2012-06

ペットの最期を看取るとき・・・

大阪市のNさんからお葬儀のお問い合わせのお電話がかかってきたのは午前0時を少し過ぎた頃でした。

その日はお葬儀とご火葬のご依頼が重なり、私以外のスタッフは、その時間帯になっても帰社しておりませんでした。

電話をとった私にNさんは「少し質問させてもらってもいいですか?」と前置きして「こういうペット葬儀って、ペットが亡くなってから、お頼み(ご依頼)するもんなんですか?」と小さな声でお聞きになられました。

私は「執り行う日時を決めないといけないので、基本的にはお亡くなりになられてからご依頼される方が大半ですね」と答えました。

「そうですよね・・・どうもすいませんでした」と力なくつぶいて電話をお切りになろうとしたNさんに私は、直感的にこのまま切ってはいけないように感じ、慌てて「もしもし。もしもし?」と呼びかけました。

少し間があった後、Nさんが「はい・・・?」と返事をされたので「あの、ペットちゃんは今はどのような状態なんですか?」と尋ねました。

Nさんは「はい。今はまだ・・・・」まで言って声をころしてお泣きになられました。

しばらくして、少し落ち着かれたのか「すいません」と言って現状をお話くださいました。

Nさんは12歳になるシーズー犬のシュシュちゃんの飼い主さんで、シュシュちゃんは2年前に肝臓癌を発病して以来、通院生活を余儀なくなれていたのですが、癌の進行は止まらず転移も確認され、数週間前から動物病院に入院していたそうです。

四日前に病院から電話があり「おそらく今日か明日がヤマでしょう。もしよろしければ、最後は家で過ごさせてあげてはどうですか?」と担当の医師から助言されて、その日に病院から酸素ケースごと自宅に連れて帰られたようでした。

Nさんはお一人暮らしなこともあり、近くに身寄りもなく、四日間、一人でシュシュちゃんの看病をされておられたようでした。

その間、仕事を休まれ、ほとんど睡眠もとらない状態で過ごされたようで、「何かしてあげたくても、何もできない・・・何をしてあげればいいのかもわからない」と思い悩んだ末、ペットセレモニー会社である、弊社にお電話をくださったのでした。

私は「もし、私どもに出来ることがあれば言ってください。と言っても葬儀とかそういう意味で言ってるのではなく、今、何か協力できることがあればという意味です」と言いました。

Nさんは「ありがとうございます。でも本当にもう死ぬのを待つしか無い状態なんです」と泣きながら仰いました。

「病院には連絡したんですか?」と聞いた私に「はい・・・今朝しました。でも、もう、手の施しようがないし、また病院まで運ぶほうがシュシュにとっても負担になるから、辛いけど、そのまま看取ってあげてくださいと言われました」と力なく仰いました。

病院の判断は間違ってないかもしれませんが、お一人暮らしのNさんにとって、今の状況はあまりにも辛く耐え難いものであるのは想像できました。

かといって、いちペットセレモニー会社の人間である、私に出来ることと言えば、Nさんの話を聞いて、少しだけ、気持ちを和らげるくらいのことしかできないのも現実でした。

出口の見えない話だけを続けるしかなかった私ではありましたが、Nさんは誰かと会話したことで少しずつ平静さを取りもどされたような口調になっていきました。

そしてお電話でお話をして20分ほど経過したときにNさんが「あ!」と叫び「ごめんなさい。ちょっと切ります。また電話します」と言って電話をお切りになられました。

事態がわからない私は「もしもし?もしもしNさん?」と呼びかけましたが、電話のスピーカーから聞こえてきたのは「ツーツー」という不通音でした。

突然の遮断に私自身も落ち着かない心持でありましたが、Nさんからすぐに電話がかかってきて、「今見たらお尻から血が出てきてて」と泣きながら仰いました。

「で、シュシュちゃんは?」と私は聞き,Nさんは「かろうじて息はまだしてます。あの、抱いてあげたいんですけど、酸素ケースから出したらいけないんですか?」と私に問いかけるように言いました。

病院の先生はどのように言ってたかを尋ねた私に、Nさんは「今は病院は連絡がとれないんですけど、今朝、話したときは、ケースの中が一番楽だから、そこで寝かせてあげてくださいと言ってました」と答えました。

残酷で冷酷な表現ではありますが、ある意味、死を待つだけの状態であるシュシュちゃんとはいえ、その時を縮めることにもなりかねない判断を私がくだせるわけもなく、私は返答の言葉に詰まりました。

しかし、この状況下での私の存在はNさんにとって唯一の相談相手であり、判断を仰ぐに等しい存在であったのかもしれません。

私は事の重みを踏まえた上、自分なりに考えた結果、「私なら・・・」と切り出しました。

Nさんは「はい」と、その日、初めてしっかりとした口調で返事をされ、私は「私なら・・・私がNさんの立場ならシュシュちゃんを自分の腕に抱きます。そして私がシュシュちゃんなら・・・きっとNさんに抱きしめてほしいと思うと思います」と言いました。

このブログをお読みになられた皆さんは私のこの意見には賛否両論あると思いますが、私は、私なりにNさんとシュシュちゃんの立場になって考え、本心からそう思い言いました。

そう言った後、Nさんから返答はなかったものの、電話越しに聞こえるNさんの泣き声からお気持ちは察することはできました。

電話を握り締めたまま、私も次の言葉を見つけることが出来ず、沈黙の時間が流れました。

そしてNさんから「ありがとうございます」と応答があり、私は「シュシュちゃんのこと一番理解してるのはNさんです。Nさんがシュシュちゃんのことを想ったうえでの行動ならば、どんなことであっても正しいと思うし、後々、後悔も残らないのではないでしょうか」と言いました。

「わかりました」と言葉を残し、Nさんは電話をお切りになられました。

そして、私も電話を切った後、しばらくの間、椅子に座ったまま、何も手につかないような状態でありました・・・

翌朝の9時にNさんからシュシュちゃんの訃報の知らせと葬儀のご依頼の電話がありました。

そして次の日の早朝、お葬儀とご火葬を執り行うために、Nさん宅に向う車内で私は「自分が電話でNさんに言ったことは正しかったのだろか?」ということばかり考えていました。

Nさんの自宅に到着し、玄関のドアを開けてくれたNさんの赤く腫れた目をみたとき、思わず目頭が熱くなりました。

Nさんに挨拶をすませ、シュシュちゃんが安置されてる部屋に通された私は、犬種がわからないくらい痩せ細ったシュシュに手を合わし、お悔みを告げた後、あらためてNさんに挨拶をしました。

Nさんは「いろいろとありがとうございました」と手をついてお礼の言葉をくださいました。

「お礼を言ってもらうようなことはしておりません。むしろ、お力になれず申し訳ありませんでした」と私も手をついて頭を下げました。

Nさんは「いえ。ほんとうに電話でお話できて、落ち着けました。そして後悔がない、シュシュの最期のときを過ごせることができました」とハンカチで涙を押させるようにして仰ってくださいました。

シュシュちゃんはNさんが私との電話を切った2時間後、Nさんの胸の中で息を引き取ったそうです。

「最期の最後は本当に安らかに眠るように逝きました・・・」

Nさんのその言葉を聞いて、私は、胸のつかえが取れたような気持ちになりました。

その後、私とNさんは、お焼香をあげた後、近くの公園に移動し火葬とお骨上げを無事に済ませました。

火葬のときNさんは火葬車の煙突越しに見える公園の木を見上げながら「病院で『もって二日、おそらく今日がヤマでしょうと』言われてたんです。でもシュシュは四日も頑張ってくれて・・・最期の安らか顔を見たとき、きっとシュシュは私に抱かれて逝きたかったから、頑張ってたんかなって思いました」と仰っていました。

私は「そうかもしれませんね・・・」と言った後、「いや、きっとそうに違いないです」と力をこめて言いました。

それは自分の発言が正しかったと強調したかったからでなく、Nさんの表情が晴れ晴れとしていたからであり、私もNさんにつられるように公園の樹木を見上げました。

シュシュちゃんの遺骨はNさんの自宅で保管し、夏ごろ、Nさんの出身地の信州の実家の庭に埋葬されることになりました。



 

大阪 ペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで

大阪本社 大阪府守口市菊水通3丁目7-9

ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660



 

 

 

学校に迷い込んだ仔犬 ラヴちゃんのお話

その日の朝、鶴見区の小学校では生徒達の人だかりができていました。

その輪の中では生後間もない1匹の仔犬が震えるように体を揺すり小学生たちを見上げていました。

怪我をしているのか、生まれつきなのかはわからないが、前の片足を折り曲げたまま、フラフラとよろめきながら歩く子犬の姿を見た2年生の生徒が「このまま放っておけない」と思い教室まで連れていったのでした。

思わぬ仔犬の登場に、そのクラスの生徒は大喜びで歓迎しましたが、「先生が仔犬を見たらどうするだろうか?」「叱られるだろうか?」と不安な気持ちも拭えなかったはずです。

チャイムがなり、それぞれが自分の席に着席して先生を待ちました。

そして廊下から先生の足音がし、教室のドアが開き担任の女の先生が教壇に立ちました。

先生はすぐ、仔犬の存在に気付き、誰がつれてきたのか問いただした後、叱るのではなく、意外なことを生徒達に問いかけたのでした。

「仔犬は首輪がついていないから、おそらく野良犬です。このまま役所に電話したら役所の人が迎えにきます。その後、どうなるか知ってる?」

先生は小学校二年生の子供達には、あまりにも悲しい現実を話しました。

「このまま役所の人が来たら、この仔犬は殺されちゃうのです」と・・・

教室には「えーーひどい」「かわいそう」「なんとかならないの?」と声があがったことでしょう。

先生は「うん。かわいそうだよね。助けてあげたいよね。じゃあどうすれば助けられるか皆で考えましょう」と提案しました。

そして生徒達はどうすれば仔犬が殺されずにすむのかを先生に尋ねました。

先生は「飼ってくれる人がいれば、この仔犬は野良犬じゃなくなるから殺されずにすみます。誰かこの仔犬を飼える人はいますか?」と生徒達を見渡し言いました。

そしてクラスの数人が手を挙げました。

先生は「皆が飼いたいって言っても、お父さんやお母さんが反対したら、飼えないよね。今、手を挙げた人、今から職員室に行ってお家に電話して飼ってもいいか聞いてみてください」

そう言って先生は授業中にも関わらず、手を挙げた数人の生徒をつれて職員室に向かいました。

おそらく先生も仔犬を救いたいという気持ちが生徒以上にあったのかもしれません。

手を挙げた生徒の中には、その後、仔犬の飼い主となる女の子も含まれていました。

そして、それぞれが家に電話をしましたが、ほとんどの生徒が親の承諾を得れず、仔犬の運命は女の子とそのご両親に委ねられることになりました。

女の子は家に居たお母さんに電話越しに理由を話し「お願いお母さん!このままなら子犬が殺されちゃうの!なんでも言うことを聞くから!ちゃんと私が面倒を見るから。お願い」と懇願しました。

元来、犬が好きだったこともあり、女の子のお母さんは「状況がよくわからないけど、とりあえず学校に向うから」と言ってくれたそうです。

それを聞いて、女の子はもちろん先生もクラスメイト達も大喜びしたそうです。

お母さんはすぐに学校に来てくれました。そして先生から経緯を聞かされ仔犬を受け取りました。

お母さんは仔犬の前足を見て、すぐに異常に気付き、その足で動物病院に向かったのです。

診断の結果、仔犬は生後3ヶ月くらいだということで、前の片足を骨折していました。

「おそらく他の野犬かなにかに噛まれたのでしょう」と説明を受け、すぐに治療をうけることになりました。

そして、仔犬は骨折の治療をうけ、その後、生涯を過ごす家になる女の子とお母さんと家族が暮らす自宅にお母さんに抱かれて帰ったのでした。

女の子は学校が終わると急いで家に帰りました。家に帰るまで、仔犬がちゃんと家に居るか心配でしたが、仔犬はちゃんと家で待っていてくれました。

女の子は双子の姉妹であり、その姉妹とは別に妹が二人いる四人姉妹でした。姉妹たちも新しい家族を歓迎してくれて、みんなで仔犬を撫でながら、名前を考えました。

仔犬は男の子だったのですが、ご家族はたくさんの愛がもらえるようにと「L♡VE(ラヴ)」と名付けることにしました。

その時、お母さんが「みんな。まだラヴを飼えると決まったわけじゃないのよ。お父さんがダメって言えば飼うことはできないんだからね。皆でちゃんとお父さんにお願いをするのよ」

その言葉を聞いて姉妹達は少し不安になりました。

過去にもペットを飼いたいと両親にお願いしたとき、こくごとく、お父さんの反対にあって実現しなかった過去があったからです。

夜になってお父さんが帰宅しました。姉妹たちはラヴちゃんを抱いてお父さんを迎えました。

そして、「お願いちゃんと面倒見るから」「ちゃんと勉強もがんばるから」「お母さんのお手伝いもいっぱいするから」とありとあらゆる言葉を並べてお願いしました。

しかし、お父さんは「ペットはオモチャじゃないんだぞ。生き物なんだ。飼うのには責任感がいるし、大変なことなんだぞ」と断固として首を縦にはふりませんでした。

それでも子供達は食い下がり、最終的にはお父さんも飼うことを許してくれました。

晴れてラヴちゃんはその夜から家族の一員となり、通りに面した自宅の正面の小屋で家族と一緒に暮らすことになりました。

ラヴちゃんは家族が自分の命の恩人であることを深く理解していたのか、恩返しをするかのように家族を癒し、本当に素直で優しい犬に成長しました。

そして、自分を救うために協力してくれた娘さんのクラスメイト達からも愛され、下校の時間になれば、たくさんの小学生たちがラヴちゃんに会いにきました。

どんなときでもラヴちゃんは会いにきてくれた人を優しく出迎えてくれたそうです。

そんなラヴちゃんがご近所の人からも愛されるのに時間はかからず、ご高齢の人も多く暮らすこの通りでラヴちゃんはアイドル的な存在となりました。

ラヴちゃんが、人を惹きつけるのには、理由があり、ラヴちゃんは人の心の状態がわかる犬だったそうです。

もちろんそれは、犬という生き物すべてに共通してることでもあるのですが、ラヴちゃんの場合は、その能力が抜きんでていたようで、これは私がご近所さんの人から直接聞いたのですが、「普段なら通りかかるとスクっと立ち上がって尻尾を振って出迎えてくれるんだけど、私が落ち込んでるときなんかは、大人しく座ったまま、必要以上にあまえてこないのよ。私は嫌なことがあったら、よくラヴちゃん相手に愚痴をこぼしてたんだけど、私が話し終えるまで、じっと座って静かに目をみながら聞いてくれるの。でね、話し終えたら『大丈夫だよ』と言わんばかりに頬を優しくなめてくれるの」と仰ってました。

 

そしてラヴちゃんがこの通りに来て15年の年月が流れ、ラヴちゃんは家族が見守る中、静かに永眠のときを迎えたのでした・・・

娘さんからもらった「LOVE」という名前のとおり、ご家族、ご近所さんをはじめ、たくさんの人を愛し、そして愛された一生でありました。

それを物語るようにラヴちゃんのお葬儀には大勢の人が参列され、心からラヴちゃんとのお別れを偲んでおられました。

すっかりと年頃の娘さんに成長した四人のご姉妹は涙を流して棺のラヴちゃんの体を撫でていました。お父さんとお母さんは悲しみの渦中にありながら喪主として参列に見えられたご近所の人たち一人一人に丁寧な応対されていました。

玄関の祭壇からご家族の手で出棺されたラヴちゃんは通りの真ん中にある自宅の前で火葬車に納められ、ご家族とご近所さんが見守る中、天に召されました。

ご火葬のとき、お父さんがセレモニーを担当した私のほうに歩み寄ってこられ、労いの言葉をかけて下さった後「ラヴが初めて家に来た日、娘たちにラヴを飼うことを反対したんですよ」と仰いました。

私は「はい。先ほど、奥さんから、その話を聞かせてもらったんですよ」答えると、お父さんは、少し笑いながら「そうなんですか・・・でもね、実は私を見上げるラヴの顔を見たときから心は決まってたんですよ・・・この仔犬と暮らしたいって・・・ひと目見ただけで心を撃ち抜かれました。それだけ不思議な魅力があったんですよラヴには」と遠くを見るような目で話してくださりました。

お父さんは続けるように「これでまた一人になったな」と呟くように仰ったので、「一人とはどういう意味ですか?」と私が尋ねると「いや、うちは私以外、全員女でしょ?ラヴは唯一の男だったもので」と照れ笑いのような感じで仰りました。

「ああ。なるほど。そういう意味ですか。つまりラヴちゃんは唯一の男仲間だったんですね」と言った私の言葉にお父さんは黙って頷きました。

頷いたお父さんの目には涙が滲んでおられ、その日、喪主として気丈に振舞っておられたお父さんが私だけに見せた涙でありました・・・

 

ご火葬は無事に終わり、お骨となったラヴちゃんはご家族と参列されたご近所さんの手によって丁重にお骨壷に納められました。



生後間もない頃、心無い人によって捨てられた子犬は野犬に襲われ怪我を負い、命からがら近くの小学校に逃げ込みました。

そして、そこで純粋な子供達と先生に命を救われ、心優しい家族と一緒に暮らすことになり、その町でいろいろな人と出会い大勢の人の心に鮮明で温かな記憶を残しました。

穢れなき愛に満ち溢れたラヴちゃんの15年の犬生に合掌。

大阪市鶴見区のラヴちゃんが居た通り

葬儀のご依頼を請け、スタッフと二人で鶴見区のラヴちゃんの自宅に向かいました。

約束のお時間にラヴちゃんの自宅に着いた我々は玄関に沢山のお花が敷き詰められたお手製の棺に寝かされているラヴちゃんに手を合わせ、奥さんにお悔みを告げました。

ラヴちゃんの飼い主さん家族はご夫婦と四人の娘さんたちで構成された六人家族でありました。

四人姉妹の長女さんと次女さんは双子で、おそらく大学生くらいの年齢とお見受けしました。双子だけあって、本当にそっくりな顔をしておられ、この日はたまたま似たような服を着ていらっしゃったこともあり、私は最後まで、どちらが長女さんでどちらが次女さんか見分けがつきませんでした。

そして姉妹の中で1番長身な三女さんと制服姿の四女さん。

四人とも、現代っ子らしい印象ではありましたが、しっかりした受け答えのできる言葉遣いの丁寧な姉妹でありました。

ラヴちゃんのご葬儀は自宅で執り行われる家族葬だったので私は、奥さんとセレモニーの流れの説明をし、葬儀の準備にとりかかりました。

葬儀の準備が整った頃、奥さんが「まだ家族が全員揃ってないので待っていただけますか?」と申し出があったので、私はご家族全員が揃うまでの間、奥さんに承諾を得て、棺の中のラヴちゃんの体に触れさせてもらってました。

ラヴちゃんは毛並の美しい柴ミックス犬で享年は15歳でありました。

私がラヴちゃんの棺の前で、奥さんと、既に在宅していた三女さんとお話をしているとき、玄関のドア付近で人の気配がしたので、てっきりご家族の誰かが帰宅されたと思い、私は外に出てご挨拶をしました。

ところが、表にいらっしゃったのは、帰宅したご家族ではなく、ラヴちゃんの訃報を聞き、葬儀に参列されるためにお集まりになられたご近所の皆様でした。

私も長年、このお仕事をして、ご家族以外の方が、参列された事は過去にもあったのですが、そのほとんどが、ご家族の親しい友人さんや、たまたま通りかかったご近所さんが、訃報を知り、焼香をしていくといったようなケースであって、今回のように葬儀が始まる定刻にご近所さんがお見送りをするためにお集まりになられるのは、ごく稀なことであります。

ご近所さんのお一人が「ラヴちゃんはこの通りのアイドルやったんよ」と私に教えてくれました。

ラヴちゃんの自宅は住宅街の通りの中間地点にあり、その自宅の正面にラヴちゃんの小屋がありました。

ラヴちゃんの小屋から通りの入口まで見渡せるので、ご家族やご近所の人が出かけるときはラヴちゃんに見送られて、帰ってくるときはラヴちゃんに出迎えられるのが、この通りの日常の風景でもありました。

通り自体に歴史があるのか、年配の住民さんも多く、参列しておられたご高齢の女性が、私に

「これでまた生きる楽しみが減った。毎日ラヴちゃんとお話するのが日課だったのよ」と涙をふきながら話してくれました。

ご家族がすべてお揃いになられたところで、セレモニーが始まり、ご家族と参列されたご近所さんのご焼香の儀が済み、我々スタッフもお焼香をあげさせてもらいました。

ご家族の方々は涙でラヴちゃんを見送っておられ、そして参列されたご近所の皆様も涙をながされていました。

ラヴちゃんのセレモニーは、6人の飼い主さん家族以外に私が確認しただけでご家族の親戚さんがお一人と、ご近所さんが7人の合計14人名の人が参列されておりました。

そして、そのほとんどの方が涙を流されており、ラヴちゃんの祭壇を設けた玄関は人で溢れていました。

飼い主さんのご夫婦は、本来、一番悲しいお立場であるにも関わらず、参列されたご近所さん一人一人に丁寧に応対されておりました。

その光景を見た私は、この日、一緒に担当したスタッフのY君に「すごいね。ご家族以外でこんなに参列者が来る葬儀って過去にあった?」と聞き、Y君も「なかったです」と驚きを隠しませんでした。

そのとき背後で人の会話がしたので、振り返ってみれば、ラヴちゃんの自宅のお向かいさんの若いご夫婦が立っていました。

私はご夫婦に歩み寄り、「セレモニーを担当させてもらっておりますプレシャスコーポレーションです」と自己紹介をし、「お焼香がおすみでないなら、どうぞこちらに」と祭壇に案内しようとしました。

ところが、お向いの旦那さんは「いえ。昨日、充分にお別れをさせてもらったので、ここからお見送りするだけでいいです」と申されました。

私は遠慮されていると思い「ご近所の皆様もすでに済まされました。まもなく出棺ですので、どうぞ」と、さらに促したところ、旦那さんは、声を震わせ「いえ。本当にここからでいいです。動かないラヴちゃんを見たら・・・また・・・泣いてしまいますから・・・ここから見送ります」と視線を落とし言いました。

私は、旦那さんの心境を理解し「そうでしたか。どうもお気持ちを察せず申し訳ありません」と頭を下げラヴちゃんの自宅玄関前まで戻りました。

お向かいの旦那さんとのやりとりをY君に話したところ「確かに、どこの近所にも人懐っこい犬っているもんですけど、これほど愛されてる犬ちゃんって珍しいですよね。なんか特別な理由とかあるんですかね?」と素朴な疑問を口にしました。

「うん。僕も同じこと考えてた。ご近所付合いレベルで皆さん参列されてないよね。本心からお別れを偲んでおられる。家族葬というよりご町内葬儀だね」

事実、その後、ご近所さんは火葬後のお骨あげのときもお見えになられ、飼い主さんのご家族の配慮で、集まられた人、全員がお拾骨もされておりました。

私は参列者の一番後方にいらしたご高齢の女性に歩み寄り、小声で「ラヴちゃんって、本当にご近所の皆さんから愛されていたんですね。そこまで人を惹きつけるのには何か理由があったのですか?」と不謹慎なことを承知で話しかけました。

その女性は涙を指で拭いながら「本当にラヴちゃんは優しい子やったんよ。優しいだけじゃなく、賢い子たった。落ち込んでるときは優しくしてくれるし、そうでないときは必要以上に甘えてこないのよ。ちゃんと相手の心の状態がわかる子やった」と仰いました。

そして、ご火葬のとき、私とY君にお茶を運んでくれた奥さんに「あの奥さん。お葬儀の日にこんなこと聞くのは不謹慎なのですが」と断ったうえで、「ラヴちゃんって、どういうワンちゃんだったのですか?」尋ねてみました。

奥さんは少し戸惑いながら「どういうって?なぜですか?」と逆に質問をされたので「いや。なんというか、すごくご近所さんから愛されていたようですし・・・こんなにご近所さんが参列されるセレモニーは私自身も初めてなもので」と言ったところ、奥さんは少し笑顔になられて「まあ、いつも玄関に座ってましたからね。名前もLOVE(ラヴ)ですし」と茶目っ気をこめて話てくれました。

そして奥さんは続けるように「でもラヴって名前だけど男の子なんですよ」と仰いました。

私は名前からてっきり女の子と思い込んでいたので「そうなんですか?どうしてその名前になったのですか?」

「名前をつけたのは娘なんですけど、まあ『愛される』的な意味合いを込めてつけたと思うのですけど」と奥さんはそこまで言われて、少し間を置き「実はラヴは捨て犬だったんです。もう少しで役所に処分されるところだったんで、ウチが引き取ったんです」と驚きの事実を教えてくれました。

私は「ええ!!?つまり、それはどういう経緯なんですか?詳しく話してもらえませんか?」と尋ねたところ、奥さんは、「上の双子の娘がまだ小学校だったころに話は遡るのですが・・・」

と言ってラヴちゃんと家族の出会いからお話をしてくれました。



なお、捨て犬だったラヴちゃんが役所に引き取られる寸前に家族に救われ、家族の一員となって近所の人達に愛される犬になったお話は、近日中にこのブログで紹介させていただきます。

 

 

ペットを襲う突然の悲しみ・・・被害者として、そして加害者として

はじめに・・・

今回はペットを飼う人にとって、他人事ではない、少しショッキングな事故のことを書かせてもらいます。

加害者側という表現は適切ではないかもしれませんが、そのような立場の人のことも考慮し、登場するペットちゃんの名前は実名ではなく仮名とさせていただき、犬種および地域は伏せさせていただくことをにしました。

また、本文の会話の中で、ペットを題材にした文章としては不適切で過激な表現がありますが、事実に沿ってそのまま掲載させてもらうことにしました。そのことをご理解の上、お読みくださいますよう宜しくお願いします。

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コロちゃん(仮名)のお葬儀とご火葬の依頼があり、指定のお時間にコロちゃん宅に向かいました。

コロちゃんの飼い主さんご家族にお悔みを申し上げた後、ベットに安置されたコロちゃんに手を合わせました。

コロちゃんは全身が艶のある黒い毛に覆われた4キロに満たない小型犬で2歳になったばかりでした。

私は、祭壇を設置し、飼い主さんにお葬儀の準備が整ったことを伝えました。

コロちゃんの飼い主さん家族はご夫婦と二人の娘さんの四人家族。ご家族の他にコロちゃんの散歩仲間の飼い主さんが6名参列されておりました。

セレモニーが始まり、ご家族は啜り泣くようにして、お焼香をされておりました。

ご家族の焼香が済み、散歩仲間の人たちも、順に焼香をされておりましたが、中にはご家族以上に声をあげて泣かれてる方もいらっしゃいました。

すべての参列者が焼香を済ませた後、最後に私もお焼香をあげさせてもらいました。

私が焼香を済ませてすぐ、飼い主さんご家族のご主人さんが「もう一人、来ますので、出棺まで、少し待っていただけますか?」とご要望があり私は「はい。お時間は充分にとっておりますので大丈夫です」と答えました。

その会話を交わしたとき、部屋が異様な雰囲気に包まれたので、私は恐縮しながら「あの、もう一人とはご家族か誰かでしょうか?」と尋ねたところ、ご主人さんは、少し間を置いてから、小さな声で「・・・加害者の方です」とつぶやくように仰いました。

私は予想外の返答に「え?加害者とは?」と思わず率直な疑問を口に出してしまい、ご主人は視線を落としながら、声を震わせ「コロは今朝、散歩の最中に噛み殺されたんです」とショッキングな事実を私に伝えたのでした・・・

 

ご主人さんが、そう言ったとき、玄関前で待機していたスタッフのF君が「あの。もう御一人、参列に見えられました」と報告がありました。

当然ながら状況を理解していないF君は遅れてきた50代男性の参列者に中に入るよう促したのですが、その方は「コロちゃんの飼い主さんを呼んでくださいませんか」とF君に頼んだようでありました。

そして、ご主人さんは神妙な面持ちで、玄関に向われました。

事態を把握しきれていない私はご主人が席を立たれた部屋で、散歩仲間の人たちに「つまりコロちゃんは今朝、別の飼い犬に襲撃されて命を落とされたということですか?」尋ねました。

参列者のお一人が涙を流しながら「そうです。目の前でいきなり大型犬に襲われて」と、そこまで言って泣き崩れ、部屋はいっそう悲しみに染まりました。

そしてコロちゃんの飼い主さん家族の奥さんが「おそらく、今、表に来た人がその噛んだ犬の飼い主さんです」と静かに、そしてしっかりとした口調で仰いました。

弊社もこれまでに数え切れないほどのペットセレモニーの担当を請け負って参りましたが、不慮の事故に巻き込まれて命を落としたペットの葬儀に、その加害者側にあたる当事者が参列された実例は過去になく、想定外の成り行きに、私は困惑し、葬儀を取り仕切る側の自分の立場を忘れてしまいそうになるくらい、落ち着かない状態に陥りました。

それは私だけではなく、コロちゃんの飼い主さん家族や散歩仲間の人たちも同じで、部屋は例えようのない独特の張り詰めた空気に包またのでした。

そして玄関のドアが開き、ご主人の後から、襲撃した犬の飼い主さんのAさんが部屋に入ってこられました。

Aさんは祭壇のコロちゃんに一礼をされた後、コロちゃんの家族に深く頭を下げ「このような事態を招き申し訳ありません。本来ならコロちゃんを死に至らしめた当事者である犬と一緒にお詫びにくるのが筋道かとも思ったのですが、遺族の皆様の気持ちを配慮して飼い主である私が代表して来させていただきました。今回のことはコロちゃんには何の落度もありません。私共に全ての責任があると思っております。言い訳も弁解もありません。謝って許してもらえることでないのもわかっております。ただ、お詫びと謝罪の気持ちをお伝えしたくて、そしてお線香をあげさせてもらいたくて参りました」と静かな口調で話されました。

Aさんが話し始めてすぐ、事故の悪夢が脳裏に甦ったのか、散歩仲間の人たちは堪えきれず、声をあげて、泣き崩れておられました。

コロちゃんの飼い主さん家族はあえて、Aさんから視線を外しし、手を強く握りしめながら悲しみに耐えているようでした。

そしてご主人さんが、「あそこで(事故があった公園)でコロのことを知らない人がいないくらいコロは有名な犬だったんです。ここに来てくださった皆様(散歩仲間の人達)を見ても、いかにコロが愛されてたかわかりますよね?本当にあそこは平和で犬の種類や大きさに関係なく、どの子も仲良しで私たち飼い主も安心して犬を放せる場所だったんですよ。それはコロたち犬にとっても同じで、何の疑いもなく、今日も楽しく散歩をしてただけなのに・・・いきなり襲われて・・・何がなんだかわからないうちに・・・コロは毛が黒いから目立たなかったかもしれませんが、体内の血液が全部出たんじゃないかと思うくらい、血まみれになって・・・」とそこまで、話して言葉に詰まられました。

ご主人さんはAさんが来られてからも、取り乱されることもなく、終始、穏やかで、紳士的にお話をされておりました。

奥さんは「襲われてすぐ、病院に連れていきました。検死の結果、コロは最初の一撃で死んだんですよ。噛みついた犬歯はコロの胸を貫通し、傷は肺にまで到達してました。その一撃で即死でした。それなのに、その後も、数分間噛みつかれたままで・・・」奥さんは、Aさんの目をみながら生々しい惨劇の状況を涙ながらに訴えておられました。

Aさんは「本当に申し訳ありません」と頭を下げられましたが、奥さんは「犬がやったことは責めようがないのはわかっています。ただ私は噛み癖がある犬のリードを放したあなたが許せないのです。それは飼い主としてあまりにも無責任な行動ではありませんか?この悲劇を二度と起こさないためにもあなたにお願いいたします。危害をくわえるおそれがある犬のリードを離さないでください」と、ひときわ語尾を強めて仰いました。

Aさんは「はい。私も甘い認識でありましたが、ちゃんと訓練を受けた犬でありまして、あんなことは今まで・・・いえ、何を言っても言い訳です。本当に申し訳ありません」と弁解の言葉を中断し、謝罪の言葉を申されました。

コロちゃんを襲ったAさんの犬は主に警察犬や軍用犬にも採用される外国産の大型犬腫であり、事実、その犬も数年間、然るべき訓練を受けた犬でありました。

奥さんは隣で泣きながら座っていた、娘さんの肩に手をかけ「謝るならこの子に謝ってやってください。コロはこの子の犬だったんです」と言い、大粒の涙を流されました。

Aさんは娘さんの方を向きなおし、「ごめんね。僕のこと許せないかもしれないけど、本当にごめんね」と深く頭を下げ、謝罪の言葉を申されました。

娘さんはの耳にもAさん言葉は届いたはずですが、娘さんは無言のまま、正座した姿勢を崩さず、俯き加減の状態で黙っていました。

そして力なく落とした顔の頬には涙が流れていました。

コロちゃんの飼い主さん家族は当然のこと、部屋に居た全ての人が犬を飼っておられ、そして心底、犬という動物を愛している方ばかりであり、それはAさんとて同じでありました。

それがわかるがゆえ、誰もが怒りの矛先を何処に向けていいのかわからず、ただ、やりきれない悲しみに沈むしか心のやり場がないような状態で、再び部屋は重い沈黙に包まれました。

沈黙を破るようにご主人さんが「いずれにせよ、お気持ちは受け取りました。ただ、だからといって、あなたとあなたの犬への怒りの気持ちがなくなったわけではありません。時間がたてば、変わるかもしれないし、このまま変わらないかもしれません。ですが、同じ犬を愛する人間ということは伝わりました。だからこそコロと私たちの悲しみと無念を踏まえた上で、線香をあげてやってください」と仰りました。

その言葉を聞いてAさんは無言で頭を下げ、祭壇に向かって合掌をしたのち、焼香をあげ、祭壇の上のコロちゃんの体に触れながら「ごめんねコロちゃん。許してね。コロちゃんは何も悪くないのにこんなことになってごめんね」と冷たくなってしまったコロちゃんに抱きかかるようにして語りかけていました。

その後、ご家族と散歩仲間の方達がコロちゃんとの最後のお別れをされる時間になり私とAさんは退席しました。

出棺に備え、私は玄関先で待機していたのですが、少し離れたところでAさんも待っておられました。

私はAさんに歩み寄り、自己紹介をしたあと、「私が言うことではありませんが、奥さんが言われたとおり、制御の利かないペットのリードを離した責任はAさんにあると思います。しかし、私はAさんが被害を与えた側の飼い主さんとして、葬儀の席で謝罪されたことは、なかなか出来ることではありませんし、誠意ある行動だと思いました」と本心を伝えました。

Aさんは私の言葉を聞いて口を真一文字に閉じたまま、ぐっと奥歯を噛みしめ「ありがとうございます。私はコロちゃんを噛んだ犬以外にも、全部で5匹飼っております。そのうち三匹はコロちゃんと同じ小型犬なんですよ。私は犬を家族と同じと思ってますし、ほんとうに犬が大好きなんです。だから、ウソに聞こえるかもしれませんが、ご家族の悲しみや怒りは理解できるんです。許してもらえるなんて思っていません。ただ犬を愛する人間として、心から謝罪したかったんです」と手を震わせて言っておられました。

そして出棺の時間を迎え、コロちゃんは自宅の通りを抜けた、事故現場でもある公園の前に停めた火葬車に納められました。

ご家族と散歩仲間、私とF君。そしてAさんも火葬炉の中のコロちゃんに顕花を捧げ、合掌をもってお見送りしました。

ご家族を代表して、ご主人さんの手により火葬炉の電源のスイッチが押され、コロちゃんは2年の短い一生を終えると同時に、たくさんの人に見送られ天に召されたのでした・・・

 

今回のことは本当に考えさせられる出来事でありました。

もちろん最大の被害者は、突然にて命を奪われたコロちゃんでありそのご家族であります。

その渦中にあるにも関わらず、コロちゃんの家族の紳士かつ冷静な対応に、私は心から感服するとともに、自分には到底、真似のできないことだとも思いました。

そして、Aさんからも犬を愛する心は感じましたし、それゆえの後悔と無念と謝罪の気持ちも私には伝わりました。

しかし、娘さんたちをはじめ、ご主人さんと奥さんのご家族全員が悲しみから解放されるには、もう少し時間がかかるだろうし、すべて払拭できる日は来ないかもしれません。

ペットと共に暮らしていく以上、被害者側と加害者側。いつ、どちらの立場にならないうという保障は誰にもありません。

そして、そのことを誰より理解していたのはコロちゃんのご家族であり、参列されていた全ての皆様だったのかもしれません。

だからこそ、コロちゃんのセレモニーは悲しみの中であっても温かさを感じれる式になったのかもしれないと私は思いました。

無事にコロちゃんのお骨をご家族に返した私とF君は、なんともやりきれない気持ちのまま、事故現場の公園に合掌を捧げ、公園の脇に持参したお花を手向け、次のセレモニー場所に向かいました。

旅立ったペットからのメッセージ

「亡くなったペットのことを忘れるのは罪なことですか?」

ペットロスに携わる仕事をしていると、よくそんな質問をされます。

「忘れる」という表現は正しくありません。記憶喪失にもならない限り愛する存在だったペットのことを綺麗さっぱり忘れることなんてありえないことなんだから。

正確には「薄れていく」ということだと思うのですが、私はそれは自然なことだと思っているので、「罪ではありません。むしろ良いことだと思います」と答えるようにしています。

「良い」というのは誤解を招く表現ではありますが、生きている限り、変化の激しい社会の中で日常の生活を続けていかなければなりません。

いつまでも、立ち止まっているわけにもいかず、否が応でもその中で歩んで行くことは、人間である以上、当然の努めでもあります。

そのような日々の暮らしの中で亡くしたペットのことを四六時中、想うことなど不可能であり、時の経過とともに想いが薄れていくことは自然なことであり罪なことではありません。

だからこそ、何気ない拍子に、ふと思い出し懐かしむものであり、時にそれに浸るのも心の休息になるので良いことだと私は思っています。

むしろ、そうでなくてはいけないと思います。

ペットの死を受け入れられず、悲しみに塞ぎこんでいては、何も変わらないし、何よりそんなあなたを見て悲しむのは亡くなったペットかもしれません。

悲しい現実を受け止めたうえで、自分らしい生活を心掛けることが、先立った者たちへの餞(はなむけ)となり、そしてそれを乗越えたとき、それらの存在は自分の心の一部となり永遠に生き続けてくれるのです。

そうなれば、ペットへの想いが詰まった場所に行っても、涙ではなく笑顔がこぼれることもあり、いろいろな思い出とともに、「ペットが伝えたかったこと」「ペットから教わったこと」などのメッセージが、時を越えあなたの心に届くはずです。

逆の言い方をすれば、悲しみを乗越えない限り、ペットからのメッセージがあなたに届くことはありません。

もし、あなたの心が亡くなったペットから何等かのメッセージを受け取ったのであれば、きっと、それは、無意識のうちに、あなたが悲しみを乗越えたこという証であり、それからは「思い出す」ことによって本当の供養ができるのです。

 

悲しみに耐えれないあまり避けるようにしてた、ペットの思い出の場所があるなら、自分で乗越えたと自覚できたとき、一度、行ってみて下さい。

きっとメッセージが届くはずですから・・・



 

猫の火葬~枚方市のリンちゃんと出逢った場所

「あの・・・今朝、猫が亡くなってしまったんですけど・・・淀川の近くで火葬はできますか?」とお問い合わせがあったのは深夜の3時でした。

「私有地でない場所なら可能ですよ」と答えた私に「無理言って申し訳ないのですが、できれば今すぐ来てもらいたいんですけど」ご依頼があり、私はすぐに用意をし、依頼者さんの自宅マンションに向かいました。

4時前に依頼者さんのマンションに着き、1階のインターホンから到着したことを告げました。

ロックを解除してもらい、棺とお花を持参して依頼者さんの部屋に向かいました。

依頼者のTさんはドアの前で待っていてくださり、私は時間帯を考慮し小声で挨拶をしました。

Tさんは控えめに会釈され、私は部屋に通されました。

リビングのクッションに安置されたリンちゃんに手を合わし、あらためてTさんにお悔みを告げたあと、「あの、お急ぎのようにお見受けしたのですが、すぐにご火葬の準備にかかったほうがよろしいでしょうか?」と尋ねました。

Tさんは「はい。出きれば8時までに終わらせたいんで・・・大丈夫ですか?」と質問されました。

「はい。火葬に要する時間は猫の場合は平均して40分ほどですから、お骨あげと移動時間を考慮しても1時間半ほどあれば大丈夫ですよ」と答えました。

Tさんは少し目を見開き「そうなんですか?ホームページを見て、てっきり4時間くらいかかると思ってました・・・」と仰いました。

私は「ホームページに書いてある4時間の時間配分は、お別れの時間を考慮したもので、火葬の時間は大型犬であっても2時間以内で済むんですよ」と言いました。

「お別れの時間とは?」と尋ねたTさんに「簡単に言えばお葬儀ですね。祭壇をつくって人間と同じように旅装束を着せてあげて、線香やお焼香をしてお見送りしてあげる時間です」

「そんなのがあるんですか・・・費用はかかるんですか?」

「いえ。かかりません。今日も一応、用意はしておりますよ。よければ、準備しましょうか?」と私は提案しました。

Tさんは時計に目をやり、「してあげたい気持ちもありますが、いっても私しかいないですし・・・」と口ごもった後、「昨日一日ずっと一緒に居てお別れできたから、いいです」と仰いました。

その後、私はリンちゃんを抱いたTさんと火葬車で指定の淀川まで移動し河川敷に面した公園の通りに車を停め、Tさん立会いのもとリンちゃんをご火葬炉に納めました。

Tさんはリンちゃんの頭を撫でながら一緒に火葬するフードをリンちゃんの口元に置いて後、私の方を振り返り「お花も一緒に火葬できるのですか?」と尋ねられ、「はい。生花なら大丈夫です」と答えた私にTさんは「摘んできていいですか?」と河川敷の方を指さして仰られました。

私は一瞬、仰ってる意味がわからなかったのですが、すぐに理解して「ええどうぞ。私はここでお待ちしておりますので」と言いました。

「すいません」と頭を下げ、Tさんは河川敷の土手を早足で登っていかれました。

その日は曇っていましたが、ちょうど、夜が明け、明るくなってくる時間帯に差し掛かっており、私は土手の向こうに下りていかれたTさんの後ろ姿を見送りながら、蒼みがかった空を見上げました。

少し肌寒い朝ではありましたが、都心の中を流れてるとはいえ、早朝の淀川河川敷の空気は気持ちよく、私は伸びをするようにして深呼吸を繰り返し、Tさんが戻るのを待ちました。

 

Tさんが花を摘みにいかれて20分ほど経過し、私は少しだけ心配になり土手に向って歩き出しました。

登った土手から、川辺でたたずんでいるTさんの後ろ姿が目に入りました。

私は土手を下り、Tさんの元まで歩みより「Tさん・・・」と静かに声をかけました。

声をかけられたTさんは顔を少しだけこちらに向け「すいません・・・ちょっと思い出しちゃって」と言い、片手で涙を拭うようにして、「リンとはここで出逢ったんです」とポツリと仰いました。

「そうだったんですか・・・」と言った私にTさんは「当時、毎朝ここをウォーキングしてたんです。歩き始めて1週間くらいしたとき、草むらから猫の鳴き声がして・・・リンが捨てられてて・・・私も沖縄から大阪に出てきたばかりで、まだ友達もいなくって・・・そのまま家に連れて帰ったんです」と涙をこらえながら話してくれました。

そして、不意に「野村さんはずっと大阪なんですか?」と聞かれ「はい。生まれも育ちも大阪です」と答えた私にTさんは「そんな感じですね」と笑みを浮かべました。

「そうですか?」と聞いた私に「私、こっちに出てきたばかりの頃、大阪の独特のテンポについていけなくて、悩んだ時期があったんですよ。そんなとき、リンと出逢って・・・すごく癒してもらった・・・」

その後、川辺で30分ほどリンちゃんのお話を聞かせてもらい、二人で野花を摘んで火葬車のとこまで戻り、リンちゃんはTさんと出逢った川の近くで、川辺に咲いた花と一緒に天に召されました。

火葬が無事に終わり、マンションに戻る車中でTさんは「今では大阪の町も大阪の人も好きです。リンも大阪で生まれて育った猫ですし」と笑顔で言っておられました。

この言葉に私は素直に嬉しくなり「ありがとうございます」と返事しました。

片腕のハムスターのトン子ちゃんのお話

今回は以前、このブログ{ハムスターの火葬~トン子ちゃんの飼い主さんからのご依頼}で書かせていただいたハムスターのトン子ちゃんのお話を紹介させていただきたいと思います。

その日、後にトン子ちゃんの飼い主となるNさんは恋人と二人でショッピングモールに買物にでかけました。

買物とランチを済ませ、モールを出ようとしたとき、出入口付近にあるペットショップから聞こえる仔犬の声や小鳥のさえずりに引き寄せられるようにNさんと恋人はショップの中に入っていったそうです。

ショップの中にはぬいぐるみのような仔犬や仔猫がたくさん居て、どの仔もとても可愛らしく、Nさんはすっかり魅了されてしまいました。

Nさんは恋人に「ペット飼いたいな~」と独り言のように話しかけました。

「飼いたければ飼えばいいのに」と答えた恋人に「だってうちはペット禁止だもん」と嘆いたような口調で言ったそうです。

元々、動物が好きだったNさんでしたが、当時はペット禁止のマンションで一人暮らしをしていて、飼いたくても飼えない環境でした。

「ペット全般禁止なの?」と恋人に尋ねられたNさんは「金魚とか小鳥とかはOKだけど、犬と猫はダメなの」と答えました。

恋人は「じゃあリスとかは?」と聞き、Nさんは「リスか・・・リスはどうだったかな」と答える前に恋人はリスやフェレットがいる小動物コーナーの方に歩いていきました。

慌てて恋人の後をついて小動物コーナーにきたNさんの目にとまったのは「もらってください」と書かれた張り紙が貼ってある小さなアクリルケースでした。

アクリルケースの中には1匹のハムスターが入っていました。

「向こうにリスいたよ」と話ながらNさんに歩みよってきた恋人に「この子、ただ(無料)ってことなのかな?」と尋ねました。

Nさんに聞かれた恋人はアクリルケースのほうに目をやり「もらってくださいってことだから、そうなんじゃない」と言い、「すいません」と近くにいた店員さんを呼びました。

Nさんは店員さんに「なぜこのハムスターだけ無料なんですか?」と尋ねました。

店員さんは笑顔で「実はこの子、左腕がないんです」と言い、アクリルーケースからハムスターを優しく指で摘み上げて見せてくれました。

上からみたときはわからなかったのですが、店員さんが言うようにそのハムスターには左腕がありませんでした。

Nさんは「生まれつきなんですか?」と尋ねたところ、店員さんは少し顔を曇らせながら「いえ・・・生まれたときはあったと思います。生まれてすぐにお母さんハムスターに齧られたんです」と意外な返答をしました。

「えええ!お母さんハムスターに噛まれたってことですか?」と驚きを隠さず聞き返しました。

あまり知られてはいませんが、稀にハムスターは出産した自分の赤ちゃんを育てずに食べてしまうことがあるのです。

理由は極度のストレス、出産による栄養不足からくるお母さんハムスターの栄養補給等、いろんな説がありますが、正確な原因はわかっていません。

いずれにせよ、このハムスターは腕を齧られた時点で店員さんが気付き、お母さんハムスターから引き離したので一命はとり止めましたが、同時に生まれた兄弟ハムスターたちは全員、命を落としたそうです。

店員さんは「この子も無事に成長するか心配だったんですけど、スタッフで協力して、なんとかここまで大きくなりました。ただ、片腕なんでヒマワリの種の皮を上手く剥けないから、僕達が剥いてあげて食べさせてるんですよ。でも逆に、皆が必要以上に食べさすから、ちょっと太り気味なんです」と笑顔で話してくれました。

Nさんは、店員さんの説明を聞いて、いつのまにか自分が涙を流してることに気付きました。

片腕を母親に齧られたハムスターと自分の姿が重なったそうです。

Nさんは複雑な境遇の持ち主らしく、このハムスターが自分のように思えたと仰っておられました。

そして「この子を私に譲ってくれませんか?」と即座に申し出たのでした。

店員さんは「構いませんけど、話した通り、片腕なので、食事だけじゃなく、便の掃除なんかもマメにしてあげなくてはいけないので、手が掛かりますよ」と促すように言いました。

「平気です。ちゃんとできます」と語尾を強めて言ったNさんに対して反対したのは恋人でした。

「聞いただろ?エサあげるだけでも大変そうなのに、一人暮らしのお前にできるのか?」と

Nさんは「大丈夫。責任もってやるから」と断固として譲りませんでした。

そんな二人を見た店員さんが割って入るように「まあ、今は最初から剥けたヒマワリの種もありますし、他にもフード類はいろいろありますから、そこまで難しくもないですよ」と言ってくれました。

それを聞いた恋人も「まあ、最終的にはお前が決めたらいいけど」と少し不安気ながらも賛成してくれ、Nさんはハムスターを飼うのに必要な物を店員さんのアドバイスを受けながら選び、一式購入しました。

そして帰宅し、その日から片腕のハムスターとの生活が始まったのです。

ハムスターは本当にショップの店員さんからたくさんエサを与えてもらってたらしく、丸々と太っており、顔を真正面からみたとき、ハムスターというより子ブタに見えたそうでした。

そんなとこから名前はトン(豚)子と決め、Nさんはトン子ちゃんの面倒を見てあげるのが何よりの楽しみになったそうです。

恋人は反対しましたが、Nさんは、あえて、皮が剥けていないヒマワリの種を購入しました。

自分の手で一つ一つ剥いてトン子ちゃんにあげたかったからです。

トン子ちゃんも器用に片腕でちゃんと種を持ち美味しそうに食べてくれました。

Nさんはこの日から毎日、欠かさず皮を剥いてあげ、トン子ちゃんの成長を見守り、トン子ちゃんも片腕がないハンディを感じさせないくらい、すくすくと成長しました。

そして、トン子ちゃんと暮らして一年と半年が過ぎたある朝、トン子ちゃんは何の前触れもなく、眠るように永眠の時を迎えたのでした。

ペットショップで過ごした三ヶ月間と合わせて一歳と九ヶ月の一生でありました。

Nさんは動かなくなったトン子ちゃんを見たとき、最初は眠っていると思ったのですが、抱き上げたときの脱力感を見て、そうではないと自覚したそうです。

それでも、もしかしたら、また目覚めて元気よくヒマワリの種を食べるかもしれないと思い、その日、仕事を休み、一日中、手のひらにトン子ちゃんを乗せたまま過ごしたそうです。

気がつけば、日はとうに暮れ、時刻は深夜に差し掛かっていました。

時計の針が0時を過ぎ、Nさんはトン子ちゃんが永遠の眠りについたことを理解したとき、初めて大粒の涙がこぼれました・・・



その後、Nさんは自宅のパソコンでトン子ちゃんの火葬をしてくれる業者を探しました。

地元の愛知県を中心にハムスターの火葬を請け負っている会社のHPに目を通して、良さそうな会社を数社、リストアップしました。

そしてネット上であれこれハムスターの供養に関連するコラムやブログを見ているときに、偶然に見つけたのがプレシャスコーポレーションでセレモニーを執り行ったハムスターのハム太くんの闘病生活が書かれた当ブログでありました。※{}{新たな心で}参照

ブログには癌におかされながらも、全力で病気に立ち向かった一匹のハムスターとそれを支えた心優しい家族の話が紹介されており、Nさんは「トン子の火葬をお願いするのはこの会社しかない」と思い、当社に電話をかけてくれたのでした。

そして、その週の土曜日。Nさんはトン子ちゃんの火葬をするため、朝一番の特急電車で大阪に向いました。



なお、その後のことは冒頭の{ハムスターの火葬~トン子ちゃんの飼い主さんからのご依頼}にてご紹介させていただいております。

よろしければお読みになってください。

 

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一

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ペットロスとそれに伴う不思議なお話

ペットセレモニーの仕事をしていると、それに纏わるいろいろな相談を受けることがあります。

中でも多いのが「2階から亡くなったペットの足音がするんです」「夢に亡くなったペットが出てきて悲しそうな顔をするんです」「玄関の前で鳴き声が聞こえたんで、すぐに開けたんですが何もいませんでした」と言った不思議な現象の相談です。

そのような質問を受けたとき、私は即答で「心配しなくていいです。普通にある話ですよ」と答えるようにしてます。

実際、そのようなことはペットを亡くされた人の大半が多かれ少なかれ経験されており、特にペットが亡くなってからの二ヶ月間に多く現れる現象でもあります。

原因のひとつとして、ペットを喪ったショックから、その現実を受け入れられないあまり、ペットが発する聞きなれた音やペットが居た日常の映像を無意識に脳が呼び起こしてしまい、それが幻聴や幻覚となって聞こえたり見えたりすることがあるそうです

もちろん、幻聴や幻覚といったものだけでは説明のできない、神秘的な体験をされた方も大勢いらっしゃいますし、私自身も経験したことがあります。

それは私が、とある犬ちゃんの葬儀の依頼を請けたときで、依頼者さんのご自宅に訪問し、祭壇の設置を済ませ、葬儀の準備を全て整えた後、何気に階段のほうに目をやったときでした。

亡くなった犬ちゃんとそっくりな犬ちゃんが上半身だけを階段の踊り場に出すようにして私の顔を二階から覗き込んでいたのです。

てっきり私は、もう1頭飼ってらっしゃるんだと思い、依頼者さんに「全部で何頭飼ってらっしゃるんですか?」と質問したとき、飼い主さんは祭壇に寝かされた亡くなった犬ちゃんのほうを見て「この子だけです」と仰いました。

それを聞いて再度、二階のほうを見たときには、覗いていた犬ちゃんの姿はなく、私は、一瞬、動揺しかけましたが、「きっとまだ魂はここに居るんだな」と気持ちを落ち着かせ、依頼者さんにもそのことを告げず、葬儀を始めました。

お葬儀が済み、出棺されて自宅前の駐車場で火葬をしたのですが、私は火葬の合間、駐車場から二階に向って合掌し、心の中でお経を唱えました。

後から依頼者さんに聞いたのですが、亡くなった犬ちゃんは腰が悪く、亡くなるまでの三年間は二階で過ごしていたらしく、依頼者さんが帰宅するといつも階段の踊り場から1階を覗いて向えてくれたそうです。

私が見たのは幻覚か見間違いなのかどうかはわからないのですが、ただ一つ言えるのは、怖いとかそういう感覚は全くなく、少しも嫌な気持ちは残らなかったということです。

むしろ、逆に「ちゃんと弔ってくださってありがとう」と御礼を言いに覗いてくれたんだろうなと思ったほどでした。

ですので、そのような相談を受けた場合、相談者の皆様は「ペットが天国に行けずに迷ってるのでは」「きっとこの世に未練があるのでは」など、心配されますが、私は「そんなことはありません。むしろ飼い主さんがいつまでも悲しんでるから心配して見にきてるんですよ」と激励することにしてます。

事実、このような現象で悩まれている人は、ペットを喪ったショックから立ち直れず、仕事や学校を休みがちになったり、家事なども放棄しがちになってしまうペットロス症候群の兆候が伺える方に多く見られ、ペットと過ごした部屋に篭りきりになっておられるケースも少なくありません。

特に女性の飼い主さんがペットロス症候群に陥りやすく、当社が相談を受けた7割がお一人暮らしの飼い主さんでした。

私が相談を受けた際、時間の許す限りお電話でお話を伺うようにしており、「学校や仕事にはちゃんと行っておられるか」「食事はちゃんととられておられるか」など、生活リズムが崩れていないかを、まず確認させてもらい、辛い中であっても規則正しい生活を心掛けてもらうことを第一にお話させてもらってます。

その上で、症状が重いと判断した場合、ご訪問して直接お話を聞いて、今後、どうするべきなのかを一緒に考えるようにしております。

そのような人の中で、ペットの葬儀が終わってから一週間、部屋に篭ったまま何も口にせず、過ごした人もいました。

私たちはあくまでもペットセレモニー会社の人間であって、カウンセラーではありません。

よって当然ながら、専門的な知識があるわけではありませんが、同じペットロス経験者として、また、自身も含め、それを乗越えたたくさんの人たちを見てきた人間として、ペットロスで苦しんでる方達と真正面から向き合いお話をさせてもらうようにしております。

そのような場合、私をはじめ、プレシャスコーポレーションのスタッフが対応させてもらっていますが、当然、費用は発生せず、全て無料でさせてもらっています。

無料というのは語弊がありますが、我々の考えるペット葬儀は過去にこのブログでも書いたことがあるように、亡くなったペットちゃんのためであると同時に、ペットを亡くされた飼い主様の「ケジメ」と「区切り」のために執り行っておるという理念があります。

飼い主さんが悲しみを乗越えて新たな一歩を踏み出して初めてセレモニーが完結すると思っており、弊社のペット葬儀の料金はそこまでも含んだセット料金だと私は考えおります。

 

ペットが亡くなったとき、弊社のことを紹介ではなく、飼い主さん自らが、ネットや電話帳で検索されてご依頼くださったとき、数ある同業者から弊社を選ばれた理由はそれぞれあると思いますが、私は亡くなったペットたちが「ここがいい。ここにしてほしい」と飼い主さんに見えない力で誘導したんだと思うことがよくあります。

こんなことを言えばおかしな事を言う人だと思う人もいらっしゃると思いますが、私は本当にそう思ってこの仕事をしています。

だから私がセレモニーを担当するとき、遺族である飼い主さんにお悔みを告げたあと、真っ先に亡くなったペットちゃんのところに行き、手を握って成仏を念じると同時に心の中で「呼んでくれてありがとう。後は任せてね」と話しかけるようにしています。

それは犬ちゃんや猫ちゃんに限らず、爬虫類であっても小鳥や小動物であってもそうしています。

たとえペットであっても大好きな飼い主さんを遺して先立つとき、ペットなりに遺していく家族のことを心配し、気にかけながら旅立っているに違いありません。

だから、悲しみに暮れる遺された人たちが、新たな一歩を踏み出せるように、その支えになることが我々の役割でもあると思っています。

そして、それこそが先立ったペットたちが我々に託した願いと想いなのではないでしょうか・・・

犬の火葬~城東区のチワワのチロちゃんのお母さん

「元々チロはお母さんが飼ってた犬だったんですよ」

城東区のチワワのチロちゃんのご火葬のとき、飼い主のMさんは火葬車に手を合わせポツリと言いました。

「そうなんですか?」と私が言うとMさんは「3年前に母が亡くなって・・・それでチロを私が引き取ったんです」とハンカチで涙を拭いながらそう仰いました。

チロちゃんは元々、岡山でお一人暮らしをしていたMさんのお母さんが飼っていたらしく、お母さんがお亡くなりなったときにMさんが大阪に連れてきたのでした。

Mさんが「正直、チロとは仲が悪かったんですよ。私がたまに実家に帰ると、玄関のところまで来て吠えるんです。それに、冗談で母の肩をポンと叩いただけで、すごい剣幕で怒るんです」

事実、お母さんが亡くなったとき、チロちゃんをどうするか迷ったそうです。

しかし、「引き取ってくれそうな身内や知人もいなかったし、かといって捨てることもできなかったし・・・お母さんが可愛がってた犬だったし、私が面倒見ようと思ったんです」と仰ってました。

大阪に来た初日、チロちゃんは玄関のドアの前で、外の方を向いてお座りをし、「ここは私の家じゃない」と言わんばかりに部屋には入ってこなかったそうです。

そんなチロちゃんにMさんは「チロ。今日からここがお家なの。こっちおいで」と呼びました。それでも、そこを動こうとしないチロちゃんは本当にお母さんを待っているかのようだったらしいです。

お母さんが亡くなったことはチロちゃんにもショックなことではありましたが、当然、Mさんにとっても悲しみは深く、「数時間毎に悲しみの波がきて、涙が止まらなかった」と仰ってました。

「なのにチロのそんな行動は悲しみを増幅させるだけで・・・私も悲しみの限界になってチロに『ココが嫌なら出て行き!』と怒鳴ってしまい、そのまま泣き崩れました」と辛い過去の日を思い出しておられました。

Mさんは続けるように「私も法事で、バタバタしてて、岡山に居るときはほとんどまともに眠ってなかったし、久々に自分の部屋に帰ったのもあって、泣き崩れたままソファーで眠ってしまったんです。そしたら、いつのまにかチロが私の傍にきてて、頬の涙をなめてくれてたんです」

Mさんは、そんなチロちゃんを見て「同じ悲しみを背負った仲間」なんだと思い、優しく抱きしめました。

Mさんがチロちゃんを抱き上げたのは、このときが初めてで、それほどチロちゃんは岡山に居るときはお母さん以外の人間には懐かない犬だったそうです。

Mさんとチロちゃんの心が通った瞬間でした。

そしてその夜、Mさんはチロちゃんと一緒に眠りました。

翌朝、Mさんはチロちゃんにソーセージとミルクをあげ、近くの公園に散歩にいきました。

その足で近くのペットショップに出向き、店員さんにチワワの特徴などを学び、検診を受けれる動物病院も紹介してもらいました。

チロちゃんと暮らすのに必要な物はお母さんのところにあったのを持ってきていたので、あえて買うものはなかったのですが、Mさんはチロちゃんの似合いそうな服を三着購入しました。

部屋に戻り、チロちゃんに買ったばかりの服を着せてあげ、店員さんから言われた通り、玄関先にチロちゃん専用のトイレも作ってあげました。

「慣れない環境の変化で最初は失敗すると思いますので、根気よくトイレの場所を教えてあげてください」という店員さんの心配とは裏腹にチロちゃんは一度も失敗することもなく、トイレの場所も覚えました。

すっかり良い子になったチロちゃんを見てMさんは少しだけ心配になりました。

「なんか、私に気を使ってるというか、居候じゃないけど、仕方なしに引き取られたことを理解してるようで、自由奔放だった性格だったのに、すっかり大人しくなったんです」と表情を曇らせて言っておられました。

チロちゃんは時折、お母さんを思い出しているかのように電気が消えた部屋で遠くを見つめるような目でたたずんでいたそうです。

そんなチロちゃんに「もう私がチロのお母さんなんやで。ここがチロの家なんやで」と諭すように話しかけましたが、チロちゃんの性格が変わることはありませんでした。

そしてチロちゃんとの生活にもすっかり慣れ、三年の月日が流れたころ、チロちゃんは、10歳の誕生日を待たずにして、持病の肝臓病が原因で永眠の時を迎えました・・・

Mさんはお骨あげのときに「お母さんの死を乗越えられたのはチロが居てくれたおかげです」と仰ってました。

全てのセレモニーを終え、Mさんとの別れ際、私は「もしかしたらお母さんがMさんのことが心配で必要なときだけチロちゃんの体を借りてそばに居てくれたのかもしれませんね」と言いました。

Mさんは「私もチロが初めて来た日、頬をなめてくれたとき、そう思いました」と涙を流して仰り「どっちがお母さんだったかわからないくらい、私がチロに癒してもらうことのほうが多かった」と骨壷に納まったチロちゃんの遺骨を大切そうに撫でておられました。

チロちゃんのお骨は夏ごろ、お母さんのお墓参りを終えた後、生まれ育った岡山の動物墓地に埋葬する予定だそうです。

犬の火葬~八尾市の豆芝のモモちゃんの誕生日

飼い主さんご夫婦がモモちゃんの異変に気付いたのはモモちゃんが14歳の誕生日をむかえてすぐのことでした。

その日、フラフラしながら壁にぶつかるようにして歩くモモちゃんの姿を見た飼い主さんは、ただごとではないことを察知しすぐに病院にかけこみました。

医師からの診断結果は「三半規管の異常からくる脳障害」というものでした。

簡単に説明すると、バランス感覚がとれなくなり、常に目が回っているような状態で、その影響から歩行はおろか、まっすぐ立つことも困難になり、激しい目まい、幻聴、幻覚にも頻繁に悩まされる恐ろしい病気です。

その病気の原因が脳なだけに手術も不可能で、有効な治療法もありません。

その日を境にモモちゃんは看護と介護が必要な体になりました。

 

大好きだった散歩も飼い主さんに抱かれてしか行けなくなり、一日の大半を室内で生活することを余儀なくされたモモちゃんを見た飼い主さんご夫婦は「おそらく、その日は遠くない」と覚悟を決め、あとどれくらい時間が残されているかわからないけど、できることを精一杯してあげようと決意しました。

モモちゃんにとってもご夫婦にとっても過酷な闘病生活ではありましたが、ご夫婦は献身的に介護をしてあげました。

ただひとつ、困ったことはモモちゃんは介護パンツが苦手で、すごく嫌がったことです。

決まった場所でトイレができなくなってしまったモモちゃんにとって介護パンツは生活するうえで必要なものではあったのですが、フラつきながら介護パンツを外そうとするモモちゃんを見るのはご夫婦にとっても辛いことで、早く慣れてほしいと願ったそうです。

 

そして、発病から一年。モモちゃんはご夫婦の看護もむなしく永眠の時を迎えました・・・

その日は平日ということもあり、ご夫婦のお仕事のご都合も考慮し早朝の6時にご火葬が執り行われることになりました。

ご火葬のご依頼をうけ、モモちゃんの自宅マンションに向かった私は、電話で丁寧に自宅までの道筋を誘導してくれたご主人さんの穏やかな口調に、充分にお気持ちの整理がつかれておられる印象をうけました。

マンションに到着し、棺とお花を持参して部屋に向う私をご主人さんはドアの前で待っていてくださりました。

私はモモちゃんが安置されている自宅のリビングに通され、安らかな顔で横たわるモモちゃんに手を合わせ、花を手向けました。

モモちゃんの隣には奥さんが座っておられ、優しい表情で生前のモモちゃんの話をしてくださいました。

ご夫婦とも充血した目をされていたので、おそらく昨夜は寝ずにモモちゃんとのお別れの時間を過ごされたのでしょう。

私が訪問してから、ご主人は腰掛けることもなく、私と奥さんとモモちゃんの居る場所から、少し距離を置いた場所で立ったままの状態で応対してくださいました。

少し不思議に思いましたが、私が「モモちゃんに触れさせてもらっていいですか?」と尋ね、承諾をもらってモモちゃんの頭に手を伸ばそうとしたとき、「今日がモモの15歳の誕生日だったんです」とご主人さんは、今まで堪えていたものを、はきだすように震えた声でそう仰り、大粒の涙を流されました。

ご主人さんは、距離を置いていたのではなく、別れの辛さから、あえて視線をズラし、呼吸をやめたモモちゃんを直視しないようにしておられたのです。

その後、モモちゃんは棺に納められ出棺の時を迎えました。

ご夫婦立会いのもとモモちゃんは火葬車に納められましたが、自宅が駅前のマンションということもあり、少し離れた場所で火葬を執り行うことになりました。

お時間の関係で飼い主さんご夫婦は火葬には立ち会えず、私が責任をもってご火葬させていただくことになりました。

奥さんが火葬車の後ろでモモちゃんを見送るときに言った「よかったねモモ。もうオシメしなくていいんだよ」という最後の言葉が深く私の心に響き、火葬場所まで移動するとき、火葬炉の中ではなく、私の膝にモモちゃんを乗せていくことをご夫婦に許可してもらいました。

私はスタッフが運転する車の助手席でご夫婦の分までモモちゃんが入った棺を抱きしめたまま火葬場所に向かいました。

そしてモモちゃんのご火葬とお骨あげを無事に済ませ、お骨になったモモちゃんは名前と同じ桃色の骨壷袋に納められ、夕刻、再びご夫婦のもとに返されました。

 

ペットを病気で亡くしたとき、悲しみと同時に苦しみから解放されたペットに安堵に近い気持ちになることがあります。

ご主人さんが流された涙はペットとの別れから来る悲しみと寂しさであり、奥さんが最後に言った言葉はペットが痛みや苦しみから解放されたことによる喜びにも近い安堵の表現なのではないでしょうか・・・

しかし、その異なる二つの感情の根本に在るのは同じであり、それこそが愛情なのです。

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