2012-02

名も無き仔猫のセレモニー

雪が降る深夜の京都の町を帰宅中、ネコの鳴き声に足を止めた人がいました。

元来、ネコが苦手だったその人は足早に通りすぎようとしたその時、その人を呼び止めようと一段と大きな鳴き声がしたのです。

その声は鳴き声というよりは叫び声に近い腹の底から搾り出すような声だったそうです。

少しの迷いの後、その人は思い立ち、鳴き声のするほうに近づきました。

道路に設置された街頭の下の茂みにダンボール箱が置いてあり、箱の中に2匹の仔猫が捨てられていました。

声の主は体毛が真っ白な仔猫で寒さと不安に全身を震わせながら、その人を見上げ鳴き続けていたそうです。

もう一匹の白毛に茶色の模様が混じった仔猫は寝ているのか丸まって微動だにしませんでした。

その人の頭にいろいろなことが巡りました。

「ペット禁止のマンションだからな・・・」

「ネコ嫌いなんだよな・・・」

「今夜は氷点下だったよな・・・」

「ネコ好きな友達いたっけ・・・」

「誰か通りかからないかな・・」

10分ほど、その場にしゃがみ込み震える白い仔猫の顔を見つめていると、無意識に涙がでてきました。

「とりあえず家に連れて帰ろう。そして明日、どうするか考えよう」そう決め、ダンボールを抱き帰宅しました。

帰宅してすぐ少しだけ温めたミルクを仔猫にあげました。

白猫はふらつきながらミルクの入ったお皿に近づき飲んでいましたが、茶模様のほうは丸まったまま動きません。

心配になりそっと指で擦ってみました。

自分の指先から伝わる固く冷え切った感覚から茶模様の仔猫がすでに息絶えてることをしりました・・・

悲しみと同時に「こんな寒い日に捨てなくてもいいのに・・・」と仔猫を捨てた無責任な人間に対して怒りが込み上げてきました。

その横で必死にミルクを飲む白猫を見て、「こいつ隣で兄弟が死んだとき、きっと不安やったやろうな・・・だから俺を呼んだんやろうな」と涙がこぼれました。

その夜、自分のセーターを毛布代わりにして白猫を包み、ベットに寝かせてあげ、亡くなった茶模様の仔猫はタオルに包んでダンボールに戻しました。

弊社プレシャスにその人から「手の平ほどの仔猫なんですが・・・葬儀と火葬おねがいできますか?」と電話があったのは翌朝でした。

セレモニーの依頼を受けた私は、指定された時間にその人のマンションに向かい、挨拶をすませ、祭壇を施しました。

そのときに昨夜からの経緯を聞かされ、祭壇に横たわる茶模様の仔猫が名前もなく、誕生日も不明であることを知りました。

 

話を聞いて切なくなる一方、一夜にして元気を取り戻した白い仔猫の姿に私の心は救われました。

その後、依頼主さんと一緒に近くの川辺で火葬をすませ、茶模様の仔猫ちゃんは小動物用の骨壷に納めらました。

火葬の間、茶模様の仔猫は依頼主さんより「茶子」と名付けられました。

姉妹と思われる白い仔猫は「雪子」と名付けられ依頼者と一緒に暮らすことになりました。

 

いろいろなセレモニー担当してきた私ではありますが、名も無きペットのセレモニーは初めての経験でありました。

セレモニーを無事に終え、私は会社に戻る途中、依頼者さんから教えてもらった二匹の仔猫が捨てられていた場所に向かい花を手向けました。

 

こんな寒い時期に生まれて間もない仔猫を捨てる人もいれば、亡くなっていた仔猫に葬儀をしてあげる人もいる。

その場で合掌しながら「雪子ちゃんには茶子ちゃんの分まで幸になってほしい」と願うばかりでした。

 

 

悲しみと切なさが交差する複雑な思いを払拭できぬまま、私は古都の町を後にしました。



 

 

感謝の思いと別れの心

その日の朝、旭区のシーズー犬のテル君は毎朝恒例の玄関でのお見送りをしてくれませんでした。

リビングのソファーの下から伏せのポーズのまま玄関先で靴をはく飼い主さんを静かに見つめているだけでした。

いつもなら玄関先まで尻尾を振りながら来てくれるのですが、その日は寒かったせいか、ソファーの下から一歩も出てくる気配がなく、ただ視線をこちらに向けるだけでした。

不思議に思い「テル」と声をかけたのですが、反応がなく、気になった飼い主さんは靴をぬぎ、リビングに戻りました。

ソファーの下からテル君を愛用のマットごと引き出して抱き上げたとき、呼吸はしてるものの、力無い反応に飼い主さんは「その時」が近いことを覚悟しました。

テル君は16歳と4ヶ月の高齢であり、数年前から悪性の腫瘍を患っていました。

かかり付けの医師から、「その日」が遠くないことを知らされていましたが、前日までは、普段と変わらぬ生活をしていたのです。

嫌な予感がした飼い主さんは仕事を休んでテル君を病院につれて行くことを決め、会社に電話をかけました。

病院の開院するまで1時間以上あったので、テル君を膝に置いたまま、体をさするように患部を優しく撫でてあげました。

テル君は気持ちよさそうに薄っすらと瞼を閉じていたのですが、撫ではじめて10分ほどしたとき、テル君が不意に顔を上げ飼い主さんを見上げるように振り向きました。

その顔は16年以上一緒に過ごしてきたテル君が見せた、どの表情とも違う、悲しく切ないような表情だったらしいです。

そしてテル君はあくびをするように口を開け、今まで出したことのないような太い鳴き声を3度発し、力なく首を落とすように息を引き取りました。

飼い主さんはテル君の名前を呼びながら体を揺すりましたが、テル君が再び呼吸することはありませんでした・・・

覚悟してたとはいえ、テル君が最後に見せた表情が胸から離れず、テル君を抱いたまま、数時間、動くことが出来なかったそうです。

 

テル君のセレモニーは、翌日、テル君が16年過ごした自宅で執り行うことになり、依頼を受けた弊社プレシャスが担当することになりました。

テル君のお気に入りの場所である、リビングのソファーの上に祭壇を施し、飼い主さんのお手製の棺の中にテル君を寝かせてあげ、好物だった食べ物とお花を入れてあげました。

飼い主様と弊社スタッフ2名によるご焼香の儀を済ませた後、玄関先の駐車場にとめさせてもらった火葬車によってテル君は天に召されました。

比較的、表通りにあるテル君の自宅前には大勢の人が行き交いしてたのですが、テル君の散歩友達の飼い主の方が、たまたま通りかかり、テル君の訃報を聞かされ、驚いておられました。

その方と飼い主さんが火葬車の前で涙ながらにお話されてるのを見ていたご近所の人たちが「何事かと」集まってこられ、テル君が亡くなったこと聞かされると「何で言ってくれなかったの。犬ちゃんであっても10年以上ご近所さんだったのに」

そう言って次々と祭壇に手をあわせてくださりました。

火葬が終わる頃、ご近所の人達が持ってこられた、たくさんのお花やお菓子が祭壇に供えられ、テル君が近所の人達からも愛されていたことを物語っていました。

その祭壇の光景を見た飼い主さんは、その日、初めて笑顔を見せてくれました。

飼い主さんはセレモニーのときに「テルの最後の顔は一生忘れられないと思う」と泣きながら仰っておられましたが、私が思うに、テル君が息を引き取るその時に飼い主さんに見せた表情は、16年共に過ごした家族にむけた「感謝と別れ」を凝縮した表情だったのではないでしょうか・・・

だからこそ、飼い主様にはテル君との想い出を胸にこれからの生活を自分らしく歩んでほしいと私は思いました。




納骨堂とセレモニー会館のお知らせ

以前からお問い合わせを数多くいただいておりました、弊社プレシャスコーポレーション直営の

納骨堂とセレモニー会館ですが、建設予定地が大阪の寝屋川市に決まりました。

完成は3月中頃~4月を予定しております。

 

受付日、及び価格等、詳細につきましては弊社HP、または当ブログにて近日中に発表させていただきます。

なお、弊社でセレモニー(火葬も含む)を執り行われた方につきましてはハガキにてお知らせいたしますので宜しくお願いします。

プレシャスはそれほど資金と予算が豊富な会社ではないので大手霊園のような豪華なものは造れませんが、真心と愛情を感じられるような場所を創りあげる予定であります。



 

 

 

「ペット葬儀 全国検索ガイド」さんのHPの紹介

日本全国のペット葬儀会社、霊園等を紹介している「ペット葬儀 全国検索ガイド」さんのHPを紹介します。

 

「ペット葬儀 全国検索ガイド」さんのHPは単なる検索ガイドのサイトではなく、ペットが亡くなったときの対処法なども、細かく、丁寧に記載されており、弊社プレシャスの推奨している「家族葬」にも通ずる理念をもたれた理想的な検索ガイドであります。

もちろん弊社も掲載をさせてもらっております。

機会があれば、是非、御覧になってください。

 http://www.petsougi47.com/

「剥製葬」という、もうひとつの弔いの形

「亡くなったペットを葬儀の後、剥製(はくせい)にしたいのですが・・・」
 
年に数回、このようなお問い合わせがあります。
 
ペット葬儀はここ数年、人間同様、火葬が主流となっており、弊社へのご依頼も葬儀~火葬のセレモニーが9割以上をしめております。
 
自宅の庭にある程度のスペースがある場合、葬儀の後、庭に土葬を希望される人もいらっしゃいますが、剥製のご依頼はごく僅かであります。
 
ところが近年、亡くなったペットちゃんを剥製にされる人の数が年々、増加の傾向にあり、その背景には生前の姿のまま残してあげたいという飼い主様の悲痛な思いがあると私は考えています。
 
剥製の賛否を問う声は人それぞれでありますが、これは個々の価値観の問題でありますので、あえてここでは個人の主観は抜きにしてお話させてもらいます。
 
私たちプレシャスは前ブログでも書かせてもらった通りご依頼者様の要望を柔軟な姿勢で対応するセレモニー会社であります。
ですので、ペットを失ったご家族のお気持ちを第一と考え、その気持ちと思いに沿った理想的なお別れの儀を形にして参りましたし、ご依頼主様が希望されたことなら、法律の許される範囲で、可能なことは全て請け負ってきた会社であるという自負もあります。
 
たとえ少数であっても希望者が存在する限り、実現の可能性を追求するのが我々の仕事でもあると私は考えており、それが剥製という専門的な知識と技術が必要な分野であっても、そのようなお声がある以上、「弊社では受けできません」とお断りするのではなく、何らかの方法で実現できないものかと考えることも大切な企業努力の一環ではないでしょうか。
 
 
そして昨年の秋にようやく剥製職人さんと正式な業務提携を結び、火葬、土葬に並ぶもうひとつの弔いの方法としまして「剥製葬」なるものを形にすることができました。
 
もちろん現在のHP上には剥製葬の文字はどこにも掲載されておりません。
 
それは剥製が熟練された職人さんの手で一体一体を丁寧に仕上げる特殊なものであるため、日程の調整及び、ペットちゃんの表情やポーズ等、綿密な打ち合わせが必要となり、問い合わせがあった少数のご依頼者様のみ臨時対応させてもらっておるからであります。
 
現段階では、僅かな差でかかるコストが大きく変わってくるため詳細を明記できないのが現状でありますが、小鳥ちゃんで1万7千円、リスちゃんで1万8千円、フェレットちゃんで2万5千円、
猫ちゃんで10万円、犬ちゃんで15万円がひとつの目安となります。
 
万一、今すぐにでも剥製葬についてご質問がある方は弊社プレシャスコーポレーション
06-6997-6888 剥製葬 担当 藪野(やぶの)までご連絡ください。
 
※下の画像は弊社と業務提携していただいた職人さんが手がけた剥製であります。
 
 
 
 
 
 
 

家族葬という言葉に込められた本当の意味

「幼い子供には見せたくないのでお骨上げはそちらでお願いします」
 
「自宅に駐車スペースがないので火葬はそちらでお願いします。ただし葬儀とお骨上げは自宅でやりたいのですが」
 
「いつも通っていた散歩コースでの火葬は可能ですか?」
 
「家の宗派に沿ったセレモニーを行いたいのですが」
 
これらは弊社プレシャスに実際にあったお問い合わせの一例です。
 
 
それぞれの家族構成から成り立つ生活スタイルがあるように、ペットを取り巻く環境も同じだけ存在します。
 
プレシャスが会社理念でも「家族葬」を推奨してるからといって、それだけに固執したセレモニーのみを執り行ってる訳ではありません。
 
それぞれの家族に「これだけは譲れない」という強い理念も存在します。
信仰されてる宗教もいろいろです。
 
あくまでもご亡くなったペットちゃんのことを1番理解している依頼主様のご要望を優先とし、柔軟にその意向に沿う形で理想的なセレモニーを行うように心掛けています。
 
 
そして弊社が対応できる範囲であれば、全て表記料金内で行い、その判断も担当者がその場で出来るように指導と教育をして参りました。
 
もちろん、思い出の場所でのセレモニーを希望されたとしても、そこが公共施設や他人の私有地ならば、無理ですので、そのような場合は、ご要望に近い形式のセレモニーの形を、過去の実例から挙げ、少しでも理想に近いお別れの場を提案させてもらっております。
 
その柔軟な姿勢の根源にはプレシャスがセレモニーをお別れの場であると同時にペットを失った家族の方々の心の区切りと成るべく、新たな一歩を踏み出すきっかけにしてもらいたいという願いからくるものなのです。
 
そのためには、残された家族の方々が、納得できるようなセレモニーでなくてはなりません。
 
プレシャスは弊社にご依頼のお電話があったときから、その会話の中で依頼者家族のご要望を汲み取り、実際に訪問してからも、直に依頼者様の言葉に耳を傾けることにより、臨機応変な姿勢でセレモニーを執り行って参りました。
 
その結果、セレモニーを終えた後のご家族の清清しい顔を今までたくさん見ることができました。
 
 
 
 
プレシャスコーポレーションの推奨する家族葬は自宅でやるから家族葬なのではありません。
 
亡くなったペットちゃんのご家族の方たちがペットちゃんのことを想いながら、その気持ちを積み重ねて造り上げ、それら全てを形にしたセレモニーだから家族葬なのです。
 
 
 

ためらいと心の葛藤

ペットのセレモニー会社であると同時に火葬を執り行う立場である我々は、時にペットを失った家族の方たちから、亡くなったとはいえ、大切なペットを炎で焼く人間に写ることがあります・・・
 
セレモニーが終了し、自宅から出棺して火葬車に納めた後、火葬炉の扉を閉めるとき、家族の方たちに合掌にてお見送りをしていただいております。
 
ペットちゃんと一緒に火葬するお花や食べ物も火葬炉に入れ、いざ、扉を閉ざすとき、「よろしでしょうか?」とお尋ねするのですが、この段階になったとき、戸惑いとためらいの気持ちが交差されて「やめてください」と火葬の中止を訴える方も稀におられます。
 
ペットを失った経験のある人材のみで開業したプレシャスのスタッフには、この気持ちは充分に理解できることですので、直ちに火葬炉からペットちゃんを出し、一度、ご家族様の手にペットちゃんを返すように心掛けています。
 
八尾市のヨークシャーテリアのプイちゃんのセレモニーは小雨が降る寒い日に執り行われました。
 
プイちゃんは心臓と腎臓に病気を患いながらも、前日まで、いつものように散歩に出かけご飯も食べていました。
 
その日の深夜、唸り声を発してるプイちゃんの異変に気付いた家族の方は深夜でも診察してくれる病院に向かう途中、家族の中でも一番プイちゃんと仲良しだった後部座席の娘さんの膝の上でプイちゃんは息をひきとりました・・・
 
藁をも縋る思いで病院で蘇生治療もしたのですがプイちゃんの心臓が再び動くことはありませんでした・・・
 
享年13歳。高齢とはいえ、前日まで元気だったプイちゃんの突然の死は12歳の娘さんには受け入れがたいものでした。
 
娘さんにとって、物心ついたときには、いつも一緒にいたプイちゃんは、家族であり、姉妹のような存在でもあり、また親友でもありました。
 
セレモニーが終わり火葬のため、自宅から出棺するとき、私は娘さんの両親に「出棺のタイミングは娘さんに決めてもらいましょう」と言いました。
 
ご両親は黙ってうなずき「そうさせてやってください」と言い、泣きながら祭壇のプイちゃんの顔を撫でている娘さんの背中を優しい温かな眼差しで見つめていました。
 
依頼者の自宅駐車場にとめた火葬車で待機していた弊社の火葬担当スタッフに少し時間がかかることを伝え、私は祭壇を施した居間に戻りました。
 
静かに居間の戸をノックし、少し扉を開けたとき、祭壇の前で泣き続ける娘さんを囲むように両親が優しい言葉で娘さんを宥めていたので、私はそのまま戸を閉め、居間の前で待つことにしました。
 
その後、20分ほど、ご家族だけの時間が過ぎ、娘さんのお母さんが「プイちゃんは一生懸命に頑張ったんだから、早く神様のところにいかせてあげよ」と言ったとき、娘さんは振り返り、そのままお母さんに抱きつくようにしてプイちゃんから手を離しました・・・
 
お父さんの手によって出棺されたプイちゃんは火葬炉の前で弊社スタッフに渡されお花
と一緒に火葬炉に納められました。
 
その光景をお母さんに支えられるようにして見守っていた娘さんは火葬炉の扉が閉まるとき、「やっぱり嫌や」「プイを焼かないで」と叫びその場に泣き崩れました。
 
娘さんの両脇をかかえ込むように両親が娘さんを抱き上げましたが娘さんは力が入らないような状態で、その場に座り込んでしまいました。
 
私はプイちゃんを火葬炉から出し、娘さんの手に渡しました。
娘さんはプイちゃんを抱いたまま、自分の部屋に戻りました。
 
「すいません」と頭を下げるご両親に私は「このまま火葬をしても娘さんにとっていい影響があると思えません。娘さんの気持ちが落ち着くまで火葬するのはよしましょう」と言い「どうしても娘さんの気持ちの整理がつかない場合、明日以降に延期しても構わないので、娘さんの気持ちを優先にしてあげてください」と付け加えました。
 
そう言った私にお母さんが「もう一度、説得してきます」と娘さんの部屋に向われたので、「待ってください。少しそっとしといてあげましょう」と呼びとめました。そして「もしよろしければ私にお話させてください」とお願いしました。
 
 
ご両親は承諾してくださり、私は少し時間を置いてから娘さんの部屋をノックしました。
娘さんはプイちゃんを膝に置いた状態でベットに腰掛けていました。
 
私は「少しいいかな?」と声をかけ床に座らせてもらいました。
 
そして「すごく気持ちわかるよ。どうしても辛いようなら僕たちはこのまま帰ることにするね」と話かけました。
 
娘さんは顔を上げ「もしこのままならプイはどうなるの?」と私に問いかけました。
「今は冬だから1日くらいなら暖房のないところに置いてあげれば平気だよ。でも、それ以上になるとプイちゃんの体は少しずつ細く固くなってしまうんだ」と答えました。
 
少し間を置いて娘さんが「そんなの可哀想・・・」と泣きながら言いました。
「うん。だからお父さんもお母さんもなるべくプイちゃんが綺麗なうちに神様のとこへ行かせてあげようとしてるだけなんだ」
その後、私自身の体験や私たちが日々の仕事の中で知り合ったペットを喪った人たちの話をさせてもらいました。
 
 
娘さんは自分と同じ悲しみをした人たちが、いかに悲しみと向き合い、そして乗越えていったのかを12歳の心でしっかり受け止めながら、私の話を聞いていました。
 
話をして一時間ほどしたとき、娘さんが立ち上がり「私の手で車(火葬炉)の中にいれていい?」と言ったので「もちろんいいよ」と私はこたえ、娘さんと二人で部屋を出ました。
 
娘さんの部屋と隣接している居間ではご両親が待っておられ、部屋から出てきた娘さんにお母さんが「・・・大丈夫?」と優しく尋ねました。
 
娘さんは「うん。私が車に入れてあげる」と力強く答え、そして、まるで別人のように凛とした表情になられた娘さんの手によってプイちゃんは再度、火葬炉に納められ、天に召されたのでした。
 
火葬の間、娘さんは2階の自室の窓から火葬炉の煙突に向って合掌されていました。
表情は凛としたままだったのですが、両目から涙が止まることはありませんでした・・・
 
火葬を開始して10分ほどしたとき、お母さんが「お茶をどうぞ」と玄関先で声をかけてくれたので、火葬担当スタッフに、その場を任せ、私はお茶をよばれることにしました。
 
その時、お母さんが「先ほどはどのような話で娘を説得してくれたのですか?」と尋ねられたので私は当ブログ{残された者たちの役割}で書かせてもらった私自身が父から教わったことや、同じ悲しみを背負った人たちの話をしたことを伝え、その話の中で12歳の娘さんには残酷なことだとは思いつつ、「生まれてきたことに意味があること」や「どの命にも終わりがあること」そして「魂は永遠に残ること」を私なりの言葉で説明したことをお母さんに告げました。
 
お母さんは「部屋から出てきたときのあの子の顔を見たとき、別人のような、しっかりした表情をしてたので、きっとあの子なりに理解して乗越えれたんだと思いました」と言ってくださいました。
 
火葬を終え、ご家族3人の手によりプイちゃんのお骨上げが行われ、プイちゃんの遺骨は無事に骨壷におさめられました。
 
金色の骨袋に入れられた骨壷を大切そうに抱きながら我々スタッフを表通りまで見送ってくれた娘さんは、助手席の私にむかって「ありがとうございました」と頭をさげてくださいました。
 
その日、訪問してからずっと泣き顔だった娘さんの笑顔を最後に見れた私は何ともいえないような清清しい気持ちで、次のセレモニー依頼者の自宅に向かいました。

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