2012-09

精霊たちの不思議な話の後日談義

プレシャスのスタッフブログで書かせてもらう題材は大きく分けて

①「ペットを喪った人達との交流記」

②「弊社プレシャスコーポレーションの恒例行事や新たな企画のご案内」

③「私、野村の独り言的なお話」

と三つのテーマに分類して書かせてもらっています。

簡単に説明すると、①は当ブログの主軸であり、ペット葬儀という仕事を通じ、ペットを喪って悲しみの渦中のおられる人達との心の交流をテーマに私の視点で書かせてもらっています。

②は慰霊祭等の行事のご案内やご報告、または新たに取り組むサービスやメモリアルグッズのことをご紹介などをさせてもらっており、③はあえて会社のブログで書くようなことでもないようなお話を私が思いのまま、自由に書いております。

ところで、前回のブログで書いた納骨堂の不思議なお話ですが、私的には③に分類されるので、納骨堂にまつわるエピソードを多少、茶目っ気を交えて書かせてもらいました。

ところが、そんなブログが以外にも過去最高のアクセスを記録し、ブログを読んでくれている私の個人的な友人や知人からも「今日のブログよかった」「あの話って本当なの?」とメールで反響があり、特に親しい友人達はブログに登場する支配人や風水師さんとも面識があるので、よりリアルに伝わったこともあってか、口を揃えて「おもしろかった」と言ってくれました。

納骨堂の不思議なお話をブログで紹介したのは前回が始めてだったのですが、その納骨堂にペットの遺骨を納めておられる遺族の皆様には、納骨の儀の席上などで事前に「こんな不思議なことがよくあるんですよ」とお話をさせてもらっています。

そのことを聞いた遺族の皆様の反応は、「神秘的な話ですね」や「素敵なことですね」と言った好意的なものがほとんどであります。

弊社の納骨堂が、お寺の納骨堂にありがちな薄暗い印象はなく、壁は銀色に近い金色の壁紙を使っていて、床や天井も白をベースにしているので、どちらかというと明るい印象を受けるからかもしれません。

余談ではありますが、今月の三連休に支配人がお盆休みの振替休日をとったとき、私が支配人の代理として会館の留守番をしていたときの話であります。

私は一階の会館に居たのですが、二階の納骨堂から人の足音がしたので、私はご挨拶をしようと二階にあがりました。

納骨堂には若い女性の参拝者が一人、来られていて、納骨堂に個別で納められている愛猫の遺骨に涙を流しながら花を手向けておられるところでした。

私に気付いたその女性は指で涙を拭い「ペコ」と頭を下げて挨拶してくださったので、私もその場で挨拶をし、初めて見る方だったので自己紹介をしました。

その女性は茨木市にお住まいの、今月の11日に16年間一緒に暮らした愛猫を亡くされたばかりのFさんという方でありました。

私は「もしお時間がおありなら、お茶でもいれますので、お参りが終わってからで結構なので下にいらしてください」と告げ納骨堂を後にしました。

Fさんは静かな声で「ありがとうございます」と仰り、永代供養像にも綺麗な花を供えてくださってから下に降りてこられました。

そして私とFさんは、会館でお茶を飲みながらいろいろなお話をしました。

Fさんは愛猫を喪ってから、まだ日が浅いということもあり「思い出すと悲しくて・・・」と泣きながら辛い自身のペットロスの心境を私に打ち明けてくださいました。

経験上、ペットを喪ってからの数日間が一番、悲しい時期でもあることは私にも理解できたので、私なりにペットロスと、どう向き合うのかを、お話させていただき、Fさんも真剣に聞いてくださいました。

Fさんは辛いながらも仕事も休むことなく、日々の生活を過ごされているようであったので、私は「今が一番辛い時期です。後は時の経過が力になってくれます」と言いました。

その後、話は私が仕事上で実際にしでかした失敗談やFさんの愛猫の葬儀を担当した我社のスタッフY君の話になりました。

話題がY君の面白いエピソードになったときにはFさんの目から涙は消え、Fさんは口を押さえて笑っていらっしゃいました。

そしてFさんが「そういえば、納骨のとき、そのYさんから聞いたんですけど、納骨堂で不思議なことがおこるらしいですね。本当なんですか?」と真顔で質問がありました。

私は「はい。本当です。もう慣れるくらい普通に犬や猫が歩く足音がするんですよ」と言いました。

Fさんは少し困惑気味に「一人で居るときとかこわくないんですか?」と仰られたので「全然こわくないです。僕は納骨堂で眠っているペット達がここを守ってくれてると思ってるので、むしろ嬉しいというか、温かみを感じてるくらいなんですよ」と答えました。

「そうなんですか・・・」とFさんが言ったまさにその時、「ストン!」と猫が高いところから飛び降りたときにする独特の優しい音が二階から天井を伝って響いたのです。

Fさんがハっと私の顔を見たので、「しましたね今。あの音は猫ですよ。見に行きましょう」と私はFさんと一緒に納骨堂に上がりました。

もちろん、納骨堂には誰もいませんでしたが、私はFさんに「ね、本当だったでしょ。それに、こわくはないでしょう?」と聞きました。

Fさんは「はい。本当だったんですね・・・確かにこわいとかそういうのはないです」と優しい表情で仰っていました。

私は納骨堂を見渡しながら、心の中で(もしかしたら、さっきの音をたてたのはFさんの猫かもしれないな)と思っていました。

その隣で優しい表情のまま、愛猫の骨壷が納骨されてる方向を見ていたFさんも、きっと同じことを思っていたのかもしれません。

私とFさんは、その後、下に戻り、今起きた出来事の余韻に浸りながら少しだけお話をし、Fさんが帰られる時刻になりました。

Fさんは帰り際「また、ここに来ます」と言ってくださったので私は「はい。いつでもいらして下さい」と笑顔で答えました。

決して立派な造りの建物ではないですが、私は風水師さんが「精霊達が宿る」と表現してくれた、この納骨堂が大好きです。

そして、この納骨堂で近いうちに「ペットロス相談会」を開こうと思っています。

まだ企画段階なので、日時や内容の詳細は決まっておりませんが、弊社で葬儀を依頼された人もそうでない人も関係なく、参加費用も無料で実施しようと考えております。

決まり次第、このブログでもお知らせさせていただきます。

機会があれば、是非、皆様もいらして下さい。

納骨堂で頻繁におこる不思議な現象

プレシャス会館の二階に納骨堂を建設したとき、浄土宗の僧侶さんと私の肉親の風水師さんのアドバイスをうけ、仏像や仏具の配置を決めました。

決して豪華な造りではありませんが、温かさを感じれる納骨堂なので、私はとても好きな場所であります。

納骨堂が完成して間もない頃、会館支配人から電話がかかってきて「すいません。なんか、納骨堂が変なんですよ」と重い口調で相談がありました。

言ってる意味がわからなかったので「変て?なにが変なの?」と私は尋ねました。

支配人は「いや・・・気のせいかも知れないんですけど、一階に居るとき上の納骨堂から犬の足音みたいなのがするんですよ」と言いました。

「そりゃペット同伴が可能な納骨堂だからお参りにきた人が連れてきたペットが歩いてるのと違うの?」と答えたところ「いえ。私も最初は誰かが来られたんだと思って、挨拶しようと二階に上がったんですけど、誰も居ないんですよ」と支配人は真剣な口調で私に訴えかけました。

元来、支配人は私と正反対で生真面目な性格をしております。

普段から私は悪ふざけで支配人が一人で会館に居るとき、そっと裏口から入って物陰に隠れ、支配人が近くを通るのを待って、近くに来たら大声を出しながら飛び出して驚かすのを楽しみにしていました。

支配人が一人の時、毎度のように、そのようなことをします。

そして毎度のように支配人は悲鳴をあげて飛び上がっています。

驚かせるたびに支配人は「いったい幾つなんですか!いい加減そんな子供みたいなことやめてください!」と顔を真っ赤ににして怒ります。

そんな過敏な支配人のことだから、きっと今回のことも空耳か勘違いだと思っていたのですが、あまりに熱心に言うので、私はその日の深夜に会館に行きました。

ところが足音はおろか、物音ひとつしないくらい納骨堂は静寂に包まれていたので、私は2時間ほど一人で待機した後、帰宅しました。

その翌朝、会館に立ち寄った私の顔を見るなり、支配人が「納骨堂の小鳥の置物の位置が変わってるんです!昨日動かしました?」と尋ねてきました。

私は「深夜に納骨堂には入ったけど、置物には触れてないよ」と正直にこたえたのですが、支配人はニヤっと笑って「絶対に嘘だ。野村さんが動かしたんでしょ?お得意のいつもの悪ふざけでしょ?」としつこく詰め寄ってきたのです。

私は、本当に覚えがないので「そんな子供染みたことせん」と言ったのですが「いっつも子供でもしないようなくだらないことばっかりやって僕を驚かせてるじゃないですか!」と言い返されました。

言われてみたら確かにその通りだったので、返す言葉はなかったのですが、小鳥の置物のことは本当に知らなかったので、「僕じゃない」と伝えました。

その当時、会館の鍵を持ってるのは私と支配人だけだったので、「じゃあ誰がやったんですか?小鳥の置物が勝手に動いたんですか?」とそんなヤリトリを支配人としてたときです。

二階の納骨堂から「チャチャチャ」と犬が歩いたときにする爪が床をたたく足音がしたのです。

思わず私と支配人は会話をやめ、お互いの顔を見合せました。

支配人が、小声で「聞こえました?今の音です」と言ったので、私は階段を一気に駆け上がり二階の納骨堂に入りました。

しかし、納骨堂には犬はおろか、人の姿もありませんでした。

私に遅れて二階に上がってきた支配人が「ね。本当でしょ。僕が言った通りでしょ」とつぶやくように言いました。

「うん。ほんまやね。確かに犬のような足音したよね」と私は納骨堂の方から目を逸らさず言いました。

「でも、なんやろ。なんか全然怖くないというか、むしろ温かい空気感に包まれてるような気しない?」と私は支配人に聞きました。

「いや、それは野村さんが、そういうの平気なタイプだからですよ。僕はこういうの苦手なんで・・・」と苦笑いを浮かべて言いました。

その日を境に支配人はますます過敏になり、一人で会館に居るときは、いつも聞き耳を立てるようになったのです。

そんな支配人を見かねた私は冒頭でふれた風水師さんにそのことを相談し、会館に来てもらうことになりました。

風水師さんは支配人に「納骨堂なんだから、精霊が集まるのって普通のことですよ。それに今まで数え切れないくらい、真心込めて弔ってきたんだから亡くなったペットたちが応援してくれることはあっても、恨まれるようなことしてないでしょ?きっと、そんなペット達が精霊になってここを守ってくれてるのよ」と言いました。

その言葉を聞いて「なるほど。だから足音したとき温かい空気を感じたのか」と私は思いました。

支配人も風水師さんの言葉に「なんか今、すごく幸な気分です」と笑顔で言い「ありがとうございました」と頭を下げていました。

その後、支配人は吹っ切れたように毎日、楽しそうに納骨堂を掃除するようになりました。

納骨堂では、今でも当り前のように小さな足音や猫がタンスの上から飛び降りたときにする「ストン」という音がしますが、支配人はもちろん、スタッフも誰一人、気にとめることはありません。

ところで、動く小鳥の置物のことですが、納骨堂には小鳥の他に犬と猫の置物が合計で10体あります。

犬や猫の置物が動くことはないのですが、小鳥だけはいまだに祭壇から離れた場所に移動しているときがあります。

支配人はそんな小鳥の置物が人知れず移動しているのを見つけるたび「お前またこんなところまで飛んだんか」と優しく語り掛け、元の場所に戻し手をあわせています。

私はそんな支配人を見るたびに必死で笑いを堪えています。

なぜならば、最初の移動のことは本当に謎で不思議なことではありますが、それ以降の小鳥の移動は全て私の仕業だからです^^

支配人はこのブログを読んだらきっと怒るでしょう。

この場を借りて御詫びします。「ごめんなさい支配人^^」もうしません。

見えない絆で結ばれたペットと人間。そして私たち

Nさんの愛猫 シルクちゃんはその名の通り、真っ白で艶のある毛並の猫でありました。

葬儀と火葬の依頼を請け、約束の時間にNさんのマンションに到着した私は玄関前のインターホンで到着を告げ、ドアロックを解除してもらいNさんの部屋のある5階までエレベーターで上がりました。

エレベーターを降りて通路に出た私をNさんは部屋のドア前で待っていてくれました。

私はお悔みを告げ、シルクちゃんが安置されてるリビングに通されました。

シルクちゃんは顔以外を白いシルクの装束ですっぽり覆われた状態でクッションに寝かされるようにして安置されておりました。

私は装束に触れ「すごく綺麗な生地ですね。この衣装はどうされたのですか?」と尋ねました。

Nさんは「私が自分で縫って作ったんです・・・」と小さな声で仰りました。

シルクちゃんを亡くしたショックからか、訪問してからNさんは、ずっとうつむき加減でありました。

私は、シルクちゃんに合掌をした後、「触れさせてもらっていいですか?」とNさんに尋ねました。

私は、自分が担当する葬儀のとき、訪問して真っ先に亡くなったペットちゃんの体を撫でさせてもらうようにしています。それは、私の中の決め事であり、ペットちゃんの体を撫でながら「呼んでくれてありがとう。ちゃんと責任もって志事するから安心してね」と心の中で唱えるようにしているからであります。

Nさんは、少し間を置き「・・・どうぞ」と控えめではありましたが、承諾してくださったので、私はシルクちゃんの頭を撫で、顔から喉元を指で撫でていきました。

そして私の手が首元に差し掛かり、装束に触れようとしたとき「あの・・・」とNさんが遮るように手をかざし「体には触らないでもらいたいんです・・・すいません失礼なこと言って。手術で体を切除していて、あまり人に見せたくないんです・・・きっとシルクも見られたくないと思ってると思うし」と申し訳なさそうに言いました。

「いえ、こちらこそ。すいませんでした」と私は御詫びの言葉を述べました。

私の行動で、少し気まずい空気になってしまい、私は「では、お葬儀の用意させてもらいますね」と伝え、祭壇の設置にとりかかりました。

準備が整い、シルクちゃんをクッションごと祭壇に移し、Nさんと私はお焼香の儀を執り行いました。

セレモニーが終わり、出棺を待つだけの時間になっても、先ほどの気まずい空気を払拭できずにいた私は祭壇の前に座りシルクちゃんの目元を優しく親指で撫でておられるNさんの後ろ姿を無言で見守っていました。

おもむろに、Nさんが私を振り返り「いつもあのようにされているのですか?」と尋ねられました。

「シルクちゃんの体に触れさせてもらったことですか?」と私が確認したところNさんは「はい。何か意味でもあるのですか?」と静かな口調で言われたので、私は「馬鹿げた話と思って聞いてくださってもいいので」と前置きをしてから「お葬儀の依頼をしてくださったのはNさんでありますが、私は私の会社を選んだのはシルクちゃんだと思っているんです」と言いました。

Nさんは私の目を見て黙ったまま頷かれました。

私は続けるように「どのご依頼のときも、いつもそう思っているのですが、私たちを呼んでくれたのは亡くなったペットちゃん達で、見えない力で飼い主さん達を導いて私の会社を選んでくれていると思ってるんです。ですので、私は訪問したとき真っ先にペットちゃんに手をあわせ、体に触れ、前足を握りながら『呼んでくれてありがとう』と話しかけるようにしてるんです」と言いました。

Nさんは正座したままの姿勢で私の方に向き直り、「何となく言われてることわかります・・・言われてみれば、私も、何かに誘導されたみたいにプレシャスさんにお願いしていました・・・」と仰いました。

暫し沈黙の後、Nさんは「シルクは癌で左前足を切除してて、それから転移する度に手術して・・・体中に生々しい手術の痕跡が残ってるんです」とシルクちゃんのことを話してくれました。

Nさんは「私はプレシャスさんが興味本位でシルクの体を見ようとされてると思ってお断りしたんです。理由もわからずあんな言い方してすいませんでした」と謝罪の言葉を述べられました。

「いえ。とんでもないです。こちらこそ、状況もわからないのに、無神経な行動をとってすいませんでした」と頭を下げました。

Nさんは、もう一度、祭壇に向きかえりシルクちゃんの装束の腰のあたりの紐を緩め「よかったら撫でてあげてもらえますか?」と私に言いました。

私は「ありがとうございます」と言い、祭壇に歩み寄りあらためてシルクちゃんの体に触れさせてもらいました。

シルクちゃんの体はNさんが仰っていたとおり壮絶な闘病生活を物語る痕跡が随所に見られました。

そして私がシルクちゃんの体に触れたとき、Nさんは堪えていたものを、はき出すように声をあげて泣かれました・・・

私はハンカチをNさんに差し出しましたが、Nさんは首を横に振って受け取らなかったので、近くにあったティッシュの箱をNさんに渡しました。

Nさんはティッシュで涙を拭い「すいません」と言って顔を上げ「実はこのマンションに越して来たのは最近なんです」と意外なことを口にしました。

話の流れと関係のないようなことだと感じた私は「そうなんですか?」と聞き返しNさんの次の言葉を待ちました。

Nさんはもう一度、ティッシュで顔を拭き「前は隣のM市のマンションに居たんです。そこのマンションの前は公園で、シルクが寝たきりになってからは、よく日向ぼっこさしてあげるために、抱いて公園のベンチに行ってたんです。それで、そこで遊んでいた小学生くらいの女の子が『あ!猫ちゃん』と言って近寄ってきたんですね。それでシルクを見て『足どうしたの?』と悲しい顔して聞いてきたんで『手術して切ったんだよ』って言ったら『かわいそうに・・・』って泣いて撫でてくれたんです。素直にその子の優しさが伝わって、私も嬉しくなって泣きました・・・」そこまで言ってNさんは口元を手で押さえました。

そして「それから、ちょっとして、天気がいい日にいつものようにベンチで日向ぼっこしてたら、この前の女の子と同じ年くらいの男の子達が3人、自転車でやってきて『あれ違うん?バケ猫って』と言いながら近づいてきて『うわあ』奇声をあげながら汚い言葉をシルクに投げかけたんです・・・。すごく、悲しかったし頭にもきたんで言い返そうとも思ったんですけど、相手は子供だし、我慢して家に帰りました。最初に話した女の子がどういうふうに伝えたかはわからないけど、シルクは近所の子供たちから『バケ猫』って呼ばれるようになって、私も『バケ猫の飼い主』って呼ばれるようになったんです」と涙ながらに話してくれました。

「それで引越しされたんですか?」と私は聞きました。

Nさんは無言で頷き「家族や友達も気にせんかったらいいねんって言ってくれたんですけど、なんか無性に悲しくなってきて・・・子供だけじゃなく、公園に来てるオバアちゃんもシルクを覗いて『あら・・・』と言って後ろずさりしたまま、立ち去っていったりもしたんで・・・もちろん、そんな人ばっかりじゃないし、『可哀想に』と言って泣きながら撫でてくれる人もいたんですけど、そういう好意も、なんかしんどくなってきて・・・いつの間にか私が人間不信というか人間嫌いになってしまったんです・・・」と苦しい胸の内を話してくれました。

「そんなことがあったんですか・・・」と私は祭壇のシルクちゃんに見つめたまま言いました。

「だから今日もプレシャスさんがシルクの体を見て『うわぁ』みたいな顔されたら嫌だなって思って私が昨日、この服を作って着せてあげたんです・・・」と仰いました。

「私は、ペットちゃんがどんな状態であっても、そのような反応はしませんよ」と少しだけ言葉尻を強めて言いました。

Nさんは「ええ。わかってます。それに仕事柄、慣れてらっしゃいますもんね」と言われたので私は「もちろんそれもあります。でも、先ほども言いましたが私が亡くなったペットに触れるのは、どんな状態かを確認するのが目的で撫でてるんじゃないので・・・。事実、私たちが葬儀や火葬を担当するペットの中には死後、かなりの日数が経過してる子もいるし、事故で亡くなって原型を留めていない子だっています。でも、私は必ず、飼い主さんにお許しを得て、その子に触れさせてもらってるんです」と言いました。

Nさんは何度も頷きながら「わかっています。今はちゃんと、その思いは伝わりました」と笑顔で言ってくださいました。

その後、シルクちゃんはNさんに抱かれ出棺し、マンション前にとめさせてもらった火葬車で天に召されました。

火葬の時、Nさんが「引越してきて、ほとんど外出しなかったから人と会話したのって野村さんが久しぶりです」と仰ったので「私と話して、さらに人間嫌いになりました?」と聞きました。

Nさんは笑って「いえ。そんなことありません。色んな意味で元気になれました」と言ってくださり、「プレシャスさんを選んでくれたシルクに感謝してます」と言ってくださいました。

シルクちゃんの遺骨はNさんが自宅で保管されることになり、来年の秋にプレシャス会館の永代供養牌に納められることになりました。

その日の再会を約をして私はNさんのマンションを後にしました。

いつもと変わらない朝だったのに

Sさんの自宅は大阪と京都をつなぐ大きな国道に面する場所に建っていました。

家の前の歩道がガードレールを隔てて交通量の多い道路ということもあり、Sさんは愛犬のダックスフンドのペルちゃんを散歩に連れていくときは、必ず玄関でリードをつけてから外に出るようにしていました。

その日の朝も、いつものように玄関でリードをつけ、散歩に出かけようと扉に手をかけました。

ペルちゃんは待ちきれないとばかり、ドア先に鼻が着けながら、Sさんがドアを開けてくれるのを「今か今か」と待っていました。

Sさんはドアを開け、ペルちゃんに引っ張られるようにして玄関先に出ました。そして家の門を開けてペルちゃんが歩道に出ようとしたとき、耳を裂くようなブレーキ音がしたのです。

一瞬、何が起きたのか、わからなかったSさんではありますが、ペルちゃんが歩道に出てすぐ、ものすごいスピードで自転車が通りすぎ、ペルちゃんは胸部付近を自転車の前と後ろの両輪に轢かれたのです。

ブレーキ音が大きかったため、ペルちゃんが悲鳴をあげたかどうかはわかりませんでしたが、ペルちゃんは轢かれた衝撃でクルっと一回転したものの、何事もなかったかのようにスクっと起き上がり、助けを求めるような感じでSさんの胸に飛び込んできたそうです。

無事そうなペルちゃんを見て、ホっと胸を撫で下ろしたSさんではありますが、次の瞬間、歩道を高速で走行した自転車に怒りが込み上げてきました。

10mほど先で停車して、こちらの様子を伺っていた自転車に乗った若い男性に向ってSさんは「ちょっとあなた危ないじゃないの」と注意するように言いました。

自転車の男性は面倒くさそうに耳からイヤホンを外し「は?」と聞き返してきたので、Sさんは「ここは歩道でしょ?危ないじゃないの」ともう一度、語尾を強めて言いました。

男性は反省するような素振りも見せず「急に出てきたお前の犬が悪いんやろが、こっちもコケそうになったんやぞ」と言い返してきました。

頭にきたSさんは男性に歩みよろうとしましたが、その時ペルちゃんが「グォ・グォ」と二回、変な咳をしたので立ち止まって見てみるとペルちゃんは口から血を吐き出し痙攣していたのです。

その光景を見て、たたごとではないと察したSさんは「あなた、ちょっと待ってなさいよ」とだけ自転車の男性に告げ、急いで自宅に戻り、二階に居る高校生の息子さんの名前を呼びました。

この日は平日だったので、すでに制服に着替えて学校に行く準備を終えていた息子さんは「どうしたん?」と言いながら階段から降りてきました。

Sさんは「ペルが自転車に轢かれたの。すぐに病院に連れていかんと。お母さん車とってくるからペル抱いてて」と言って息子さんにペルちゃんを渡しました。

事故直後は気付かなかったのですが、息子さんにペルちゃんを渡したとき、ペルちゃんの右前足がグランと力なく垂れ下がってることに気付きました。

おそらく脱臼か骨折しているのだろう。「いずれにせよ一刻も早く病院に連れていかないと」とSさんは玄関にかけてある車のキーをとりました。

「ええええ!そうなん?大丈夫なん?血でてるやん!ペル?ペル?」と事態をのみこんだ息子さんがペルちゃんに呼びかける声を振り切るようにSさんは自宅の裏にとめてある車をとりにいくため再度、外に出ました。

その時はすでに自転車の男性の姿はありませんでしたが、ペルちゃんを病院に連れていくことが先決だということがわかっていたので、腹立たしさと悔しい気持ちを押し殺してSさんは自宅裏の車庫に向かいました。

そして息子さんに抱かれたペルちゃんを助手席に乗せ、Sさんは動物病院に向かいました。

ペルちゃんは意識はあり、息子さんに抱かれていたせいか痙攣も止まっているように見えました。

通勤時間と重なって道は混んでいましたが、病院までの距離は遠くなかったので、10分もあれば着くと確信していました。

「必ず助かる」そう信じてアクセルを踏みこむSさんの隣で息子さんが「お母さん・・なんかペルが変や」と言いました。

Sさんにもペルちゃんの「ヘッ・ヘッ・ヘッ・ヘッ」激しい息づかいは聞こえていました。

「ペル頑張り!もうすぐT先生(いつも診てもらってる医師)のとこ着くから頑張って」と呼びかけました。

しかし、息づかいは次第に大きく早くなっていき、電源が切れたようにいきなり呼吸が止まったそうです。

Sさんが見るとペルちゃんは眼球を見開いたまま意識を失っていました。

息子さんが「ペル!ペル!」と大声で呼びかけましたが、ペルちゃんの意識は戻らず、「お母さんペルが」と涙ながらSさんに訴えかけました。

「わかってる!もうすぐ病院や!」とSさんも焦りから思わず声を荒げてしまい、息子さんに「泣いてやんと心臓のあたり摩ってあげて!」と指示しました。

息子さんの心臓マッサージも効果がないまま、数分後、病院に到着しSさんと息子さんはペルちゃんを抱いてかけこみました。

病院には状況を事前に電話で知らせていたこともあり、馴染みの看護士さんが表に出てまっていてくれました。

看護士さんが息子さんの腕の中のペルちゃんを覗き込み「ペルちゃん!ペルちゃん!」と呼びかけながらオペ室に運びました。

医師によって、すぐに緊急治療が始まったのですが、ペルちゃんの心臓が再び動くことはありませんでした・・・

 

死因は胸部圧迫による内臓の一部と肺の破裂からくるショック死ということでありました。

 

その日の夜、弊社プレシャスコーポレーションがペルちゃんのお葬儀とご火葬を請け負うことになり、私はスタッフのY君と一緒にSさん宅に迎いました。

到着すると、すでにペルちゃんはSさん手製の祭壇に寝かされ線香とろうそくに火が灯っていました。

Sさん家族にお悔みを告げ、私とY君の順番でペルちゃんに手をあわせ、今朝からの出来事を聞かせてもらいました。

結果的に自分の腕の中で息絶えていくペルちゃんを看取った息子さんは、受けたショックが大きかったようで、電気を消したままの自分の部屋で悔しそうに、拳で何度も床を叩きながら「絶対に(自転車の男性)を捕まえてやる」と言って涙を流しておられました。

Sさんは「そんなことしてもペルは喜ばへん・・・だから今はちゃんとペルが神様のとこにいけるようにこっち来て祈ってあげなさい」と諭すような口調で仰っておられました。

息子さんは項垂れるように腰を上げ、何度もペルちゃんの頭を撫でた後、焼香をあげました。

その後、息子さんが家族の輪に加わり、私とY君は退席してご家族だけでペルちゃんの最後のお別れをされていました。

30分後、ペルちゃんは息子さんに抱かれ出棺し、Sさんの手によって火葬炉に納められました。

そして自宅裏の駐車場にとめさせてもらった火葬車で天に召されました・・・

火葬の間、息子さんは一人、ずっと火葬車の傍で火葬の様子を見守っておられました。

私は火葬をY君に任して息子さんの近くに歩み寄り「私も事故で愛犬を喪たことがあるんです」と話しかけました。

「そうなんですか?」と驚いた表情で息子さんは私の方を向き「いつくらいの話なのですか?」と尋ねられました。

私は以前にこのブログでも紹介させていただいた自身のペットロスの話を息子さんにしました。※残された者たちの役割参照。

その後、息子さんと火葬が終わるまで、いろいろなお話をしました。

火葬が無事に終わり、お骨あげが終わった頃、息子さんは私に「今すぐには無理かも知れないけど、僕もペルと過ごした想い出を無駄にすることなく、前向きに生きていきます」と力強く仰ってくださいました。

帰りの車内でY君が「良い息子さんでしたね」と私に言いました。

私は「うん。真っ直ぐで素直な息子さんやったね。家族の中でもムードメーカー的な存在だったし、あの息子さんがしっかりしてるから、家族もきっと、悲しみを乗越えれると思う」とこたえました。

 

ここ最近、自転車に関する法律が見直されようとしています。

昔と違い、最近の自転車は性能も良く、スクーターに負けないくらいのスピードが出ます。

近い将来、自転車も自動車やオートバイ同様、ナンバープレートが義務付けられる日が来るかもしれません。

健康的で、地球にも優しい自転車は近年、ブームにもなっており、自転車人口が増えることに比例して、それに伴う事故も増加傾向にあります。

ある意味、一番身近な乗物だけに、今後、ペルちゃんと同じようなペットが巻きこまれる事故が増えていくのかもしれません。

もちろん私も自転車に乗ります。

例え、手軽な乗物の自転車であっても体の小さいペットにとっては凶器に変わることがあるんだと今回のことで認識いたしました。

そのことを教訓として記憶に深く刻み込み、私はペルちゃんのご冥福を祈りました。

いま、悲しいですか?

お盆休みを無休で勤務してくれたプレシャス会館の支配人が振替休日のため、この3連休は私が会館二階の納骨堂の開閉を担当しました。

3連休ということもあり、参拝にこられる方も多く、普段、会館に居ることの少ない私ではありますが、連休中はたくさんの方達とお話をする機会がありました。

私が担当した遺族の方やそうでない方も含めて、ペットを喪ってからの、その後のお話をいろいろと聞かせてもらいました。

私と初めて会った人は皆、口を揃えて「想像してたイメージとは違う」と仰います。

余談ではありますが、どうしても、私の場合、ブログのイメージが一人歩きしているようで、わかりやすく言うと繊細で女性的な印象を持たれていた人が多く、そのいずれとも程遠い私は、どちらかと言えば典型的な体育会系の男であります。

納骨堂で自分のペットの遺骨と位牌に花を手向け、手を合わしている人がいると「こんにちは」と声をかけ、初対面の方には自己紹介をして、時間に余裕がある場合は会館に案内してお茶を飲みながらお話をして過ごしました。

納骨堂に参拝される方の中には、まだペットを喪った悲しみから抜け出せない人も大勢いらっしゃり、ペットの形見でもある遺骨がある場所に来ることで「少しでもペットの想い出に浸れるような気がして」と言われる人も少なくありません。

そのような方々は皆「悲しい・・・どうしようもないとわかっているんですが。ペットのことが忘れることができない」といったようなことを口にされます。

そんなとき私は「最愛のペットを喪ったんですもの。悲しいのは当り前じゃないですか。それに忘れる必要もありません。むしろペットと過ごした日々の想い出は大切にとっておくべきですよ」と返答するようにしてます。

これは私の本心でもあります。

今の時代、ペットは家族と同じ存在であります。人によってはそれ以上の存在かもしれません。

そんなペットの死は悲しみ以外の何物でもなく、その悲しみを家族や恋人、友人達が支えてくれることによって、一時的に多少なりとも紛れることはあります。

誰の歌かは忘れましたが、昔に流行った歌で「きっと本当の悲しみなんて自分一人で癒すもの」という歌詞がありました。

確か、失恋の歌だったと思うのですが、悲しみの原因が「最愛の人との別れ」であっても「最愛のペットの死」であっても本当の意味で、その悲しみを受け止め、乗越えるのは、どんな人でも最期は自分一人でしかないのではないでしょうか?

そして、もうひとつ大事なものがあるとすれば、それは「時間」(とき)なのかも知れません。

でも、そこに行き着くまでの間、誰かの助けが必要なときがあるのも事実です。

道に迷ったとき、誰かに「ポン」と背中をおしてもらって進むべき道を歩み始めることだってあります。

 

 

あなたは、いま悲しいですか?

私は今後、参拝者が多い週末は時間が許す限り、なるべく納骨堂に足を運ぼうと思っています。

もし、皆様が参拝されたときに私が居たら声をかけてください。そして、こんな私で良ければお話を聞かせてください。

 

 

プレシャスコーポレーション 野村圭一

巨大食道症というおそろしい病気と闘ったルルちゃんへ

守口市にお住まいのWさんが6年前に淀川花火大会に行かれたときでありました。

花火大会が終了し、帰宅しようと駅に向ったとき、淀川河川敷の人込みの中で震えながらうずくまる一匹の仔犬の姿が目に入りました。

「危ない。踏み潰されそう」

とっさにそう思ったときには抱き上げていたそうです。

首輪はなく、ひどくやつれていたのでおそらく誰かが河川敷に捨てたようでありました。

Wさんは、最初は人の少ない安全な場所まで避難させるのが目的だったのかもしれませんが、気がつけば淀川を跨ぐ十三大橋を越え、梅田まで徒歩で仔犬を抱いたまま移動していたそうです。

そして梅田に着くころには「この子を連れて帰ろう」と心は固まっていました。

仔犬はルルちゃんと名付けられWさん宅で暮らすことになりました。

Wさん宅に来てすっかり元気を取り戻したルルちゃんは家族はもとより、誰からも愛される人懐っこい犬でありました。

Wさんが暮らす住宅街はペットを飼ってられる方が多いこともあり、ルルちゃんはご近所さんたちからも歓迎され、すっかり家族の一員となりました。

そんな幸な日々が続いていた、ある日、Wさんはルルちゃんの異変に気付きました。

あまりご飯を食べなくなり、妙な咳をするようになったのです。

Wさんはすぐにルルちゃんを病院に連れて行きました。

そこで医師から宣告されたのが巨大食道症、別名アカラシアともいい、食道が大きく広がってしまう病気でありました。
この病気にかかると食べ物を食道に送ろうとする蠕動運動が止まってしまい、口にした食べ物や水を吐いてしまう病気であります。

しかも普通に吐くのではなく、勢いよく食べ物を飛ばすようにして吐くため、見ているだけで辛くなるほど、苦しみを伴う病気であります。
巨大食道症にかかった場合、吐くときに食べ物の一部が肺に入ってしまい嚥下性の肺炎を起こすことが知られています。
この吸引性肺炎によるものが巨大食道症の死因の主なものです。

完全な治療は難しく、この病気にかかると約70%の犬が最終的に死亡する、致死率の高い恐ろしい病気であります。

非情な宣告を医師からうけたWさんは唯一の治療法と言える食事療法でルルちゃんの病気を治す決意をしました。

固い物を食べれなくなってしまったルルちゃんのためにWさんは医師から処方された薬と飲み込みやすく柔らかく煮込んだ食べ物を回復を信じ毎日与え続けました。

しかし、願いは届かず、ルルちゃんはWさんが見守る中、6年の短い生涯に幕を降ろしたのです・・・

ルルちゃんの葬儀はルルちゃんが6年間Wさんと共に過ごした自宅で執り行われることになりました。

葬儀を担当した私が火葬車で到着してすぐ、お隣さんのご夫婦が参列するために出てこられました。

その後、私は火葬車の後方に祭壇を設置し、ルルちゃんが眠っている棺をのせました。

Wさんが用意した棺にはたくさんの花に囲まれるようにしてルルちゃんが安らかな顔で眠っていました。そしてルルちゃんの口元にはルルちゃんが最期の時を迎えるまで食べていた柔らかく煮込んだ食べ物が置かれていました。

お焼香が始まる頃には両隣さんやお向かいさんたちも参列して下さり、ルルちゃんの口元を「末期の水」で潤してくださりました。

参列者すべてのお焼香の儀が済み、火葬炉に納めるときWさんがルルちゃんを優しく抱きしめ「今までありがとう」と涙をながされていました。

Wさんとご近所さんが合掌でルルちゃんを見送る中、火葬炉の扉が閉まり、Wさん自らの手で点火スイッチを押し、ルルちゃんは天に召されたのでした。

 

火葬の間もWさんとご近所さんはその場から離れることなく見守っておられました。

ご近所さんのお一人が「ここだけ良き昭和の習慣が残っているの」と仰ったように本当に思いやりの気持ちを持った良い人が多い、住宅街でありました。

50分後、ご火葬は無事に終わり、Wさんとご近所さんたちの手でルルちゃんのお骨あげが執り行われました。

まだ6歳と若かったルルちゃんのお骨は4本の犬歯も欠けることなく残っていましたが、患部である食道付近のお骨は茶色に変色しており、闘病の過酷さを物語っておりました。

その部分を指でさわりながらWさんは「ルルちゃん・・・しんどかったやろね・・・でも楽になれてよかったね」と涙ながらに語りかけておられました。

巨大食道症という病気は離乳期に発病するケースが多く、それが原因かどうかは定かではありませんが、ルルちゃんは心無い人によって河川敷に捨てられました。

もし、Wさんに出会わなければ数日の命だったかもしれません。

しかし神様の導きでWさんと出逢い、愛に包まれた6年の一生を過ごすことができたのです。

ルルちゃん・・・

本当に良い人に巡りあえたね。

 

すべてのセレモニーを終え、私が帰るとき、Wさんが歩み寄ってこられ「本当はTさん(関西大手の動物霊園)にご依頼の電話をしたんですけど、不透明な料金体制だったので、プレシャスさんにお頼みしたんです。でも、本当にお願いしてよかった。こんなに納得できる見送りが出来て感謝しています。きっとルルも喜んでくれていると思います」と言ってくださいました。

これ以上ないお言葉を貰い、私は住宅街を後にしました。

住宅街を抜けて最初の角を右折するとき手を振って見送ってくださるWさんとご近所さんの姿をバックミラーで見たとき、私は少年時代を過ごした昭和の町にタイムスリップしたような温かな気持ちに包まれました。

いけないことかもしれないですが・・・

我々、プレシャスコーポレーションスタッフ全員がペットロス経験者であることは、過去にもお伝えしましたが、ペットを葬儀を請け負うにあたり、プロのおくり人である以上、私情にとらわれず、亡くなったペットちゃんとそのご家族のお別れの時間を後悔なく過ごしてもらうことを心掛けながら、今日まで、邁進して参りました。

ただ、亡くなったペットちゃんが、自分が喪ったペットと種類や名前が同じである場合、または、亡くなった経緯(事故死や同じ病気)が重なるときなど、自身のペットロスの記憶が甦り、ふと意識がそちらにいってしまうことがあります。

気がつけば、自分が担当する葬儀の最中でありながら、無意識に涙を流していたこともありました。

以前、このブログでも紹介したスタッフのY君は、担当したほとんどの葬儀で、貰い泣きをしておるのですが、Y君の場合、自身のペットロスと重ねるというより、、担当したペットちゃんの死と、それを悲しむ遺族に感情移入して涙しているらしく、その涙は決して亡くなったペットちゃんや遺族に対しても失礼なものではないと私は理解しています。

しかし、見ず知らずの亡くなったペットちゃんに自分のペットロスを重ねて涙するということは、ペットちゃんにも遺族の方にも失礼にあたることなのかなと最近、ふと思ったことがありました。

もちろん、遺族の方には涙の意味合いは伝わらないかも知れませんが・・・

セレモニー会社の人間である立場上、いけないことかもしれませんが、これだけは、意識的ではないだけに、どうすることもできないのが私の正直な所存でございます。

でも、その悲しみがあるからこそ、ペットを喪った遺族の方たちの立場になってセレモニーが執り行えるわけでもあり、この仕事をしていく上で、一番大切な理念の礎になっていることも事実であります。

私は動物も好きですが、動物を家族のように大切される人間はもっと好きです。

だこらこそ、そのような人達のお役に少しでも立てるような会社をつくりたくてプレシャスコーポレーションを設立しました。

葬儀の席上でいろいろな感情が交差するがことがあっても、その理念を忘れることだけはありませんでした。

そして。その考えに共感と賛同してくれたのが創業から参加してくれたスタッフであり、誰一人欠けることなく、現在も日夜問わずプレシャスコーポレーションの理念と信念を守りながら役割をはたしてくれています。

私はそのことを誇りに思っております。

ベランダの猫

「ここ(弊社)ってペットの火葬とかしてくれるとこっすか?」と若い男性から電話で問合わせがあったのは深夜の1時過ぎでした。

電話でお問合わせをくださったのは門真市にお住まいのMさんで、Mさんは20歳になられたばかりの学生さんでありました。

アルバイトを終えて自宅に戻ったら猫が亡くなっていたということもあり半信半疑でお電話をくださったようでありました。

Mさんは「よくわかんないんですけど・・・どうすればいいんすか?」と現代っ子らしい語り口で問いかけられたので、私は葬儀の流れや費用等を簡単に説明しました。

「はあ。(費用は)そんなもんなんすか・・・じゃあお願いしていいすか?」と言われたので私は「わかりました。では、いつお伺いさせてもらえばいいですか?」と尋ねたところ、少し間があり「今からって無理っすか?」と仰りました。

「いえ大丈夫ですよ。では、すぐにお伺いします」と言って、私は電話を切りMさん宅に迎いました。

本社から近いこともあり、30分後にはMさんの自宅アパート前に到着した私は携帯電話で到着を知らせ玄関前で待機しておりました。

5分後、Mさんは小さな猫を抱きながら出てこられ「どうも」と言って私に頭をさげられました。

Mさんの意向で葬儀は執り行わず、すぐに火葬が執り行われることになり、アパート前で火葬することになりました。

Mさんは口数が少ないな若者という電話で受けた印象通りの人で、火葬の間、アパート前の花壇の枠のレンガに腰掛けた状態で火葬の様子を見守っておられました。

正直、到着してすぐ火葬をするということは稀なことであり、大抵の場合、依頼者さんにペットちゃんのことを、いろいろお聞かせいただいた後、お焼香を一緒にあげさせてもらい、その後、火葬という流れになるので、私は若干ではありますが、いつもと勝手が違う展開に、戸惑いに似た違和感を感じながら火葬を続けました。

火葬を開始して5分ほどしたとき、火葬炉の小窓を覗きながら火力の調整をしていた私は、さり気無くMさんの方に目をやりました。

Mさんは花壇に腰掛けたまま火葬車の煙突を見上げるようにしておりました。

見上げた顔の両目が薄っすら潤んでいるのに気付いた私はMさんに歩みよりハンカチを取り出し「これどうぞ」と差し出しました。

Mさんは「大丈夫っす」と言ってハンカチは受け取らず指で涙を拭いました。

Mさんは、あまり感情を表にださないタイプの人であったため、電話で会話したときからずっと、私もMさんがどういう人なのか把握できないまま、火葬を開始したのでしたが、涙を流すMさんの人間らしい側面を見た私は、少しだけ心穏やかにな気持ちになりました。

そうしたことから、私もMさんとの距離が少し近くなったと感じたこともあり「あの・・・私、あの子(猫ちゃん)のこと何も聞かないまま火葬をしてしまったんですけど、お名前はなんていうのですか?」と尋ねました。

Mさんの返答は予想外のもので「いや・・・僕が飼ってたわけではないんで、名前とかはないし年齢もわかんないです」と仰いました。

私は素朴に「それってどういうことですか?」と尋ねたところ、Mさんは自室の方向を指差し「ここ(Mさんのアパート)って全部屋に人も立てないくらい狭いベランダがついてるんですけど、僕が引越してきてすぐ、あの猫が勝手に僕のベランダに住み着きだしたんです」と苦笑いを浮べ仰りました。

MさんのアパートはMさんが言ったように各部屋に小さなベランダが設置されており、住民の人たちは、そこを洗濯物を干すスペースに利用しているようでありました。

Mさんの部屋は1階の最奥の角部屋ということもあり、他の部屋に比べ若干、そのベランダのスペースが広く設計されておりました。

Mさんの話だと、Mさんが引越してきたて日には猫がやってきて、「ミャーミャー」となきながら部屋を見上げていたらしいです。

「おそらく前に住んでいた人がエサをあげてたんでしょうね」とMさんが言ったように猫は人間に慣れており、「シッ!シッ!」とMさんが追い払おうとしても一向に構わず、どこにも行くそぶりは見せなかったそうです。

Mさんはカーテンを閉め猫が諦めて立去るのを待ちました。

30分ほど経過してカーテン越しにそっと外の様子を伺ったとき、猫は同じ座った姿勢のまま、Mさんを見上げ小さな声で「ミャー」となきました。

「そのとき最初とは違ってめっちゃ小さい声で鳴いたんで、なんか、急に可哀想になって・・・そんで、シーチキンの缶詰をあげたんです」とMさんは寂しそうな顔で仰いました。

その日を境にMさんはバイト先のコンビニで仕事を終えるとマグロ缶を一つ買って帰るのが日課となり、毎夜、ベランダ越しに猫に与えたそうです。

そして今日、いつものように自室に戻ってベランダの窓を開けたとき、肛門から血のようなものを流して息絶えていた猫ちゃんの姿を見たのでありました・・・

「外傷はなかったので、病気やったと思うんですが・・・今思えば、ここ数日はエサもあんまり食べなくなって・・・夏バテかなって思ってたんです」とMさんは涙を流しながら話してくれました。

「私は医師じゃないので、あまり断言したようなことは言えないんですけど、血便が出ていたということは伝染性の腸炎だったのかもしれないですね」と私は言いました。

Mさんは「最初に変やなって気付いたときに病院に連れていけばよかったんですけど、動物病院の治療費って高いじゃないですか・・・自分もこんな金も時間も余裕ない生活してますし・・・無責任なんかな俺・・・」と肩を落として言いました。

20分後、火葬は無事に終わり、Mさんと私は二人で猫ちゃんのお骨あげをしました。

骨壷に貼る札が名無しではかわいそうなので、私はMさんに急遽、猫ちゃんに名前をつけてくださるようにお願いをしました。

Mさんは「いつも『お前』って呼んでたんで、いきなり名前をつけろって言われても思いつかないッス。プレシャスさん一緒に考えてくださいよ」と困惑気味に言いました。

そこで私は「先ほどの出会った日の話でMさんが言った猫ちゃんの鳴き声からとって『ミャーコ』とか『ミャーミャー』てのはどうですか?」と提案しました。

Mさんは笑いを堪えるような顔で「ベタすぎません?プレシャスさんセンスなさすぎですよ」と噴出すように笑いだしました。

自分のネーミングにまあまあ自信があった私はMさんの予想外の突っ込みに赤面してしまい「そんなこと言うならMさんが自分で考えてくださいよ」と背中を向けて言いました。

「すいませんすいません」と笑いながら私の腕をつかんで謝るMさんとその後、あれこれ名前を考えたのですが、私が考えた「ミャーミャーより、しっくりくるのがないな」とMさんが仰ったので猫ちゃんの名前はミャーミャーに決まりました。

ミャーミャーちゃんの遺骨はプレシャス会館に納骨されることになり、そのまま私がお預かりすることになりました。

帰り際、私は「さっきMさんが自分のこと無責任と仰ってましたが、飼っていたならまだしも、ご飯を与えていただけの猫を病院に連れて行く人のほうが少ないと思いますよ。それに、ちゃんと火葬して弔ってあげたんですからMさんは責任感のある優しい人だと思います」と伝えました。

Mさんはうつむき加減のまま視線を落とし「ありがとうございます」と照れくさそうに言いました。

そして「後のことよろしくお願いします」と言って頭を下げられました。

私は「わかりました。ミャーミャーちゃんの供養は私が責任をもってやらせていただきます」と力強く答えました。

火葬の時間、電話では窺い知れなかったMさんの人柄に触れ、私は心からMさんのことを優しい人間だなと思いました。

名前を決めるときに見せたMさんの笑顔はあどけなさが残り、少年のようではありましたが、中身は立派な成人でありました。

私はまた一人、素敵な友人ができたような気分になり、助手席のミャーミャーちゃんの骨壷を撫でながらプレシャス会館の納骨堂に車を走らせました。

うさぎの火葬

弊社プレシャスコーポレーションで承るご火葬のご依頼で1番多いのが犬ちゃんであり、次いで猫ちゃんであります。

この二種で全体の8割を占めているのですが、ここ数年、急激にご依頼が増えているのがウサギであります。

ウサギは専門グッズも豊富で飼いやすい動物なこともあり、古くからペットとしても人気がありました。

食べる姿が愛らしく、見てるだけで癒されるという理由で購入された飼い主さんも多いのではないでしょうか。

 

当社でウサギのご火葬をご依頼された飼い主さんのほとんどが、当社で過去にウサギをご火葬依頼された方からの紹介であり、数あるペット火葬の会社から当社を選択れた理由として「小動物であっても個別で火葬してくれて、ちゃんとお骨を返してくれるから」ということでありました。

小動物は骨が細く脆いこともあり、過去に他社に依頼された経験がある飼い主さんが、「骨を返してくれなかったり、返してくれたとしても、火葬で燃え尽きてしまい、ごく僅かしか骨が残っていなかった」という悲しい経験をされた方が多いのも事実であります。

当社はうさぎに限らず、もっと小型の小鳥であってもハムスターであっても爬虫類であっても、飼い主さん立合いのもと、全て個別で火葬し、お骨あげも飼い主さんにやっていただき、返骨を実施しております。

火葬の方法も自動装置を使わず、あえて目視による手動の火葬を行い、小さなペットの繊細なお骨を少しでも多く残すことを心掛けて参りました。

その姿勢が評価されたのか、インターネットのコミニティーサイトを通じて弊社のことを知り、ご依頼をして下さった飼い主さんも多く、お骨あげのときに、綺麗に残ったウサギちゃんの代名詞でもある前歯を見て、涙を流しながら感謝の言葉をくださる人もいらっしゃいます。

体の大きさが違っても命の大きさに大小はなく、たとえ小さな動物であっても飼い主さんにとっては大切な家族であり、その遺骨はかけがえのない形見なのであります。



 

 

 
大阪 ペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで

大阪本社 大阪府守口市菊水通3丁目7-9

ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660

今年の夏

今年の夏の初めにペットの熱中症の脅威について、このブログでも書かせていただいたのですが、近年にくらべ今年ほど熱中症で亡くなったペットが多かった夏は記憶にありません。※{熱中症で孤独死するペットを増やさないために}{ペットの熱中症}参照

特徴として、暑さに弱いとされる大型犬は例年と同じか、少し減少傾向にあったのに比べ、小型犬と猫の熱中症被害が増加したように感じています。

とくに猫の場合、産出国が気温が高い地域の動物ということもあり、元来、犬に比べても暑さに強いとされているのですが、今年はペルシャ系を中心に熱中症で亡くなる子が多く、そんな悲しい報せが弊社プレシャスコーポレーションにもたくさん届きました。

そして、同じ数だけ、ペットの突然の訃報に深い悲しみに直面された飼い主さんも大勢、目にしてきました。

熱中症でペットを亡くされた飼い主さんが、皆、口にされるのは「昨日までなんともなかった」「今朝は元気だったのに」と突然にして訪れたペットの死に「信じられない」という意味合いの言葉であります。

病気の末期や老衰で亡くなるペットの場合、時の経過の中で、飼い主側も、来たるべき、その日を覚悟して、弱っていくペットを見守りながら生活をされているので、いざ、その日が来たとしても、それなりの心の準備が出来ておられるため、取り乱されることは、ほとんどありません。

しかし、熱中症のように、何の前触れもなく、いきなり絶たれた命を前にした飼い主さんは、ペットの死を受け入れることができないまま、葬儀の日を迎えることも少なくありません。

大阪市の猫のハルちゃんの飼い主のAさんも、そんな一人でありました。

Aさんからお葬儀のご依頼の電話があったのは、早朝の4時頃でした。

「すいません。ちょっと、家の猫が・・・・」と言ったまま、言葉は泣き声に変わり、Aさんは数分間、お話することもできない状態でありました。

少し落ち着かれてから、話の内容をお聞きしたのですが、Aさんが仕事から帰宅したら、ペットの猫のハルちゃんが息絶えていたらしく、死因がわからなかったので、病院に行ったのですが、「おそらく熱中症でしょう」と診断され、その病院から紹介をうけて、弊社に葬儀と火葬を依頼したということでありました。

Aさんが「もう少し一緒にいたい・・・」と仰ったこともあり、葬儀は翌日に執り行われることになり、私はハルちゃんの状態が保てるように、数点アドバイスをさせていただいた後、電話を切りました。

葬儀当日、かなりの落ち込みであったAさんのことが少し気掛かりになりながらも、約束の時間にAさんが住むマンションに到着しました。

インターホンを押し、玄関のドアを開けてくれたAさんは俯き加減のまま、「どうもすいません」と頭を下げ、私をハルちゃんが安置されている部屋に通してくれました。

手製の棺にお花と一緒に安置されたハルちゃんは毛並の美しいペルシャ猫でありました。

私はAさんに「触ってもいいですか?」とお許しをもらい、ハルちゃんの体を撫でさせてもらいました。

後ろでその光景を見ていたAさんはの声をころしながら泣き出されたので、私はハンカチをAさんに渡し、「祭壇と焼香を用意しますね」と声をかけ、葬儀の準備にとりかかりました。

Aさんは無言でハンカチを受け取り、涙を拭っておられました。

私とAさんの二人で、ハルちゃんに焼香をあげ、出棺を待つだけの時間に差し掛かり、私は「Aさん。私は火葬の準備をして参ります。出棺までの時間は充分にとっています。最期の別れの時間は生前と変わらない姿の見納めでもあるので、充分にお別れができてからで構いません。心の準備が整ったらお声をかけてください。」と言い残し、部屋を出ました。

私はマンションの来客用の駐車場にとめさせていただいた火葬車に戻り、火葬車の点検を終え、20分後、再びAんの部屋に戻りました。

Aさんは私が部屋から出たときと同じように祭壇のハルちゃんに抱きつくようにして泣き続けておられました。

私はAさんとハルちゃんの最期のお別れの邪魔をせぬよう、部屋の隅っこに、静かに正座し、黙って、その時を見守っていました。

そして20分ほどしたとき、Aさんが座ったまま私の方を振り返り「すいません。どうしても踏ん切りがつかないんです」と涙ながらに訴えました。

私は「お気持ちわかります。もしよろしければ、このまま(祭壇に安置した)の状態にして、ご火葬は明日以降に変更してもかまいませんよ。もちろん別料金もかかりません」とAさんに伝えました。

Aさんは、暫し無言のまま考え込まれた後、「でも明日は仕事も休めないんで、やっぱり今日にお願いします。でも、もう少しだけ待っていただけますか」と申し訳なさそうに仰りました。

「全然、構いませんよ。ゆっくり時間をかけてお別れしてあげてください」と言いました。

その後、私はAさんと一緒に祭壇のハルちゃんの前に座って、Aさんからハルちゃんが家に来た日から今日までのお話を聞かせてもらいました。

Aさんは涙を流しながらも、ときに笑顔を見せてハルちゃんの思い出話をしてくださいました。

お話を聞かせてくれて1時間ほどたったときには、Aさんの目から涙は止まっており、すっきりとした表情に変わっていきました。

そして「どうもすいませんでした。もう大丈夫です。お願いします」と両手をついて私に言ってくださいました。

その後、私とAさんはハルちゃんの棺を持ってエレベーターで下まで降り、駐車場の火葬車にハルちゃんを納めました。

Aさんの希望で火葬の点火スイッチはAさん自らが入れられ、ハルちゃんは天に召されました。

スイッチを入れた瞬間、Aさんは火葬車にもたれ掛かるようにしながら、泣き崩れたので、私は支えるようにして、駐車場前のベンチまでAさんをお連れしました。

30分後、火葬は無事にすみ、骨あげはAさんの部屋でおこなうことになり、私は分離式のトレイを外し、ハルちゃんのお骨を部屋まで運びました。

ハルちゃんのお骨を見たAさんが「真っ白・・・」と言った通り、ハルちゃんは年齢的にも8歳と若かったこともあり、本当に綺麗なお骨をしておりました。

Aさんは、少し大きめの骨壷を希望され、細部に渡って、小さなお骨も全て拾骨し、骨壷におさめておられました。

全てのセレモニーを終え、マンションを出るとき、私を呼ぶ声がしたので、見上げると、部屋のベランダから見送ってくださるAさんの姿がありました。

Aさんは笑顔で「ありがとうございました」と仰ってくださり、私はその場で深く頭を下げました。

悲しい中でありながら、最期に笑顔になられたAさんを見て、私は少しだけ安堵の気持ちになり、マンションを後にしました。

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