2011-11

ペットちゃんにかわって言いたい言葉

ペット葬儀の仕事を始めるにあたり、私を含めた全スタッフで葬儀会社の人に講習を受けました。
その講習の中で、葬儀に関する禁句。つまり言ってはいけない言葉なるものを教えていただいたのですが、その禁句の最たるものが「ありがとう」という言葉でした。
理由として、「葬儀というのは尊い命が亡くなったことにより執り行っておるのであって『ありがとう』という言葉は亡くなられた仏様にも遺族の方にも失礼であり不謹慎である」とのことでした。
言われてみて、「なるほど。そういうものなのか」と思ったことを覚えています。
今年は秋の訪れが遅く運動会シーズンになっても半そでで観戦される家族の姿をたくさん見かけ、11月になってもコートで通勤してる人を見かけることがないほど、暖かい日が続いていました。
そんな折、11月も半ばに差し掛かった頃、急激に気温が下がり、女性を中心にコートに身を包む人の姿を多く見かけるようになった日、弊社にペットの訃報が多く寄せられました。
急激な気温の変化に体温調整がうまくできずに、体調を崩すのは人間に限った話ではなく、衣料の枚数で調節ができないペットは人間以上に、この気温の変化に弱く、特にネコちゃんに影響が大きいようです。
その日を境に葬儀の依頼が増え、スタッフ総出で対応することになりましたが、どうしても日程上スケジュールが重なる場合は、せっかくのご依頼をお断りするほどでした。
(お断りさせていただいたお客様。申し訳ありませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます)
そして私も葬儀を二件、同日に担当することになりました。
どちらもネコちゃんの葬儀で、名前はモカちゃんとモモちゃんでした。
共に守口市で、偶然にもご夫婦に三人のお子様という同じ家族構成の中、それぞれ暮らしていたのですが、気温が下がった日に体調を崩し、家族の介抱空しく、そのまま回復することなく天に召されたのことでした。
どちらのご家族も、自宅で家族葬をしてあげることを決め、家族全員が揃う時間を希望してプレシャスにご依頼してくださりました。
前日のブログでも述べたように、家族で見送る家族葬はプレシャスの理想のセレモニーの形でもあり、その時間がたとえ、深夜であろうが早朝であろうが、日時が重ならない限り、お断りすることはありません。
私が担当した、この日の2つの葬儀でも家族全員がそれぞれのネコちゃんとの最後の別れを終え、見送っておられました。
その場に立会い、ご焼香も一緒にあげさせてもらった私は、すべてのセレモニーを無事に終え、それぞれの自宅を後にするとき「ありがとうございました」と挨拶しました。
その言葉が不適切な禁句だということは承知の上で言いました。
ただ私は当社に依頼をして下さったことに対してお礼を言ってるのではなく、モカちゃん、モモちゃん、それぞれが一番望んだと思われる最後の別れの儀を家族全員揃って行って下さったご家族に感謝して口にしたのです。
もちろんご家族にすれば愛するペットへの当然の行いであって、私に礼を言われる筋合いでないこともわかっています。
私がそう言ったのは病死したのにもかかわらず、安らかな表情をしてたネコちゃんたちの顔を見たからでした。
ネコが病気で亡くなったとき、眼を開き、口も開けたまま亡くなるケースが多いのですが、モカちゃんもモモちゃんも本当に眠ってるような顔をしていました。
最後の時、苦しみの中であっても、息をひきとるその刹那、家族の腕の中で最後の最後は苦しみから解放され、安心して逝ったんだと感じました。
不適切ですが、モカちゃんとモモちゃんのご家族の方々にこの場をかりてもう一度、言わせてもらいたい。
「最後のお別れを家族全員で見送っていただいてありがとうございました」 と・・・
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会社理念

亡くなったペットの気持ちを考えたとき、「慣れ親しんだ家で一緒にすごした家族に見守られて、最後のお別れをしたい」きっとそう思ってるだろう。
その気持ちを形にできるセレモニー会社を作りたい。
それがプレシャスコーポレーションが誕生したきっかけであり、同時に会社理念でもあります。
 
開業した頃、広く認知していただこうと、動物病院を始め、ペットカフェ、ペットショップ、ペットトレーニングセンター等の関連施設を訪問し、弊社プレシャシュが推奨するペットの家族葬のお話をさせていただきながら回りました。
 
正直、「ペットに家族葬?」と冷笑や失笑されることもありました。
 
ペットを飼われたことのない人に笑われるならまだしも、ペットに携われる人から小ばかにされたような扱いを受けたときは「我々のやろうとしてることはとズレているのか?」と心が折れそうになるときもありました。
しかし、「すごく良いことですね」 「是非、協力させてください」と賛同してくださる方々にもたくさん出会うこともでき、今では弊社と協賛して下さる会社、病院、お店は100拠点を超えております。
 
話は変わりますが、弊社プレシャスコーポレーションのホームページを製作してくださったのは株式会社クレアネットというHP製作会社であります。
 
プレシャスの会社理念を伝え聞いた社長さん自らHPのデザインをしてくださいました。
ホームページのサンプルが完成し、見せてもらったとき、手前味噌ではありますが、出来栄えの良さとデザインが私のイメージ通りだったので、ほとんど修正することなく立ち上げすることができました。
 
そんな折、クレアネットさんのHP管理担当者が変わると報告をうけ、社長さんと同行する形で20代の若い女性の新しい担当者、Oさんが会社を訪問してくれました。
 
前担当者にも不満はなかったので、失礼なことと理解しつつ担当が変わられる理由を社長さんにお聞きしたところ、
「Oは以前、うさぎを飼っていたんですが、亡くなったとき、個別火葬を依頼した経験があるんです」と告げました。
社長は続けて「プレシャスさんの会社理念を考えたとき、そのような経験や立場がわかる人間のほうが良いと判断したので人事交代させていただくことになりました」と仰ってくださいました。
 
それを聞き、もちろんお断りする理由もなく、そこまで考えてくれていた社長さんの心遣いに感謝し、Oさんに担当してもらうことになりました。
 
我社は私を含め、全員がペットロスの経験者です。
先にも述べた協賛者さんや、Oさんのような直接、セレモニーに関わることのない裏方さん、ペットを愛する大勢の方たちに支えられプレシャスは成り立ってると思っています。
 
そして、これからもプレシャスコーポレーションはペットとペットを亡くされた家族の方々の立場に立って理念の推奨と追求を実施していこうと思っております。
 
 
 

心に空いた穴

ペットを失ったとき
すぐに別のペットを飼われる人と、二度と飼わない人に分かれるそうです。
 
前々回のブログで自身のペットロスの経験を書かせてもらいましたが、私は後者でした。
 
 
少しでも早く心に空いた穴を埋めるべく新たにペットを飼われる人もいれば、二度と同じ悲しみを経験したくないという理由から飼われない人もいます。
 
理由はそれぞれだし、これは個々の生活環境や価値観の問題でありますから、前者であろうが後者であろうがどちらの選択が正しいとかの問題ではないと私は思っています。
 
大阪北区中崎町のキャバリアのソラちゃんが病気で急死したとお電話があったのは深夜の1時でした。
依頼者様のご都合を聞き、その日の夕方に葬儀をプレシャスコーポレーションで承ることになりました。
 
予定のお時間の少し前に依頼者様のマンションに到着し、インターホンを押しました。
少し間があった後、依頼者様の「どうぞ」という声とともに正面玄関のロックが外れる音がし、お部屋までお伺いすることになりました。
 
お悔やみを申し上げた後、部屋を通された私はリビングに設けられたお手製の祭壇に横たわったソラちゃんに歩みより手を合わせました。
 
一人住まいの依頼者様にとって唯一の家族だったソラちゃんとのお別れ。
すでに冷たくなったソラちゃんにブラッシングを続ける依頼主様はその現実をどう受け止めればよいのかさえ見失っておられるような状態でした。
 
声をかけるタイミングすら見つけられず数分が経過したときに依頼主様の携帯電話がなり、職場の同僚らしき方にソラちゃんの死を涙ながらに伝えていました。
 
電話を切られた依頼主様が「すいません」と声をかけてくれたので、私は頭を下げました。
その後、30分ほど生前のソラちゃんのお話を聞かせてもらい、依頼主様と一緒に部屋を出て、玄関先にとめた火葬車に乗り、私と依頼者様と依頼者様に抱かれたソラちゃんはご指定の火葬場所である近くの公園まで向いました。
 
火葬炉の中にいつも食べていた物と生花を収め、扉を閉じる前に私が「構いませんか?」と尋ねたとき、依頼者さんはハンカチで口元を押さえ黙ったまま頷きました。
火葬の間、依頼者様が私に「キャバリアはすごい寂しがりやな犬なんです・・・・そんなことも知らんとショップでソラを見て、一目で気にいって・・・」
そこまで話した依頼主様は泣き崩れてしまいました。
 
私は歩み寄り車の中で待つように促したのですが依頼者様は大丈夫だと火葬炉から離れようとしませんでした。
 
依頼主様は中断してしまった話を続けるように
「そんなことも知らんと、仕事のときずっと留守番させてたんです。ソラは私に飼われて可哀想や・・・・いつも誰かが居てくれる家で飼われたほうがよかったはずや・・・」
そして絞りだすような小さな声で「だから最後ぐらいそばに居てあげたいんです」と言いました・・・
 
セレモニーを終え、依頼者様のマンション前まで帰るとき、助手席でソラちゃんのお骨を納めた骨壷を大切そうに抱いている依頼者様に何かお声をかけようとしたのですが、どの言葉も口にすれば軽く感じられるように思え、結局、私は何一つ言葉をかけてあげることができませんでした・・・
 
玄関前に到着し、挨拶を交わし、その場を後にする私の運転する車に力なく頭を下げて見送って下さる依頼者様の姿をバックミラー越しに見たとき、胸が詰まり、思わず目頭が熱くなりました。
 
そして、これから訪れる本当の悲しみと向き合っていかれる依頼者様のことを考えると、いたたまれない気持ちになると同時に
 
「ソラちゃんの依頼者様は前者、後者、どっちにになるのだろう・・・」
そのことを考えられずにはいられませんでした。

スタッフF君の決断

「できたらネコのセレモニーの担当からは外してほしいのですが・・・」

F君が私にそう懇願した背景にはF君のペット事情が大きく関係していました。

長身で無口。精悍でいて彫りの深いラテン系の整った顔立ちからF君は一見、強面な印象を人に与えます。

しかし、その外見とは裏腹にF君はネコが大好きで、捨てられてる子ネコを見つけると放っておくことができず、全て家に連れて帰って面倒を見てあげる優しい心の持主でもあり、今では10匹以上のネコと暮らしてる有様です。

「可能な限りそうするけど少人数でローテ組んでるから、どうしてもの場合は仕方ないよ」

そう言った私にF君は「わかってます。できたらでいいので・・・お願いします。」と返事した。

そんな会話を交わしたのは創業してすぐでした。

弊社が依頼を受けるペット葬儀の6割以上は犬の葬儀であります。次いで多いのがネコなのですが、ネコは全体の2割くらいの割合だったこともあり、F君は希望通り、犬の葬儀を中心に担当してもらってました。

ところが先日、ネコの葬儀のご依頼ばかり同日に重なり、やむを得ずF君に担当してもらうことになりました。

セレモニー当日、F君に私は「飼い主様は我々とは比べものにならないくらい悲しみの最中や、仕事なんだし、気持ちを切り替えてやってきて下さい」と言いました。

F君は「大丈夫です」とだけ告げ、堺市の依頼者宅まで向いました。

若干の不安はありましたが責任感の強い彼なら大丈夫だろうと思い、車を見送りました。

4時間後、無事にセレモニーと火葬を終えたF君が帰社してきたので、様子を伺いました。

F君はいつもと同じような淡々とした口調で業務報告をし、会社をあとにしました。

F君が帰宅した後、同席したスタッフからも業務報告を受けたのですが、現場でのF君はいつもと同じように仕事をしていたようでした。

ただ、火葬炉にネコちゃんを入れる際、F君が少し、時間をかけていたので同席したスタッフが不思議に思い覗き込んでみたら、眼を開いたまま息絶えネコちゃんの瞼をとじてあげようとしてたらしいです。

死後硬直がすでに始まったいたせいか、ネコちゃんの眼は開いたまま固まってようなのですが、何度も何度もF君は瞼を指で優しく撫でていたことを聞き、私は胸が熱くなりました。

翌日、F君が出社し、私のところにやってきて「今日からネコでも構わず、担当を振り分けてください」と申し出たのでした。

「それなら助かるけど・・・どうしたん?急に?」と私が尋ねると

「ネコが好きだから辛いと思ってたんですが、昨日、ネコの葬儀をやってみて、ちゃんとネコ好きな人間がやってあげないとあかん。そう思いました」と言ってくれた。

当社きっての無口なハンサムボーイF君はY君のように貰い泣きはしませんが、とても優しい男です。



 

 

 

 

遺された者たちの役割

子供の頃に飼っていたシーズー犬のランが散歩のとき、道路の向こう側に居た私の母親を見つけ道路を横断しようとしたときに反対車線から来た大型トラックに撥ねられました。
 
失ったとき、初めてその存在の大きさに気づくことはよくあることですが、10歳に満たない当時の私にとって、この現実はあまりにも大きく、言葉を発することすらできなかったことを覚えています。
 
小学校から帰宅すると靴も脱がないままランドセルだけ玄関に放り投げ遊びに出かけていた私が、友達と遊ぶこともやめ、家に篭もりっきりになるほどショックは大きく、全てにおいて無気力な状態に陥りました。
今で言うペットロス症候群です。
 
そんな私の姿を見かねた父がドライブに連れていってくれたのはランを失って半月ほどたった頃でした。
 
父は車中でいろんな話をしてくれたのですが、今でも心に残ってるのは「人間でも犬でも生き物はみんな役割をもって生まれてくるんや。ランはその役割をはたしたから神様のところにいっただけなんやで」という言葉でした。
 
「ランの役割ってなんやったん?」と尋ねた私に父は「それはこれからお前や姉ちゃんが大きくなっていくにつれてきっとわかるから」
 
当時の私にとって、その父の返答は理解できず、幼い思考で真意を探したが見つかりませんでした。
 
でも、父がその場しのぎで言ったようにも感じられず「ランが生まれてきた役割」なるものを日々考えるようになり、月日が経つにつれ、ランから教わったこと、残してくれたものが沢山あることに気づくようになりました。
 
それは、自分の成長の過程で、捉え方が変わっていくことはありましたが、私の中で思想や感情や価値観と変わり、時に励まされ、時には勇気づけられ人生の節目となる決断を迫られる場面では必ずランの存在を身近に感じていました。
 
そのことを教えてくれた父も五年前に亡くなり、目に見えない存在になった今でもランと同じように私の心の一部となっていろいろな教訓を発信し続けてくれています。
 
それらの支えを感じながら選択と決断を幾度も繰り返し、現在、ペット葬儀とペットロスのサポートに携わる仕事をしてる自分の姿を父やランが天国から見ていると思うと不思議な気持ちになりますが、先立った者たちの思い出は鮮明に心に残り、これからもなくなることはないでしょう。
 
そしてこれからも自身の教訓となって導いてくれると思っています。
 
ランが生まれてきた役割は今でも私の中で模索中であり日々進行系の課題でもあります。
ひとつの結論に至らなくとも、方向性らしきものが見えるときもありました。
 
それは他人から見た場合、当事者の都合の良い解釈やこじつけに映ることであるのは百も承知ですが、それを決めれるのは、他人ではなく、自分自身なので気にする必要はありません。
 
ただ一つ言えるとすれば遺された者たちは先立った者たちの生きた証となるべく、かれらへの想いを胸に現実の世界を自分らしく生きるということが大切だと私は思っています。
 
 
それこそが遺された者たちの役割だと。
 
 

迷い込んだ小鳥の物語~セキセイインコの火葬~


一羽の黄色いセキセイインコが鶴見区のとあるお家に迷い込んできた。

開放していた窓から入ってきたのである。

逃げようともせず、ここが我家かのように羽を休めていた。

インコはその日から「ボブちゃん」と名づけられ家族の一員になりました。

その後、数々の思い出を残し、8年もの年月をその家で過ごしたボブちゃんは永眠の日を迎えました。

一般的にインコの寿命は約8年とされており、ボブちゃんが迷い込んできた時が仮に1歳だったとしても、寿命をまっとうしたと言えるでしょう。

人間でいう大往生です。

 

小鳥は比較的、ペットとしては小さい部類に入るので亡くなったとき、自宅の庭や花壇、または近くの公園や緑地などに埋葬されるケースが大半ですが、ボブちゃんの飼い主様は火葬してあげることにしました。

 

それはボブちゃんが生きた証となる形あるもの、つまり遺骨として残してあげたかったからに他なりません。

 

そんなボブちゃんの火葬を弊社プレシャスコーポレーションにて承ることとなりました。

ボブちゃんはいつも食べていた食べ物とお水。それにたくさんのお花と一緒に小さなケースに寝かされた状態で入っていました。

 

艶のある羽、深く優しく閉じられた瞼がボブちゃんが安らかな死を迎えたことを物語っていました。

 

飼い主様より、ボブちゃんを渡され、その旨を聞いた私は、慎重にボブちゃんの火葬を担当させてもらいました。

 

なぜ慎重かというとインコの骨は細くて脆いため、火力が強すぎては原型が留めないほど散乱してしまい、火力が弱ければ骨以外の部分も残ってしまうからです。

 

二人のスタッフが付っきりで確認しながら火力を調節し、無事、火葬が済みました。

 

ボブちゃんの遺骨を火葬炉から出し、その遺骨が崩れないように抱いたまま私は車の助手席に座り、飼い主様のもとにおかえしにあがりました。

 

悲しみの中でありながら、細部にわたって形を残したボブちゃんの遺骨をみて飼い主様は私に「ありがとう」と言ってくださいました。

 

ボブちゃんの遺骨は飼い主様の手により骨壷におさめられ、ボブちゃんと同じ黄色の骨壷袋に包まれました。

 

近年のペットブームの中、自分の意思でペットを買い、飼ったにも関わらず無責任な行動をとられる飼い主様も増えてきている悲しい現状のなか、迷い込んできた一羽の小鳥にこれほどまでの深い愛情をそそがれる人がいたことに私は嬉しく思いました。

 

偶然ではなく必然。

迷い込んだのではなく、きっとボブちゃんは飼い主様を選んでやってきたんでしょうね。

大阪 ペット葬儀・火葬に関するお問い合せはプレシャスコーポレーションまで

大阪本社 大阪府守口市菊水通3丁目7-9

ペット葬儀・火葬のご依頼はフリーダイヤル:0120-982-660



最後のお散歩

城東区のチワワのキキちゃんのお葬儀を弊社にて承りました。
 
予定の時間に到着し依頼主様のマンションの前からお電話をかけました。
「すぐ降ります」と返事をもらったので火葬車の焼却炉の前に線香とろうそくをセットして
依頼主様とキキちゃんが降りてこられるのを待ちました。
 
返事をもらって30分が過ぎ、何か手違いがあったかもと思い、もう一度、電話をしようと携帯電話に手をかけたとき、マンションの正面玄関から依頼主がうつむきながら出てこられました。
 
すでに冷たくなったキキちゃんをバスタオルで包んで、大切に優しく胸に抱きながらゆっくり歩いてこられたので、私も歩み寄り、静かな声で挨拶をしました。
 
依頼主様は眠ってるようにしか見えないキキちゃんから視線を外すことなく「どうも」とだけ力ない声でつぶやきました。
 
火葬車のすぐ後ろまで、歩いてきたとき、依頼主様が初めて顔を上げ、焼却炉の前に設置された小さな祭壇に目をやり、「すぐに焼くんですか?」と目に涙をため、私に問いかけました。
 
「いえ。今日はキキちゃんのセレモニーしかありませんので、お時間はあります。それに気持ちの整理が御済でないなら、翌日でもかまいませんよ」
 
私がそう言った後、重い沈黙が私と依頼主様とキキちゃんを包みました。
 
依頼主様が私に顔を向け「もう1度だけ・・・最後に・・・いつも行ってる散歩コースを歩いてきていいですか?」と涙ながらに言いました。
 
一瞬だけ仰っておられる意味が把握できなかったのですが、すぐに理解し「ええ構いませんよ」と返事しました。
 
歩き始めた依頼主様の背中越しに「お邪魔でなければご一緒していいですか?」と私は尋ねました。
 
「ありがとう」と笑顔で答えてくださったので、急いで備え付けの祭壇を片付け火葬車をコインパーキングに駐車しました。
 
ゆっくりとした足取りで依頼主様と私はキキちゃんの散歩コースを歩きました。
歩きだしてすぐに道路わきの電柱のところで依頼主様の足が止まりました。
「キキはいつもここでオシッコするんです」そう言いながら依頼主様は胸に抱いたキキちゃんの顔を見つめながらつぶやきました。
 
その後、私と依頼主様はキキちゃんのマーキングポイントごとに足を止め、近くの公園のベンチに腰掛けました。
「ここでリードを外すんです」そう言って依頼主様は、まるで胸に抱いているキキちゃんが元気よく走っているかのように公園の広場を眺めておられました。
 
きっと本当に依頼主様には元気に駆け回るキキちゃんが見えていたのかもしれない。
そう思えるほど、静かで優しい眼差しでした。
 
「もしよろしければ、お別れは明日に変更させてもらっても構いませんよ」と私は言いました。
「いえ、もうキキも神様のとこに行きたいはずやから・・・」
そう言って依頼主様はベンチから腰を上げました。
 
 
30分後、キキちゃんは依頼主様に見守られながら神様のもとへ召されました。
 
 
 

大家族葬

先日、守口市にて柴犬のリュウタロウちゃんのお別れの儀を弊社にて承りました。
 
「家族葬」と聞けば、内々でしめやかな印象がありますが、リュウタロウちゃんの葬儀は
喪主様のご家族様をはじめ、嫁がれた妹さんなども駆けつけられ、9人の家族と
リュウタロウちゃんの子供リンタロウちゃんに、散歩仲間であろうか?犬種が違うワンちゃん。
そして弊社担当者2名に見送られて行われた。
 
「大家族葬」そんな言葉は存在しないかも知れないが、そう呼ぶに相応しい、悲しくも温かい葬儀でした。
 
小雨が降る中で、ほとんどのご家族が傘もささずにリュウタロウちゃんが天に召されるのを静かに見守っておられ、リュウタロウちゃんとご家族が深い絆で結ばれていたことを物語っていました。
 
リュウタロウちゃんは生前15頭以上の子孫を残されたらしいですが、最後の子供であり、葬儀にも参列したリンタロウちゃんが、葬儀が終わる5分前くらいから「ク~ン・・・」という声を発し出しました。
 
犬が悲しいとき、寂しいときに出す特有の鳴き声です。
そんなリンタロウちゃんに家族の方たちが労るように声をかけておられたがリンタロウちゃんは鳴くのをやめませんでした。
 
ご家族の誰かが「きっと最後の別れってわかってるんやわ」とつぶやいたとき
火葬が終了し、それをわかってたようにリンタロウちゃんも鳴くのを止めました。
 
比べるものではありませんが、人間でもこんなに愛情に満ちたお別れをできる人は
多くないと感じました。
 
リュウタロウちやんの16年の犬生に合掌。
 
 
 
 

ご指名

「できれば一青窈さん?にお願いしたいのですが」
最近、ご依頼があったときご依頼主様が言われた言葉です。
 
一青窈とは以前、このブログで紹介した我社のセレモニー担当Y君のニックネームで
名付け親は私です。
 
歌手の一青窈さんの代表曲「もらい泣き」にちなんで、私がつけました。
理由は明快、Y君は毎回のように葬儀を進行する側でありながら、ご依頼主さま
と同じよう(時にはそれ以上)に涙を流しているからです。
 
切れ長の目にとがった顎。シャープな顔立ちからは想像もできないくらいY君は
涙腺が緩く、私と二人でセレモニーを担当をしたときに
 
「小学生の女の子でも悲しみに耐えて我慢してるのに、君がそんなに泣いたら失礼やろ?」と注意したぐらいでした。
 
「すいません」とうな垂れるY君に
「気持ちはわかるけど、人間の葬儀のときでも泣いてる葬儀屋さんなんていないやろ?仕事なんやからプロ意識持って進行しないと遺族さんに申し訳ないよ」
帰りの車で私はY君にそう言いました。
 
ところが、Y君が担当したご遺族様から別の葬儀のご依頼があるとき、「またYさんに
お願いしたいのですが」とご指名がかかるようになりました。
 
そして、今回、当社に初めてご依頼を下さった方からも、このブログを読んで一青窈ことY君をご指名くださったのです。
 
きっとY君は泣きながらも、ちゃんとプロ意識を持って取り組み、そして、業者ではなく
遺族様と同じ立場で葬儀を行っていたのでしょう。
それが遺族の方達にも伝わっており、けして不快な思いをさせていなかったということなのかもしれません。
 
間違っていたのは私なのかも知れません。

なぜプレシャスは訪問個別火葬なのか?

なぜ引取りではなく訪問火葬なのか?
 
プレシャスでは引取りではなく訪問火葬のご依頼が9割を超えています。
それは、ご依頼があった際、当社の理念の一つである
「家族葬」を推奨しているからです。
 
引取り火葬 0千円~
ネット検索でペット葬儀を調べた場合、よく目にする文字です。
 
引取り火葬の場合、ほとんどが返骨を行っておりません。
また行ってたとしたら、一気に価格が跳ね上がってます。
 
なぜか?
 
ほとんどの業者は骨も残らない強力な火力の大型火葬炉で種類も大きさも
違う複数のペットを短時間で焼却するからです。
業者サイドから見た場合、コストや手間を考えたら、もっとも効率のよい方法ではありますが、跡形もなく塵になったペットの姿を見て心が痛まない飼い主さんはいないと思います。
 
まだ、自社で焼却してる業者は健全なほうで、ひどい業者になると、引き取ったペットを
管轄の役所に持ち込み生ゴミと一緒に焼却依頼をしてるだけのケースもあります。
この場合、葬儀やセレモニーというのは名前だけで、単なる引き取り業者です。
5千円であろうが、経費は燃料費だけですから、運営は可能ですよね。
 
そういった悪徳業者の典型が記憶に新しい埼玉での事件だと思っています。
亡くなったペットを有料で引取り、山に捨てていた事件・・・
 
事件当時は全く違う形態のお仕事なのに同業者というだけで我々も非難の対象になりました。
 
プレシャスでは今後も訪問個別火葬を中心とした家族葬を推奨していく考えです。
それは飼い主さまの気持ちもさることながら何より、亡くなったペットちゃんが
「慣れ親しんだ家で家族に見送られながらのお別れ」を1番強く望んでいると考えてるからです。

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