くされた皆さんも同じようなこと仰られます。喪った当初は、何を見てもペットに結びつけて思い出してしまうって」と答えた私にKさんは「やっぱそうですよね・・・」と寂しそな表情を浮かべました。

「でも、悲しいのなんて当然なんだし、そこまで無理して切り替える必要はないですよ。時間の経過の中で、少しずつ想い出に変えていくことがロッジちゃんの供養になると私は思います」と私はKさんに言いました。

 

ご火葬とお骨上げは無事に終わりロッジちゃんのお骨は骨壷に納められKさんの胸に抱かれました。

Kさんはロッジちゃんの遺骨を抱いたまま「本当にありがとうございました。ロードワークをサボったんで、今からいつものコースを散歩してきます」と笑顔で言い残し、再び河川敷の階段を登っていかれました。

この日は天気予報通り快晴で、朝陽に照らされたKさんは両手に大切そうにロッジちゃんの遺骨を抱き、ゆっくりした足取りで河川敷を歩いていかれました。

初めてペットを失うとき・・・

ペットを喪うことが、その人にとって初めての経験であるとき、目の前の現実に失意と混乱が引き起こり、何をすればいいのかさえわからなくなってしまうことがあります。

ご家族と一緒のに暮らしている人であるなら、家族で勇気付けあいながら、相談し、葬儀や火葬の方法などを決めて対応されるのでありますが、お一人暮らしの人の場合、自分一人で対応しなければならないので、ショックのあまり、ただひたすら悲しみに暮れてまうことに時間を費やしてしまうことがあります。

お一人暮らしの人がペットを喪ったとき、そのことを離れて暮らす家族や信頼できる友人や恋人。またはペットが生前にお世話になったショップや病院やトリマーさんなんかに相談されることが多く、それらの人の励ましで、何らかの対応をとられるのであります。

誰でもペットを飼うと決めたとき、ペットと死別することを想定して飼われる方などいません。

命に限りがあることは、頭の片隅にあるとして、これから始るペットとの暮らしに胸高鳴るものであり、ペットとの別れなど、遠い先のことと、想像することすらしないものです。

 

お一人暮らしの人が、ある意味、同居人以上のような存在であるペットを亡くすことは、家族を亡くすことと同じであり、それ故、先に述べた経過を辿り、我々のようなセレモニー会社にご依頼の電話をされるとき「ペットが亡くなりまして」と、この短い事実を伝えるだけでも言葉にならないことは少なくありません。

ですので、わたしがご依頼の電話を受け取ったときは、まず最初に「大丈夫ですか?」となるべく静かな口調でお返事するようにしています。

その上で、ご依頼者である飼い主さんのお気持ちが落ち着かれるまで何十分でも待つようにしており、具体的なセレモニーの内容の打ち合わせは落ち着かれてからするように心掛けています。

もちろん、冷静な判断ができないくらい、飼い主さんが失意の最中におられる場合、セレモニーの説明をしたところで、何も頭に入らないものであり、そのような場合は、季節的に自宅で安置できる期間の目安をお伝えをし、ペットとのお別れの時間をとってもらうことをお奨めいたしてます。

そして、飼い主さんが少し落ち着かれたときに再度、お電話があるものであり、その時には、ほとんどの飼い主さんが「私は何を準備すればいいのですか?」といった類の質問をされます。

そんなとき、私は「基本的にお葬儀で必要最低限の物は全てこちらで用意します。ですので、飼い主さんは何も用意しなくて構いません」とお答えし、亡くなったペットが綺麗な状態でセレモニーを迎えれるように安置の方法だけをお伝えします。

それでも飼い主さんは「初めてのことなどで、何をすればいいのかさえわからないのです」と仰られるものであり、私はそんな飼い主さんに「皆さん初めてのときは、そうなるものですよ。ですので、どのようなお見送りをしてあげるのかは私(私が担当でない場合はスタッフの名前を告げます)がそちらに着いてから一緒に考えましょう」と答えるようにしております。

この「一緒に」という言葉は亡くなったペットと面識のない我々が使うこと自体、考えようによっては飼い主さんに失礼にあたることだと承知しておるのですが、この言葉の持つ強みと温かみに飼い主さんは時に勇気付けられることもあり、私は飼い主さんの心が不安体だと感じた場合、必ずそのようにお伝えするようにして参りました。

そして、最後に「我々が到着するまでは、いつものようにペットちゃんに話しかけ、触れてあげて、生前と同じようにして過ごしてあげてください」と言って電話を切るようにしています。

その言葉の心意には例え、ペットが呼吸をやめ、心臓が止まっていても、ペットの魂と意識は飼い主さんの元にあるものと私は信じており、それこそが飼い主さんがペットと過ごす最後の時間(とき)だと考えているからであります。

その最後の時間を悔いの無いものにしていただきたいので、セレモニーの準備等で手をとってほしくはありません。

だから弊社プレシャスコーポレーションのセレモニー料金が追加料金なしの全てセット料金で明記してるのであり、失意の中の飼い主さんに「~の場合は○○円アップになります」などと細かい説明されても、冷静に判断できないのは当然なことであります。

 

私達ペットセレモニー会社の人間なんて、初めてペットを喪った飼い主さんの悲しみの前では無力な存在でしかありません・・・

それの悲しみや失意を癒すことなど出来ないかもしれませんが不安な気持ちを少しでも和らげることは出来ると私は思っています。



 

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