スタッフブログ―スタッフの日々、感じたことを発信します。

安楽死という決断をするまで・・・

11歳で病死した大阪市の猫のララちゃんの葬儀のご依頼があり、私はTさんの自宅に向かいました。

約束のお時間に到着した私はTさんのお母さんに案内されララちゃんが安置されてるTさんの部屋に通されました。

お部屋では、時間が止まったかのように座ったままの姿勢で安置された愛猫の顔を見つめるTさんの姿と過酷な闘病生活を物語るかのように極限までに痩せ細ったララちゃんの姿がありました。

お母さんが「葬儀屋さん来はったよ」とTさんに声をかけてくれたのですが、Tさんは、その姿勢のまま何の反応も示しませんでした。

私はお母さんに「お時間はあります。少しこのまま待たせていただきます」と小声で伝え、お母さんと二人、部屋の入口付近で待つことにしました。

玄関のドアが開く音がし、お母さんが「お父さん帰ってきたみたい。ちょっとすいません」と言い残し、部屋を出ていかれました。

Tさんと二人、部屋に残るかたちになった私は、座ったまま、無言でTさんの後ろ姿を見ていたのですが、不意にTさんが振り返り「すいません・・・」と私に頭を下げられたのです。

 

私は「いえ。とんでもありません。お時間はとってあります。ゆっくりお別れの時間をとってください」と伝えました。

Tさんは「ありがとうございます・・・でも、もうキリがないのはわかっています・・・ただ、自分がしたことが正しかったのかどうかがわからなくて・・・」と仰ったのです。

 

「自分がしたこととは?」と尋ねた私にTさんは、少し間を置いて「電話で病死と言いましたが・・・今日、病院で安楽死させてもらったんです・・・」と口を押さえ、辛い事実を私に話してくださいました・・・

 

「そうだったんですか・・・」と口にした後、私は言葉に詰まり、部屋は少し重い沈黙に包まれました。

「あの・・・Tさん。もしよろしければララちゃんに手をあわせたいのですが・・・」と私はTさんに伺いをたて、Tさんは「ああ。どうぞ」と快く承諾してくださったので、私はTさんとララちゃんの方に歩み寄り合掌をささげ、ララちゃんの体を撫でさせてもらいました。

私はララちゃんを撫でながら「ララちゃんは末期癌だったのですか?」とTさんに訊ねました。

Tさんは黙ったまま頷いたので、私は「場所は?」とさらに尋ねました。

Tさんは寂しげに笑みを浮かべ「顎から始まって口全体に広がったって感じです」とつぶやくように仰いました。

そして、「最初、顔が腫れてたので病院に行ったら『顎に悪性の腫瘍が出来ています』と診断されて、切除できない場所らしく、余命も3ヶ月と宣告されたんです・・・でも、最初の頃は普通に食欲もあって元気だったんですね。でもだんだん食欲が落ちてきて、ご飯も上手に食べれなくなったんですね・・・その頃から一気に弱りだして・・・ご飯は柔らかく液状にして口元まで与えてたんですけど、数回舐めるだけで、ほとんどご飯も水も飲まなくなりました」Tさんはそこまで言って大粒の涙を流されました。

私はハンカチを取り出しTさんに渡しました。そして「それで安楽死という選択をしたのですか?」と聞きました。

「すいません」と言ってハンカチで涙をふいたTさんではありましたが、私の問いかけには首を横に振りました。

「いえ。安楽死という考えは全くありませんでした。病院でチューブを使って直接、胃まで栄養を運ぶ延命治療をしてもらったんですが、もう食べることも鳴くこともできないくらい口の中が変形してきて・・・それでも私が帰ってきたらフラつきながらも近づいてきて体を寄せてくるんです・・・そして鳴声は出せなくなったけど口を(ミャ~ミャ~)と鳴くときのように動かすんです。ちょうど、その時期に病院の先生から『辛いことですが、今後、回復することはありません。日に日に様態は悪くなるでしょう。大抵の飼い主さんはこの段階で安楽死の事を考えられるんですよ』と言われ、初めて安楽死ということを意識しました」と話してくれました。

その頃、ちょうどお父さんとお母さんが部屋に入ってこられ、お父さんは私に「どうも」と挨拶してくださいました。

私はお父さんに向き直り、頭を下げ、挨拶と自己紹介をしました。

お父さんは会社に行かれていたので、息を引き取ったララちゃんとの対面はこのときが初めてのようで、その場から「ララ。楽になったか?」と優しく声をかけていました。

さらにお父さんは何か声をかけようとララちゃんとTさんのほうに近づこうしたのですが、お母さんが私とTさんが安楽死のことを話していたことを察してか、そっとしてあげてと言わんばかりに首を横に振ってお父さんの腕を掴みました。

 

そして、お父さんは、状況を理解したように、歩みを止め、お母さんの隣に座りました。

ララちゃんを挟んで向かい合わせの状態で座っていた私とTさんは、その後、顔を見合わせながらお話を続けました。

医師から安楽死という選択を示唆されたTさんではありましたが、あくまでもララちゃんの寿命が許す限り、その命の灯が完全に消えるまで、たとえ1日であっても、1秒であっても無駄にすることなく天寿を全うさせてあげたい。

そう心に決め「安楽死はしません」Tさんはそう医師に伝え病院を後にしたそうです。

「ララは血が混ざったヨダレを垂れ流すようになっても、私が帰ってきたら(ニャ~)と声にはならなくとも口を動かして向かえてくれました・・・そして私が顔を近づけたら喉を鳴らして嬉しそうにするんです・・・その姿を見てたら安楽死なんてとてもできないって思ったんです」

しかし日に日に衰弱していくララちゃん姿を見ていくうちにその決意が揺ぎ、自分の選択が正しかったのかどうかを自問自答する毎日が続きました。

病院から安楽死を示唆されて、1週間が過ぎた頃、ララちゃんはTさんを見ても何の反応も示さなくなり、Tさんは初めてお母さんに「安楽死させてあげたほうがララは楽にられるのかな・・・私がやってることは間違いなんかな・・・」と苦しい胸の内を打ち明けました。

お母さんは「ここまであなたは精一杯ララのために頑張ってきたんやないの。あなたが決めたことなら、どんな選択であってもララは喜んで受け入れると思うよ」と言って献身的な看護を続けるTさんを勇気付けたそうです。

そこまでの話をし終えたとき、Tさんは体を震わせて泣き崩れました。

後ろから見ていたお母さんがそっと立ち上がり、優しくTさんの頭を両手でかかえるようにして抱きしめました。

お母さんはTさんを抱きしめたまま私に「それで私が娘に言ったんです。『ララもあなたも充分頑張ったと思うよ。楽にしてあげても誰もあなたを責めないよ』って。それで、今日、私も一緒に病院に行って・・・」

お母さんもその後、言葉につまり涙を流されました。

そしてTさんが「それが正しかったことかどうか、結果的に私がララの命を奪ってしまったんだって思うと悲しくて」と涙声ではき出すように言いました。

お母さんはTさんを抱きしめたまま、その場に座り込まれ、お父さんは何か言いたげそうだったのですが、言葉が見つからないかのように押し黙ったまま視線を下に落としていました。

部屋は沈黙に包まれていましたが、私は「Tさん。Tさんが今言った『命を奪った』という表現や考え方は正しくないと私は思います。お母さんが先ほど言ったようにララちゃんを楽にしてあげたというのが正しい物の見方だと思いますし正しい表現だと思います」と言いました。

Tさんは「でも結果的には同じことじゃないですか」と語尾を強めて仰りました。

お母さんはTさんの言葉にかぶせるように「そんなことないよ。ララもきっと喜んでいるよ。実際、すごく安らかな顔をして逝かせてあげれたじゃないの」とTさんの肩を揺するようにして言いました。

「Tさん」と私はTさんに呼びかけてから「ペットに限らず安楽死のことについては賛否両論あります。一概にこれが正解だと言い切れる人なんていません。ただ私は家族の方が愛するペットのことを想って決めた判断であるなら、それが安楽死という選択であっても正しいことだと認識しています。Tさん、以前、私が担当したセレモニーでTさんとは逆の選択をした人がいました。その人は安楽死ではなく、あくまでも自分が責任を持って病状のペットを最後まで見届けることに決められました。最期の3日間は仕事も休まれて、ペットを看取られたんですが、息を引きとるまでの数時間は見るに耐えないほどペットは苦しんで逝ったそうです。それを目の当たりにしたとき、その人は『もっと楽に逝かせてあげればよかった』と自分を責め安楽死させなかったことを後悔していました」

私が話をしてる間、Tさんもご両親も私の目を見て真剣に話をきいて下さいました。

私は話を続け「私はその人にもTさんに言った事と同じことを言いました。つまり『ペットを1番愛していたあなたが決めたことなのだから、その判断は間違ってはいなかった』と・・・Tさん。例え安楽死という選択をしなかったとしても、なんらかの別の後悔の念は残っていたと思います。だから大切なのは愛情の上にその判断をしたかどうかということであって、どういう決断をしたことではないのではないでしょうか?」とTさんに問いかけました。

Tさんは黙ったまま、ハンカチで口元を押さえて視線を落とされたので、私は「Tさん。安楽死させてあげなかったその人がペットを苦しめた悪い人だと思いますか?」と、なげかけるように聞きました。

Tさんは黙って首を横に振ったので「ですよね。では、もう一つ聞かせてくださいね。ララちゃんを1番愛していた人は誰ですか?」という問いかけに「・・・私です・・・」とTさんは静かにつぶやきました。

「そうでしょ。ならそのTさんがララちゃんのことを想って決めたことなんだから、誰が何を言おうとも、それは正しいことなんじゃないんですか?少なくとも私はTさんの判断は間違いではなかったと思っていますし、そんなTさんとララちゃんのことを間近で見てきたお母さんやお父さんもきっと私と同じ気持ちだと思います」と言いました。

Tさんのご両親は何度も頷き「本当にそうやで。お前は充分すぎるくらいしてやってたしララもきっと感謝してるよ」とお父さんが諭すような口調で仰いました。

私は「Tさん。Tさんがララちゃん大切に想った気持ちに偽りはないでしょ?だったら自分を責めてもララちゃんは喜びません。今、大切なのは自分を責めるのではなくて、たくさんの思い出を残してくれたララちゃんの旅立ちを見送ってあげることだと思います」と自身の思いを伝えました。

Tさんは、暫し沈黙の後「わかりました。ありがとうございます」と言って手をついて頭を下げられました。そしてご両親も同じように頭を下げられたので、私も正座をして頭を下げました。

 

その後、ララちゃんは家族の皆様が見守る中、自宅の駐車場に停めさせてもらった火葬車で天に召されました。

ご火葬の間、一度、ご家族は自宅に戻られたのですが、お父さんがコーヒーを持ってきて下さり「いろいろありがとうございました」と労いの言葉を下さりました。

「いえ。とんでもございません」と恐縮する私にお父さんは「本当のこと言うと、親としては、明日からの娘のことが心配でした。気が抜けてしまうんやないかと・・・でも、野村さんがワシが言いたいこと全部言うてくれはって本当に感謝してます」と仰ってくれました。

「いえ。私は本心を娘さんに伝えただけです」と言い、お父さんが持ってきてくださったコーヒーをよばれました。

「あの、娘さんは?」と聞いた私にお父さんは「今、家内と夕飯つくってますわ。ここんとこずっとララに付きっきりで部屋に篭りっきりやったからね・・・久々に娘が笑った顔を見ましたわ」と笑顔で仰っていました。

それを聞いて私は安堵の気持ちになりました。

 

ご火葬とお骨あげが無事に終わり、私はご家族に挨拶をして家をでました。

Tさんだけが玄関先まで出て見送ってくださり「野村さん。本当に野村さんにララのことを頼んでよかったです」と御礼の言葉を下さり、そして数時間前とは比べものにならない、すっきりとした表情になられたTさんは私の車が角を曲がるまで手を振って見送ってくれたのでした。

 

安楽死については賛否両論ありますし答えの出ない永遠のテーマだと思っています。

今回のブログを読んで私の意見に否定的な人もたくさんいるかもしれません。

過去にも安楽死で逝ったペットのことをブログで書く機会は何度もありましたが、その判断をした飼い主さんのことを考慮して一度も題材にしませんでした。

私自身も無意識に避けていたのかもしれません。

今回はTさん家族のご承諾の元、あくまでも私の目線で書かせてもらいました。

私は本文でも伝えたように、医師からペットが余命宣告をうけたとき、その死期が迫り、同時に苦しみが伴う場合、家族の方がペットを大切に想ってのことであるならば、安楽死という判断であっても間違いではないと思っています。

それはペット葬儀会社の人間としての意見ではなく、私個人の意見であります。



 

 

 

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