2012-08

「ただいま」と言える相手

私の母から「うちの知り合いの猫ちゃんが亡くなったらしいねんけど。すぐに行ってあげてくれへん?」と電話があり、連絡先と住所を聞いて、母の知人の自宅にむかいました。

自宅に到着し、インターホンを鳴らして、少し間があった後、玄関のドアが開き、ご高齢の女性が出てこられました。

「こんにちは野村の息子です。Sさんでありますか?」と私は手短に自己紹介をしました。

Sさんは「ああ野村さんの・・・えらい早く来はったんやね。どうぞ」といって居間に通してくれました。

居間には線香の煙と香りが薄っすらと広がっており、仏壇の横の座布団の上にSさんの愛猫のミャーコちゃんが果物と一緒に安置されていました。

私はミャーコちゃんに手を合わしSさんにお悔みを告げました。

Sさんは「ねえ。すぐに火葬しはるの?」と私の顔を覗き込むように尋ねられたので、「母にすぐに行くように言われたので、来たんですが、お別れが充分に御すみでないなら、後日に出直しますよ」とこたえました。

Sさんは「まあ・・・あんまり長く置いとくつもりはないけど、もう少し一緒に居たいんやわ」と涙を堪えるような口調で仰いました。

私は「お気持ちわかります。では、いつ頃、来させてもらえばよろしいでしょうか?」と尋ねたところ「そうやね。できたら明日の朝にでも来てもらったら助かるわ。かまへん(かまわない)?」と仰ったので、私は承諾し、出直すことにしました。

Sさんが「今日は暑いですけど(ミャーコちゃんをこのままで)大丈夫かしら?」と心配されたので、私はSさんに冷凍庫から氷をとってきてもらい、氷をビニール袋に入れ、その上からタオルで包み、平らなベットを作りました。

その上にミャーコちゃんを寝かせてあげ「6時間置きに氷を取り替えてあげて下さい。そうすれば、明日の朝まで綺麗な状態を保てます」とSさんにお伝えし、Sさん宅を出ました。

いったん会社に戻り2時間ほど経過したとき、Sさんから電話が入り「ごめんなさい。やっぱり、この姿を見てるのも辛いから、無理言うて悪いねんけど、もう一回、今から来てくれはらへん?」とご要望があり、私は再びSさん宅に車を走らせました。

Sさん宅にはご近所さんが3人、いらしており、ミャーコちゃんを囲むように座ってらっしゃいました。

Sさんは「ややこしいこと言うてごめんやで」と謝罪の言葉をくださったので私は「いえいえ。とんでもないです」と頭を下げました。

そして私は居間に祭壇を設置しSさんとご近所さん3名と私の5人でミャーコちゃんのお葬儀を執り行いました。

参列者すべての人がお焼香を済ませ、ミャーコちゃんはSさんに抱かれ出棺し、自宅前にとめさせていただいた火葬車で天に召されました。

申し出があり、火葬の点火スイッチをSさん自らがお入れになられたとき、Sさんは力が抜けたように泣き崩れ、膝をつきました。

初めに訪問したときから比較的、気丈に応対してくださったSさんであったので、私は少しSさんの落ち込みの度合いを測りかねてたこともあり、地面にへたり込まれたSさんの姿を見て、慌てて、両脇を抱えるようにしてSさんを起こし、私とご近所さんのお一人が両脇を抱えるようにしてSさんを玄関先までお連れいたしました。

Sさんは「ごめんね。ありがとう」と言いながらも視線は火葬車から外さず、涙を流しておられました。

私はSさんの隣に腰掛けSさんの背中をさすり、ご近所さんのお一人がSさんにハンカチを渡しました。

Sさんはハンカチを受け取り、涙を拭ったまま、両手で顔を覆い、そのまま暫しの間、体を小刻みに動かし泣いておられました。

Sさんにハンカチを渡したご近所さんが「ミャーコちゃんと暮らして長かったもんな。子供みたいなもんやったからな」と仰ったのをうけて、Sさんは「子供というより孫みたいなもんやわ。わがままで優しい孫猫や」と独り言のように言われました。

ご火葬は無事に終わり、お骨あげをするため、再び火葬車のもとに歩みよられようとしたSさんを支えるように私は手をSさんの腰にあてながら一緒に歩きました。

Sさんは「もう大丈夫よ。ありがとうね」と笑顔で仰ったのですが、私はそのまま火葬車までSさんをお連れしました。

Sさんは、ゆっくり時間をかけ、大切そうにミャーコちゃんの遺骨を骨壷に納めておりました。

その隣で、お骨の説明をしていた私の肩をトントンと後ろからご近所さんが叩いたので、私は振り返り「はい。なんでしょか?」と尋ねました。

ご近所さん達は「あなたSさんが知り合いだから、こんなに親切にしてくれるの?」と思いもよらないことを聞かれました。

「まあ、もちろん母の知人ということもありますが、そういうの関係なくても、お仕事はちゃんとしますよ」と答えた私にご近所さんは「ほんと~~」と疑いの視線を向けました。

「本当ですって!」とやや声を強めた私に「わかった。そういうことにしとこ」と三人のご近所さんは笑いました。

その会話を聞いていたSさんも思わず振り返り「何の話やの」と言って笑顔を見せておられました。

仕事を終え、骨壷を抱いたまま見送ってくれたSさんが、「明日から一人ぼっちやから寂しくなるわ」とポツリとこぼした言葉に、ご近所さんたちが「私たちがおるやんか」と励まされておられました。

「そやね。でもね。買物から帰ったきたとき、鈴を鳴らして出迎えてくれへんやろ?明日から、『ただいま』って言う相手がおらんなってもうた・・・」

Sさんが言ったその言葉にはご近所さん達も何も返せず、口篭っておられました。

もちろん私も何も言えませんでした・・・

沈黙した私を気遣ってか、Sさんは「でも大丈夫。ありがとう野村さん。お母さんによろしく伝えてね」と笑顔で送り出してくださいました。

「はい。こちらこそ」とだけ返事した私は、明日からのSさんの暮らしのことが気になると同時に近いうちに、母と一緒にSさんのところに遊びにこようと、思ったのでした。

「これからも一緒に」シェットランドシープドックのキティちゃんへ

柏原市のFさん宅の一人娘さんの三歳の誕生日にお母さんがプレゼントしてくれたのはシェットランドシープドックの仔犬でした。

Fさん家族は仔犬に「キティ」と名付けました。

犬なのにキティちゃんは変かな?とも思ったらしいのですが、仔犬の愛らしい仕草とあどけない表情からキティちゃんに決め、その日から仔犬はFさん家族と一緒に過ごすことになりました。

娘さんは、幼すぎて、キティちゃんが家に来た日のことは記憶にはなく、むしろ物心ついた頃には居るのが当り前の存在だったそうです。

娘さんが小学校に通いだした頃、学校が終われば、家にはキティちゃんが待っていてくれたので一人で留守番するときも寂しくはありませんでした。

お母さんにとっても、そんなキティちゃんは無くてはならない家族であり、娘さんにとって、キティちゃんはペットというより姉妹に近い存在であったのかもしれません。

そしてキティちゃんが家に来て12年もの歳月が過ぎた頃、キティちゃんは持病の腎不全を悪化させ、寝たきりの生活を余儀なくされました。

寝たきりのまま闘病するキティちゃんの回復を信じ、お母さんも娘さんも献身の介護を続けたのですが、年齢からくる衰えと病には勝てず、キティちゃんは12年の生涯に幕を降ろしたのです・・・

その日、お母さんはお仕事だったため、キチィちゃんの最期のとき、娘さんは一人で看取ったようでありました。

キティちゃんのお葬儀とご火葬はキティちゃんとFさん家族と共に暮らしたご自宅で執り行われることになりました。

多感な年頃の娘さんにとってキティちゃんとの別れのショックは大きく悲しみも深かったようで、娘さんは葬儀の間、帽子を目深にかぶり、一言も言葉を発することはありませんでした。

深くかぶられた帽子から、娘さんの表情を読み取ることは出来ませんでしたが、止めどなく頬を伝う涙が悲しみの深さを物語っており、私は居た堪れない気持ちになりました。

そんな娘さんが気になって、何度か語り掛けましたが、娘さんは終始無言で俯いたまま、私の言葉に反応することはありませんでした。

翌日、お母さんと娘さんはキティちゃんの永代供養とメモリアルグッズを作成するためにプレシャス会館に来館されることになり、私は車で自宅まで迎えに行くことになりました。

自宅に向う途中も娘さんのことが、少し気掛かりでありましたが、悲しみから一夜明け、玄関から出てこられた娘さんの顔は少し平静を取り戻し、幾分落ち着かれたような表情をされていました。

会館に向う車内で私はこの仕事をしてきたなかで、自分がしでかした、過去の失敗談を話したりしたのですが、娘さんは、その手の話が好きなようで、声を出して笑っておられ、ルームミラー越しに、そんな娘さんの笑顔を見た私は、安堵の気持ちになりました。

会館に着き、祭壇にキチィちゃんの遺骨を納め、その一部を娘さんが自らの手で取り出し、遺骨とガラス石材を融合させて作るメモリアルグッズの作成に取り掛かりました。

職人さんの指導を受けた後、娘さんは自分でガラスを溶かす作業から取り組みガラスに遺骨を融合させ、形を整えておられました。

お母さんが「娘は絵を描くのが趣味」と仰っておられたのですが、日ごろからアートな感覚が身についてるせいか、職人さん曰く「間違いなく今まで来られた人の中で1番上手い」と言わしめるほど、娘さんの手先は器用で、ものの10分ほどで完成させたのには驚かされました。

それを見ていたお母さんが「意外と簡単そうね」と思ったのか、最初は職人さんに任せると言っていたにも関わらず、「私もやってみようかしら」と言って立ち上がり、長い髪を後ろに束ねました。

お母さんは作りだしてすぐ「あらら」とか「やだ」と声をあげながら苦戦しておられ、その光景を私と娘さんは笑いを堪えながら見ていたのですが、出来上がったお母さんの作品は球体から程遠いイビツな形をしており(お母さん失礼なこと言ってごめんなさい^^)それを見た瞬間、私も娘さんも堪えきれず声を出して笑ってしまいました。

そしてお母さんは「もう無理。これ、後、お願いします」と言い、職人さんに手渡しました。

なにはともあれ、お母さんのものも職人さんの職人芸で見事に修復し、完成に漕ぎ着けました。

娘さんはイエローをベースにしたガラス石材をシルバーチェーンと組合わせてチョーカーを

お母さんはレッドをベースにしたガラス石材をパワストーンと組合わせて数珠をそれぞれ作られました。

メモリアルグッズを作った後、お母さんと娘さんはキティちゃんの遺骨を会館の二階の永代供養像に納め、すべてのセレモニーが無事に終わりました。

私は最寄の駅までお母さんと娘さんを車で送ったのですが、二人とも、完成したてのメモリアリグッズをすでに身につけておられ、出来栄えに満足しておられる様子でした。

昨日には見れなかった娘さんの笑顔も、この日はたくさん見れて、後部座席でお母さんと娘さんは時折、笑顔をまじえお互いの作品を見比べておられました。

駅に着いたとき私は二人にお願いして運転席から完成したメモリアルグッズの写真をとらせてもらいました。

そのとき、お母さんが出来たばかりの数珠を指で摩りながら「これからもずっと一緒に居ようね」と天国のキティちゃんに話しかけておられたのを見て、私は少しだけ胸が温かくなりました。

愛の反対語

大阪ほど車の交通量が多いと、大きな国道などでノラ猫やノラ犬が車にひかれて息絶えている光景を目にする機会も少なくありません。

私も車を運転するので、過去にそのような光景は幾度となく目にしてきましたし、損壊の度合いによっては、思わず目を背けてしまうこともありました。

年に1~2回ではありますが、そのように不慮に事故で亡くなった、何の面識もない、見ず知らずの猫や犬のために火葬依頼をされる人がおられます。

もちろん、料金がかかるのを承知の上でご依頼されるのです。

そんなとき、どうしても、素朴な疑問として「どうして見ず知らずの動物にご火葬をしてあげようとしたのですか?」と尋ねてしまいます。

そのような人達は、このような場面に遭遇したとき、いつもそのようにされている訳ではないようなのですが、ご火葬のときに、いろいろなお話を聞いていると、「道路で息絶えたこのコの目が『助けて』と訴えかけてたような気がしたんです」や「昔飼ってた猫に毛並が似ていて」など、理由は様々なのですが、共通して仰ることが1つあります。

それは「役所や保険所に電話してもよかったんですが、ゴミと一緒に焼かれると思ったら可哀想な気がして・・・」ということです。

このような人たちと出会ったとき、私は「世の中まだまだ捨てたもんじゃないな」と思うと同時に、その人たちと比べて「自分はなんて冷たい人間なんだろ」と考えさせられたりもします。

そしてマザーテレサが残した言葉を思い出します。

その言葉とは「愛の反対語は憎悪ではありません 愛の反対語は無関心なのです」であります。

 

弊社のプレシャス会館では、このようにして亡くなった名も無き動物たちの遺骨を納める納骨堂と合同供養像があります。

それらの遺骨は合同慰霊祭のとき、スタッフが遺族代理として参列し、僧侶による読経供養をうけるようにしております。



 

大阪のペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで
大阪本社
〒570-0095 大阪府守口市八島町13-36
ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660

約束

私の携帯に「すいません。Fと申す者なんですけど、ペットの葬儀屋さんですか?」と電話がありました。

友人や知人、あるいは過去に私が葬儀を担当した人でない限り、葬儀のご依頼は会社のフリーダイヤルにかかってくるので、面識のない方からの携帯へのお問い合わせに私は少し戸惑いを感じながらも、Fさんからの「猫が亡くなったのでお願いしていいですか?」というご依頼をうけ、その日の夜に四条畷市のFさん宅に訪問しました。

応対してくれたのはFさんの奥さんで、Fさんはまだ帰宅しておりませんでした。

奥さんは「主人は少し遅くなるそうなんです」と仰ったので、私は「まだ時間はありますので、ご主人さんが戻られるまでお待ちしましょうか?」と言ったところ、奥さんは「いえ、先に始めてくれていいと主人も言っていたので(火葬を)始めてください」と猫ちゃんが安置された手製の棺を私に渡しました。

少し違和感を覚えながらも、私は言われたとおり、Fさんの自宅駐車場で火葬をすることになりました。

Fさんが誰からの紹介でご依頼くださったのか気にはなっていたのですが、奥さんも「よくわからないですけど、主人はプレシャスさんのことを『母の知り合い』の人だと言ってましたけど」と困惑気味に言っただけで、実情は把握されておられないようでありました。

そして、火葬を開始し、10分ほどしたときにFさんが帰ってこられ「母が生前のときにはお世話になりました」と頭を下げられました。

私は恐縮しながら「いえ。こちらこそ」と状況がわからないまま返答し、Fさんに「失礼ではありますけれど、Fさんのお母さんのこと思い出せないんですが、お母さんの下の名前はなんとおっしゃるのですか?」と尋ねました。

Fさんからお母さんのフルネームを聞き携帯電話に保存しておられたお母さんの写真も見せてもらったのですが、私は思い出せませんでした。

私は正直に「すいませんFさん。どうしてもお母さんのこと思い出せません。お母さんから私とはどういう経緯で知り合ったかをお聞きになられましたか?」と尋ねました。

Fさんは「僕も詳しくは聞いてないんですけど、母が亡くなる前まで門真で一人暮らししてたんですが、持病の治療をするために去年の暮れに入院することになったんで、そのとき母が飼ってた猫を僕が引取ることになったんですよ。で、そのときに母から『もしTちゃん(猫ちゃんの名前)に何かあったらここに連絡して、ちゃんと火葬してもらって』と言ってプレシャスさんの名刺をもらったんです」と私の名刺を見せてくださいました。

見せてもらった私の名刺には私の筆跡で、私の携帯番号がかいてありました。

私はその名刺と(門真で一人暮らしのご高齢の女性)というキーワードが重なって初めてFさんのお母さんのことを思い出すと同時に先にFさんが口にした「母が生前のとき」という言葉ので端で、Fさんのお母さんがすでに亡くなられたという悲しい事実を認識したのでした。

 

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私がFさんのお母さんと知り合ったのは昨年の秋のことでした。

門真市で小型犬のご火葬のご依頼があり、その依頼者さんのご自宅前で火葬させてもらったのですが、狭い通りであったため、私はご近所さんに配慮すべく、ご依頼主様と一緒に両隣とお向かいさんに御声掛けに回りました。

煙も炎も匂いも出ない特殊火葬車であることをご近所さんにお伝えし、承諾をもらったあと、火葬を開始したとき、お向かいさんが猫を抱いて出てこられ「へ~今はこんなんあるんですか」と関心されたような顔して話かけてこられました。

その方がFさんのお母さんでした。

Fさんのお母さんは火葬車が珍しかったのか、火葬が終わるまでの間、ずっと私の隣で見学され、火葬がすんだ後のお骨あげのときも、少し離れた場所から、その様子を見ておられました。

そして、その日、無事に仕事を終え、帰ろうとする私にFさんのお母さんは歩み寄ってこられ「人のこと言えんけど、この子(猫)も18歳で年寄りやから、そんなに長くはないんです。もし、この子が私より先に逝くようなことがあればあなたに頼みたいからお名刺ちょうだい」と言って手を差し出したのでした。

「はい。わかりました。どうぞ」と言って私は名刺をお渡ししました。

目を細めて名刺を見たFさんのお母さんは「あなた社長さんなの?へ~偉いねんな」少し驚いたような顔で私に尋ねられたので、私は「はずかしいんですけど、一応、会社の代表という立場です」とこたえました。

お母さんは「あなた(会社を)一人でやってはるの?」と聞かれたので「いえ、少ないですけど、優秀なスタッフが数名います」と答えたところ「でもこの子のときは他の人じゃなくてあなたにお願いしたわ。よかったら携帯の番号教えてもらわれへん?」と言われたので、私は名刺の余白の部分にボールペンで携帯番号を記入しました。

名刺を受け取ったお母さんは「でもまあ、私のほうが先にあっちへ行くかもしれんけど」と言って笑われたので、私は「すごく、お元気そうなのに、そんな縁起悪いこと言ってはダメですよ」と少し嗜めるような口調で言いました。

「元気そうに見えるでしょ?でも暮れ頃に手術するんですわ」

別れ際にそう笑顔で仰っていたことを、私は思い出しました・・・

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私はFさんに「お母さんはいつ・・・?」と聞きました。

「今年の5月に・・・」と答え、続けるように「話を聞いて僕も納得しました。母から名刺もらったとき、どういう知り合いなんやろって不思議に思ってたんですわ」と首筋に手をやり安堵の表情をされていました。

「すぐに思いだせなくて申し訳ありませんでした」と頭を下げた私にFさんは「いえいえ、お忙しいのに、約束通り来てくださっただけでもありがたいです」と言ってくださいました。

私はふと我に返ったような感じで「ということは今、火葬しているのが、あのときお母さんが抱いていた猫ちゃんですか?」と尋ねたところFさんは「そうです。ある意味、息子の僕より大切に育ててたくらい、気にかけてた猫だったんで・・・自分の体より猫のことばかり気にしていました」と笑顔を見せながらも寂しげに仰いました。

私はあらためて火葬車に向けて手を合わし、お母さんのことも思って猫ちゃんに合掌をささげました。

猫ちゃんのお骨あげは私とFさんと二人で行い、猫ちゃんの遺骨はお母さんの仏壇のあるお部屋で保管されることになりました。

友人のペットの葬儀にて

その日の朝、私の友人のHから電話がありました。

「久しぶり。朝からどうしたん?」と尋ねた私にHは「久しぶりやな。いや、実は・・・」と言ったまま押し黙りました。

急に声が途絶えたので最初は電波の調子が悪いのかなと思い携帯のモニター画面を見たのですが、電波状況もよく、通信も中断していないことを確認した後、私は「もしもし?もしもし?」と二度、呼びかけました。

電話越しにHの鼻を啜る音がしたので、「どうした?何かあったのか?」と話しかけたところ「すまん・・・ゴンが今朝、亡くなったんや」と愛犬の訃報を告げたのでした。

ゴンとはHの愛犬の名前で今年で16歳になるミニチュアシュナイザーでありました。

「本当か?」と答えた後、私も言葉を失い、Hも「うん」と言ったまま沈黙しました。

昨年の秋にHの家に遊びに行った際、「こいつ(ゴンちゃん)も年(寄り)やし、なんかあったら頼むわな」とHは私に半分冗談では言ってはいたのですが、いざ、それが現実のものとなったとき、私はかける言葉すら見つけることが出来ませんでした。

そんな私を察してか、沈黙を破ったのはHのほうで「それで、悪いねんけど、出来たら今夜(葬儀と火葬)頼めるかな?」と私を気遣うような静かな声で言いました。

一番つらいはずのHに逆に気を使わせたことに私は我に返り「うん。19時以降なら大丈夫」と返事しました。

Hは「出来たら20時過ぎがありがたい。その時間なら全員(家族)揃うから。かまへんかな?」と言ったので「わかった。じゃあ20時に行くわ」とこたえ、電話を切りました。

過去にも経験したことがあるのですが、やはり面識のあるペットのセレモニーは辛いもので、電話を切った後、しばし、ゴンちゃんの顔を思い出しながらHの受けたショックの大きさを想像し、いたたまれない気持ちになりました。

16年という長い年月を共に過ごしたペットの死は、家族にとって悲しみ以外の何物でもないのは当り前ですが、何処へ行くのもゴンちゃんを一緒に連れて行くくらい可愛がっていたHにとって、その悲しみは深いものだったに違いありません。

そして、その夜、20時少し前にH宅に着いた私は、車の中で、Hにどんな顔でどんな言葉をかけようかと考えこむほど、落ち着かない心境になりました。

やはり友人や知人の場合、面識があるがゆえ逆にどのような態度で対応すべきがわからなくなることがあるのです。

しかし、そんなことを思案してた私とは裏腹に、車のエンジン音で私の到着に気付いたHは玄関のドアを開け、以外にも笑顔で「すまんな」と声をかけてくれました。

「大変やったな」と声をかけた私にHは「まあこれだけは仕方ないことや。それよりお袋がえらい泣いてるわ」と言いながら私をゴンちゃんが安置されてるリビングに案内してくれました。

リビングにはHの両親が揃っておられ、安置されたゴンちゃんの前でHのお母さんが声をころして泣いておられました。

お父さんはソファーに腰掛けた状態で私に「えらいすいませんな。この度は頼みます」と言って頭を下げました。

私は小さな声でお父さんにお悔みを告げた後、お母さんの隣に座り、ゴンちゃんに触れました。

お母さんは私に目をやり「来てくれたん。ありがとう」と仰ったので私は「お母さん久しぶりです。大丈夫ですか?」と尋ねました。

お母さんは無言で頷きハンカチで口元を押さえました。

その後、私はリビングに祭壇を設置し、ゴンちゃんをそちらに移動させ、HとHの両親と一緒に焼香をあげさせていただきました。

出棺はHの手で執り行わられ、コンちゃんは大好物だったジャーキーとお気に入りだった服と一緒に玄関前の車庫にとめさせてもらった火葬車で天に召されました。

火葬のとき、Hと私は生前のゴンちゃんの思い出話を中心にいろいろな話をしました。

学生時代の友人達とも年々、会う機会が減っていくもので、Hと直接会ったのも、今年になってこの日が初めてでありました。

「こういう時にしか合えない年齢になったな」と言ったHの言葉に私は同感すると同時に、春先から寝たきりになったと聞かされていたゴンちゃんに、せめて一度だけでも会いにいけばよかったと後悔しました。

火葬が終わったとき、玄関先でHのご両親がゴンちゃんが愛用していたおもちゃや食器を収納ボックスに収めている姿を見たとき、あらためてゴンちゃんがこの世から去ったことを私は深く実感し、無意識に涙がこぼれました。

ペットがいない風景

以前、このブログ※{神様からのプレゼント}で書かせてもらった、コロンちゃんの飼い主さんのKさんが遺骨アクセサリーを製作されるためにプレシャス会館に来館してくださいました。

コロンちゃんは顔に大きな傷を負ったまま生まれてきたため、子犬のときは買い手がつかなかったのですが、その後、最良のパートナーになるKさんと出会い、12年の素晴らしい犬生を真っ当したパグ犬で、私が担当したセレモニーの中でも深く記憶に残る犬ちゃんとその飼い主さんでありました。

Kさんが来館される当日、私もお会いしたかったので、お立合いしたかったのですが、その日は朝から依頼が重なり、私自身も京都支社の応援に回っていたために、時間の調整がつかず、Kさんのことは他のスタッフに対応してもらうことになりました。

Kさんは正午に来館されるとのことだったのですが、私が仕事を終えて、大阪に戻るのは夕刻になるので、時間的にお会いするのは無理かなと思っていたその日の15時過ぎ、携帯がなり、スタッフから「あとどれくらいでこちらに戻られますか?」と問い合わせがありました。

私は早くて17時くらいだと返答したところ、スタッフからKさんが私が戻るのを待っておられると聞き、急いで車を走らせました。

会館に戻るとKさんはすでにコロンちゃんの遺骨アクセサリーを作り終わられていて、手首に遺骨を融合した数珠をつけておられました。

「お待たせしました。お久しぶりです」と言った私に気付いたKさんは「あ!久しぶりです」とソファーから立ち上がり笑顔でこたえてくださいました。

そして「これいいでしょう」と左手首を私に差し出し、出来たばかりのピンクのガラス石材をメインストーンにした数珠を誇らしげに見せてくれました。

「上手に作れたんですね」と言った私に「私って自分が思ったより不器用で、何度も失敗したから、最後は職人さんがほとんど作ってくれたんですけどね」と照れたように笑いながら真相を明らかにしてくれました。

「まあ、ほとんどの方は、最後の仕上げは職人さんに頼んでますよ。で、その後はいかがお過ごしだったんですか?」と私が尋ねた途端、Kさんの顔から笑顔が消え、暫しの沈黙の後、「・・・正直・・・やっぱりコロンのこと引きずってます・・・」と俯き加減に言いました。

「そうですか・・・でも、それはしかたないですよ」と言った私の言葉にKさんは黙って頷き、コロンちゃんの遺骨の入ったピンクのメインストーンを指で優しく撫でていました。

「コロンがいなくなってからも毎朝、散歩に行ってた時間に目が覚めるんです・・・コーヒー飲みながらいつも行っていた公園を眺めて、いるはずのないコロンの姿を探してしまうんですよね・・・また犬を飼おうかなと思ってペットショップに行ったりしてるんですけど、なかなかピンと感じる子(犬)がいなくって・・・当り前ですけど、コロンじゃないし」と辛い胸の内を話してくれました。

Kさんはバックからハンカチを出し涙を拭取り「すいません」と私に頭を下げました。

ペットがいなくなってしまってからの生活に慣れるのは想像以上に時間がかかるもので、特にお一人暮らしの方は慣れるまで長期の時間を要します。

私は「Kさん。こんなときに何ですが」と前置きをしたうえで「例え同じ犬種であっても、それぞれ個性がありますし、性格は違います。コロンちゃんのことを忘れる必要はないにせよ引きずったまま、新しいペットを飼うことは、プラスにならないこともありますよ」と自分の考えを伝えました。

Kさんは無言のまま数度、うなずき「言おうとされてることわかります」と仰りました。

その後、私とKさんは1時間ほどいろいろなお話をし、Kさんが帰られる時間になられたので、私は駅まで車で送りました。

別れ際Kさんは「今日はありがとうございました。もうしばらく一人で頑張ってみます。やっぱり新しい子を飼うにしても、その子にコロンの代わりさせたら可哀想だしその子はその子ですもんね」と笑顔で言ってくださいました。

駅前の人込の中をしっかりとした足取りで歩いていくKさんの後姿を見えなくなるまで、その場で見送った私は、Kさんが一日でも早く本来の「らしさ」を取り戻せるよう、葬儀の日にコロンちゃんが最後に見せてくれた安らかな顔を思い浮べながら天国のコロンちゃんに願いを捧げました。



 

ペット火葬 大阪の現状

大阪市鶴見区のマルチーズのJちゃんの葬儀と火葬のご依頼がありました。

ご指定の時刻にご依頼者様の自宅に到着し葬儀を執り行った後、自宅前にてご火葬をさせていただきました。

ご依頼主さんは50代の女性で、お一人暮らしの方でありましたが、ご火葬が始まって10分ほど経過したとき、ご依頼主さんが玄関から携帯を片手に出てこられ「すいません。いったん火葬を中止していただけますか?」と仰られました。

思いもせぬ申し出に、私は少し戸惑いましたが「はい。わかりました」と言いながら火葬炉のスイッチを切りました。

私は依頼主さんのほうを振り向き「今、電源を切りました。あの・・何か問題でもありましたか?」と質問をしました。

依頼主さんは、申し訳なさそうに「いえ、今、息子に電話して、家の前で火葬してるって言ったら、『家の前?どういうことや?今からそっち行くから、火葬を止めてもらって』って言うもんで・・・私の説明がいかんかったのかしら?」と困惑気味に仰られました。

私は「おそらく息子さんは移動火葬車のことをご存知なかったのではないでしょうか?」と見解を述べました。

「なんか、家の前でトラックの後ろで火葬してるって言うたんですけど息子は『家でペット火葬するって、そんなアホな話聞いたことない!今から行く』って言うもんで・・・」と不安な顔のまま依頼者さんは口元を抑えながら言いました。

「きっと息子さんはお母さんの説明で今の状況を把握できなかっただけですよ。直接、火葬の現場を見られたら納得してくれますよ」と励ますように言いました。

息子さんは生駒市の会社の寮で生活をされてるらしく、お母さんからペットの訃報と自宅火葬の話を聞いて車でこちらに向ってるようでありました。

私は、火葬炉の電源を完全に切った状態で依頼者さんの自宅で息子さんが来られるのを待ちました。そして1時間ほどしたとき、玄関の扉が勢いよく開き息子さんと思われる体格のいい20代の青年が入ってこられました。

私は「このたびは、お騒がせして申し訳ありません」と頭を下げました。

息子さんは無言で会釈し、依頼者さんが居るキッチンに向かいました。

扉が開いた音を聞きつけ依頼者さんがキッチンから顔を出され、息子さんに「早かったな。表に止まってた車で(火葬を)やってんねんけどあかんかった?」と尋ねました。

息子さんは「というか、あれ(火葬車)って専門の車ですか?」と私に聞かれたので「はい。ちゃんと認可のあるペット専門の移動火葬車です」と答えました。

息子さんは力が抜けたようにソファーに座りこみ「母ちゃんの説明やったら、家の前でトラックの荷台でドラムカンか何かで燃やしてるみたいに聞こえたで・・・」と困ったような笑顔で言いました。

依頼者さんは「お母ちゃんはちゃんと説明したやん。トラックの後ろが火葬部屋に改造してる車やって」と息子さんの隣に腰掛けながら言いました。

息子さんは呆れたように笑いながら「そんな明確に言うてなかったやん!『ようわからんけどトラックの後ろで火葬してはるで』って言うから、普通に家の前で火炊いて燃やしてるって思ったやん」とため息交じりで仰りました。

私は二人の会話に割り込むように「すいません。私が電話を変わって説明すればよかったんです。お母さんくらいの女性の方は、機械の専門用語もご存知ないし、火葬車のことを電話で説明するのは難しいと思います」と言いました。

息子さんは、笑って「いえ。こちらこそすいません。なんか中断させちゃって」と言って立ち上がり、「今、(火葬の)途中なんですよね?J(ペットちゃんの名前)も可哀想なんで、すぐに再開してもらえますか?」と私の顔を見ながら仰ったので「はい。わかりました」と私は立ち上がり表に出ました。

私は火葬炉を再稼動し、火力の調整をしているとき、息子さんが出てこられ「こんなのがあるんですね。知らなかったです」と火葬車を珍しそうに見ながら言いました。

「そうですね。まだまだ移動火葬車は市民権を得ていないというか広く認知されてないのがペット火葬における大阪というか国内の現状ですね。でも、慣れ親しんだご自宅でペットの火葬ができるという点では画期的なもだと思いますし、今後、人口密集地の都心を中心に定着していくと思います」と答えました。

息子さんは関心されたように頷き、私は続けるように「昔なら、まだ大阪も土がある場所がたくさんあったので、公園や土手なんかに埋葬してた時代もあったんです。今は埋葬するような場所もないですし、何より、それって基本的には法律違反になるんですよ。だからといって役所に引きとってもらって生ゴミと一緒に焼却するのは可哀想ですよね。ですので私たちみたいな会社があるんです」と説明しました。

「確かにゴミ扱いは可哀想ですね」と火葬炉を見ながらポツリとつぶやきました。

「はい。ペットと言っても、家族と同じですからね。最低でも個別で火葬してあげて、飼い主さんに骨を拾ってあげてもらいたいですしね」と私は言いました。

息子さんは、あらためて私に向き合い「このお仕事ってすごく、やり甲斐があるって言うか、飼い主さんにとってもペットにとっても良い仕事ですよね」と真剣な面持ちで仰られました。

私は「そうですね。もちろんペットの死という現実に立ち会う悲しい仕事ではありますけど、飼い主さんと同じ気持ちで弔いをしますし、短時間で飼い主さんと心が通うという意味では、素晴らしい仕事だと思っています。ですので、やり甲斐はものすごくあります。それに心から『ありがとう』って言ってもらえる仕事なんて、そうはないですからね」と言った私の言葉に息子さんは深く頷いておられました。

その後、息子さんに火葬炉の仕組みや装置の説明をし、30分後、無事に火葬は終了しました。依頼者さんと息子さんの手でお骨あげをしていただき、Jちゃんの遺骨は依頼者さんの自宅で保管されることになりました。

仕事を終え、帰るときに息子さんが「いろいろお世話になりました」と頭を下げてくださり、私も運転席から頭を下げました。

後日、依頼者さんから、私宛に、火葬を中断したお詫びと、愛犬の理想の弔いが出来たことへの感謝と御礼の手紙が届きました。

そして手紙の最後に「息子がペット葬儀の仕事に興味を持ったようです」と書いてありました。

手紙を読み終えた後、人柄も良い息子さんのことですし、もしかしたら、いつの日か、本当に息子さんがプレシャスコーポレーションのスタッフに加わっているかもしれないなと感じた私は、思わず笑顔になりました。

愛犬の遺骨を持って・・・

以前にこのブログ{突然死したチワワのチロルちゃんに見せたかったもの・・・}で書かせてもらったチロルちゃんの飼い主のFさんが納骨をされるためにプレシャス会館に来館されました。

葬儀当日は深い悲しみに沈んでおられたFさんではありましたが、この日は元気な姿を見せてくださったこともあり、私は笑顔で出迎えました。

Fさんも、私を見つけると、笑顔になられて「こんにちわ。お久しぶりです」と大切そうに両手でチロルちゃんの骨壷を抱きながら、挨拶してくださいました。

私は「ご無沙汰をしておりました。ところで海には行かれたのですか?」と尋ねました。

私がこのような質問をしたのは、この夏、海を見たことがなかったチロルちゃんのためにFさんは友人とペットを連れて、海に旅行に行く計画をたてていらっしゃたのですが、ペット同伴可能のホテルに予約をした翌日、突如としてチロルちゃんは息を引きとり、かえらぬ犬となったため、一時は旅行に行くのを取止めになったのです。

ところが、一緒に旅行に行く予定だった友人の方がチロルちゃんの訃報を聞き、葬儀に駆けつけてくれて、その席で、その友人の方やFさんのお母さんが薦めてくれたこともあり、Fさんはチロルちゃんの写真を持って旅行に行くことを決められました。

葬儀と火葬を担当した私が、無事にセレモニー終えてFさん宅を出るとき、そのことをFさんが話してくださったこともあり、失礼なことだと理解しつつ、お会いしていきなりそのような質問をしたわけであります。

私の質問をうけてFさんは笑顔で「はい。チロルの遺骨と一緒に海に行きました」とこたえました。

私は「え?遺骨も持っていかれたのですか?」と驚きを隠さず聞きました。

「はい。最初は写真だけ持参しようと思ったのですけど、なんかチロルに直接、海に触れさせてあげたくて、遺骨を、ほんの少しだけハンカチに包んで持っていきました」とFさんは茶目っ気気味にこたえました。

「ああ少しだけですか。てっきり骨壷ごと持っていかれたのかと思いました」と言った私にFさんは「そんなことしないですよ。本当に少しだけです。ほらこれだけです」と笑いながらハンカチに包んだ小指の先くらいの大きさの遺骨を見せてくれました。

 

その後、納骨の儀を済まし、Fさんは先ほど見せてくれたハンカチに包まれた遺骨を私に差し出し、「この骨でプレシャスさんがやってるガラスの数珠を作ろうと思ってるんですけど、今日は予約いっぱいですか?」とメモリアリグッズ作成の希望を私に告げました。

私は「いえ、予約は入ってないですが、職人さんには前もって言ってなかったから、今日は職人さんがいないんです」と言いました。

Fさんは残念そうに「そっかあ・・・ここ(会館)来る前に住所を確認しようとホームページを見てたら遺骨で作るガラス製品のページを見て、もし予約入ってなかったらお願いしようと思ったんですよ。これって前からありました?」と聞かれ「前からあったんですけど、ブログ内で載せてたくらいで、専用ページをホームページ上に掲載したのは、つい最近だったんですよ。ほんとすいません」と頭を下げました。

「いえいえ、急に言った私が悪いんで気にしないでください」と言いながらもFさんの表情には落胆の様子が伺えました。

私は予定表を確認し、「今日の夕方なら、職人さんが来られますよ。夕方のご予定はいかがなもんですか?」とFさんに聞きました。

Fさんは「お母さんとイオンに買物行く予定ですけど・・・ちょっと待ってください」と言って携帯を出し、お母さんに電話をかけられました。

Fさんは、少しお母さんと話されてから、電話が繋がったままの状態で私のほうに顔を向け「お母さんも作りたいって言ってるんですけど、二人でも大丈夫ですか?」と聞かれました。

「はい。大丈夫です」と私は即答し、その後、Fさんはお母さんと電話で数分話してから「じゃあ5時ごろにお母さんと一緒に来ます」と笑顔で言い、会館を後にされました。

そして夕方、Fさんはお母さんと一緒に再び来館され、職人さんのご指導のもと、チロルちゃんの遺骨が入ったガラス石材の数珠を作っておられました。

出来上がった数珠を手首につけたFさんを見て、お母さんが「これを先に作ってから海に行ったら良かったのと違うん?」と言いました。

Fさんは少し頬を膨らますようにして「私も今日知ったの。さっき言うたやん。もう忘れたん?」と言い返すような口調で言いました。

するとお母さんは言葉に詰まったように口ごもり、困ったように今度は私に向って「こんなのあるって言ってくれなかったプレシャスさんが悪いわ」と子供っぽい笑顔で言いました。

「そうですね。全部、私が悪いんです」と大袈裟に深々と頭を下げた私を見てFさんとお母さんは声をあげて笑っておられました。




 

 

柴犬コロちゃんとお父さんの十五年

15歳で永眠したした柴犬コロちゃんのご葬儀とご火葬のご依頼があり依頼者宅に向かいました。

玄関でお迎えくださったのは依頼者家族の一人娘のYさんで、私はYさんに案内され、コロちゃんが安置されている自宅の裏庭の駐車場のところまで向いました。

駐車場の中に手製の祭壇が設置されており、安置されているコロちゃんの前で肩を落として座っているYさんのお父さんの後ろ姿が目に入りました。

私はご挨拶しようとしたのですが、がっくりと肩を落とされたお父さんの寂しげな背中に声をかけるのを躊躇してしまい、その場で立ち竦みました。

そんな私を察してか、Yさんが「お父さん。業者さん来てくれはったよ」と声をかけてくださり、お父さんは少しだけ顔をあげ「ああ・・・どうも」と力なく返事されました。

私はお父さんにお悔みを告げ、コロちゃんに手をあわせました。

葬儀の準備をしようと思ったのですが、お父さんが既に祭壇やろうそく、線香も供えておられたので、私はお焼香だけを炊き、祭壇の前に置きました。

その間、お父さんは一言も発することはなく、静かにコロちゃんの顔を見つめていらしたので、私は静かに後ずさりしながら駐車場から出てYさんを呼び「お父さん、もう少しお別れの時間が掛かるようにお見受けしたのですが、もう少し時間おきましょうか?」と小声で言いました。

Yさんは「すいません。朝からずっとあの調子で・・・家のほうでお茶でもいれます」と仰り、私は自宅のリビングに通されました。

私にお茶をいれてくれた後、Yさんは駐車場のお父さんにもお茶を持って行き、3分ほどでして戻ってこられ「『父に心の準備ができたら言うて』と言ってきました」と仰ったので私は「時間はありますので大丈夫です。それよりお父さんかなりの落ち込みようですが大丈夫ですか?」と尋ねました。

Yさんは黙って頷き「うちって一人っ子なんですよ。お父さんは息子がほしかったみたいで、コロが息子みたいなもんやったから」と話してくれました。

Yさんは幼いときにお母さんを病気で亡くされて、お父さんと二人家族でありました。

物心がついたときにはお父さんと二人きりでお母さんの記憶はほとんどないとのことでありました。

娘さんが小学生のころ、近所のお好み屋さんのシャッターに「子犬あげます」の貼り紙を見て、お父さんに無許可で子犬を家に連れて帰ったのがコロちゃんと暮らすようになったきっかけでありました。

会社から帰宅したお父さんは子犬にミルクをあげてるYさんを見て「どうしたんや?お前あかんぞ犬は。飼わんからな!明日返して来いよ」と反対したらしいです。

Yさんから聞いた、その後のことは簡単に省略させてもらうと

 

・Yさん泣きながら飼わせてほしいとお父さんにお願いする

・お父さん聞く耳をもたず「明日、返してこい」の一点張り

・翌朝、Yさんが目を覚ませたら子犬とお父さんの姿が見当たらない

・お父さんが返しに行ったと思い、Yさんはパジャマのままお好み焼き屋に向う

・お好み屋に向う途中の公園で父さんを見つける

・お父さん手製のナイロン製のロープで子犬を散歩させている

・お父さん、公園で知り合ったばかりの人達に「この犬は賢い」と笑顔で自慢してる

・お父さんその日のうちにペットショップで首輪やリードを買い揃え、病院で予防診断をうける

・お父さん勝手に子犬にコロと名付ける※Yさんはピットにしようと思っていた

 

一夜にしてお父さんの気が変わったことは、当時のYさんには謎でありましたが、Yさんにとってお父さんの気持ちが変わったことは嬉しい以外の何物でもなかったので、あえて質問もしなかったそうです。

そしてコロちゃんはその日から家族の一員になったのです。

「コロの面倒はほとんど父がみてましたね」とYさんが言うように、お父さんとコロちゃんは15年もの間、犬と飼い主というより、父子のような関係で、どこに行くときも一緒だったそうです。

Yさんから、その話を聞いてるとき、裏口の扉を開けてお父さんが入ってこられ「遅うなってすいません。火葬のほうお願いします」と頭を下げて仰りました。

私が火葬車を裏庭の駐車場に回たときお父さんはコロちゃんを優しく抱いて待っておられ、自らの手で火葬炉の中に寝かせてあげていました。

火葬炉の扉を閉めるときお父さんは手で口元を覆いながら大粒の涙を流され、「よろしいでしょうか?」と確認した私に無言で二度、頷いておられました。

火葬が始まって5分ほどしたとき、お父さんが折りたたみ椅子を二脚もってきてくださり「どうぞ使ってください」と言って一つを私に渡してくれました。

お言葉に甘えて椅子に腰掛けさせてもらった私の隣にお父さんはもう一つの椅子を置き、私とお父さんは横並びでコロちゃんの火葬を見守りました。

Yさんは少し離れた屋根がつくる日陰の場所から火葬炉の煙突を見ておられました。

私は「先ほど娘さんからコロちゃんが来た日の話を聞かせてもらったんです」とお父さんに話しかけました。

お父さんは「そうですか・・・あいつが勝手に連れてきよりましたんですわ」とYさんを顎で指しながら言いました。

「お父さんは最初、コロちゃんを飼うのを反対してたらしいですね?」と尋ねたところ、お父さんは「まあ・・・犬飼うのは大変ですからね・・・」と無表情のまま仰ったので「なぜ、飼おうと気が変わったのですか?」と私は聞いいてみました。

少し間を置き、お父さんは空を見上げるようにしながら「コロは朝起きたらワシの隣で寝とったんですわ。それでオシッコでもされて布団をぬらされたらアカンて思って散歩に連れていったんですわ。そしたら子犬のくせに信号待ちもしよるし、ワシより先に歩かんし、賢い奴っちゃやな思うて。そんでですわ」と懐かしむように仰ってました。

お父さんは続けるように「実際、飼ってみて、ほんまに利口な犬でしたわ。病気もせんし、他の犬や人に迷惑もかけることもなかったし・・・」とそこまで言って言葉につまり涙を流されていました。

お父さんにとってコロちゃんとの15年間の生活は、言葉で表せるほど簡単なものでないことは私にも想像できたので、それ以上、何も聞くことはしませんでした。

50分後、火葬は無事に済み、お父さんとYさんと二人でコロちゃんのお骨あげをされ、コロちゃんのお骨は骨壷に納められました。

コロちゃんの遺骨は3年間、自宅で保管された後、骨壷ごと自宅の庭に埋葬されるそうです。

仕事を終え、Yさん宅を後にするとき、私への労いの言葉と一緒に、お父さんが「もう犬は飼わん・・・」と寂しげに仰った顔が、何とも言えないくらい印象に残り、私の胸から離れませんでした・・・

ペットの熱中症

以前、このブログ※{熱中症で孤独死するペットを増やさないために}でも書かせてもらいましたが、ここ最近、熱中症で亡くなるペットが後をたちません。

飼い主さんは口を揃えたように「昨日までは何ともなかったのに・・・」「今朝出かけるときは元気でした・・・」と仰られます。

突然ペットを襲う悲しみは飼い主さんにとってもショックは大きく、なかなか現実を受け入れられないものでありますが、どんなに後悔しても亡くなった命はかえってきません。

元来、暑さに弱いとされる大型犬にとってこの時期は1年を通して最も過酷な時期でありますが、それ故、飼い主さんも夏場の暑さ対策に気を使っておられるようで、例年に比べて大型犬の訃報は少ない傾向にあります。

しかし、大型犬に比べ暑さに強い小型犬や犬に比べて暑さに強いとされている猫の熱中症被害が増加傾向にあります。

とくに、ペルシャ系のチンチラなどの鼻のつまった短頭種の猫は、体の構造上、スムーズな呼吸がしづらく、それに加えて肥満体系である場合、体内に熱をためてしまうため、例え日陰の室内であっても、熱中症にかかりやすい特徴があるのです。

これは、あまり知られていないこともあり、病院やぺっトショップでも、そのような助言をうける機会は少なく、飼い主さんが見落としがちな落とし穴になっていると私は思っています。

この夏、熱中症で亡くなったペットの共通点は、3時間以上ペットだけで留守番している時間帯が存在したということでした。

熱中症によるペットの突然死は飼い主さんにとって病死というより事故死に近い衝撃であり、その分、悲しみも後悔も大きいものであります。

この暑さはまだ一ヶ月以上続きます。

今からでも遅くないので、ペットの暑さ対策は万全にしてあげてください。



 

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