2012-10

納骨堂の不思議なお供え物

会館の支配人が入院をしたとき、支配人に代わって私が会館の開閉を行なっていたことは以前にこのブログでもお伝えしましたが、その時に参拝にこられた人の中に若いご夫婦がいました。

ちょうどそのとき納骨堂に居た私はご夫婦に自己紹介と挨拶をし、少しお話をさせてもらいました。

ご夫婦は今年の夏に永眠した旦那さんの実家の愛犬の遺骨にお参りに来てくださったようでありました。

旦那さんは結婚を機に実家を離れ、現在は奥さんと生活をされてることもあり、犬ちゃんが亡くなったときはお仕事の関係でお葬儀には立ち会えなかったようで、休日を利用して、この日に愛犬の大好物を持参して参拝に来てくださったのであります。

挨拶を交わした後、愛犬の思い出話を旦那さんから聞かせてもらっていたのですが、旦那さんが思い出したように「あの。たしかフード類もお供えが出来ると聞いたのですが、これはダメですか?」とバッグの中から食パンを一枚取り出しました。

フード類をお供え物でご持参される方は多いのですが、ほとんどの人は賞味期限が長い缶詰タイプの物や市販のお供え用の専門フードをご持参されるので、他のペットちゃんの納骨棚にはそれぞれのお供え物の他に生前に遊んでいたオモチャ類やお花が並んでいました。

それを横目に旦那さんは「いや・・・ダメなら持って帰ります。ただ、うちの愛犬は食パンが何より好物だったものでと」少し照れながら申し訳なさそうに仰りました。

旦那さんが食パンを持参されたことを奥さんは知っていたのか知らなかったのはわかりませんが、バッグから食パンを出した旦那さんを見た奥さんは口を押さえ体を震わせながら笑うのを堪えておられました。

私も一瞬、返答に困ったのですが「いえ・・・大丈夫だと思います。ただ、パンと言っても生物ですので」とそこまで言ったとき「わかってます。もしカビでもはえたら処分してもらってもいいので。なんなら今日一日だけでもいいのでお供えさせてください」と旦那さんは頭を下げて私に頼まれました。

おそらく旦那さんと愛犬にとって食パンはかけがえのない思いが詰まった物なんだろうと感じた私は「わかりました。食パンは私が責任を持って管理しますのでお供えしてあげてください」と言いました。

「どうもありがとうございます」と笑顔になられた旦那さんは食パンをそのまま納骨棚に置こうとされたのですが、その時、奥さんは今まで堪えていたものが限界に達したように声をだしてお笑いになられました。

そして奥さんは旦那さんに「いくらなんでも、そのままは可哀想じゃない?もしかして持ってきたのパンだけ?」と笑いながら尋ねました。

ご指摘をうけた旦那さんは、ばつがわるそうに「・・・うん・・・パンだけ」と小声で答えました。

私は「あの・・・もしよかったらこちらでお皿を用意しますが」と言ったところ、旦那さんは「いいんですか?じゃあお願いします」と言われたので私はお皿とキッチンペーパーを取りに1階に向かいました。

そして旦那さんは私が用意したお皿の上にペーパーで包んだ食パンを置き、愛犬の前にお供えしました。

その後、ご夫婦を一階に会館に招きお茶を飲みながらお話をしました。

一連の納骨堂の食パンのやりとりがあったおかげで、私とご夫婦はすっかり打ち解けたようで1時間近く、いろいろなお話をさせてもらいました。

そして、その翌日から、食パンの状態を確認することが私の日課となり、さらに、その3日後、支配人が退院する日がきました。

退院の日、私は車で病院まで迎えに行きました。

ちょうど、その日、支配人が葬儀を担当した犬ちゃんの飼い主さんが、納骨に来れれる日でもあったので、病院から会館まで直行することになり、支配人は退院したその足で納骨に立会い、無事に納骨の儀を執り行ってくれました。

飼い主さんが帰られた後、支配人は私に「長い間、ご迷惑おかけしました。現場復帰(お葬儀やご火葬のこと)するまではもう少し時間がかりますが、会館の管理は明日から私がさせていただきます」と言ってくれました。

「私が入院してる間、何か変わったことありましたか?」と尋ねた支配人に業務連絡を中心に報告をした後、私は「そうそう支配人。これ遺族の人が持ってきてくれたんやけど」と食パンをお供えした犬ちゃんの納骨棚の方に支配人を誘導しました。

「これなんですか?」と不思議そうに食パンを見つめる支配人に私は「見たまんま食パンや。この子の大好物やったらしいねん」と言いました。

「はあ・・・それはわかりますが、これカビはえますよ」と心配げに支配人は言いました。

「わかってる。持ってきてくれたのは息子さんやねんけど、1日でいいからお供えさせてほしいって頼まれてん。でもイタむまで少しでも長く置いていてあげたいからこのままにしてるねん。もしカビでも生えたら棚から降ろして処分してくれていいらから、明日からチェックお願いできないかな?」と私は支配人に頼みました。

「別にそれは構いませんけど、それっていつの話なんですか?」と支配人に質問をされ「ちょうど今日で3日目」と答えました。

支配人は「わかりました。とりあえず毎日チェックすればいいということですね」と言った後、食パンがお供えされた犬ちゃんの位牌に向かって手をあわせていました。

それから10日ほど経ったある日、支配人から「野村さん。例の食パンなんですが・・・」と重い口調で電話がありました。

私は「ああ。もうそろそろ限界やな。かまわへんよ」と言ったところ「いや、逆なんですよ。全然、劣化しないんですわ」と支配人は驚いたように言いました。

「そうなん。そしたら別にそれでエエやん」と私が答えたら「ぜんぜん良くないですよ!おかしいですよ。普通、食パンってこんなに状態を保てないですよ」と興奮気味に言うのでありました。

何をそんなに興奮してるか理解できない私は「そうなん?」とだけ気の抜けたような感じで返事しました。

支配人は「僕はこう見えても食パン好きなんですわ。だから食パンがこんなに長持ちしないことを知ってるんです」と言ったので、私は少しだけ冗談めかしく「いや支配人は見るからに食パン好きそうな人に見えるよ」と言いました。

「野村さん・・・僕は真剣に話してるんですよ」と支配人は呆れたように言うので「じゃあどうするの?変だから捨てるの?」と聞いた私に「いや。そういうつもりで電話したんじゃないですよ・・・ただ不思議なこともあるもんだなと・・・」と支配人は言いました。

私は支配人の伝えたいことがようやく解り「まあ、うちの納骨堂の不思議な現象は今始まったことじゃないし、それも精霊達のパワーやと思ったら素敵なことやん」と言いました。

以前、当ブログ※{納骨堂で頻繁におこる不思議な現象}{精霊たちの不思議な話の後日談義}でもご紹介させてもらったように弊社の納骨堂では度々、不可解な現象がおこるのです。

でも私はこれらの現象を不快に感じたことはなく、むしろ、私達プレシャスコーポレーションが責任と愛情をもって丁重にお弔いとしたペット達が精霊となって宿っている証だと思っているので、とても心地好く感じています。

支配人は「わかりました。とりあえず報告しとこうと思っただけなんで」と納得したように電話を切りました。

食パンをお供えしてくださってから、一ヶ月ほど経ちますが、未だに食パンは新鮮なままで、今日も納骨堂にお供えしています。

そして、支配人は今日も納骨堂の精霊達に優しく話しかけていることでしょう。

素敵な男泣き

大阪市のネコのさくらちゃんのご火葬のご依頼があり、依頼者さんのご自宅である高層マンションの一室に向かうため私は棺を持参してエレベーターに乗り込みました。

20階を越えるエレベーターホールからは大阪の夜景が広がっており、思わず歩みを止め夜景に見とれてしまうほど、見晴らしの良いマンションでありました。

30秒ほど夜景に見入った私は、ふと我に返り、依頼者さんの部屋に向かいました。

インターホンを押すとドアが開き、依頼者も男性のNさんが現れました。

Nさんはお一人暮らしのようで「どうもすいません。すぐ連れてきます。待っていてください」と私に告げ、一度、奥のリビングに行き手製の箱にフード類とお花と一緒に安置されているさくらちゃんを手に戻られ「お願いします」と言って私に手渡しました。

私は「あの。お焼香の用意もしてきたのですが、どのようにさせてもらえればいいですか?」と尋ねた私にNさんは「ああ・・・そういうのはいいです。全部(ご火葬とお骨上げ)お任せしますので、骨壷に入れて返してもらえればそれでいいんで」と言葉少なめに仰りました。

「わかりました。では、私が代理でさせていただきます。よろしいのですね?」と確認を促した私にNさんは「はあ・・・」と小さな声で返事をされました。

私はさくらちゃんをNさんが用意した箱ごと持参した棺に移し「では、私が責任を持ってさくらちゃんのご火葬とお骨あげをさせていただきます。お時間は約1時間ほどであります。終わりましたら、ご連絡させていただきます」とお伝えをし、深く頭をさげました。

そのときNさんが「あの・・・皆さん(ペットを亡くされた飼い主さん)はどんな感じでされるんですか?」と質問されました。

私は「ほとんどの方が火葬炉に納めるまではお立合いされます。ご火葬の間は自宅に戻られて待機される方もいますが、ご火葬の間もずっと立ち会われる方もいられます。そしてお骨上げは、ほぼ全ての方が自身の手でおこなわれますね」と答えました。

Nさんは30代で彫りの深い精悍で男性的な顔立ち人でありました。

そんなNさんではありましたが、そのときは少年のような表情になられ「そうですよね・・・でも僕はそういうの苦手なもので」とつぶやくように言いました。

私は「確かに女性に比べ男性のほうが、このような場面は苦手ではありますね。でも最後のお別れでもあるので火葬炉に納められるまではお立合いはされますね」と言いました。

Nさんは暫し考えられて「じゃあ・・・行きます」と仰り、私と二人でマンションに面した道路に停めた火葬車まで同行されました。

さくらちゃんをお花と一緒に火葬炉に納め、点火のスイッチを入れるとき、Nさんは私に背中を向けるように数歩、歩き、肩を震わせて涙されました。

私はNさんのお気持ちが落ち着かれるまで、その場で待機していたのですが、Nさんは指で眉間を摘むようにしながらこちらを振り返り「すいませんでした」と言ってすぐに戻られました。

「大丈夫ですか?」と尋ねた私に「ええ。すいません。大丈夫です。絶対に泣いてしまうとわかっていたから立ち会いたくなかったんです」とNさんは照れくさそうに言いました。

「家族同様のペットとの別れですもの。皆さん、泣かれますし、それは恥ずべきことではありませんよ」と私は言いました。

「はいわかってます。でも、なんかそういうとこ人に見られるのが苦手というか・・・まあカッコつけなんですよ・・僕は」と指で鼻を摩りながら仰りました。

そしてさくらちゃんはNさんが見守る中、火葬車によって天に召されました。

火葬の間、Nさんが近くの自販機で缶コーヒーを買ってきてくださり、二人で火葬を見守りながら肩を並べなてコーヒーを飲みました。

「大変な仕事ですね」と労いの言葉をくださったNさんに「そうですね。確かに『死』というものに立ち会う仕事なんで、毎回、いろんな複雑な思いが芽生えて戸惑うこともありますが、好きで始めた仕事ですので、苦にはならないです」と答えました。

「僕には無理です。すごく涙脆いんで・・・」とNさんは遠くを見るように言いました。

そして「そこでさくらを拾ったんですよ」とマンションの玄関先の広場のベンチを指差しNさんは言いました。

「捨て猫だったんですか?」との私の問いかけに、Nさんは黙って頷き「仕事が終わってから飲みに行った帰り、夜中に酔って帰ってきたとき鳴き声がして、見たらさくらが鳴いてたんですわ・・・そのまま部屋に連れて帰りました・・・ちょうど三年前です」と寂しげに仰りました。

「三年前ということは、さくらちゃん幾つだったんですか?」と尋ねた私にNさんは「捨て猫だったんで、正確な年齢はわからないですけど、病院の先生の話では、そのときで生後三ヶ月くらいだろうと言ってました」と教えてくれました。

「あの・・・聞きにくいんですけど、さくらちゃんは病気で?」と私はNさんに尋ねました。

Nさんは肩を落とすように項垂れながら頷き「エイズでした。拾ったときはすでにキャリアだったと思います。それが原因で捨てられたかどうかはわからないですけど・・・でも、普通にご飯も食べるし、順調に成長するし、何より元気だったんで、このまま普通に生活を送れるって思ってたんですけどね・・・今年の夏ごろに発症して・・・」そこまで話してNさんは立ち上がり、先ほどと同じように私に背を向け歩き出されました。

私はあえて、Nさんから視線を外し、火葬車の方に目を向けてその時間を過ごしました。

5分ほどして、Nさんが戻ってこられ、その後はさくらちゃんの話ではなく、Nさんの仕事や趣味の話をしました。

30分後、火葬は無事に終わり、さくらちゃんの遺骨はNさんの手によって拾骨され、骨壷におさめら、年内は、Nさんのお部屋の夜景が一望できる窓辺の収納ボックスの上で保管されることになりました。

一緒にお部屋まで同行させてもらった私は「ここなら夜景が見れるからさくらちゃんも喜びますね」と言いました。

Nさんは「まあ綺麗なんは夜だけで昼に見たらゴチャゴチャした街並みですけどね」と笑いながら言いました。

「でも、毎晩この夜景が見れるなんて羨ましいです」と言った私に「野村さんお酒飲めるんですか?今度、招待しますんで一緒に飲みません?」とNさんはお誘いの言葉をくださいました。

私は「是非招待してください。ここで飲めるならお酒は持参します。と言っても私はすぐに酔いつぶれますが」と言った私にNさんは「見かけ倒しなんですか?いかにも飲みそうなのに」と言って笑っておられました。

帰り際、Nさんは「ありがとうございました。なんというか・・・立ち会ってよかったです。本当にありがとうございました」と深く頭を下げてお礼の言葉を言って下さりました。

「とんでもございません」と私も頭を下げ、マンションを出ました。

人前で涙を流すことを、頑なまでに拒まれたNさんではありましたが、逆に優しさが滲み出ており、本当に素敵な方だとエレベーターを降りながら私は思いました。

玄関前に出た私はNさんとさくらちゃんが出会ったベンチに歩み寄り、その場で膝を曲げ合掌をした後、帰路につきました。

安楽死という決断をするまで・・・

11歳で病死した大阪市の猫のララちゃんの葬儀のご依頼があり、私はTさんの自宅に向かいました。

約束のお時間に到着した私はTさんのお母さんに案内されララちゃんが安置されてるTさんの部屋に通されました。

お部屋では、時間が止まったかのように座ったままの姿勢で安置された愛猫の顔を見つめるTさんの姿と過酷な闘病生活を物語るかのように極限までに痩せ細ったララちゃんの姿がありました。

お母さんが「葬儀屋さん来はったよ」とTさんに声をかけてくれたのですが、Tさんは、その姿勢のまま何の反応も示しませんでした。

私はお母さんに「お時間はあります。少しこのまま待たせていただきます」と小声で伝え、お母さんと二人、部屋の入口付近で待つことにしました。

玄関のドアが開く音がし、お母さんが「お父さん帰ってきたみたい。ちょっとすいません」と言い残し、部屋を出ていかれました。

Tさんと二人、部屋に残るかたちになった私は、座ったまま、無言でTさんの後ろ姿を見ていたのですが、不意にTさんが振り返り「すいません・・・」と私に頭を下げられたのです。

 

私は「いえ。とんでもありません。お時間はとってあります。ゆっくりお別れの時間をとってください」と伝えました。

Tさんは「ありがとうございます・・・でも、もうキリがないのはわかっています・・・ただ、自分がしたことが正しかったのかどうかがわからなくて・・・」と仰ったのです。

 

「自分がしたこととは?」と尋ねた私にTさんは、少し間を置いて「電話で病死と言いましたが・・・今日、病院で安楽死させてもらったんです・・・」と口を押さえ、辛い事実を私に話してくださいました・・・

 

「そうだったんですか・・・」と口にした後、私は言葉に詰まり、部屋は少し重い沈黙に包まれました。

「あの・・・Tさん。もしよろしければララちゃんに手をあわせたいのですが・・・」と私はTさんに伺いをたて、Tさんは「ああ。どうぞ」と快く承諾してくださったので、私はTさんとララちゃんの方に歩み寄り合掌をささげ、ララちゃんの体を撫でさせてもらいました。

私はララちゃんを撫でながら「ララちゃんは末期癌だったのですか?」とTさんに訊ねました。

Tさんは黙ったまま頷いたので、私は「場所は?」とさらに尋ねました。

Tさんは寂しげに笑みを浮かべ「顎から始まって口全体に広がったって感じです」とつぶやくように仰いました。

そして、「最初、顔が腫れてたので病院に行ったら『顎に悪性の腫瘍が出来ています』と診断されて、切除できない場所らしく、余命も3ヶ月と宣告されたんです・・・でも、最初の頃は普通に食欲もあって元気だったんですね。でもだんだん食欲が落ちてきて、ご飯も上手に食べれなくなったんですね・・・その頃から一気に弱りだして・・・ご飯は柔らかく液状にして口元まで与えてたんですけど、数回舐めるだけで、ほとんどご飯も水も飲まなくなりました」Tさんはそこまで言って大粒の涙を流されました。

私はハンカチを取り出しTさんに渡しました。そして「それで安楽死という選択をしたのですか?」と聞きました。

「すいません」と言ってハンカチで涙をふいたTさんではありましたが、私の問いかけには首を横に振りました。

「いえ。安楽死という考えは全くありませんでした。病院でチューブを使って直接、胃まで栄養を運ぶ延命治療をしてもらったんですが、もう食べることも鳴くこともできないくらい口の中が変形してきて・・・それでも私が帰ってきたらフラつきながらも近づいてきて体を寄せてくるんです・・・そして鳴声は出せなくなったけど口を(ミャ~ミャ~)と鳴くときのように動かすんです。ちょうど、その時期に病院の先生から『辛いことですが、今後、回復することはありません。日に日に様態は悪くなるでしょう。大抵の飼い主さんはこの段階で安楽死の事を考えられるんですよ』と言われ、初めて安楽死ということを意識しました」と話してくれました。

その頃、ちょうどお父さんとお母さんが部屋に入ってこられ、お父さんは私に「どうも」と挨拶してくださいました。

私はお父さんに向き直り、頭を下げ、挨拶と自己紹介をしました。

お父さんは会社に行かれていたので、息を引き取ったララちゃんとの対面はこのときが初めてのようで、その場から「ララ。楽になったか?」と優しく声をかけていました。

さらにお父さんは何か声をかけようとララちゃんとTさんのほうに近づこうしたのですが、お母さんが私とTさんが安楽死のことを話していたことを察してか、そっとしてあげてと言わんばかりに首を横に振ってお父さんの腕を掴みました。

 

そして、お父さんは、状況を理解したように、歩みを止め、お母さんの隣に座りました。

ララちゃんを挟んで向かい合わせの状態で座っていた私とTさんは、その後、顔を見合わせながらお話を続けました。

医師から安楽死という選択を示唆されたTさんではありましたが、あくまでもララちゃんの寿命が許す限り、その命の灯が完全に消えるまで、たとえ1日であっても、1秒であっても無駄にすることなく天寿を全うさせてあげたい。

そう心に決め「安楽死はしません」Tさんはそう医師に伝え病院を後にしたそうです。

「ララは血が混ざったヨダレを垂れ流すようになっても、私が帰ってきたら(ニャ~)と声にはならなくとも口を動かして向かえてくれました・・・そして私が顔を近づけたら喉を鳴らして嬉しそうにするんです・・・その姿を見てたら安楽死なんてとてもできないって思ったんです」

しかし日に日に衰弱していくララちゃん姿を見ていくうちにその決意が揺ぎ、自分の選択が正しかったのかどうかを自問自答する毎日が続きました。

病院から安楽死を示唆されて、1週間が過ぎた頃、ララちゃんはTさんを見ても何の反応も示さなくなり、Tさんは初めてお母さんに「安楽死させてあげたほうがララは楽にられるのかな・・・私がやってることは間違いなんかな・・・」と苦しい胸の内を打ち明けました。

お母さんは「ここまであなたは精一杯ララのために頑張ってきたんやないの。あなたが決めたことなら、どんな選択であってもララは喜んで受け入れると思うよ」と言って献身的な看護を続けるTさんを勇気付けたそうです。

そこまでの話をし終えたとき、Tさんは体を震わせて泣き崩れました。

後ろから見ていたお母さんがそっと立ち上がり、優しくTさんの頭を両手でかかえるようにして抱きしめました。

お母さんはTさんを抱きしめたまま私に「それで私が娘に言ったんです。『ララもあなたも充分頑張ったと思うよ。楽にしてあげても誰もあなたを責めないよ』って。それで、今日、私も一緒に病院に行って・・・」

お母さんもその後、言葉につまり涙を流されました。

そしてTさんが「それが正しかったことかどうか、結果的に私がララの命を奪ってしまったんだって思うと悲しくて」と涙声ではき出すように言いました。

お母さんはTさんを抱きしめたまま、その場に座り込まれ、お父さんは何か言いたげそうだったのですが、言葉が見つからないかのように押し黙ったまま視線を下に落としていました。

部屋は沈黙に包まれていましたが、私は「Tさん。Tさんが今言った『命を奪った』という表現や考え方は正しくないと私は思います。お母さんが先ほど言ったようにララちゃんを楽にしてあげたというのが正しい物の見方だと思いますし正しい表現だと思います」と言いました。

Tさんは「でも結果的には同じことじゃないですか」と語尾を強めて仰りました。

お母さんはTさんの言葉にかぶせるように「そんなことないよ。ララもきっと喜んでいるよ。実際、すごく安らかな顔をして逝かせてあげれたじゃないの」とTさんの肩を揺するようにして言いました。

「Tさん」と私はTさんに呼びかけてから「ペットに限らず安楽死のことについては賛否両論あります。一概にこれが正解だと言い切れる人なんていません。ただ私は家族の方が愛するペットのことを想って決めた判断であるなら、それが安楽死という選択であっても正しいことだと認識しています。Tさん、以前、私が担当したセレモニーでTさんとは逆の選択をした人がいました。その人は安楽死ではなく、あくまでも自分が責任を持って病状のペットを最後まで見届けることに決められました。最期の3日間は仕事も休まれて、ペットを看取られたんですが、息を引きとるまでの数時間は見るに耐えないほどペットは苦しんで逝ったそうです。それを目の当たりにしたとき、その人は『もっと楽に逝かせてあげればよかった』と自分を責め安楽死させなかったことを後悔していました」

私が話をしてる間、Tさんもご両親も私の目を見て真剣に話をきいて下さいました。

私は話を続け「私はその人にもTさんに言った事と同じことを言いました。つまり『ペットを1番愛していたあなたが決めたことなのだから、その判断は間違ってはいなかった』と・・・Tさん。例え安楽死という選択をしなかったとしても、なんらかの別の後悔の念は残っていたと思います。だから大切なのは愛情の上にその判断をしたかどうかということであって、どういう決断をしたことではないのではないでしょうか?」とTさんに問いかけました。

Tさんは黙ったまま、ハンカチで口元を押さえて視線を落とされたので、私は「Tさん。安楽死させてあげなかったその人がペットを苦しめた悪い人だと思いますか?」と、なげかけるように聞きました。

Tさんは黙って首を横に振ったので「ですよね。では、もう一つ聞かせてくださいね。ララちゃんを1番愛していた人は誰ですか?」という問いかけに「・・・私です・・・」とTさんは静かにつぶやきました。

「そうでしょ。ならそのTさんがララちゃんのことを想って決めたことなんだから、誰が何を言おうとも、それは正しいことなんじゃないんですか?少なくとも私はTさんの判断は間違いではなかったと思っていますし、そんなTさんとララちゃんのことを間近で見てきたお母さんやお父さんもきっと私と同じ気持ちだと思います」と言いました。

Tさんのご両親は何度も頷き「本当にそうやで。お前は充分すぎるくらいしてやってたしララもきっと感謝してるよ」とお父さんが諭すような口調で仰いました。

私は「Tさん。Tさんがララちゃん大切に想った気持ちに偽りはないでしょ?だったら自分を責めてもララちゃんは喜びません。今、大切なのは自分を責めるのではなくて、たくさんの思い出を残してくれたララちゃんの旅立ちを見送ってあげることだと思います」と自身の思いを伝えました。

Tさんは、暫し沈黙の後「わかりました。ありがとうございます」と言って手をついて頭を下げられました。そしてご両親も同じように頭を下げられたので、私も正座をして頭を下げました。

 

その後、ララちゃんは家族の皆様が見守る中、自宅の駐車場に停めさせてもらった火葬車で天に召されました。

ご火葬の間、一度、ご家族は自宅に戻られたのですが、お父さんがコーヒーを持ってきて下さり「いろいろありがとうございました」と労いの言葉を下さりました。

「いえ。とんでもございません」と恐縮する私にお父さんは「本当のこと言うと、親としては、明日からの娘のことが心配でした。気が抜けてしまうんやないかと・・・でも、野村さんがワシが言いたいこと全部言うてくれはって本当に感謝してます」と仰ってくれました。

「いえ。私は本心を娘さんに伝えただけです」と言い、お父さんが持ってきてくださったコーヒーをよばれました。

「あの、娘さんは?」と聞いた私にお父さんは「今、家内と夕飯つくってますわ。ここんとこずっとララに付きっきりで部屋に篭りっきりやったからね・・・久々に娘が笑った顔を見ましたわ」と笑顔で仰っていました。

それを聞いて私は安堵の気持ちになりました。

 

ご火葬とお骨あげが無事に終わり、私はご家族に挨拶をして家をでました。

Tさんだけが玄関先まで出て見送ってくださり「野村さん。本当に野村さんにララのことを頼んでよかったです」と御礼の言葉を下さり、そして数時間前とは比べものにならない、すっきりとした表情になられたTさんは私の車が角を曲がるまで手を振って見送ってくれたのでした。

 

安楽死については賛否両論ありますし答えの出ない永遠のテーマだと思っています。

今回のブログを読んで私の意見に否定的な人もたくさんいるかもしれません。

過去にも安楽死で逝ったペットのことをブログで書く機会は何度もありましたが、その判断をした飼い主さんのことを考慮して一度も題材にしませんでした。

私自身も無意識に避けていたのかもしれません。

今回はTさん家族のご承諾の元、あくまでも私の目線で書かせてもらいました。

私は本文でも伝えたように、医師からペットが余命宣告をうけたとき、その死期が迫り、同時に苦しみが伴う場合、家族の方がペットを大切に想ってのことであるならば、安楽死という判断であっても間違いではないと思っています。

それはペット葬儀会社の人間としての意見ではなく、私個人の意見であります。



 

 

 

言葉にならない・・・

ペットちゃんがお亡くなりになったとき、飼い主さんが私たちのようなペット葬儀会社にお葬儀及びご火葬のご依頼をされるのは、大抵の場合、ペットちゃんが亡くなった当日か、遅くとも2日以内の間に連絡があるのが通例であります。

ただ、稀に当ブログ{ペットの最期を看取るとき・・・}で書かせてもらったように、死期が迫ったペットちゃんの飼い主さんから、お電話があるときがあります。

それは、万一のときに備えて葬儀の内容や料金システムの事を事前に確認しておくといった意味合いもあるのですが、ほとんどの場合、医師からペットの死が間近であることを宣告をされ、何かをしてあげたいのに、もう、してあげることは存在せず、ただ静かにその時を待つだけの状態になったとき、悲しみと戸惑いの中であっても、「ペットの旅立ちの準備をしてあげなければならない。それが飼い主としての最期の役割と責任なんだ」という想いから私達のような葬儀会社に電話をされるのであります。

そして、飼い主さんは「今、私はペットに何をしてあげるべきなのでしょうか?」というようなことを尋ねられます。

私の知る範囲で、ペットに適した環境面等の説明させてもらうこともあるのですが、それらの事は病院から指示をうけておられ、すでに実践されている飼い主さんがほとんどなので、正直なところ、このような状況下で私達のような葬儀会社ができることは、無いに等しいのが現実であります。

ただ一つ、私に出来ることがあるとすれば、それは残された時が僅かになったペットのために何かしてあげたいと身を削る思いで看護されている飼い主さんが少しでも気持ちを強く持ってもらえるように、時に慰め、時に励ましながら、許される限り、たくさんお話をすることだけであります。

話の内容は当然のことながらペットちゃんのことが中心で、出会いから現在に至るまでの話や、飼い主さん自身のお話なんかも聞かせてもらうこともあります。

そんな飼い主さんの中にはペットが旅立つまでの数日間、毎日のように私に電話をくださり、ペットの様態を伝えてくださった方もいました。

 

そして、その日は必ずやってきます・・・

旅立ちの日であります・・・

 

飼い主さんより電話で訃報をうけ、葬儀の日を決めていただき、私はこのような場合、自身の日程を調整をして、可能な限り、自らがセレモニーの担当するようにしております。

 

例え数日であってもペットちゃんが生前のときに飼い主さんとお話をしたことにより、そのペットちゃんのお葬儀に向かうとき、正直に言うといつもに増して気が重いのも事実であります。

それは何の面識もなく、顔も知らない飼い主さんではあったのですが、電話でお話をしたことで、親近感のような感情を持ったことにより、その人の悲しむ姿を目にしなければならないからであります。

向かう車中で、飼い主さんに、どのような言葉をかけようかと、色んなことを考えていくのですが、いざ、飼い主さんと対面したき、飼い主さんの疲れきった表情や充血した目を見て、言葉を失い「初めまして。野村です」と挨拶しか出来ないことも少なくありません。

飼い主さんも私を見た瞬間、電話でのやりとりの記憶が甦るのか、言葉を発せなくなり、ただ、頭を深く下げ、声をころして涙を流されます・・・

 

お電話でいろんなお話をしたことにより、お互いのことを少しは理解できているせいか、その場での会話はなくとも、不思議と心が通ってるものであり、その後、ペットちゃんが安置されてる場所に案内してもらいペットちゃんに合掌し、触れさせてもらいます。

そして、その時、あらためて自己紹介をし、挨拶を交わし、場合によっては飼い主さんから、電話でのやりとりのことへの感謝の気持ちの言葉をかけてもらうこともありました。

 

特にお一人暮らしの飼い主さんはペットの死期が近づいたとき、その不安と恐怖から、何も手につかなくなるもので、家族や友人。動物病院のお医者さんやペットショップの店員さん。あるいはトリマーの人など、ペットのことに詳しい誰かに今の状況を伝え、一緒に共有してほしいと願うものであります。

そして私のようなペット葬儀会社の人間も、そのような状況下では適任な立場にあるのかも知れません。

私は常日頃から、スタッフに「我々の仕事は亡くなったペット達を見送るのと同時に、時にはそれ以上にペットに先立たれた飼い主さんの支えになることが大切なんだ」とよく口にします。

それは私の本心でありプレシャスコーポレーションの会社理念でもあります。

現在、3回線あるプレシャスコーポレーションの受付電話に最初に出るのは私の担当であります。

会社にいるときは当然のことながら、自宅にいるときも一回線目は転送して私が出るようにしており、365日24時間対応ですので、昼夜問わずかかってきた電話の対応は私がすることになります。

私の寝不足は慢性気味になりましたが、両親から授かった強靭な身体のお陰で今のところ問題なくこの仕事スタイルを貫いております。

そして、これからも可能な限り続けていく心構えであります。

プレシャスファミリー

私達プレシャスコ-ポレーションのスタッフがペットを亡くされた飼い主さんとセレモニーのときに一緒に過ごす時間は短くても1時間。長くて5時間ほどであり、平均して約2時間半ほどの時間であります。

セレモニーとは簡単に説明すると葬儀を執り行い、出棺し、ご火葬からお骨上げまでの時間のことを指します。

過去に当社にご依頼を下さった飼い主さんを除けば、友人や知人でない限り、ご依頼主さんは当然ながら初対面の人達であり、最初は、距離を感じながらセレモニーを進めていくことも珍しくありません。

これは悪徳業者による、遺骨のすり替え事件等に代表される業界全体の不信感が原因であり、仕方のないことだと私は認識しています。

事実、初めて弊社にご依頼して下さった方の中には、火葬の間、不審な行動がないか、ビデオカメラで我々の行動を終始、撮影されていた方もいましたし、または、すり替えされたときの証拠になるよう亡くなったペットちゃんの口に鈴を仕込み、お骨あげのときに確認できるようにされた方もいました。

正直、疑われるということは気持ちの良いものではありませんが、飼い主さんのそれらの行動は、家族であるペットを大切に思う気持ちからなる行動であるため、お気持ちは充分理解できますし、そんな飼い主さん達を責めることは出来ないのも正直な気持ちでありあます。

むしろ、私はそのような疑わしき風潮を作ってしまった業界に強い憤りを感じています。

 

ただ、これらのマイナス要素がある中、限られた時間であっても、セレモニーという特別な時を共に過ごすことにより、私達の考えや想いなどが、セレモニーが終わる頃には必ず伝わるものであり、それは、言葉ではなく、おそらく心の交流の中で伝わってるいるんだと私は思っています。

私たちと依頼者さんたちはペットの死という悲しい現実を通じて知り得た間柄ではありますが、この数時間の間に言葉では表現できない絆が生まれ、セレモニーが全て終わるころには同志のような関係になることも少なくありません。

私をはじめ、弊社スタッフが年齢や性別に関係なく、このようにして知合った人達と手紙やメールのやり取りをすることも多く、同志の数は現在進行形で増え続けております。

プレシャスーポレーションへのご依頼の半数は、それら、同志と呼べる人達からの紹介であり、心が通い合った人からの紹介であるとき、先に述べた不信感は取り除かれ、初めてのご依頼者さんであっても終始、穏やかな気持ちで共にペットを見送れることができるのであります。

 

私は親睦会や互助会といった類のものであっても会費が発生する集いは好きではありません。

過去にスタッフからもプレシャス互助会なるものの発足の提案がありましたが、私は断固として反対しました。

それは、名称も形も無い集いではありますが、セレモニーを通じて深い絆で結ばれたファミリーのような存在の同志の人達に勝るものはないと確信しているからであります。

ペットロス無料相談会 日程のお知らせ

以前、このブログでもお伝えしました、ペットロス相談会の実施日が決まりました。

 

・日時 平成24年11月11日(日曜日)13時より~15時

・場所 プレシャス会館 大阪府寝屋川市高柳2丁目14-27

・費用 無料※飲料等はこちらでご用意させてもらいます。

・ペット同伴可

・お問合わせ 06-6997-6888 野村まで

第一回目となる今回の相談会は会館のスペース的にも20名以内と考えております。

定員が詰まり次第、受付終了とさせていただきます。

参加希望の方は下記URLのお問合わせフォームにてお知らせくださいませ。

http://www.precious-corporation.com/info/

また駐車場が2台分しかありませんので、車でのご来館はメール先着順とさせていただきます。

お申し込みのメールに必ず「車で来館希望」と明記してくださいませ。

なお、その他の方は最寄駅の京阪寝屋川駅~プレシャス会館まで送迎させていただきます。

 

ペットロス相談会と銘打ちましたが、そんな堅苦しいものではなく、ペットロスを経験した人間同士の交流会のようなものを提供できればいいかなと考えております。

現在、ペットロスで悩んでいる方はもちろんのこと、前向きに克服された方の参加も歓迎します。

いろんな人のいろんなお話が聞ける会になれば良いと考えていますし、来られた方が来られた時より少しでもプラスになって帰ってもらえたらと思っています。

 

◎注意事項として

・お問合わせフォームに必ず参加人数と簡単な参加動機を記入してください。

・物品販売や勧誘など、営利目的のための参加は固くお断り申し上げます。それらの事実が 確認できた場合、直ちにご退席していただきますのでご了承くださいませ。

 

◎最期に・・・

相談会の目的は現在、ペットロスで苦しんでおられる方が少しでも前向きになってもらうことであり、営利を目的としたものではありません。

有能なカウンセラーがいる病院は早く潰れるという言葉があります。

つまり、有能なカウンセラーは瞬時にして患者さんの状態を把握し、速やかに的確な治療を施すことによって患者さんが心労から解放され、長期間、病院に足を運ぶことがなくなり、結果その病院は潰れるという意味合いの言葉です。

少し意地悪な表現ではありますが、あながち間違いではないような気もします。

もちろん、当社でも提携してるカウンセラーの先生もいますし、誠心誠意を込めて患者さんと向き合いながら、真剣に取り組んでおられるカウンセラーさんも多く存在します。

誤解のないように言いますが、私の先の言葉は全てのカウンセラーさんを否定するものではありません。

ただ私はペット葬儀という仕事を通じて多くの人がペットロスで悩まれている人たちと接して参りましたし、カウンセリング治療をうけておられる方もいらっしゃいます。

しかし、それらの人が長期間通った結果、良い方向に向かったという話しは、ほとんど聞いたことがなく、残ったのは多額の治療費と薬代に消えたお金だけという話もよく耳にします。

 

私も過去、ペットロスに苦しんだ人間の一人であり、現在、ペットロスという現実と自分なりに前向きに付き合ってる人間でもあります。

だからと言ってペットロスの人達を集めて「私が治してあげます」なんて、大それたことは考えていないし、そんな資格も才能も力もないことは私が1番理解しています。

ただ、私は今回の相談会に参加した人達が互いの考えを理解し、分かち合うことにより、少しでも前向きになれるヒントのようなものをつかんでもらえたなら、それだけでいいと思っています。

そして私もその会の一参加者という位置づけで参加しようと思っています。

持論ではありますが、そのような会で費用や利益が発生すると、本来の目的を見失う結果になってしまう事は少なくありません。

だからこそ、参加費を無料にしたのであって、そういう会でないと、参加した人にとって本当に有意義な会にはならないとも考えています。

 

プレシャスコーポレーション代表 野村圭一

同じベッドの中で逝ったあの子のメモリアル

プレシャス会館でペットのメモリアルグッズを作りに来館される方の中には、他社でお葬儀を執り行った飼い主様もたくさんお越しになられます。

プレシャスコーポレーションでメモリアルグッズを作成するにあたり、弊社で葬儀を執り行ったか否かは関係なく、同じ価格で同じように作成させていただいております。

※詳細はhttp://www.precious-corporation.com/service/goods.html参照

そのような方々がメモリアルグッズを作成されるために来館された際に私がたまたま会館に居合わせたときなどは、待ち時間のときに亡くなったペットちゃんのお話を聞かせてもらったりする機会が多々あります。

そのような機会に、お聞かせいただいたお話の中で、私の心に残った神戸市のMさんのペットであったシェルティーちゃんのお話を今回は紹介させてもらおうと思います。

そのシェルティーちゃんは最初、自宅ではなく、塀を隔てた庭で飼われていたそうです。

ところが、ある日、Mさんが自宅で寛いでいるとき、何かの気配がして、玄関に行くとシェルティーちゃんが座っていたのです。

庭から玄関まで塀があるので、どうやってシェルティーちゃんが入ってきたのか不思議に思いましたが、Mさんは誰かのイタズラだと思い、シェルティーちゃんを庭に戻しました。

しかし、その日を境にシェルティーちゃんは頻繁に玄関まで来るようになったのです。

子供の頃には飛び越えれなかった塀だったのですが、大人になったシェルティーちゃんなら、乗越えれる高さになっていたのかもしれないと考えたMさんは塀の上に物を置いたりして跳び越せないように工夫しました。

ところが、数日後、またしてもシェルティーちゃんは尻尾を振りながら玄関に座っていたのです。

外に出て塀を確認しにいったMさんは驚きました。

なんと塀の下が掘り起こされてトンネルができていたのです。

Mさんは振り返ってシェルティーちゃんを見ました。

シェルティーちゃんの爪は土で汚れていましたが、悪びれる様子もなく楽しそうにMさんを見上げていました。

無邪気に自分を見つめるシェルティーちゃんを見たMさんは「私の負けね。そんなに玄関がいいなら今日から玄関におり。そのかわり玄関までね。そこから先は上がっちゃダメだからね」と言ってその日からシェルティーちゃんを玄関で生活させることにしたのです。

Mさんは私に楽しそうに話してくれました。

そしてMさんは遠くを見るように「そこからは出世魚のような感じで行動範囲が広がって玄関からリビング・・・あの手この手を使って私に取り込むような感じで、いつのまにか家全体を自由に行き来してました。そして眠るときは私のベッドで私の隣で寝てたんです・・・」そこまで話してMさんは言葉に詰まりました。

Mさんの瞳が濡れていることに気付いた私は「あの・・・すいません嫌なこと思い出させましたか?」と尋ねました。

Mさんは気を取り直したように「いえいえ。少し思い出しちゃって・・・最期のとき、ベットで私の隣で逝ったものですから・・・」と私を気遣ってか、笑顔でそう言いました。

「ベッドで?そうだったんですか・・・」と言った私にMさんは黙ってうなづき「もう医師からも長くはないと宣告されてましたし、年齢的(17歳と8ヶ月)にも私もその覚悟はしてました。その日もずっとベットで横になったままで、心臓だけがかろうじて動いているような感じだったんですね・・・それで夜、眠るときに『逝くときはちゃんと知らせてね』って言って隣で顔を向け合いながら眠ったんです・・・なのに、朝、目が覚めたら・・・」

Mさんは職人さんがメモリアルグッズの最終工程の作業をする隣に座って、その話を私に聞かせてくださいました。

話の後半では職人さんも手を止め、話に聞き入っていました。

「ちゃんと知らせてって言ってたのに、あの子は静かにひとりで逝っちゃって・・・」現在のペットであるティーカッププードルちゃんを抱きながらMさんは寂しげにつぶやくように言いました・・・

 

そして、数分後、最愛のシェルティーちゃんの遺骨が入ったガラス石材の数珠が完成し、Mさんはそのままケースには入れず、すぐに手にはめておられました。

「すごく綺麗!ありがとうございました」と丁寧に職人さんに頭を下げられたMさんの顔からは涙は消え、清清しい笑顔が戻っていました。

Mさんは来年の3月に神戸でペットカフェを開業される予定で、「人とペットが同時に癒されるような店にするつもりです」と意気込みを語っておられました。

僅かな時間ではありましたが、Mさんとお話をして、私はMさんならきっと素敵な空間を作れるだろうと確信しました。

来年のオープンの日には私もお邪魔させてもらう予定であります。



数珠のデザインと組合わせるパワーストーンを職人さんと選ぶMさんの様子

持参したシェルティちゃんの遺骨とガラス石材を融合させる工程を見学されるMさん

ペットの命を奪う恐ろしいウイルス

前ブログでリンタロウちゃんのことを書かせてもらったのですが、秋口に差し掛かった頃合から、犬ちゃんの急死の訃報が弊社プレシャスコーポレーションに多くよせられるようになりました。

亡くなった経緯と症状に多くの共通点が見られることから、おそらく同じ病気で亡くなったのではないかと私は思っています。

その病気とは犬パルボウイルス感染症で、現時点では特効薬は存在しません。

症状はおもに激しい下痢と嘔吐を引き起こす病気でワクチン未接種で体力や免疫力の弱い子犬や老犬に感染が多く見られるのですが、成犬にも感染します。

通常4~7日間の潜伏期間の後、激しい下痢や嘔吐、食欲不振、発熱、そして重い脱水といった症状が現れ、さらに悪化すると最悪の場合、1~3日間という短期間で死に至る恐ろしい病気であります。

犬パルボウイルス感染症は、感染した犬の便や嘔吐物などを、他の犬が舐めたり触れたりした場合に接触感染する以外に感染した犬が使った食器や感染した犬に触れた我々人間の手からも感染することもあるので、複数で飼われている場合は特に注意が必要であります。

先にも述べたように犬パルボウイルスに有効な薬剤がないため、治療法としては脱水症状やショック状態をやわらげる支持療法に専念することになります。

いずれにせよこれらの症状が出た場合は速やかに医師の診察をうけさせてあげてください。

犬パルボウイルス感染症の予防は、ワクチン接種が有効です。

とくに飼い始めの子犬の場合は、適切な時期・回数のワクチンを接種することが大切です。動物病院に相談してワクチン接種を受けるようにしてあげてください。

感受性が豊かなリンタロウちゃんの急死・・・

「以前、そちらでペットの葬儀をお世話になったものですけど・・・またお願いできますか・・・」と聞き覚えがある声で問合わせがありました。

電話を受けた私は(この声、誰だったかな)と考えつつも予定表に目を通しながら日程を決めました。

私は「あの、前に弊社にご依頼くださったのはいつ頃でしょうか?」と聞きました。

電話口の相手様からは「昨年の今頃だったと思います。柴犬の葬儀と火葬をそちらにお願いしたんですが」と返答があり、私は「もしかしてTさんですか?」と尋ねると「はいそうです。野村さんですか?」と返答がありました。

「Tさん。ご無沙汰しております。あの・・・もしかして、亡くなったのは・・・」私はその後の言葉を口にすることが出来ませんでした。

そんな私を察してかTさんは「はい。リンタロウが今朝方亡くなりました・・・」と悲しい現実を報せてたのでした。

 

リンタロウちゃん・・・

リンタロウちゃんは、ちょうど一年前に他界した柴犬リュウタロウちゃんの子供で、父であるリュウタロウちゃんの火葬の時、犬小屋の屋根に飛び乗り、火葬が終わるまで悲しい遠吠えをしながら父親を見送った犬ちゃんでありました。※当ブログ{大家族葬}参照。

 

私は「リンタロウちゃんはまだ若かったですよね?あの・・・事故か何かですか?」と聞きました。

Tさんは「いえ。原因はわからないのですが・・・急に・・・」そこまで言ってTさんも言葉に詰まりました。

お葬儀は翌日に執り行われることになり、私が担当することにしました。

Tさんとの電話を切った後、私は父犬のリュウタロウちゃんの葬儀の当日、私と二人で担当したスタッフK君に電話をかけ、リンタロウちゃんの訃報を伝えました。

K君は「ええ!本当ですか?あの遠吠えしてた子供の犬ですよね?まだ若いんじゃないんですか?死因は?」と驚きを隠さず捲くし立てるように言いました。

「詳しい原因はわからないんやけど、急死らしい。とりあえず、君にも伝えとこうと思って」と私は言いました。

私がK君に報告したのには理由がありました。

K君は「自分が担当した葬儀でもっとも印象深いのはリュウタロウちゃんの葬儀です」と常日頃から口にしていたからであります。

父であるリュウタロウを偲んで遠吠えを続けていたリンタロウちゃんの姿は飼い主であるTさん家族の涙を誘い、葬儀を担当した私とK君もリンタロウちゃんの悲しい鳴き声を耳にして涙を堪えることができませんでした。

それはK君だけではなく、実際にブログでも、その日のことを書かせてもらったように私自身も忘れることが出来ないセレモニーでありました。

K君は「明日、僕も参列させてもらっていいですか?」と私に尋ねたので「わかった。葬儀が始まる時間は夕方4時半からね。時間がとれたらおいで。場所はリュウタロウちゃんの葬儀をした同じTさんの自宅前の私有地でやるから」と伝えました。

 

あんなに元気だったリンタロウちゃんが亡くなったのがどうしても信じられず翌日、私は予定の時間より早くTさん宅に向かいました。

リンタロウちゃんは柴犬にしては体が大きく、どちらかと言うと甲斐犬のような体格をしていました。

それでいて、筋肉質の体つきなので、身体能力が高く、人間の大人の胸の高さほどある門を軽々ジャンプして乗越えるほど身軽でもありました。

Tさん宅に到着し、門を開けるとTさんの奥さんが迎えてくださいました。

私は奥さんにお悔みを告げ、リンタロウちゃんが安置されている玄関に通されました。

リンタロウちゃんは父であるリュウタロウちゃんも使ったTさん手作りの木製の棺に横たわった状態で安置されていました。

棺の中のリンタロウちゃんは一年前に比べ、また一回り大きくなっており、お腹周りが若干痩せていましたが、毛並は艶があり、太く強靭な足腰の筋肉は健在で、とても急死した犬には見えませんでした。

私は奥さんに「なにが原因だったのですか?」と尋ねました。

奥さんは「私達にもわからないです。3日くらい前から食欲がなくなって、食べたものを戻したりしてたので、本当は今日、病院に連れていく予定だったんです・・」と悲しげに仰りました。

そのとき、自宅の奥からTさんが「あ、野村さん。どうもこの度は」と頭を下げながら現れました。

私は「この度は・・・・Tさん、今、奥さんともお話を聞いていたのですが、急すぎますよね・・・と目の前で横たわるリンタロウちゃんを撫でながら言いました。

Tさんは「うん・・・ほんまにびっくりです・・・確かに食欲は落ちてたんですけど、1週間前まで普通に元気だったんですよ。食あたりでもしたのかなって安易に考えてました」と仰いました。

リンタロウちゃんは年齢的にもまだ若く、いかにも頑丈そうな体格から、Tさんもリンタロウちゃんが命に関わる病気に患ってるとは想像もしていなかったようで「ウィルス性の急性腸炎だったのかもしれないですね・・・」と言った私に、Tさんは黙って頷き「ネットでいろいろ調べたんですが、症状がそれに一番近いと思いました・・・いずれにせよ、死に至るとは・・・信じられないです」と肩を落としました。

リンタロウちゃんの葬儀と火葬はリュウタロウちゃんと同じTさんの私有地でTさん家族が見守る中、執り行われました。

焼香の儀が終わり、火葬が始まって5分ほどしたときにK君が駆けつけました。

K君は足早にTさん家族に歩み寄り、ご家族にお悔みを告げた後、火葬車に向かって合掌をしておりました。

合掌を解いたK君はTさんの自宅の方を向いたまま、その場で立ち竦んでいました。

私はK君が何を見ているのかかがわかりました・・・

おそらくK君は主のいなくなった空っぽの犬小屋を見ていたのでしょう。

そして、1年前、リンタロウちゃんが父親犬を偲んで鳴き続けた姿を思い出していたのに違いありません。

そんなK君を気遣ってか、Tさんの息子さんがK君に歩み寄り、ご出棺間際のリンタロウくんの姿をおさめた携帯カメラの写真を見せておられました。

その後、私とK君はTさん家族と輪になって生前のリンタロウちゃんの写真を見ながら思い出話にふけました。

1時間後、無事に火葬が終わり、ご家族の手によってお骨あげが執り行われ、リンタロウちゃんの遺骨は父のリュウタロウちゃんと同じ5寸の骨壷に納められ、Tさんの自宅で父の骨壷の隣で保管されることになりました。

リュウタロウちゃんの葬儀のときはずっと雨が降っていましたが、リンタロウちゃんの葬儀の日は快晴で、セレモニーが全て終わったときには秋晴れの空が夕日に赤く染められ、綺麗な夕焼けの空が広がっていました。

感受性豊かで少しヤンチャなリンタロウちゃんは父の半分の犬生ではありましたが、家族はもちろんのこと、知る人に強い印象を残し、天国に旅立ちました。

おそらくK君もリンタロウちゃんのことを忘れることはないでしょう。

そして私も・・・

亡くなったペットが飼い主さんと過ごす満たされた時間とは

ペットが亡くなって我々のような葬儀会社に連絡をする間、ほとんどの方は自宅で数日間、安置されます。

夏場は気温が高いこともあり、お亡くなりになった当日に葬儀と火葬の依頼をされる方もいますが、当社の統計によると、飼い主さんが亡くなったペットを安置されておくお時間は平均して夏場で1日~2日。冬場で2日~3日であります。

安置の時間はペットと飼い主さん家族。または生前に交流があった飼い主さんの知人やご近所さんとの最後の触れ合いの時間でもあり、たとえ呼吸をしていなくても生前と変わらない姿の見納めでもあるので、ほとんどの飼い主さんは風通しの良い場所などにペットを移動し、氷や保冷剤等を利用して状態を保てるように施してあげ、綺麗な状態を保ちながら旅立ちの準備に備えるようにされております。

※それら安置の方法は当社のHPの「ペットが亡くなった際」にも詳しく掲載させてもらっておりますので参考にして下さい。http://www.precious-corporation.com/service/

 

 

それと亡くなったペットを綺麗に保つ方法として弊社プレシャスコーポレーショに問合わせあった際に上記の具体的な処置以外に必ずお伝えすることがあります。

それは「生前と同じようにペットに話しかけてあげてください。そしていつもと変わりなく優しく体を撫でてあげてください」ということです。

もちろん、それらの行動でペットの状態が保てるという科学的な根拠は存在しません。

しかし、私達は毎日のようにペットの葬儀や火葬のご依頼を請け、数え切れないほど、旅立ったペット達に目にし、触れて参りましたが、亡くなってからも家族の方達が生前と変わりなく優しく接してあげたペット達は毛並も艶があり、表情も安らかで本当に眠ってるようにしか見えないほど、生気に満ち溢れているのであります。

 

また、これらの話しは、過去にペットを亡くされた経験がおありの方ならきっとご理解できる話だと思っております。

 

 

N市のKさんにとって、ペットに先立たれたのは初めての経験でありました。

Kさんの愛猫のちゃるちゃんが亡くなったとき、現実を受け入れられず、何をすればいいのかさえわからず3日間が過ぎました。

そんなKさんを見かねたお母さんは地域の焼却場に持ち込むことを薦めました。

もちろんお母さんにとってもペットを喪ったことは初めての経験であり、そこで、ちゃるちゃんがどのような処置をされるのかは認識しておりませんでした。

Kさんはちゃるちゃんを腕で抱き、焼却場を尋ねました。

そこで役場の人に聞かされたのは「生ゴミと一緒に焼却処分します」という悲しい現実でした。

「遺骨を拾わせてほしい」という要望も「高熱で焼くので、ほとんど骨は残りませんし、そのような(骨を返す)事も規則でできません」と受け入れられませんでした。

涙を流しながら立ち竦むKさんに役場の人が「どうしてもゴミと一緒に焼けれるのが嫌なら火葬場に行けばいいんじゃないですか」と教えてくれたのは市営の斎場でありました。

Kさんは言われたまま、今度は斎場に向かいました。

斎場ではゴミと一緒に焼かれることはありませんでしたが、立会いもできず遺骨は返してくれないということでありました。

斎場の受付の人が「で、どうされますか?」と尋ねましたがKさんは「もう一度考えさせてください」と言い残し斎場を後にしました。

誰でも初めてペットを飼うときに亡くなってからのことを考えて飼う人なんていません。

初めてのペットロスはどんな人であっても戸惑いと悲しみ以外の何物でもないのであります。

Kさんとて、それは同じでありました。

 

Kさんは、一度、自宅に戻ることに決め、歩きながら、ふと腕の中のちゃるちゃんを見ました。

ちゃるちゃんの安らかな顔を見たKさんの目からは涙が溢れ、止めることができませんでした・・・

 

Kさんは自宅に戻りお母さんに役場と斎場の出来事を話しました。

お母さんも「それはあんまりだわ・・・」と嘆き、Kさんとお母さんはペットを飼っている親戚に相談することにしました。

弊社プレシャスコーポレーションをKさんに紹介してくれたのはお母さんの親戚のお姉さんでありました。

翌日、電話で「立会いできますか?」「骨は返してくれるのですか?」とKさんからお電話でお問合わせがあり、全てそのような形式でのセレモニーを前提にしているのが当社の理念でもあるとお伝えし、その日にちゃるちゃんのお葬儀とご火葬を請け負うことになりました。

担当することになった私は指定のお時間にKさんの自宅前に着き、お電話で到着を告げました。

玄関で挨拶を交わし、Kさんとお母さんとKさんの叔父にあたる親族の方が出迎えてくださり、ちゃるちゃんが安置されてる二階の部屋に案内されました。

安置されていたちゃるちゃんを最初見たとき私は驚きました。

ちゃるちゃんは亡くなってから4日経過しているとKさんから聞かされていたのですが、部屋で安置されていたちゃるちゃんは生気に満ち溢れ、とても四日前に亡くなったようには見えなかったからです。

私はKさんにお許しをもらい、ちゃるちゃんの顔と体にも触れさせてもらいましたが、死後硬直もほとんどなく、お腹の部分は弾力感さえあったのです。

私は失礼なのを承知で「あの・・・本当にお亡くなりになったのは4日前なのですか?」と尋ねました。

Kさんは「はい・・・そうですが・・・なぜですか?」と困惑気味に答えました。

私は「気を悪くされたならすいません。私は仕事柄、毎日のようにお亡くなりになったペットを見るのですが、ちゃるちゃんはどう見ても死後1日くらいしか経過したようにしか見えなくて・・・」と正直に言いました。

先にも述べたようにKさんにとってもお母さんにとってもペットを亡くしたのが初めてのことだったので、私の言ってることが理解できないのも無理はなく「そうなんですか?初めての経験なので、よくわからないんですけど、普通ならもっと状態は悪くなるものなんですか?」と逆に質問をされました。

「そうですね。今の時期、暦では秋になりますが、ここ数日は気温的にも夏ですよね。ある意味、一番状態の悪化が進むのが早い時期でもあるんです。ところが、ちゃるちゃんはとても四日も経過したようには見えなかったもので」と私は言いました。

私は「Kさん。ちゃるちゃんが亡くなってからも普段と同じようにしてちゃるちゃんと過ごしていたんじゃないですか?」と聞きました。

Kさんは私の意外な問いかけに「・・・はい・・・話しかけたり・・・抱っこもしてあげましたし、眠るときもずっと一緒に添い寝していました・・・なぜわかったんですか?」と少し戸惑いを隠せないように言いました。

「何の根拠もない話ではありますが」と私は前置きをし「私達のような仕事をしていると、ペットが亡くなってから飼い主さんとどのようにして過ごしたかわかるんです。つまり、Kさんのように生前と変わりなく、優しく接してあげたペットは呼吸をしていたかのように綺麗な状態を保てるんです」と私は伝えました。

私の言葉を聞いてKさんとお母さんは目を潤ませ、「そうなんですか・・・」とつぶやき、もう一度、祭壇のちゃるちゃんの元に行き顔と体を優しく撫でておられました・・・

 

お焼香の儀が終わり、ちゃるちゃんは長年過ごした自宅の前で火葬車によって天に召されました。

ご火葬が無事に終わり、お骨あげも自宅でKさんが細部に渡って優しく拾骨し、ちゃるちゃんの遺骨はKさんの手に戻りました。

役場や斎場でペット火葬の悲しい実情を知ったKさんは、業界の不信感からか、最初、私にも、あまり感情を出さずに接しておられたのですが、すべてのセレモニーが終わり、帰り際、私を呼びとめ「ほんとうにありがとうございました。お願いして本当によかったです」と深く長く頭を下げて仰ってくださいました。

「とんでもございません」と恐縮する私の言葉に頭を上げられたKさんの顔からは涙は消え、晴れやかな笑顔だけが残っていました。

この笑顔は飼い主としての責任を全うした思いからくる満たされた心の表れであり、私は飼い主さんたちのこのような表情を見たときにいつも思うことがあります。

 

それは「飼い主さんたちのこの表情が見たいからこの仕事をしているのかもしれない・・・」

ということであります。

Home > アーカイブ > 2012-10

  • 亡くなったペットの遺骨で作るメモリアルグッズ
  • 永代供養
  • ペット火葬について日々のスタッフブログ
  • ペットロス 愛するペットの死を乗り越えるために
  • 訪問可能エリア 大阪・京都・兵庫・滋賀・和歌山・奈良 その近辺のエリアに関してもお気軽にお問い合わせください。

ページトップへ