2012-11

ペットに贈る最後の言葉

以前、京都のお寺の住職さんの愛猫のお葬儀を私が担当したことがありました。

住職さんは自ら愛猫のためにお経を唱えられ、その後、お寺の境内でご火葬をさせてもらったことがあります。

そのご火葬の席で住職さんが私にお話してくださったのですが、私が一番印象に残ってる言葉は「人間と共に暮らすペットは生まれてくる前からそのことを望み、飼い主を選んで生まれてきているのですよ」というものでありました。

「ペットが飼い主さんを選んでいる」

聞いたときは半信半疑ではありましたが、ペット葬儀の仕事をしていると、本当にそのことを強く感じさせるペットちゃんと飼い主さんに出会うことがあります。

生まれながら病弱なペットちゃんと面倒見のいい飼い主さんの組合わせや、どちらも控えめで、似たもの同士の組合わせ等、このペットちゃんにこの飼い主さんで良かったと思える組合わせがほとんどであります。

 

そう。偶然ではなく必然。

私は自分が担当したセレモニーでは、僧侶さんのその言葉をお借りして、遺族の方々にお話しをさせてもらうこともあり、皆さんは黙って頷きながら「そうかもしれない」と涙されます。

そして、そう感じている飼い主さんは葬儀のとき「さようなら」ではなく自分のところに来てくれて、いっぱい思い出を作ってくれて「ありがとう」という言葉をお別れのお言葉に選ばれます。

 

 

愛するペットが亡くなり、火葬炉に飼い主さん自らが納められるとき「ありがとう」の言葉を添えてペットを見送られる人の隣で私は「この人に出会えて良かったね」と心の中でペットちゃんに話しかけています。

心からそう思えるのです。

不思議なお供え物「モカちゃんの食パン」の画像公開

過去にこのブログで何度も紹介させてもらっている※過去ブログ{納骨堂の不思議なお供え物}{不思議なお供え物のその後の話}{そして「食パンのモカちゃん」の飼い主さんとの対面}参照

劣化しない不思議なお供え物、「モカちゃんの食パン」の写真を公開させてもらいます。

飼い主さんの息子さんがお供えしてくださってから、もうすぐ二ヶ月になりますが、写真の通り新鮮なままです。

なぜ劣化しないのかは依然、謎のままですが、モカちゃんの飼い主さんと相談した結果、食パンが状態を保ってるうちは、このままお供えをし続けることになりました。

画像を見てもらえればわかると思うのですが、ラップもジップロックもしておらず、飼い主さん家族の息子さんがお供えしてくださったままの状態です。

この現象が科学的にも説明がつく納骨堂の室温や湿度等の条件が重なって起きたことなのか、はたまた、常識では計り知れない超常現象的なものなのかは、もはやどうでも良いと私は思っています。

それよりもモカちゃんの飼い主さん家族のお母さんが「亡くなってからも私達を楽しませてくれるなんて」と笑顔で表現されたように飼い主さん家族が食パンのことを知って幸なお気持ちになられたことに私は喜びを感じています。

笑顔でさよなら・・・その影に・・・

私がとある犬ちゃんの飼い主様の依頼を請け訪問火葬をしているときでした。

後ろから肩をトントンと叩かれたので振り返ってみると70代と思わしきご高齢の女性が微笑を浮かべて立っておられました。

そして「お兄ちゃん。これなに?」と火葬車を見ながら質問をされました。

この年代の人から見たら私はお兄ちゃんなんだと思いながら「お騒がせしております。こらの家のワンちゃんが亡くなったので、今、ご火葬をさせてもらっているのです」答えました。

ご高齢の女性は目を細めて「ふ~~ん・・・火葬を・・・」とひとり言のように仰いました。

私は即座に「あの。でも火葬といっても炎も煙も匂いも出ない特殊な火葬炉ですので、人体に何ら影響は出ませんのでご心配なく」と付け加えるように言いました。

「なんもそんなこと言うてへんよ。今はすごい機械があるもんやな思うて感心しただけ」と笑顔で仰りました。

このご高齢の女性はSさんというご近所に一人で暮らしている方でありました。

Sさんは「私のとこにも犬がおるのよ。それも19歳の」と誇らしげに仰られたので私は「19歳!それはすごくご長寿ですね」と驚きを隠さず言いました。

実際、18歳代の犬ちゃんはたくさんいますが、19年以上生きる犬ちゃんはごく僅かであり、当社でも過去に数えるほどしかお葬儀を請け負ったことがありません。

驚いた私の顔を見てSさんは「すごいでしょ。しかも元気なんよ。きっと二十歳まで生きてくれるわ」と孫の自慢をするように笑顔で仰いました。

「素晴らしいことですね。きっと食べ物も環境もいいんでしょうね」と言った私に「そうなのよ。私の手作りの料理が何より大好物なのよ」と嬉しそうに笑顔で話すSさんの顔は子供のようでありました。

「あんまり邪魔したらあかんな。ねえお兄ちゃん。私の家すぐそこやから帰りに寄ってくれへん?パンフレットみたいのあったら届けてよ」と言い残しSさんは自宅に戻られました。

 

この日のご火葬を無事に終え、私は帰りにSさん宅を尋ね、パンフレットを渡しました。

パンフレットの料金表を見たSさんは「安~~~ぅう~。こんなでエエの?家まで来てくれてこの値段なん?」と目を見開いて尋ねられたので「はい。祭壇やお焼香やお骨壷の備品から納骨と永代供養まで全て含めてその金額です」と答えました。

Sさんは「あんたとこ、こんなんでやっていけるの?☆☆(関西大手霊園)なんか、なんだかんだで倍は取りはるよ」と先ほどとは一転して、母親のような顔で心配するように言いました。

「私からしたら☆☆さんが高いんですよ。でもまあ、☆☆さんは歴史と伝統もありますし、何より設備も豪華ですから、そういうのを重視される方もいらっしゃるので、それはそれでいいと思います」と私は答えました。

Sさんは「そうなん・・・まあ、うちの子(犬ちゃん)も元気やいうても年やから、なんかあったらお兄ちゃんのとこ電話するわ」と仰ってくださり、私はSさん宅を後にしました。

 

それから三ヶ月ほどたった頃、会社にSさんから「野村さん?私のことわかる?Sやけど」と電話がありました。

Sさんは話し方に特徴があったので私はすぐにわかり「ご無沙汰しております。19歳の犬ちゃんの飼い主さんのSさんでしょ?」と返事しました。

Sさんは「そうそう。で、その19歳のうちの犬やねんけど・・・いよいよお迎えが近そうやから電話したのよ」と沈んだ声で仰りました。

「そうなんですか・・・あの今、どういうご状態なんですか?」と聞きずらいことではありましたが犬ちゃんの容態を尋ねました。

Sさんは「ちょっと前から寝たきりやったんやけど、1週間くらい前から食欲もなくなって・・・病院の先生も『年齢が年齢だから手の施しようがないので家で安静にさせてあげてください』って言われちゃって・・それで、とりあえず野村さんに電話しとこって思って・・・」と辛い現状をお話してくださいました。

その後、私はSさんと1時間近く電話でお話をし、「何かあったらすぐに知らせてください」と言って電話を切りました。

そして、その2日後、Sさんから犬ちゃんの訃報のしらせのお電話があり、Sさんのご希望で翌日にご火葬を執り行うことになりました。

電話の最後にSさんは「忙しいかもしれへんけど、知ってる人のほうが安心やし出来たら野村さんにお願いしたんやわ・・・どない?」と仰られたので「もちろん私が担当させてもらいます」と返事しました。

「ほんま。ありがとう~じゃあ明日待ってるね」そう言ってSさんは電話を切られました。

19年間、共に暮らしたペットとのお別れは、Sさんにとって我々が想像もつかないような深い悲しみであるだろう思い、私は前日から「どんな顔をして挨拶をしようか」と思いを巡らせながら重い気持ちで過ごしました。

ところが、当日、神妙な面持ちでご訪問した私とは逆にSさんは「野村さん久しぶり。わざわざごめんね。どうぞ入ってや」と笑顔で私を迎えてくださいました。

Sさんに案内されるように安置場所である二階の応接間に通された私は、そのとき初めてSさんの愛犬と対面をしました。

Sさんの愛犬は19歳の年齢を感じさせないほど艶のある毛並をしており、安らかな死を物語るように穏やかな顔をしておりました。

それらの事実から環境面も含め、愛犬にとって理想の生活をおくったことが想像でき、それが19年という長寿での大往生につながったのでしょう。

Sさんはお一人暮らしでありましたが、応接間にはSさんと同年代の友人の女性がお一人いらしゃり、優しい表情で「いい顔してるね」と私に話しかけてくださいました。

「本当に。とても19歳には見えませんね」と私も素直な感想を述べました。

そして後ろから「そうでしょ。年のわりには綺麗でしょ」とSさんが私の背中越しに愛犬の顔を覗き込むようにして言われました。

愛犬ちゃんは生前に愛用していたクッションに寝かされた状態で安置されていたのですが、その周りには綺麗なお花と一緒に大好物だったSさんの手作りの料理が置かれていました。

Sさんは、その手料理を指さし「これも一緒に火葬できる?」と尋ねられたので「生物ですから大丈夫ですよ」と私はこたえました。

「よかった」と笑ったSさんは「かまへんから足崩してよ」と言いながら、私の横に座り「なにはともあれ、ちゃんと看取ってあげれたし、こんなに長生きできたんやから、この子も喜んでくれてるのかな」と独り言のようにつぶやきました。

Sさんは愛犬を喪った悲しみよりも飼い主としての責任を果たせた気持ちの方が大きいのか、満足気な表情をされていました。

そして、最後のお別れの時間が終わり、Sさんの自宅前に止めさせてもらった火葬車でSさんの愛犬は19年の犬生に幕を降ろし天に召されたのでした。

ご火葬の間もお骨上げのときもSさんは私や参列されたご友人に愛犬の思い出話を時折、笑顔を交えてお話してくださる中、セレモニーは無事に終わりました。

そして、帰り際、Sさんは「ねえ野村さん。本当にこの金額だけでいいの?」と尋ねられたので「はい。間違いありません」と答えた私に「じゃあお釣りはとっといて」と言いながら費用をお払いくださいました。

「いえ。ちゃんとお釣りは払います」と慌てて用意していたお釣りが入った封筒を出そうとバックに手を伸ばしたときに「ええからええから!ほんまに気持ちや思うて取っといて!」とSさんは私の手を押さえながら言いました。

「いや・・・しかし」と言った私に釘を刺すような口調でSさんは「こんなにちゃんとしてもらってもっと払いたいくらいやねん。本当にチップや思うてもらっといて」と言ってくださいました。

私はこれ以上Sさんのお気持ちに反することを言うのは逆に失礼だと感じ「わかりました。ありがたく頂戴させてもらいます」と頭を下げてバックから手を離しました。

Sさんはニッコリ笑って「ほんまにありがとう。野村さんの会社のこといっぱい宣伝しとくね」と玄関先まで私を見送ってくれました。

そして私はSさんの笑顔に見送られながらSさん宅を後にしました。

帰りの車中で私は「19歳年以上愛犬を立派に育てた満足感がSさんを笑顔にさせたんだろうな」と終始穏やかだったセレモニーを振り返りながらそう思うと同時に、訃報を受けた前日からSさんのことが気掛かりだった私の心配は取り越し苦労であったことに安堵の気持ちになりました。

と、そんな思いにふけっているとき、領収証が無いことに気付きました。

玄関先で代金を受け取ったとき、お釣りをお渡しする、受け取らないのやりとり時に領収書を下駄箱の上に置いたままであったことを思い出し、私は急いで車をUターンさせ再びSさん宅に戻りました。

そして玄関のドアをノックしようとしたとき、僅かに開いたドアの隙間から見えたのは背中を丸めて愛犬の骨壷を抱きしめるSさんの姿でした・・・

小刻みに肩を震わせているSさんの後ろ姿に私はノックするのを躊躇いましたが、私の気配に気付いたSさんが、こちらを振り向き「あれ野村さん?どないしたん?」とドア開けてくれました。

ドアを開けたSさんの目には涙が浮んでおり、その顔を見た私は言葉を失いました。

「すいません・・・領収書を忘れまして・・・」とばつが悪そうに私が言うとSさんは下駄箱の方に目をやって「ああ。これね。どうぞ」と言って渡してくれました。

「あの・・・Sさん・・・大丈夫ですか?」と尋ねた私に「ん?なにが?」ととぼけたようにSさんは答え「いや・・・今・・・泣いて・・・」と私が言い終わる前に「大丈夫よ!ただ、えらく小さくなってもうたなって思ったら泣けてきて・・・」と骨壷に目をやりながら恥ずかしそうにお答えになられたのでした・・・

 

領収書を受取り、再びSさん宅を離れるとき私は顔を引っ叩かれたような感覚に陥りました。

自分の考えの浅はかさに腹が立ったのです。

Sさんは悲しみの最中でありながら、私や周りのことを気遣い終始、笑顔で居てくれたのだ。

 

”お兄ちゃん”

確かにSさんに比べれば私はまだまだ未熟者だ・・・

 

そのことを痛感しながら私は車を会社に向けて走らせました・・・

偶然では説明のつかない不可解な死の連鎖

皆さんは「百匹目の猿現象」というのをご存知でしょうか?

それは宮崎県串間市に属する「幸島 」と呼ばれる小さな島でのお話であります。
この島で1948年に京都大学の研究グループがニホンザルの観測を開始して明らかになった話で、このグループは観測を始めた4年後、群れの猿達のサツマイモの餌付けに成功しました。

その翌年には「イモ」と名付けられた当時1歳半のメスの猿が、それまでどの猿も行わなかった(砂のついたサツマイモを川の水で洗う)という野生の猿にとっては非常識ともいえる画期的な行動をとるようになったのです。

そして、その不可思議な出来事は突然起こりました。

「イモ」のとった非常識かつ画期的な行動はやがて少しずつ群れの中へ伝わってき、サツマイモを洗うニホンザルが臨界値(例として「百匹」)を超えたとき、それまで数年かけて少しずつ広まっていった芋洗い行動が、この臨界値を超えた途端、まるでテレパシーでも使ったかのように群れ全体に一瞬で広まったのです。

しかも驚くべきことに、交流がまったくなかった、幸島から200キロ以上も離れた大分県の高崎山の猿の群れにも芋洗いの習慣が広がっただけではなく、それを機に日本全土の猿の群れにも広まっていったそうです。

今では猿が砂や土で汚れた食物を川や海水で洗い流してから食する光景はよく見られるようになったのですが、そのルーツは日本本土と海で遮断された小さな幸島から始まったことはあまり知られていません。

しかし、今のところ、この現象を裏付ける科学的な解明には至っておらず、謎のままであり、「偶然」という枠を超えてはいません・・・

 

私達ペット葬儀の仕事をしていると、この現象に似た不可解な事実に遭遇することがあります。

それは、ある日の一定時間に同じ種類のペットの訃報が立て続けに報告され、同じ日にお葬儀とご火葬のご依頼が重なるということであります。

それが3件くらいであるなら、「偶然」という言葉で片付けられますが、同日に5件を超えると、それを通り越して恐ろしくさえ感じてしまうことがあります。

今年の夏の早朝にペットとして人気の高いある犬種の葬儀の依頼が大阪本社に入りました。

それを立て続けに午前中に同じ犬種の葬儀依頼が2件入り、午後にさらに1件。同日に京都支社でも2件。計5件、同じ犬種の依頼があったことを夜になって知りました。

そのときは「こんなことがあるんだな」と偶然が重なったのだと思ったのですが、その二ヵ月後のある日、同じく人気のある犬種(先ほどとは違う犬種)の訃報が立て続けに入り、同日に7件(この日は別に違う種類が1件あり、8件中7件が同じ犬種)も同じ犬種のお葬儀を執り行ったのです。

しかもその犬種は人気があるといっても、人気ランキングの10位くらいの犬種であり、死因は事故死等ではなく、病死や老衰による自然死でありました。

4件目を超えてからは私は電話が鳴る度に、なにか狐に摘まれている様な心境になり、その報告を受ける支配人も「ええ?またですか?」と受話器の向こうで驚いた声をあげておりました。

その日、全てのご依頼を無事に終わらせた後、支配人と話したのですが「これって偶然だと思う?」という私の問いかけに「いや偶然にしては重なりすぎですよ」と支配人も固い表情のまま、正直な感想を述べておりました。

私は、この話を親しい動物病院の医師にもしたことがあるのですが「同じ日に同じ症状で同じペットが検診に来ることはよくあることですけど、それは季節柄や急激な気温の変化等で説明がつきます。しかし、犬種まで同じということはないし、不思議な話ですね」と困惑気味に仰っておられました。

ペットの場合、役所等への死亡報告義務がないので、このような出来事を裏付けるような記録等は存在しません。

あるのは我々葬儀会社や動物病院の個々のデータに過ぎず、それらの統計を集計するような組織や団体もありません。

したがって、このような事実は偶然として処理されて公に知れることはないのが現状でございます。

しかし、私は現実にこれらのことを経験しているが故、特定の種類のみに反応するような不可解な連鎖のようなものが存在するように思えてならないのです・・・・

私の癒される場所

まだ本社を守口市に移転して間もない頃、鶴見区でダックスフンドのご火葬のご依頼があり、依頼者様宅に向かう途中、「canis」(カニス)というドックカフェの前を通りかかりました。

落ち着いた雰囲気の綺麗な店だなと思った私は帰りに寄ってみることにしました。

目的は広報活動であります。

ちょうどこの頃、私と支配人は弊社の理念でありますペットの家族葬を広く認知してもらうために、仕事の合間に動物病院やペットショップなどの関連施設を訪問して、当社のパンフレットやポスターの設置をさせてもらうべく、営業活動に力を入れている時期でありました。

 

その日の仕事を無事に終え、帰りにカニスさんに訪問しようと最寄のコインパーキングに車を停めてお店の前まで行ったとき、ペットと同伴のお客さんが数組、居らっしゃるのが目に入りました。

私達の業種が業種ということもあり、お客様が居ては店側にも迷惑になりかねないので、この日は訪問することをやめました。

その後、何度か、カニスさんの店頭まで行ったのでありますが、いつもお客さんがいらっしゃり、なかなか訪問するに至りませんでした。

カニスさんは万博が開催された鶴見緑地の目と鼻の先にあり、現在、緑地公園は府民の憩いの場としても人気が高く休日には大勢の家族連れが遊びに来ます。

また、犬の散歩コースとしても人気のスポットであるため、遠方から車で来られる人もいて、ペット同伴可能のカニスさんにはいつもお客さんがいらっしゃるのでありました。

 

そして、その日、お客様がいらっしゃらないのが確認できたので私は、カニスさんを訪問したのです。

店内は優しい明かるさと懐かしさを感じさせる色合いで統一された、神戸の異人館を連想させる落ち着いたお店でありました。

店の奥のテーブルにオーナーさんと思われる二人の女性の姿が目に入りました。

二人とも長身で顔が小さなモデル体系(実際に現役のモデルさんであることを最近知りました)の女性でありました。

私はサラリーマン時代は営業マンとして勤務していた経験があり、あまり物怖じせずに人前でも話せるのでありますが、このときは二人の女性の醸し出す独特の雰囲気にのまれてしまい、一瞬、冷静さを失ってしまいました。

店に入って突っ立ったままの私を見て手前に座っていらした方の女性が「あの、なにか?」と尋ねられました。

私は慌てて「ああ。突然失礼致しました。私、プレシャスコーポレーションの野村と申します」と言って名刺を渡しました。

名刺を受け取って下った手前の女性は私の顔を真っ直ぐに見ながら「で、なんの御用なんですか?」と冷静沈着にお聞きになられました。

すっかりペースを見失った私ではありましたが、気を取り直し「あの実は当社は『ペットの家族葬』なるものを低料金で実施をさせてもらっている会社でありまして」と会社のセールスを切り出しました。

現在のペット葬儀を取り巻く実情、飼い主さん家族が揃ってお見送りできる葬儀の流れや追加料金を排除した料金体制の説明を中心に話しをし、そして何よりも、飼い主さん家族が立ち会った上で、個別に火葬を執り行い、その場でお骨をお返しすることの必要性を訴えるように熱くお話をさせてもらいました。

私が話してる間、二人は静かに私を見ながら一度も遮ることなく聞いていてくださいました。

そして私が全て話し終えたとき、奥に座っておられ方の女性が笑顔になられ拍手をするような仕草で「すばらしい」と仰ってくれました。

手前の女性は無表情なまま私を見ていらしたのですが、一つ間を置いた後、ニコっと笑って「すごくいいことですね。どうぞパンフレットでもポスターでも置いていってください」と椅子から立ち上がり「パンフレットはここに置いてください」と店のドア付近の棚を指差しました。

立ち上がると180センチを超える私と変わらないその女性と同じく長身の奥の女性はご姉妹で、二人でカニスを共同経営されているようでありました。

それから数日後にご姉妹から「妹のところの犬が亡くなったのでお願いします」とお葬儀のご依頼がありました。

ご姉妹には、もう一人、トリマーをされてる妹さんがいらっしゃり、三姉妹であることをそのときに知りました。

私は別の仕事が入っていたため、妹さんの犬ちゃんのお葬儀は支配人が担当することになったのですが、カニスさんの初めての紹介でもありオーナーさんの妹さんのペットでもあったので、私は自分の仕事を早めに終わられ、妹さんの自宅に向かいました。

私が到着したときには、すでにご火葬も終わりに差し掛かっており、ご姉妹の妹さんとお母さんがお立合いをされていました。

無事にセレモニーを終え、支配人と二人でカニスさんにご報告をかねて訪問したのですが、先に妹さんからご姉妹に電話で連絡があったようで「丁重にしてくださったそうですね。本当にありがとうございます」と御礼と労いの言葉をいただき、本当に嬉しく思ったことを覚えています。

今ではカニスさんのご姉妹は私にとっての良き相談相手であり、大切な同志でもあります。

私は仕事で迷ったときや、困ったことが起きたとき、いつもカニスさんに出向き、意見を聞いています。

鶴見区のドックカフェ canis 皆様も機会があれば行ってみてください。

ペット共々心から癒されますよ。

後悔なきお別れをしていただくために

9歳で永眠したチワワのさくらちゃんの一任火葬のご依頼を請け私は都島区のKさん宅に向かいました。

一任火葬とはお葬儀を執り行わず、ご火葬とお骨上げにも飼い主さんが立ち会うことなく全て弊社に一任をしていただくことであります。

弊社に初めてご依頼をして下さる方が一任火葬を希望されるのは稀なことで、大抵の飼い主さんは立会い火葬を希望されます。

それは、大切なペットの最後のお別れに立ち会いたいというお気持ちもさることながら、初めてのご依頼ということで、当社が信頼できる会社であるかの見極めの意味合いも含めて立会いを希望されるケースが多いのだと私は認識しております。

 

Kさん宅に到着し、インターホンを押すと、小さなお子様を抱っこしたままのKさんが玄関から顔を覗かせました。

「どうもすいません。中で寝かせてる(安置している)のでお願いしていいですか?」と私に呼びかけられたので、私は「了解しました」と言って、さくらちゃんが安置されている部屋に通されました。

自宅にはKさんと二歳のお子様が居て、さくらちゃんは二階の寝室に安置されていました。

私はさくらちゃんに合掌をし、Kさんに了解を得てからさくらちゃんに触れさせてもらいました。

その光景を見てKさんは涙を堪えるようにして口元を手で押さえておられたのですが、お子さんは、まだ年齢的に「死」というものが理解できないということもあり、さくらちゃんを撫でている私の隣に座り「ねんねしてる。ねんねしてるの?」と言いながら私の顔を覗き込んでいました。

私は返答に困ったのですが「うん。眠ってるね」と笑顔で答えました。

私は後方にいらしたKさんに「本日は一任火葬ということでありますが、それで構わないのですか?」と尋ねました。

Kさんは「はい」と言った後、お子様の方を見ながら「出来たら立会いたいのですけど、この子が居るので・・・」と口ごもりながら答えました。

「あの、もしよろしければ、自宅の駐車場でもご火葬は出来るのですが。どうされますか?」と私は再度、確認をしました。

Kさんは少し驚いた表情をして「え?そうなんですか?でも駐車場でどうやって火葬するのですか?」と困惑気味に尋ねられました。

私は「私が乗ってきた車に火葬設備が搭載されているんです」と返答し「よかったら御覧になられますか?」とKさんに聞きました。

私はKさんとお子さんを案内するように玄関を出て車の後方の扉を開けました。

Kさんは「これって霊柩車のようなものだと思ってたんですが、火葬炉なんですか?」と驚きを隠さずに尋ねられました。

「はい。荷台部分が全て火葬炉になっていまして、炎も煙も匂いも出ない仕組みになっているんです。ですので、住宅街でもご火葬が可能なんです」と説明しました。

私は続けるように「特にさくらちゃんのような小さな犬ちゃんなら30分ほどでご火葬も終わりますよ。いかがされますか?」とKさんに確認をしました。

Kさんは少しだけ笑みを浮べ「こんなのがあるんですね・・・移動火葬車ってそういう意味だったんですね・・・私こういうのに疎くってよくわからないから『一任火葬で』って言ったんですよ」

その後、私はKさんと相談し、寝室に祭壇を設置し、Kさんとお子さんと私で焼香をあげ、さくらちゃんのご火葬は急遽、自宅の駐車場でご執り行われることになりました。

Kさんのお子さんは火葬車が物珍しいように、火葬の間、装置のボタンやメーターを指さし「これなに?」と何度も私に尋ねていました。

ご火葬が無事に終わる頃にはすっかり私に心を許してくれたKさんのお子様は、お骨上げのとき、Kさんがさくらちゃんのお骨を骨壷に納めるのを私の膝の上に座って見守っていました。

さくらちゃんの遺骨は自宅で保管することはなく、そのままプレシャス会館の納骨堂に納められるようお決めになられていたのですが、その理由はKさんのご主人さんが「ご先祖様の仏壇があるからペットの遺骨を同じ家に置くのはよくない」という宗教的な判断でのことでありました。

そのことに関して私が口を挟むことはできないので、私は言われるまま、さくらちゃんの遺骨を受け取り、その足で納骨堂に向かうべく、車に乗り込みました。

私は玄関先で見送ってくださるKさんとお子さんに頭を下げ、車を発車させました。

車を発車したとき、寂しさが込み上げてきたのか、両手で顔を覆いながら涙されるKさんの姿がバックミラーに映っていました。

小さなお子様がいらっしゃるので、お葬儀のときもご火葬のときも気丈な姿勢で涙を見せずにいたKさんではありますが、このときは堪えきれなかったように泣いておられました。

お子様は走り去る私と車に向かって手を振っていたので、ママの泣いている姿は見ていなかったはずです。

住宅街を抜ける角に差し掛かったとき、Kさんは力が抜けたように、肩を震わせながらその場にしゃがみこまれたので、私は道路の脇に車を止め、Kさんのもとに駆け戻り「大丈夫ですか?」と声をかけました。

Kさんは声を発することが出来ないくらい感情が高まっているようで、顔を覆ったまま、首だけで頷くのが精一杯でした。

私はKさんが落ち着くのを見計らって「会館までは車で20分ほどです。もしよろしければ一緒に来られますか?もちろん帰りもお送りいたしますよ」と提案をしました。

Kさんは顔の下半分を手で隠しながら、無言で考えているような表情をされていたので、私は「会館には供養像もあります。そこでお参りされたら、少しはお気持ちも落ち着かれるものですよ。行って、お参りをして、戻ってくるのに一時間もあれば済みますよ」と言いました。

Kさんは涙声で「いいんですか?」と私に尋ねられたので「もちろんですよ」とお答えしました。

「すぐに仕度します」と言ってKさんは自宅に戻られたので私はお子さんと車で待つことにしました。

5分ほどでKさんがバックと数珠を手に出てこられ私とKさんとお子さんで会館に向かいました。

会館に着いて、供養像にお参りをしてからさくらちゃんの納骨の儀を執り行いました。

ご主人さんが帰ってくるまでに自宅に戻っておきたいとKさんが仰ったので、納骨を無事に済ませた後、再び私は車でKさんとお子さんを自宅に送ることにしました。

自宅に戻る車内でKさんは「主人は信仰深い人なんですがペットの供養とかには関心が低くて、今回のさくらのことでも『ちゃんとしてあげたい』という私と『必要ない』という主人の間で意見が割れたんですよ」と事情を説明してくれました。

「だから一任火葬をご依頼されたのですか?」と聞いた私にKさんは「はい。最初は役所に頼めって主人から言われてたんですけど、最低でも個別に火葬してあげたかったんで・・・」と視線を落としながら言いました。

Kさんは「さくらは結婚前から私が飼っていた犬だったんですけど、結婚したとき、一緒に連れてきたんです。それで、すぐに子供が出来て・・・主人はもともと、あまり動物が好きじゃないんで、子供が出来たときも、『子供にもよくないからさくらを実家にでも預けろ』って言われてたんです。でも、私にとってはさくらも家族なんで、そんなことできませんでした」と涙を浮かべて、これまでの経緯を話してくれました。

自宅に着き、Kさんとお子さんは車から降りられ私はその場で挨拶をしました。

帰り間際、Kさんが「バタバタさせて申し訳ありませんでした。さくらのこと本当にありがとうございました」と言いながら深く頭をさげて下さいました。

そして「すごく良いお見送りができて満足してます。会館までの道も覚えたのでまた子供を連れて納骨堂にも行きます」と笑顔で言ってくれました。

最初に挨拶したときから、ずっと塞ぎ込んでおられたKさんではありましたが、最後に笑顔を見せてくれたので、自宅でご火葬したことも、納骨堂に一緒に行ったこともKさんにとって良い判断であったに違いありません。

1時間前にこの住宅街から去るときには泣き崩れたKさんが、今は笑顔で見送ってくださっている。

その姿をバックミラー越しに見ながら私は強くそう感じました。

夜中と早朝のペット火葬

弊社プレシャスコーポレーションは24時間体制でペットのお葬儀・ご火葬を承っておるのですが、それは、お仕事の関係上、どうしても深夜や早朝にしか、時間がとれない方が居るからであります。

深夜やまだ陽が出ていない早朝にご火葬をする場合、管轄の消防署に事前の申請をしておるのですが、申請の方法は市単位で違うので、亡くなったペットちゃんとその飼い主さんの住んでおられる町の消防署のルールに沿って手続きを行なうことになります。

市によっては電話申請のみで認可されるところもありますが、身分証明書を持参して書類申請しなければならない地域もあり、いずれの場合も当社が飼い主さんの代理として申請手続きをさせていただいております。

当社の場合、深夜や早朝であっても別料金がかかることはなく、365日24時間全て同じ料金でお請けさせてもらっておるのですが、それには、大きな理由が一つあります。

それはプレシャスコーポレーションの理念でもある「家族そろってのお見送り」を一組でも多くのご家族に実現してもらいたいからであります。

ご家族の人数が多ければ多いほど、1日のうちで全員が揃う時間は限られてくるものであり、そのご家族様によっては、「この日のこの時間しか全員が立ち会えない」ということも少なくありません。

時間帯別で追加料金が発生すると、それらの要望の足枷にもつながるので、当社ではこのような料金体制に設定したのであります。

 

「父の仕事の関係で早朝4時にしか戻らないので、その時間帯にお願いしたいのですが」「娘の仕事が終わるのが0時なんで深夜の2時にお願いしたいのですか」等、過去にも数え切れないほど、深夜や早朝のお葬儀とご火葬を請け負って参りましたが、ご遺族の方達はそんなとき、必要以上に我々のことを労ってくださることもあり、私達にとっても思い出深いセレモニーになるものであります。

そして立ち会ったご家族は「本当に立ち会えてよかった。もし立ち会っていなかったら一生後悔していたと思う」といった類のことを仰るものであり、その言葉をいただいたとき、睡魔も疲労も消えてなくなり、同時に本当にこの仕事をしていてよかったと実感できるときでもあるのです。

だからこそ「ペットが長年暮らした家で、家族揃ってのお別れ」はプレシャスコーポレーションの推奨する「理想のお別れ」の形であり会社理念なのであります。

思い出の場所でのお別れ

弊社プレシャスコーポレーションに訪問火葬のご依頼をされるとき、ご自宅でご火葬をされる方がほとんどなのでありますが、中にはペットとの思い出のある場所でのご火葬を希望される飼い主さんも少なくありません。

犬ちゃんの場合ですと、散歩に行っていた公園や川辺などが、その典型でありますが、猫ちゃんの場合ですと、出会った場所。つまり、心無い人によって捨てられた猫ちゃんを偶然見つけ、家に連れて帰った場所でご火葬を希望される人がおられます。

いずれの場合も私有地である場合は無断で火葬をすることは出来ないのでありますが、そうでない場合は、飼い主さんの要望に沿って、ご火葬をさせていただいております。

 

また、稀なことではありますが、過去には「海が見える場所」や「星空の下」でのご火葬を希望された飼い主さんもいましたが、そのような場合でありましても、当社のエリア範囲内であれば、追加料金無しで実施させてもらっております。

このようなシチュエーション火葬を希望されるのは、意外と女性よりも男性の飼い主さんに多く、ピュアな心の持主の人ばかりであります。

今からちょうど1年前、私が以前、担当した猫ちゃんのセレモニーで生駒山でのご火葬をに希望された男性の飼い主さんがいました。

しかも時間は深夜で、その夜は晴天なこともあり、とても綺麗な星空の下での火葬でありました。

深夜の山は本当に静かで、火葬炉の稼動音だけが山肌に響いていました。そして夜空には満天の星空が広がっており、なんとも言えない雰囲気の中でのセレモニーでありました。

飼い主さんの男性に、なぜこの場所を選ばれたのかをお聞きしたところ、以前に交際していた恋人とこの場所にドライブに来たことがあるらしく、その時に、外の空気を吸おうと車から降りたとき、茂みの中から仔猫の鳴き声がし、近づいてみると、やせ細った仔猫が震えながら、こちらを見上げて鳴いていたそうです。

何のためらいもなく、抱き上げ、そのまま家に連れて帰ったのが、11年前だということをお話してくださいました。

11年共に暮らした猫ちゃんが息を引き取ったときに、出会ったこの場所でお別れをしようと決めた飼い主さんは、電話で弊社にご依頼するときに真っ先に、それが可能なのかを質問されとほど、その想いは強かったのでしょう。

そして火葬の間、飼い主さんは、ずっと夜空を見ておられました。

ご火葬が無事に終わり、飼い主さんを自宅まで送る帰り道、その後、その恋人とはどうなったのかを聞こうとしましたが、野暮な質問であると思ったので聞きませんでした。

こらからの季節、一年を通して星がもっとも綺麗に見える季節でもあるので、もしかしたら、同じようなご依頼があるかもしれません。

 

プレシャスコーポレーションは、飼い主さんのご希望とご要望であるなら、法律に反しない限り、柔軟な姿勢で実現してきた会社であると私は思っています。

それは、これからも変わることはないでしょう。

はじめてのおさんぽの悲しき結末

大阪市にお住まいのKさん宅の小学校四年生の長男のT君は、前々からこの日を楽しみにしていました。

それは愛犬のシーズー犬のPちゃんのお散歩に自分一人で連れて行ってあげる日のことであります。

今まではお母さんやお父さんが付き添ってPちゃんのお散歩に行っていたのですが、T君は一度でいいからPちゃんと二人きりで行ってみたかったのです。

ご両親は「10歳になるまでダメ」と禁じられていたので、T君は誕生日プレゼントよりも、そのことを楽しみにしていたほどでした。

ご両親が禁じていたのには理由があって、Kさん宅のマンションは市内の交通量の多い道路に面して建っていたため、Pちゃんが散歩する緑地公園に行くまでに、その道路を横断しなければならないことでありました。

もちろんT君一人なら信号守ってを道路を横断することも問題なくできる年齢ではありましたが、Pちゃんを連れて行かせるには、少し不安があり、10歳になるまでは禁じていたのであります。

T君は学校から帰ってきてすぐ、お母さんに「ねえ!Pの散歩いってきていい?」と尋ねました。

初めてのお散歩は前日からの約束でもあったため、お母さんは快く承諾し「でも緑地につくまでリードを外したらあかんのよ。それに大きな犬がいたら抱っこしてあげるのよ」と念を押しT君とPちゃんを見送りました。

お母さんは少しだけ心配だったので、自宅のベランダからT君とPちゃんの動向を見守っていましたが、T君はPちゃんのリードをしっかり握って無事に道路を横断し、緑地公園に入っていきました。

そして、その姿を見届けたお母さんはキッチンに戻り夕飯の準備に取り掛かかったそうです。

 

T君が散歩に行って1時間ほど過ぎた頃、お母さんは少し不安になりました。

散歩と行っても30分ほどのコースなので、もう帰ってきてもいい頃合だったからです。

お母さんはベランダから緑地公園の方を見ましたがT君の姿は見えませんでした。

「少し遅いわね・・・」そう思ったお母さんは、しかたなく、迎えに行こうと決めました。

玄関を出たお母さんがマンションのエレベーターで1階まで降りたとき、マンションの玄関ホールでリードだけ持ったまま立ち竦んでいるT君の姿が目に入りました。

「T!どうしたの?Pちゃんは?」とお母さんの声に振り返ったT君は目に涙を溜め「いきなり逃げていなくなった」と告げました。

T君の話だと、無事に公園に入り、リードを離したまではよかったのですが、その後、散歩が終わり、再びリードをつけようとPちゃんを呼んだのですが、Pちゃんは一向に戻ってくる素振りを見せず、草むらの匂いをかいでいたそうです。

お父さんやお母さんが一緒のときは名前を呼べばすぐに戻ってきていたので、Pちゃんのこの行動はT君の予想外であり、しかたなくT君の方から近づくとPちゃんは楽しそうに走り出す始末で、気がつけば公園の出口付近まで来ていました。

出口に差し掛かったときPちゃんは一気に走り出し、単独で道路を渡った後、マンションとは逆の方向に駆けていったようでありました。

事情を聞いたお母さんは「道路はちゃんと渡ったんよね?こっち側(マンションがある側)には無事に着いたのね?」と確認しました。

T君は無言で頷き「信号も青やったから、ちゃんと渡れてた」とだけポツリとこたえました。

お母さんとT君は外に出てPちゃんの名前を大声で呼びながら付近を探しました。

そのとき同じマンションの顔見知りの奥さんが自転車で通りかかり、お母さんに「Pちゃん探してるの?」と尋ねてきました

お母さんが「はい。そうです。Pを見ました?」と聞いたところ、その奥さんは口ごもりながら「いや・・・違うかったらゴメンね・・・今ね角のコンビニの前で人だかりが出来てたんやけど・・・犬が車にひかれたみたいで・・・似てるなって思ってたんやけど・・・まさかって・・・」と申し訳なさそうに言いました。

お母さんとT君はそれを聞いて急いでその場所に向かいました。

Pちゃんでないことを願って・・・

マンションから2本向こうの通りのコンビニの前では下校途中の小学生たちと大人数人たちが輪をつくっていました。

「ちょっとすいません」とお母さんが人だかりを割って入ってみたら、そこには見慣れた首輪をしたPちゃんが変わりはてた姿で横たわっていました。

慌ててPちゃんを抱き上げたお母さんですが、Pちゃんの首は力なく垂れ下がり、抱き上げた反動で口から大量の血がこぼれました。

その光景を見ていた小学生「うわ!」と声をあげましたが、お母さんは「どいてください」と言って人垣をかき分けマンションの駐車場に向かいました。

その後、泣きじゃくるT君と一緒に奇跡を信じ車で病院に向かいましたが、Pちゃんは肺と内臓の破裂と上半身のあらゆる箇所の骨折が確認され、即死であったことがわかりました。

 

その日の夜、Pちゃんのお葬儀とご火葬のご依頼を請けた私は、お母さんの口からその悲しい出来事を聞きました。

Pちゃんが寝かされた祭壇の前でT君のご両親とやりきれない時間を過ごしていましたが、T君は受けたショックの大きさと罪悪感から自分の部屋に閉じ篭ったままでありました。

お母さんが「私もいけないんです。病院に向かう途中『あんたどうするの!Pちゃん死んじゃったのよ』ってついつい感情的なって言ってしまったんです・・・元はと言えばT一人で散歩いかせた私が悪いのに・・・」と自分を責めるように言いました。

私は「お母さん。お気持ちも仰ることも理解できますが、誰が悪いとか、そういに問題ではないように思います。おこそうとしてやったわけではないのが事故なんですから。確かにPちゃんのことは悲しい事実です。でも結果論だけで考えたら、一生、息子さんもお母さんも罪の意識を背負ったまま生きていかなければならなくなりますよ」と伝えました。

「そうや。野村さんが言うとおりや。Tもお前(お母さん)も、こうなることがわかってしたんやないんやし、防ぎようがないのが事故や」とお父さんが諭すようにお母さんに言いました。

お母さんはお父さんの言葉にハンカチで涙を拭きながら何度も頷いておられました。

Pちゃんの火葬にはご家族は立ち会わず、私に一任されることになり、Pちゃんを出棺する時間になりました。

出棺のとき、お父さんがT君の部屋に入っていき「Pちゃん行くで。ちゃんとお別れしなさい」とT君に声をかけたのですが、部屋から聞こえてくるのはT君の絞りだすような泣声だけでありました。

お母さんもお父さんの後を追うように部屋に入られましたが、数分後、部屋から出てこられたのはお父さんお一人でした。そして「すいません・・・ちょっと無理ですわ」と肩を落として私に告げ、お父さんの判断でPちゃんの出棺は私とお父さんの手で執り行うことになりました。

マンションの駐車場の来客スペースに停めさせてもらった火葬車で私はPちゃんの火葬を無事に終え、火葬炉からトレイだけを外しお骨になったPちゃんを再びKさんの部屋までお届けしました。

やはりT君は自室に篭ったままで、お骨あげはご両親のみ立ち会いで執り行われました。

なんともいえない重い空気の中、お骨あげも終わり、私はPちゃんのお骨を納めた骨壷をお父さんに手渡しました。

帰り際、私は「T君は今は誰がどんな言葉をかけても耳に入らない状況だと思います。Pちゃんを喪ったショックもありますが、その原因は自分にあるのだと必要以上に罪悪感をかかえていると思います。私もT君と同じ年代に同じような経験があるんです。私も自分の不注意で愛犬を喪いました・・・しかも同じ犬種のシーズーを」とご両親にお話をしました。

「そうなんですか?」と驚いた表情のお父さんに私は続けるように「はい・・・だから言うのではないのですが、こんなときはある程度の時間が必要です。そしてなによりもご両親の存在が立ち直る力にもなるものです。私の場合も救ってくれたのは父であり、母でした。T君の記憶から今日の出来事が消えてなくなることはないでしょう。だからこそ、罪として背負わすのか教訓として生かすのかはご両親の訓え次第だとも思います」と伝えました。

「わかりました。私にとって息子は何より大切な存在です。家族みんなで乗り越えます」とお父さんは力強く仰り、私はマンションを後にしました。

 

一度もT君に会えず、何一つ思いも伝えれなかったことは、心残りではありましたが、私も経験上、T君のような状態のときに、見ず知らずの人間がどんな言葉をかけようとも効果がないことは私が一番、わかっていました。

Pちゃんの遺骨は来年の春を目処にプレシャス会館の納骨堂に納められる予定にされているとお母さんは言ってました。

その時は、T君も一緒に来てもらえることを私は切に願っています。

そして、同じ傷を負っことのある人間として、ゆっくりお話ができたらなと思っています・・・

そして「食パンのモカちゃん」の飼い主さんとの対面

弊社プレシャスコーポレーションのスタッフブログのまめにチェックされている人は前回の更新を見て意外に思われたかもしれません。

それは私が日曜日にブログを更新することは、ほとんどないことだからであります。

私は本社のPCからブログを書いているのですが、日曜日はオフをとらせてもらっているので会館に用事で行くことはあっても本社に行くことはほとんどありません。

しかし、この日はご依頼者さんに届けるメモリアルグッズのパンフレットを封筒ごと本社に忘れたので、朝早く取りに行ったのでした。

何気にデスクに向かいメールのチェックをした後、今思えば、本当に無意識というか、思うがまま前回の劣化しない食パンのブログを更新しました。

そして私はブログを更新した後、すぐに会館に行きました。

会館に着いてすぐ、毎週のように納骨堂に愛犬のお参りに来てくださるご夫婦が、この日もお花を持参して来堂してくださったのが見えたので、私は歩み寄り挨拶を交わしました。

ご夫婦の愛犬のお葬儀を私が担当したこともあり、納骨堂でお会いするのも、この日が初めてではなかったので納骨堂でお話をしながら時間を過ごしました。

ご夫婦と、いろいろなお話をしたのですが、やはり、どうしても今、当社スタッフと納骨堂の参拝者の間で話題の劣化しない食パンの話になりました。

ご夫婦の愛犬の納骨棚が、同じ段にあることもあって「まだ劣化してないですね・・・不思議ですね」と言って手をあわしておられました。

「そうですね。でも私は不思議を通りこして、嬉しく感じてます」と返事しました。

その後、支配人が出社して、支配人を交え四人で少しお話をした後、ご夫婦は帰られました。

 

ご夫婦が帰られて10分ほどしたとき、会館前に見慣れない車が止まったので、私は玄関のドアを開けて車内にいらしたご年配の男女のお二人連れ様に会釈をしながら頭を下げました。

車から運転していた男性がおりてこられ「プレシャスさんの納骨堂はここですか?」と若干表情を強張らせながら私に尋ねられたので、私は「そうでございます」と返答し「納骨堂は二階です。こちらからどうぞ」と階段の方に誘導しました。

私は、この御二人様とお会いしたのはこのときが初めてだったのですが、支配人は面識があるらしく「あ!Uさん。ご無沙汰しております。その節は・・・」と言って歩み寄っていきました。

支配人が「Uさん」と呼んだ、この御二人様は、9月に愛犬を亡くされたご夫婦で、その愛犬のお葬儀を支配人が担当したようでありました。

Uさんご夫婦は面識のある支配人を見て、少しリラックスされたようで「こんにちは。モカ(亡くなった愛犬ちゃんの名前)のときはお世話になりました」と言って表情を和らげました。

私は先頭に立ちご夫婦を案内する形で階段を上がっていたのですが「モカ」という名前を聞いてとっさに振り返り、ご主人さんに「あのモカちゃんというと、あの食パンのモカちゃんですか?」と前置きもなく尋ねてしまいました。

ご主人さんは「食パン?なんですかそれ?」と全く見当がつかないような感じだったのですが、一番後方から階段を上がっていた支配人が「そうです。あのモカちゃんですよ」と代わりに答える格好で言いました。

ご主人さんは、そんな私と支配人のやりとりが理解できないように「食パンって、どういうことですか?」と怪訝そうに私に尋ねました。

私は「ああ。どうもすいません。意味わからないですよね。実はちょうど一ヶ月ほど前に息子さんが見えられて(参拝に来られて)モカちゃんが大好物だったという食パンのお供えを持参してくださったんです」と私がそこまで話したときに、奥さんが「ああそういえば息子がそんなこと言ってました」と仰りました。

「はあ・・・それで?その食パンがどうかしたんですか?」とご主人が事態を理解できないのも無理はなく「とりあえずモカちゃんが納骨棚まで来てください。そこで説明します」と言って私はUさんご夫婦を納骨棚まで案内しました。

「ここがモカちゃんの納骨棚です。それでこれが息子さんがお供えしてくださった食パンです」と私はご夫婦に食パンがお供えされた納骨棚の前にお通ししました。

モカちゃんはお葬儀の後、自宅前で火葬車によってご火葬され、ご夫婦の手によって拾骨された後、そのままセレモニーを担当した支配人によってプレシャス会館の納骨堂に納められたこともあり、Uさんご夫婦も、納骨堂に来られるのもモカちゃんの遺骨に参拝に来られたのも、この日が初めてでありました。

「実は食パンと言っても生ものですので息子さんがお供えされたときに『いたむ(劣化)前に処分してくれていいので、今日一日だけでもいいからお供えさせてください』と仰ってたんです。私共もそのようにさせてもらおうと思っていたんで、その日から毎日チェックしてるんですが、不思議なことに食パンは劣化どころか新鮮なままで、ずっとこのようにお供えさせてもらっていたんです」と事の真意を私はUさん夫婦に伝えました。

ご主人は少し目を見開き「え?これって息子が持ってきた食パンなんですか?」と驚きを隠さず言いました。

そして奥さんに「OO(息子さんの名前)がここに来たのっていつや?」と尋ねられたので私が代わりに「一ヶ月ちょっと前です」とこたえました。

奥さんは「そうね。1ヶ月以上前やわ。まだ暑かったしね・・・」と思い出すように言いました。

ご主人は私の顔を見て「なぜ、食パンは劣化しないんですか?」と不思議そうに質問されたので「いや・・・私たちにもわからないんです。本当に不思議だなっていつも支配人と話しているんです。実は当社のスタッフの間でもモカちゃんの食パンのことは話題になっていて、あ、そうだ、今日も会社のブログにモカちゃんの食パンのことを書かせてもらったばかりなんですよ」と言ってスマートフォンを取り出しご夫婦にブログを見てもらいました。

そして、モカちゃんの食パンは他の参拝者さんの間でも話題になってることや、それらの方達もモカちゃんの遺骨に手をあわせて参られてることをお伝えしました。

私のスマートフォンの画面からブログを読んでおられる奥さんに「無断でブログに書いてすいませんでした。もちろんご家族の承諾を得ていなかったのでモカちゃんの名前は伏せて書かせてもらってます」と私は御詫びしました。

ブログを読み終えた奥さんは目に涙を溜めて「ありがとうございます。モカのこと書いてくださって。これからは名前を伏せずに書いてあげてください」と言って頭を下げて言ってくださいました。

奥さんはご主人にむかって「いろんな人がモカに手をあわせてくれてるなんてありがたいことですね」と言ったのですが、ご主人は黙ったまま、ただじっとモカちゃんの納骨棚を見つめていました。

そして奥さんもモカちゃんの納骨棚を見ながら「モカちゃんよかったね。優しい人にいっぱい恵まれて」と言って手をあわせていました。

私は奥さんに「あの奥さん。この食パンなんですが、私達が毎日チェックしますので、もしよければこのままここにお供えさせてもらってていいですか?」と尋ねました。

奥さんは「ええ私達もそのほうがありがたいです。モカちゃんは本当に食パンが好きだったから」と笑顔で言ってくださりもう一度モカちゃんに手をあわせておられました。

私と奥さんがお話をしている間もご主人さんは背筋をピンと伸ばしたままの姿勢で微動だにせず厳格な面持ちで、ただ静かに佇んでおられました。

そして、私と奥さんの会話が一段落したのを見計らってご主人は私に「ところであなたは?どなたなんですか?」と尋ねられました。

私は食パンのことで頭がいっぱいで、挨拶も済ませていないことに気付き「どうも失礼しました。プレシャスの代表の野村です」と慌てて自己紹介をしました。

ご主人さんは「ああそうだったんですか。なんと言いますか・・・」と前置きをした後「ありがとうございます。とても清々しいというか、来て本当に良かったです。まさか私たちが知らないうちにこんなことがおこってたなんて」と仰ってくださいました。

古き良き時代の父親像を絵に描いたようようなUさんのご主人さんだったので、その厳格な表情からは食パンの話のことを、どのように感じられているか読み取れずにいた私ではありましたが、それだけにご主人のこの言葉には胸に響くものがありました。

奥さんも「本当に嬉しいわ。亡くなってからも私達を楽しませてくれるなんてモカちゃんらしいわ。野村さんこれからもモカをよろしくお願いしますね」と笑顔で言ってくださいました。

その後、私と支配人とUさんご夫婦でお話をしたのですが、モカちゃんの話は尽きずあっという間に時間は過ぎました。

ご夫婦が帰られるお時間になり、下まで見送った私と支配人にご主人は「また近いうちに孫を連れてきます」と言ってお帰りになられました。

二人残った私と支配人は「なんか僕らまで清々しい気持ちになったな」と笑顔になり、もう一度モカちゃんの納骨棚に戻り二人で合掌しました。

この日の朝、なぜ、モカちゃんのことをブログに書いたのかは自分でも説明がつかない状態ではありましたが、それは偶然ではなかったように私は感じています。

きっと私とUさん夫婦がこの日に対面することをわかっていたモカちゃんに導かれて書いたのかも知れないと・・・

メモリアルグッズのアトリエを会館に造ったことで、手狭になったこともあり、スタッフの間で、納骨堂だけ広いところに引越しをしようという提案が出ています。

でも私はお世辞にも立派と呼べないこの納骨堂が、とても好きな場所なんで、今のところこのままにしておきたく思っております。

本当に不思議なことがよくおこる納骨堂ではありますが、私にとってこの納骨堂は映画「フィールド・オブ・ドリームス」の中のトウモロコシ畑のような場所であり、かけがえのない特別な場所なのかもしれません。

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